不機嫌な恋人

「・・・・と言う訳で、ゼル、俺は来週末も任務で外出する事になった。」
「・・・分かってる。それはもう昨日から三回くらい聞いたって。」

最近スコールはめちゃくちゃ機嫌が悪い。
理由は簡単だ。忙しすぎるんだ。
「だーから、分かったって言ってるだろ。何だよ、さっきから。」
スコールがむっつりと黙り込む。ああ、またこれだよ。この顰め面。
不機嫌そうに顰められた眉を見てると、こっちまで暗い気持ちになってくる。
ホントに今スコールは異常に忙しい。先週末も、その前の週末も任務でいなかった。勿論平日
だって任務が入ってて、帰ってきたかと思えば、その報告書作成に追われてる。多分今夜も
そうなんだろう。
そりゃ、大変だとは思うけど、その不機嫌に付き合う俺の身にもなってくれってんだ。
俺はボリボリ頭を掻きながらベッドから降りた。
「帰るのか？」
「だって、お前、これから報告書作成すんだろ？邪魔しちゃ悪いし、部屋に戻るよ。」
突然、スコールが俺の腕を引っ張った。何か言いたそうに俺の顔を見ている。
「何だよ。」
面倒くさそうに言うと、スコールは不機嫌な顔のまま、ふいっと横を向いた。
「・・・何でもない。おやすみ。」
「・・・おやすみ。」

俺とスコールはベットを共にする、まぁ、そうゆう関係だ。
そうゆう関係ったって、俺にしてみれば、何が何だか分からないうちに、カラダの関係に持ち込ま
れた、って言う感じが強い。
今でも男の俺が、学園一女にもてるスコールと付き合ってる事がちょっと信じられない。
背が高くて、クールで、頭が切れて、恐ろしいくらいの美貌の持主で。
チビで粗忽で、顔だって十人並みの俺との共通点なんて性別くらいだと思ってた。
それがある日突然告白されて、怒涛の如く押されまくられ、気が付いたらこの有様だ。俺の何処が
良かったんだか、俺自身わかんないんだから、周囲なんか完全に理解不能らしい。スコールファン
の奴らに何度嫌味を言われたかわかりゃしない。
「うー、外は冷えるぜ。」
廊下に出ると、自分の吐く白い息がはっきり見える。
さっきまで、あんなに熱かった体が急激に冷えていく。
冬の澄んだ夜空に、星が冴え冴えと青白く輝いているのが窓越しに見えた。

スコールみたいだ。
急にそう思った。綺麗で、一見冷たくて、実は熱くて。

そして、遠い。

俺だって一応ＳｅｅＤだけど、スコールはまた別格だ。超級ＳｅｅＤとして殆ど伝説化してるし、
委員長として各ＳｅｅＤの任務の振り分けまで受け持っている。
俺はそんなに任務なんて入らない。でも、スコールはわざわざクライアントの指名付きで任務に
つく事だってある。仕事が忙しいのは、そのせいだろう。
時々、何もかもが違いすぎて嫌になる。スコールが忙しさで不機嫌になれば、俺に出来ることは
邪魔しないよう、そっとしておく事くらいだ。

遠い星。
相手は俺を照らすけど、俺は見上げることしか出来ない。

「・・・帰ろ」
ぶるっと身を震わせて、俺は冷たい廊下を歩いていった。

次の日の夜、スコールの部屋にくるよう俺に校内アナウンスが入った。
行ってみると、スコールの他に書類を抱えたキスティスもいる。
「何だあ？何の用だ？」
「初等科の訓練日程を決めようと思って。あなたも講師の一人でしょ。」
おお！そう言えば、そんなの引き受けてたっけ。
「俺は別にいつでもいいぜ。任務の予定も無いし。」
「そう、なら、この日ね。・・・問題はスコールの方よね。」
キスティスが書類を見ながら困った顔をした。
「俺が、何か？」
相変わらずの仏頂面でスコールが返事する。
「全然空きが無いじゃない。ちょっと、忙しすぎない？任務を入れ過ぎだと思うわ。」

