森のお医者さん


         クラーク博士




              

    明治9年、50歳の時、日本政府の招聘によって来日、札幌農学

   校(現北海道大学)の教頭として来日した。「ボーイズ・ビー・アン

   ビシャス」が有名だが、この農学校で教えた期間は、わずか8か月

   しかない。この言葉は、かなり聖化されすぎたきらいがあるようで

   ある。

    帰国後、彼は海上大学設立に失敗し、資金調達のため鉱山に

   手をだして破産し、その心労で心臓を痛め、明治19年、60歳で貧

   窮のどん底でこの世を去った。

    心中を看取った牧師によると、彼は「わが生涯での慰めは、日

   本のサッポロにいた8か月だけです」といったといわれる。山師と

   いう悪評のため、葬儀もひっそりと行われた。

    ちなにみ、この有名な言葉の全文は、「boys be ambitious like

   this old man(少年よ、この年老いたわたしのように、あなたがた

   若者も、大志を抱きなさい)」である。