こんなエピソードがある。
尋常小学校の時のこと、国語の宿題に作文が課さ
れた。周五郎が書いた作文が大そう良くできていた
ので、先生が読んで聞かせると、作文に出てきた級
友は、それは嘘だ、おれは三十五(周五郎の本名)
と遊んでなんかいない」と言って、教室中が騒然とし
た。そのとき、担任は周五郎に向かってこう言った。
「こうも見事に嘘が書けるのは素晴らしい。お前は
小説家になれ」、と。
反骨心の強い作家である。直木賞に推薦されて、
受賞を辞退した唯一の作家であり、以来すべての賞
を辞退している。
小説に登場する人物は、辛酸を嘗め尽くし、志半ば
で力尽きてしまうものが少なくないが、登場人物に、
生きる上でのヒントとなる、含蓄のある台詞を吐かせ
る、というのが作風であり、その台詞に惹きつけられ
てしまった時点で、すでに周五郎のファンになってい
る。
作家でありながら、同じ作家仲間とは一切付き合わ
ず、ある小説家からは曲者と呼ばれた。小説は、離
れに古屋を借り、夜はもっぱら編集者を相手に飲み
明かすのを常としていた。原稿料も大半は飲み代に
消え、妻の家計のやりくりが大変だったという。
死後に、陳列される文庫本の数が急激に減っていく
作家が多い中で、周五郎の膨大な作品は、まったく
減っていない。