いいぞ、キスティス。
俺は心で喝采した。もっと言ってやれ。ついでに、忙しいからって不機嫌になるなって言ってくれ。
「この間から、自分からどんどん任務を引き受けちゃって。・・・いくらあなたでも、こんなに忙し
かったら体が持たないわ。もっと任務をセーブすべきよ。」
うんうん、そうだそうだ、頑張れキスティス。
スコールが無表情にキスティスを見返した。
「元気で未熟なＳｅｅＤより、疲れてる俺の方がましだ。」
語尾強くぴしゃりと言い返す。
「未熟者のミスの尻拭いは、倍手間がかかる。最初から俺がやった方が効率的だ。」

あ、俺、なんか今、ちょっと傷ついた。
それって、俺のことなんじゃねえの？元気で未熟なＳｅｅＤって。
さすがのキスティスも、スコールのあまりの機嫌悪さに気圧されたように口を閉じた。
スコールが端正な顔を険悪に顰めたまま、椅子に座ってスケジュール帳を開く。
肩越しに、真っ黒に予定が入ったカレンダーが見えた。空白ばっかの俺のカレンダーとは大違いだ。
「・・・再来週の水曜日の午後なら、何とか都合がつくと思う。」
「そ、そう。なら、それでお願いしようかしら。じゃあ、私帰るわ。」
「ああ」
スコールが顔も上げずに右手を振る。キスティスがそそくさと部屋を出ようとした。
と、ドアが勝手に開いた。
「今日は～。もう、入っても大丈夫かなあ？」
ドアの向こうに長身の男がニコニコ顔で立っていた。
「あら、アーヴィン、大丈夫よ。私もう帰るところだから。」
「そう？良かった。あ、いたいた、ゼル、ちょっといいかな～。」
ああ、なんか安心するぜ。初めて笑顔の奴がこの部屋に来たって感じだ。
「何だ？アーヴィン。」
俺はいそいそとアーヴィンの側に寄っていった。
「それがさあ、僕、急に任務が入っちゃって、金曜日のＫ－１の試合、一緒に行けそうにないん
だよね。悪い。」
大きな手がごめん、と縦に振られた。

「え――――――っ！？マジかよ―――――。」
俺はがっかりして叫んだ。
「すっげー、楽しみにしてたんだぞー。一人じゃ行っても、盛り上がんねえよ。なあ、何とか
なんねえの？」
ごめんね～、と平謝りするアーヴィンの袖口を掴んで尚も抗議してると、突然背後からボキリと
何かが折れる音がした。
振り返ると、スコールが顔面蒼白になって折れたペンを握り締めていた。
姿勢を固定したまま、書類の一点を食い入るように眺めている。
ペンの柄をあまりにも強く握りすぎて、爪が真っ白だ。
俺とアーヴィンは思わず顔を見合わせた。アーヴィンが恐る恐る声を掛ける。
「え～と、ス、スコール、どうしたのかなあ？」
スコールは喉まで何かがせりあがってきてる、とでも言うようにぐっと息を呑んだ。
「・・・・何でもない。力が入りすぎた。」
形の良い薄い唇をぎゅっと噛み締めて、爆発一歩手前って表情だ。
「じゃ、じゃあ僕、もう失礼するよ。ま、そうゆう事で。悪いねゼル。」
あっ、汚ねえ。この怒りのオーラ渦巻く場所から一人逃げようとしてるな、こいつ。
行くな、と無言で訴える俺から完全に眼を逸らして、アーヴィンが無理矢理チケットを押し付けて
逃げるように去ってく。
後に残されたのは、いまだ一点直視のスコールと、冷や汗タラタラの俺だけだ。

何なんだ一体。俺達、そんなに煩かったか？いや、とりあえず謝っちまえ。
「スコール・・・あの・・」
様子を伺いながら俺が声をかけると、スコールがふいに口を開いた。
「アーヴィンの予定は動かせない。あの任務は彼しか出来ない。」
艶やかな髪が俯く横顔にかかってる。その下から透けて見える唇が、大きく息を吸い込んだ。

