中世歴史めぐり

住 吉 大 社
〜大阪〜


岡戸事務所
編集:岡戸秀仁







住吉大社


 住吉大社は、200年(仲哀天皇9年)、三韓征伐を行った神功皇后(じんぐうこうごう)が七道の浜(現在の大阪府堺市堺区七道)に帰還した際、神託により住吉三神を祀ったことに始まる。

 遣隋使・遣唐使の守護神として崇敬され、多田源氏の祖・源満仲は、970年(天禄元年)、住吉大社に参籠し、神託により摂津国多田(兵庫県川西市多田)を本拠地としている。

 1195年(建久6年)、東大寺大仏殿落慶供養参列のため上洛していた源頼朝は、流鏑馬を奉納したと伝えられている。

 摂津国一之宮。


祭神

第一本宮:底筒男命
(そこつつのをのみこと)
第二本宮:中筒男命
(なかつつのをのみこと)
第三本宮:表筒男命
(うはつつのをのみこと)
第四本宮:息長足姫命
(おきながたらしひめのみこと・神功皇后)





〜国宝の本殿〜

 本殿四棟は全て1810年(文化7年)に造られた建物で国宝。

住吉大社第一本宮
第一本宮

住吉大社第二本宮
第二本宮
住吉大社第三・第四本宮
第三・四本宮

 奥から第一・第二・第三本宮が並び、第三本宮の右が第四本宮という配置。

住吉大社高倉
第一本宮背後の高倉



住吉大社反橋
反橋(太鼓橋)
住吉大社角鳥居
角鳥居


住吉大社五所御前
五所御前
住吉大社石舞台
石舞台


住吉大社一寸法師
一寸法師
住吉大社招福猫
招福猫







〜『吾妻鏡』によると・・・〜

 1185年(元暦2年)2月19日、住吉社で平家追討の祈願が行われ、深夜になって本殿より神鏑が西方を指して飛び去ったのだという。

 1195年(建久6年)4月27日、東大寺大仏殿落慶供養参列のため上洛していた源頼朝は、梶原景時を代参させ、幣帛(布)を納め、馬を奉納している。

 この時景時は、「我君の手向の駒を引つれて行末遠紀志るしあらはせ」という和歌一首を釣殿の柱に貼ったのだという。


〜丹後局と源頼朝の御落胤伝説〜

 伝説によると、源頼朝の子を身籠った丹後局は、北条政子から逃れるため、本田次郎親経の手引きで摂津住吉に至った。

 そこで産気づいた丹後局は、住吉明神の大石を抱いて男児を出産。

 のちにそれを知った頼朝は、その子に薩摩・大隅二か国を与えた。

 その子というのが島津氏の祖・忠久なのだという。


住吉大社誕生石
誕生石





歴史めぐり源頼朝



住吉大社
住吉大社
大阪市住吉区住吉2−9−89

南海本線「住吉大社駅」から徒歩3分
南海高野線「住吉東駅」から徒歩5分
阪堺線「住吉鳥居前駅」から徒歩すぐ


源頼朝をめぐる大阪







中世歴史めぐり