鎌倉手帳(寺社散策)
評定衆の設置
〜北条泰時の政策〜
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岡戸事務所
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1225年(嘉禄元年)、三代執権
北条泰時
は、
執権
−
連署
の下に「評定衆」を設置し、11人の者が選ばれた。名目的な将軍に代わって、有力御家人の合議によって政務及び訴訟を行うというもの。1249年(建長元年)には、五代執権
北条時頼
によって、「評定衆」の下に
「引付」
が設置されている。
「評定衆」は、1199年(正治元年)の将軍独裁政治から
宿老13人の合議制
への決定がその原型とされている。
鎌倉時代の後期になって、北条
得宗
家による政治が行われるようになると、評定衆は形骸化していった。
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〜評定衆11人〜
中原諸員
三浦義村
二階堂行村 中条家長 三善康俊
二階堂行盛 三善倫重 後藤基綱 三善康連 佐藤業時 斎藤長定
※評定衆の長は執権
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