鎌倉手帳(寺社散策)
源義経の伝説を巡る旅
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岡戸事務所
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1185年(文治元年)、
源義経
は、兄
頼朝
とともに平氏を討滅するが、兄弟は対立し、
義経
は奥州平泉で最期を遂げた。
のちに「判官贔屓」(ほうがんびいき)という言葉まで産んだ英雄
義経
の伝説は、鎌倉、藤沢、茅ヶ崎などに残されている。
◎
満福寺
(腰越)
源義経
が
腰越状
を書いた寺
◎
静の舞
(鶴岡八幡宮)
源義経
の愛妾静御前が
頼朝
にみせた舞。
◎
白旗神社
(藤沢市)
源義経
を祀る神社
◎
義経首洗井戸
(藤沢市)
源義経
の首を洗い清めたと伝わる井戸。
◎
荘厳寺
(藤沢市)
源義経
の位牌を祀る寺。
◎
常光寺
(藤沢市)
弁慶塚のある寺。
◎
弁慶塚
(茅ヶ崎市)
源義経
一族の供養に建てられた塚。
◎
公所浅間神社
(大和市)
源義経
の鶴舞伝説。
参 考
義経年表
腰越状
鎌倉の歴史と源頼朝
満福寺
の襖絵
藤沢に残された源義経の伝説
源氏の繁栄・衰退・再興・滅亡
源義経の母常盤御前
頼朝と義経・・・涙の対面
源義経が左衛門尉に・・・頼朝の対応は?
源義経の腰越状〜頼朝と義経の対立:満福寺〜
源義経を襲撃した土佐坊昌俊
母と子の悲しい運命・・・静御前
奥州平泉の発展と藤原清衡
北方の王者藤原秀衡の死
奥州征伐・・・奥州藤原氏の滅亡
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