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もとは、相模一の宮の寒川神社の寒川比古命の分霊を祀り、寒川神社と呼ばれていたというが、その創建年は不明。
のちに、奥州平泉で自刃した源義経を祭神として祀ったことから、白旗神社と呼ばれるようになった。
伝説によると、奥州衣川の館で自刃した義経の首は、腰越の浜で首実検が行われた。その後捨てられた首は、潮にのって境川を上り、白旗神社近くに流れ着き、里人に洗い清められ葬られたと伝えられている。
また、『東海道名所記』には、腰越に送られた義経と弁慶の首は、首実検後、夜のうちにこの神社に飛んできたと伝えている。このことを鎌倉の源頼朝に伝えると、白旗明神としてこの神社に祀るよう指示したという。 |