一年前の秋、スズメたちが田んぼの中で、たわわに実った稲穂につかまり、
米をついばんでいた。その時、ひと粒の米が、小さい声でスズメに話しかけ
た。
「スズメさん、あなたにお願いがあります。あなたが、わたしを籾ごと飲んで
くれれば、わたしは消化されずに、あなたの糞とともに外の世界へ飛び出すこ
とができます。どうか、わたしに、生きるチャンスをください。」
「そう、わかったよ。でもどこで糞をするかは、自分でもわからない。それで
もよければ、やってあげてもいいよ。」
そういって、スズメはその米粒を籾ごと飲みこんで、しばらくすると、その
場を離れた。次の日、スズメが糞をすると、その中に、籾に包まれたひと粒の
米が混じっていた。だが、スズメが糞をした場所は、土の上でなく、屋根の上
だった。それでも、動けない米粒はじっとチャンスを待つしかなかった。
何日かすると、雨が降ってきた。籾は糞から剥がれ落ち、トタン屋根をつた
って、雨どいにすべり落ちていった。米粒は雨どいの中を流れて、地面まで落
ちていくのだと思った。だが、その雨どいには、いくらかの土が溜まってい
た。米粒はそこで引っかかってしまい、下の地面まで行き着くことはできなか
った。
あくる年の春になり、その籾は雨どいの中で芽を出すしか、術はなかった。
新しい芽は、雨どいに溜まったわずかな土の中で、成長した。肥料はほとんど
なかったが、雨どいのため、水には恵まれていた。だが、梅雨の時期まではよ
かったが、真夏の強烈な太陽光線で、雨どいの土はカラカラに乾き、稲は次第
に枯れはじめた。
秋が訪れ、周囲の田んぼに稲の刈り入れが行われるようになった頃、病院の
ボイラー室の雨どいに、ひと束の稲が葉っぱを半分以上枯らしながらも、しっ
かりと稲穂を身につけていた。
少し離れた屋根の上に、一羽のスズメが、その稲穂をじっと見つめていた。
やがて、稲穂に飛び乗ると、米粒を籾ごと何粒か飲み込み、どこかに向かって
飛んで行った。