鎌倉手帳(寺社散策)


源義経を祀る神社
白旗神社
(藤沢市白旗)


編集:岡戸事務所
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=源義経を祀る神社《白旗神社》=

 もとは、相模一の宮の寒川神社の寒川比古命の分霊を祀り、寒川神社と呼ばれていたというが、その創建年は不明。
 のちに、奥州平泉で自刃した源義経を祭神として祀ったことから、白旗神社と呼ばれるようになった。
 伝説によると、奥州衣川の館で自刃した義経の首は、腰越の浜で首実検が行われた。その後捨てられた首は、潮にのって境川を上り、白旗神社近くに流れ着き、里人に洗い清められ葬られたと伝えられている。
 また、『東海道名所記』には、腰越に送られた義経と弁慶の首は、首実検後、夜のうちにこの神社に飛んできたと伝えている。このことを鎌倉の源頼朝に伝えると、白旗明神としてこの神社に祀るよう指示したという。 

祭神
寒川比古命
源義経
配神 天照皇大神 大国主命
大山祇命 国狭槌命

〜義経の首実検〜
 『吾妻鏡』によると、1189年(文治5年)、奥州平泉の衣川の館で自刃した義経の首は、新田冠者高平を使者として腰越まで運ばれ、和田義盛梶原景時によって首実検が行われたという。
 しかし、義経の首がその後どうなったのか『吾妻鏡』には語られていない。



◎弁慶の力石
 昔、神社の西側にあった茶屋に置かれていた石で、この辺の力自慢がこの石を持ち上げて力比べをしたと伝えられている。
 現在は神石として祀られ、この石に触れると健康になり病気をしないといわれている。

◎源義経公鎮霊碑
 平成11年、源義経没後810年を記念して、宮城県栗原郡栗駒町に葬られた「骸」と、腰越の首実検後この地に葬られた「首」の霊を合わせ祀る御鎮祭が行われ、この鎮霊碑が建立された。

源義経の伝説を巡る旅
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弁慶塚のある常光寺(藤沢市)
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◎江の島弁財天道標
 江の島道標は、江ノ島に参籠し弁財天のおかげで「管鍼法」(かんしんほう)の技術を考案した杉山検校が建てたもの。現在、藤沢市には12基の道標が残されていて、市の重要文化財に指定されている(参考:西行もどり松)。




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白旗神社
 小田急江ノ島線 藤沢本町下車 徒歩5分

参考ページ
満福寺 腰越状 伝説!弁慶腰掛の松
源義経(年表) 







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