苔の生え方 

 
   わたしの家の庭には、ミズナラ(ドングリ)の株立ちが一本植えてある。
 
  そして、周囲には、山野草を自然風に植えてみた。わたしはその庭を、人工

  的で綺麗な、自然風の庭にしたかった。そして、山野草が植えられていない

  空いた場所には、本来自然では見られない、ビロードのような苔が地表を覆

  ってくれることを期待していた。

   やがて、苔を期待していたその場所には、すぐに雑草の好適地になった。

  わたしは事あるごとに邪魔な雑草を抜いて、苔が生えやすいように、水を撒

  いたりした。だが、雑草をいくら抜いても、きりがなかった。

  とうとう諦めて、雑草をそのままにしておいた。すると、雑草の陰になった

  地面から、苔が生え始めた。それは、雑草の隙間を瞬く間に覆いつくし始め

  た。

   苔が十分被い尽くすと、次の年からは雑草は次第に生えなくなってきた。

  一生懸命雑草を取ったときは苔が生えず、何もしなくなったら苔が生え始め

  たというのが、なんとも皮肉であった。

   最初から雑草もないまっさらな状態で綺麗な苔が生えることを期待して

  も、全くダメだったものが、雑草を伸ばし放題にしたら、日陰ができて苔が

  生え始める。

   人間の成長もこれに似ているような気がする。子供がまっさらな状態か

  ら、親が理想的な方向に進むように順調に育てようとしても、子供は思うよ

  うには進んでくれない。

   成長に邪魔だと思っていた雑草をいくら取り払っても、次から次へと同じ

  ような雑草は生え続け、期待した苔はなかなか生えてくれない。しかし、雑

  草をそのままにしておくと、やがて苔の生長に必要な環境を、雑草自身が作

  ってくれることになる。

   苔は生えるべき環境になれば、自然に生えてくるもので、一時的に人工的

  な環境を作っても無理で、自然に出来上がった環境でなければ、根付かない

  ということらしい。

   もっとも、その庭がすべて苔に覆われたわけではない。苔のできるところ

  には苔がきれいに張ってくるが、できないところにはいつになってもできな

  かった。それもいずれ、ミズナラが成長して、周囲の陽のあたり具合を変化

  させ、苔の生える環境も変化していくのだと思う。

   人も苔も、成長すべき場所で、成長すべき時期になれば、自然に成長す

  る。ただ、それは周囲の期待通りに成長するかどうかは、別問題である。そ

  れは、周囲や本人にもわからない、目に見えないさまざまなものによって左

  右されるのだろう。