森のお医者さん

                      

        宝物


                 
 日曜日の朝、いつもより遅く目覚めてしまい、布団にもぐりながら、時計代わりにテレビのリモコンスイッチを押してみた。すると、いわゆる有名人が、母校の小学校で出張授業をするという番組をやっていた。今までに何度か見たことがあった。
 その日の番組では、一般家庭のお宝を鑑定する番組で有名な、陶芸品評論家が出演していた。途中から見たので、授業の詳細は分からなかったが、小学六年生に、それぞれ自分の大事にしている宝物を紹介するという授業らしかった。
 テレビをつけてまもなく、おさげ髪のおとなしそうな少女が、一枚の写真を彼に差し出した。それをいつも番組でやっているように、彼はやおら例の大きな拡大鏡を取り出し、その 写真を鑑定しはじめた。彼が、これはどういう写真かと尋ねると、少女は父親と二人で写っ写真で、その父親は自分が小学三年のときに死んだということだった。
 その話を聞いて彼は、「そぉー」、とそっけなく相槌を打ちながら、相変わらず大きな拡大鏡で写真の細部まで見ようとしていた。しばらくしてから、彼は写真から眼を話さずに、こう言った。
 「先生のお父さんも、先生が一歳のときに、死んでね、だから、あなたの気持ちもよく分かるよ」。彼はそう言って、また黙って写真を眺めた。
 彼が、あまり長い時間、その写真を見ているので、わたしも何となく画面に小さく映ったその写真を覗きこんだ。
 そのとき気づいたのだが、彼が鑑定している写真は、四角形ではなかった。彼女とお父さんの輪郭から後ろの部分が切り取られた、いびつな形の写真だった。父親は、彼女が小学三年のときに死んだということだったが、そこに写っている彼女は、小学校に入る前くらいの幼い顔に見えた。
 よく見ると、彼らが写っている手前の部分は、スナックか何かのカウンターのようで、二人はそこに座っているようだった。というのも、カウンターの上には、ウイスキーが入っているグラスが置いてあり、わずかに切り取られずに残った後景には、酒のボトルが並べているように見えたからである。
 その写真は、意図的に誰かに切り取られているようだった。その切り取った人物が、彼女本人なのか、あるいは母親なのか、想像するしかなかった。いずれにしても、父親と一緒の写真であれば、他にもいろいろありそうなものなのに、いびつに切り取られ、しかも彼女が幼い頃の写真一枚しか持ってこなかったところに、彼女の家の事情があるらしかった。
 ようやく、無愛想でいた彼が、拡大鏡を写真から離し、自分が掛けていたメガネをはずした。見ると、彼の目は真っ赤になっていた。そして、白いハンカチを取り出す間もなく、いく筋もの涙が彼の頬を伝って流れていた。
 一流の陶芸品の目利きが、素性も知らぬ少女が差し出した、金銭的価値のない一枚の写真を見て、泣いていた。その傍らで、少女はうつむいたまま、黙っていた。彼は、何度もハンカチで目をぬぐってから、こう言った。
 「あなた、本当にいい宝物を持っていますねえ、これからもこの宝を、一生大事にしてくださいね」。
 それを聞いた少女は、下を向いたまま、はじめて緊張していた口元をゆるめた。それから、すこし嬉しそうな表情で、その宝物を彼から受け取った。