鎌倉手帳(寺社散策)
日向薬師
日向山霊山寺(宝城坊):伊勢原市
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岡戸事務所
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今日、日向薬師と呼ばれている霊域は、716年(霊亀2年)に行基によって開かれた霊山寺がそのはじまりとされている。
鎌倉時代には、
源頼朝
も参詣し、以後、薬師如来の霊場として信仰されてきた。
しかし、明治の神仏分離令、さらに、それに伴う廃仏毀釈の影響も受け、その一坊であった宝城坊のみが現存している。
宝城坊は、旧霊山寺の別当坊で、本堂は霊山寺の本堂を引き継いだもの。
鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』にも、1194年(建久5年)の条で「是行基菩薩建立、薬師如来霊場也」と記されている。
現在の本堂は、江戸幕府から丹沢の立木100本の寄進を得て、1660年(万治元年)に再建されたものと考えられており、国の重要文化財に指定されている。
源実朝
誕生の際は、
北条政子
の
安産祈願所
となった。
※日向薬師は「かながわの景勝50選」に指定されている。
◎鐘堂
宝城坊の鐘堂。
吊されている銅鐘は、1340年(暦応3年)の銘文とともに、寺の来歴が記されているもので、国の重要文化財に指定されている。
最初の鐘堂は、952年(天暦6年)に建造された。
現在の鐘堂は、1763年(宝暦13年)の棟札が発見されており、伊勢原市の重要文化財となっている。なお、12本ある柱は、十二神将を表しているといわれている。
〜銅鐘〜
銅鐘の銘文によると、952年(天暦6年)に村上天皇によって納められ、1153年(仁平3年)に鳥羽法皇の院宣によって改鋳され、1340年(暦応3年)に豪海僧都が勧進して、物部光連が鋳たものとされる。
◎二本杉
鐘堂脇の2本のスギの古木は、
足利基氏
が幡をかけ、平和と五穀豊穣を祈ったとされるスギ。
鎌倉公方
足利基氏
は、霊山寺に錦幡を奉納し、それをこのスギに掛けたことから「幡掛けの杉」と呼ばれるようになったという。
「宝城坊の幡かけのスギ」として「かながわの名木100選」に指定されている。
なお、2本のスギは「神奈川県の天然記念物」に指定されており、基氏の奉納した「錦幡」と、それを収納する「唐櫃」は「神奈川県の重要文化財」に指定されている。
〜大姫の病気治癒祈願〜
源頼朝
は、1194年(建久5年)、木曽義高との悲恋が原因で病となった大姫の治癒祈願のため、霊山寺(日向薬師)を参詣し「大太鼓」を納めたといわれている。
この年の7月29日、
源頼朝
の長女大姫が危篤状態に陥った。八方手を尽くしてもその効果が表れなかったことから、8月8日明け方、相模国で知られた日向薬師を参詣したと伝えられている(参考:
岩船地蔵堂
木曽塚
)。
大姫の病気治癒祈願〜源頼朝・・・日向薬師を参詣〜(okadoのブログ)
〜宝殿に安置されている仏像〜
(国重要文化財)
◎木造薬師如来坐像
鎌倉時代
◎木造薬師如来両脇士像
平安時代
◎木造日光・月光菩薩像
鎌倉時代
◎木造四天王立像
鎌倉時代
◎木造阿弥陀如来坐像
鎌倉時代
◎木造十二神将立像
鎌倉時代
宝殿
〜本尊薬師三尊像〜
(木造薬師如来両脇士像)
日向薬師(霊山寺)を開いた行基は、薬師如来のお告げによってこの地に寺を建立したという。
霊山寺の本尊薬師三尊像は、一木造りの「なた彫り」で、平安前期の作と伝えられている。
現在は本堂から宝殿に移され秘仏とされている(1月1、2、3日(初詣り)・1月8日(初薬師)・4月15日(本尊開扉大法会)のときに本尊が開扉される。)。
初薬師・・・日向山宝城坊〜日向薬師〜(okadoのブログ)
◎虚空蔵菩薩
霊樹の幹の中に安置された虚空蔵菩薩は、日向山の奥の院にあったものを参詣しやすいようにここに移された。
子どもが十三才になると福徳、知恵、慈悲心が授かるようにと参詣するのが虚空蔵菩薩(十三詣り)。
◎いしば(衣裳場)
仁王門へと上がる階段下辺りは「いしば」と呼ばれている。
源頼朝
が日向薬師に参詣の折りに旅装から白装束に着替えたところで「衣裳場」と呼ばれていたが、「いしょうば」が訛って「いしば」となったという。
1194年(建久5年)8月8日、日陰道(日向薬師参道)を通り、熊野権現・
白髯明神
の間道からここに到着したと伝えられている。
仁王門の仁王像は伊勢原市の重要文化財。
天保初年の火災によって仁王門とともに焼失した後、1833年(天保4年)に造立されたものと考えられている。
鎌倉仏師、後藤慶明の作で、子の慶広と孫の運久によって彩色が施された。
運久は、鶴岡八幡宮の三の鳥居横の博古堂を創業した人物(参考:
鎌倉彫再興碑〜伝統的工芸品「鎌倉彫」の普及活動〜
)。
◎寺林
仁王門から本堂の裏までの日向薬師の寺林(ケヤキ・タブノキなどの自然植生林)は、神奈川県の天然記念物に指定されている。
◎白髯神社の伝説
日向薬師の参道入口の近くにある
白髯神社
は、高句麗王族の若光が祀られている社。
日向薬師を創建しようとした行基の前に、熊野権現と白髯明神が現れ、行基は、薬師如来像を彫るための霊木を与えられたという。
参考:
白髯神社
◎駒つなぎの松
源頼朝
が日向薬師を参詣する際に、頼朝が乗った馬をつないだ所という。
現在の松は三代目といわれている。
日向薬師へと向かうバス通りは、
頼朝
が通った道であることから「お通り坂」と呼ばれ、頼朝が馬を洗ったという沢の辺りを「洗水」というらしい。
頼朝
の大姫平癒祈願の参詣は、かなり大がかりなものであったようである。
田園風景のある日向薬師周辺を散策
日向薬師への行き方
小田急線「伊勢原駅」より『バス』
日向薬師行き終点下車
すぐに参道あり
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