森のお医者さん

   

     ソーセージ



 夕方の六時を過ぎて、スーパーは混雑の盛りを過ぎてはいたが、それでも仕事帰りの人たちで、それなりににぎわっていた。一番奥にある肉のコーナーで、派手な黄色のエプロンを身に着けた中年の女が、忙しそうに買い物をしている客の足を留めようと、声を張り上げていた。女は、ソーセージの試食販売をしていた。
 五,六才の男の子が母親の手を引っ張りながら、試食コーナーに近づいてきた。女は眼を大きく見開くと、香ばしく焼けたソーセージを差し出した。
 子どもの口に入ったソーセージが、パリッと音を立てたのを確かめると、「どう、おいしい?」とニッコリ笑ってみせた。女は、子どもに顔を向けながら、母親の顔を横目でちらりとみた。
 傍に立っている母親は、ソーセージを頬張る子どもに向かって「おいしいの?」とぶっきらぼうに聞くと、子どもは口をもぐもぐと動かしながら、返事をする代わりに首をたてに振った。母親は、女からソーセージを一袋受取ると、買い物カゴに入れて去っていった。
 その様子を、同じ年恰好の女の子がじっと見ていた。おかっぱ頭で、くりくりした眼を輝かせながらその女の側まで近づくと、女の顔に視線を止めた。女がちらりと眼を移すと、女の子はひとりで立っていて、周囲に親らしき姿は見えなかった。
 女は、おさない視線を無視したまま、フライパンの上のソーセージをトングで転がしはじめた。女の子は、ソーセージが転がるのをしばらく見つめていたが、その女から声がかかることはなかった。 しばらくすると、女がフライパンから上目づかいに視線をずらした。女の子が去ったのを確かめると、また威勢のいい声をあげて、客を呼び込み始めた。
 女の子は、父親と一緒に買い物に来ていた。あとから歩いてくる父親のそばに戻ると、不満そうに口をひらいた。「ソーセージのおばさん、男の子がいたときにはくれたのに、わたしにはくれなかった」。
 それを聞いた父親は、「そうか、どうしてくれなかったのかな?」と聞くと、女の子はすこし口を尖らしてから首をかしげた。
 女の子が、父親とソーセージのコーナーに再び近づいてきた。女の子は、父親の手を引いて、女の前に立ち、さっきと同じように、女の顔をじっと見つめていた。
 女はすこし驚いたような顔でこわばっていたが、すぐに男の子のときと同じように、眼を大きく見開いて、厚化粧の顔を女の子に近づけて「はいどうぞ」と、さっきと同じように、爪楊枝に刺されたソーセージを差し出そうとした。
 女の子の眼は、さっきと違っていた。クリクリとした目ではなく、目を細めて眉間にしわを寄せて、女の顔をじっと見ていた。女は、狼狽するかのように、「はい、どうぞ」ともう一度声を掛け、ソーセージを女の子の手に押し付けようとした。
 女の子は半歩後ろに下がってから「いらない」と短く答えた。そして、父親の手を引っ張ると、その場から去っていった。
 女は、ソーセージの刺さった爪楊枝をじっと見ていたが、やがて不機嫌そうにソーセージごと脇のゴミ箱に投げ入れた。フライパンの上には、ソーセージがすでに焦げ付き始めて、ばしい匂いを放っていたが、女の手はしばらく動かなかった。