森のお医者さん

          ダン・ジャンセン




             

    アメリカのスピードスケート選手。1988年のカルガリーオリンピッ

   ク、500m、1000mの2種目で金メダル最有力候補だった。大好き

   な姉が白血病で死にかけていた。ジャンセンは、どんな状況であ

   ろうとも、姉が死んだら必ず知らせるようにと伝えていた。

    そして、姉は500mレースの前日に死亡し、ジャンセンはその知

   らせを受ける。動揺したであろうジャンセンは、500mのレースの最

   初のカーブで転倒、続く1000mもトップタイムで通過しながら、最

   後の直線でまさかの転倒、悲運のヒーローと言われた。

    雪辱を期した4年後のアルベールビル大会、ジャンセンは3週間

   前に、このオリンピックの地で500mの世界新記録を出していた。

   だが、本番のレースで、またも転倒しかけ、4位に終わり、1000m

   もさえない結果となる。

    最後のオリンピック、リレハンメル大会、この年のワールドカップ

   シリーズの500mで5度も優勝を飾っており、依然金メダルの有力

   候補だった。そこでも、彼は本番のレースで手をついてしまい、8

   位に終わった。あと残されたレースは、1000mだけだった。彼にと

   ってはもう得意種目ではなかった。レース当日、第一組で滑った選

   手が、いきなりオリンピック記録を叩きだした。

    誰もがこの記録を上回れないと思われた中、彼は序盤から飛ば

   した。ジャンセンの悲運を知る観客からは、歓声が沸き起こった。

   NHKのアナウンサーでさえ、ジャンセンと同組で滑る日本選手は

   そっちのけで、ジャンセンを夢中で実況していた。しかし、カーブで

   またも手をついてしまう。観客の声は悲鳴にかわり、ジャンセンの

   優勝は消えたと思った。

    それでも、ジャンセンは諦めずに滑りきった。ゴールしてみると、

   世界新記録だった。ジャンセンは、最後の最後で金メダルを手に

   した。レースが終わって、スケートリンクを凱旋するジャンセンは、

   愛娘を抱いていた。娘の名前は、亡くなった姉と同じ、ジェーンだ

   った。