中世歴史めぐり

伝佐藤兄弟の石造宝篋印塔
〜信濃善光寺〜


岡戸事務所
編集:岡戸秀仁







善光寺石造宝篋印塔


 善光寺山門横に建てられている石造宝篋印塔は、佐藤継信・忠信兄弟の供養塔と伝えられている。

 佐藤兄弟は、奥州平泉の藤原秀衡の家臣。

 秀衡の庇護を受けていた源義経が兄頼朝の挙兵に駆けつける際、秀衡に命ぜられて義経に付き従った。

 『吾妻鏡』によると、兄の継信は、1185年(元暦2年)2月19日、屋島の戦いで討死し、弟の忠信は、義経が頼朝と対立して都落ちした後、宇治で義経と別れて都に潜伏していたが、1186年(文治2年)9月22日、頼朝の密偵糟屋有希に攻められて自害した。

 この石造宝篋印塔は、佐藤兄弟の母梅唇尼(ばいしんに)が善光寺に参詣して建立したものと伝えられている。


リンクボタン源義経の奥州下り 〜平治物語〜



佐藤継信の墓
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(屋島古戦場)







歴史めぐり源頼朝



信濃善光寺
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 信濃善光寺の本尊「一光三尊阿弥陀如来像」は、三国渡来の絶対秘仏で、日本最古の仏像。
 鎌倉時代には源頼朝も参詣したと伝えられている。


長野県長野市元善町491

JR長野駅からバス「善光寺大門」下車。
善光寺大門から本堂まで徒歩15分。



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