寺伝では、
日蓮の弟子日法が1337年(延元2年)、
龍ノ口法難の霊跡に堂を建て、自作の日蓮像を安置したのが始まりと伝えられている。その後、慶長年間(1596年〜1614年)に島村采女が土地を寄進し、日尊によって祖師堂が建てられたという。
加藤清正は祖師堂の建立を日尊に願ったといわれており、本堂内には加藤清正像も安置されている。
明治19年まで住職がおらず、近隣の八つの寺が順番に霊場を守ってきた(
龍口寺輪番八ヶ寺)。
本堂は、
龍ノ口法難の際に日蓮が敷いていた敷皮が安置されているため、「敷皮堂」と呼ばれている。