「でも、俺は違う・・！俺の予定は、お前が望むなら、動かせるんだ・・！！」

はい？

「う、動かせるって・・」
困惑する俺をよそに、スコールが堰を切ったように喋りだした。
「何で、そうなるんだ。どうしてアーヴィンには、どうにかしろって我儘言って、俺には何にも言
わないんだ。何で、俺を引き止めないんだ！」
「ひ、引き止める？」
「任務ばっかり入れるなって、どうして怒らないんだ。そんなに俺に関心無いのか！？俺がいなく
ても、何とも思わないのか？！」
もどかしげに折れたペンをゴミ箱に投げ捨てる。
「俺はずっと、待ってたのに・・・！！」

「待ってる・・・って。」
俺はスコールの言葉をぼんやりと繰返した。
お前、俺が引き止めるの、待ってたの？
ポカンと停止した思考に、ある疑念がじわじわと湧き上がってきた。
「まさかとは思うけど・・・この間から異常に忙しかったのって・・もしや・・」
スコールがぷいと俺から顔を逸らす。
「行くなって言って欲しくて、あんなに任務を詰めこんでたのか！？言わないから、あんなに機嫌
悪かったのか！？」
返事が無い。多分これは肯定の印だ。
俺は体からどっと力が抜けてきた。呆れて口も利けない。何なんだ、こいつ。

「スコール・・・」
何とか持ち直して口を開くと、地を這うような低い声が俺の言葉をさえぎる。
「別に、忙しいのは元々だ。俺がいないからって、すかさず他の奴との予定を入れようが、
とやかく言える資格は無い。だけど、何で俺が最初に誘ってもらえないんだ。何で俺が付き合えな
いのを残念がってくれないんだ！」
うわ、拗ね切ってるよ。こいつ。
「だって、お前、あんなに理路整然と任務につく理由を延々と話されてみろよ。ふつー、反論する
気起きないぜ。しょうがねえな、って思うよ。」
「しょうがない？」
青灰色の眼に、冬の嵐のような激しい力がこもる。
「俺が欲しいのは、そんな諦めの言葉じゃない。俺の理屈なんか、関係無いって、我儘言って欲し
かったんだ。側にいてくれって、俺を求めて欲しかったんだ・・・！」
激情にしばらく肩を震わせていたが、やがて力が尽きたと言うように机に額をコンと付けた。
「・・・いつも、俺だけが、お前を求めてばっかりだ。」

それきり、黒髪の男は全く顔を上げようとしない。
一体、この拗ね切った男をどうすりゃいいんだ。
俺は昔保健室でカドワキ先生から受けた説教を思い出した。
「放っといて、治る傷と治らない傷があるんだからね、早く気付いてちゃんと手当てしなきゃ、
後でもっと厄介なことになるんだよ。」
まさに、その通りだ。俺が気付かないうちに、どんどんスコールの傷が深くなって、今じゃ立派に
膿だらけだ。俺は遠くからただ見てるだけで、その傷が深いかどうかさえ調べなかった。

「・・なぁ、俺だって、お前がいないの、嬉しかった訳じゃないよ。」
顔を伏せるスコールの側に跪いて、机に肘をつく。
「だけど、お前を困らせたくなかったんだ。」
スコールが眼を開けてちらりとこちらを見た。長い睫が冬の星のように悲しげに瞬いている。
遠い星。その遠さが、お前をそんなに傷つけてたのか？
ふいに胸が痛くなった。何で俺、遠いと思ってたんだろう。遠いままで、いいと思って
たんだろう。俺の声なんか、届かなくてもいいって思ってたんだろう。
大きく息を吸い込んだ。俯く男に、ゆっくりと胸の中の言葉を告げた。
「行くなって、我儘言って・・・お前に嫌われたくなかったんだ。」

