森のお医者さん

    

           ヘルガ




             


 
     アメリカの国宝、といってもいいほどの画家である。

    1917年、ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外のチャッズ・フォ

    ードに生まれる。心身ともに虚弱であったワイエスは、ほとんど

    学校教育を受けず、挿絵画家であった父親から絵の手ほどきを

    受ける。ワイエスは、生地チャッズ・フォードと、別荘のあるメーン

    州クッシングの2つの場所以外にはほとんど旅行もせず、彼の作

    品はほとんどすべて、この2つの場所の風景と、そこに暮らす

    人々とがテーマになっている。彼の絵には特徴があり、モデル

    は生涯にわたって、わずか数人であり、一人のモデルに執着し

    て描き続けた。したがって、彼の絵を見ると、単なる細密画では

    済まされないものがある。それは、そのモデルの人生までも映し

    出されている。    

     この「ヘルガ」のシリーズは、自宅の近くの農場で働いていたド

    イツ系のヘルガという女性を、自分の妻やヘルガの夫に隠れ

    て、240余点もの作品を15年に亘って描きつづけた。ワイエスと

    ヘルガとの間にどのような関係があったかは知る由もないが、秘

    密にしていなければ、このような濃密な作品は生まれなかった

    だろうと思う。

     二十年ほど前になるが、このヘルガシリーズの展示会が日本

    にやってきたとき、真っ先に上野の西洋美術館に駆けつけた。