出来の悪い少年達では有ったが、この杜甫のこの漢詩だけはそらんじることができた。
いや、こ面倒な漢詩のなかで、どうしてか心に響くもの、心に訴え掛けるもの、そんなものを感じていたからかもしれない。
それは少年達の幼年期に太平洋戦争があり、多少なりとも戦争の悲惨さの感じる生活を体験してきたし、親や先輩からもそんな話を聞かされて育ってきた。
ここで云う、国破れて山河あり は 都の建物が破壊されたとか、軍が負けたと言うだけでなく、国がこわされた、秩序も破壊され、 機構も破られ、人民の心のよりどころが全くなくなった。と言っているのであり、戦いに敗れて山河だけ残った。とだけ言っているのではない。
太平洋戦争の敗戦は真にこれで都市産業の破壊はおろか、体制も否定され、これまでの教育、ものの考え方までがまったく否定されてしまったのだから民衆はよりどころをなくしてしまった。
平泉の場合は、清衡、基衡、秀衡、の三代で築き上げてきた理想の平和仏教都市を泰衡の代にはいって滅亡の道を下っていくことになる。 もし義経の敗走に秀衡が手を差し伸べさえしなかったら、義経ではなく頼朝のために力を貸したら、 国破れて山河あり には成らなかっただろうし、そしてここ平泉は奥州の京都といわれる仏教都市が現在も存在したであろう。
春望のなかで 時に感じては とあるのは時勢の移り変わりの激しさを今更のように感じるということである。