スコールが顔をもたげて俺の顔をじっと見た。顔がかあっと赤くなるのが自分でも分かる。
でも、ここで顔をそらしたら駄目だ。俺は真っ赤になったままぐっと我慢した。
スコールがゆっくりと身を起こす。頬杖をついてしばらく考えこんでいる。
やがてふっと立ち上がり携帯電話を取り出した。
「キスティス、来てくれ。至急話がしたい。」

すぐにキスティスがやって来た。
「どうしたの？スコール」
「任務の件だが・・。やはり俺の仕事は多すぎると思う。数をこなせば一件一件の精度が落ちる。
他のＳｅｅＤにも振り分けるべきだ。」
「ええ？でも、さっき・・・」
急に今までと180度逆の事を言い出したスコールにキスティスがとまどっている。
それには一切構わずにスケジュール帳を広げてスコールがどんどん話を進めていく。
「例えば、今週のこの任務だが・・」
・・・・恥ずかしい奴。
離れた位置で俺は一人赤くなった。何が伝説のＳｅｅＤだ。ただの甘えん坊じゃねえか。

二人は額を突き合わせて相談していたが、しばらくしてスコールがふう、とため息をついた。
「・・・すると、金曜日はやっぱり俺が行かなきゃまずいか。」
「ええ、そうね。微妙な判断が要求される任務だし・・・。」
「と、すると最低五時までは拘束される訳だな。･･･ゼル。」
スコールが俺を振り返る。
「な、何だ。」
「そのチケットを見せてみろ。」
俺の手からチケットをもぎ取り、じっと眺める。
「七時からか・・・ぎりぎり、いや、少し遅れるかもしれないな。」
それから、いかにも困ったような、大きなため息をついた。
「見ろ、お前が早く言わないからだ。」
キスティスが、あら、そういう事なの、と言って苦笑し、スコールがああ、と返事して小さく肩を
すくめる。

この場にキスティスがいなかったら、俺は奴にドルフィンブロウを炸裂させていたことだろう。

しばらくして、キスディスが帰っていった。
真っ黒だったスコールのスケジュール帳には幾つか赤い訂正線が引かれることになった。
机に向かって何やら日程表を組み直している。俺はドサリとベットに腰掛けた。
全く、あきれ返るよな。自分で自分を忙しくなるよう追い詰めてたなんて。
スコールが背中を見せたまま、俺に話し掛けた。
「・・・・ゼル、さっき怒ってただろう。」
「ああ？」
「キスティスに自分が我儘言ってるみたいに思われて、ムッとしてただろう。」
「・・・・・。」
「分かってる。」
「うん？」
「お前が、Ｋ－１に興味の無い俺と試合なんて見に行きたくない事くらい分かってる。一緒に行き
たいのは俺の方だ。俺が我儘を言ってるんだ。」
「・・・・。」
「でも、ゼル。」
スコールの静かな声が、しんとした部屋にこだまする。
「俺はそんなに、馬鹿じゃないんだ。俺の気持ちだけで、お前の気持ち抜きで、お前を繋ぎ止めら
れると思う程、俺は馬鹿じゃないんだ。」

俺はスコールの広い背中を眺めた。後ろを向いてるせいで表情は見えない。
俺はため息をついた。
「・・・そーだよ。お陰で明日、俺はまたお前のファンに責められるんだ。『自分が一緒に
いたいからって、スコール様の予定を無理矢理狂わせた我儘男』ってな。」
椅子の背を掴んでスコールの顔が俺の真正面に来るように、ぐるりと勢い良く回す。
「でも、しょうがないよな。・・・ほんとのことなんだから！」

あっと言う間にスコールが俺を抱きしめた。
嬉しそうに俺に頬を押し付ける。今までずうっと我慢してたみたいに。
「今日、泊まっていくだろ？」
期待に満ちた声が囁く。全く何て現金な奴だ。

「・・・いいけど、一つ、俺の我儘を聞いてもらう。」
「・・・？何だ？」
これくらいの我儘言ったって構わないよな。
「明日の朝、俺にとびきり上手いコーヒーを入れること。」
威張った声で宣言すると、世界一我儘な俺の恋人は、了解、とにっこり笑ってキスをした。

END