◎波多野氏
平安時代末から鎌倉時代にかけて秦野を支配していた。
波多野義通を祖とし、平将門の反乱を鎮めた藤原秀郷の後裔だといわれている。義通の妹は源義朝に嫁ぎ、次男朝長を産んだとされるが定かではない。
義通は、保元の乱・平治の乱と義朝に従ったが、平治の乱で敗れると前途を閉ざされ、源氏から離れ平家に従った。源頼朝の挙兵時も波多野義常は平家方(大庭景親軍)についている(参考:平治の乱と保元の乱)。
のちに、義常の弟忠綱は秦野の地の相続を許され、二代将軍頼家・三代将軍実朝に仕えた。
そして、北条の時代には越前の地頭職となり、波多野義重が曹洞宗の開祖道元を招き永平寺を建立している。 |