ギャンブラー 3




部屋に戻ると改めて涙が零れてきた。ベットに力無く横たわるスコールの姿が痛々しくて、堪らない。
俺のしゃくりあげる気配に気付いたのか、スコールが物憂げに薄く眼を開いた。
「・・・・ゼル?」
俺は縋るようにスコールの手を取った。
「ごめん!!おれ・・・っ、俺のせいで、お、お前のカードっ・・!」
スコールが苦い自嘲の笑みを浮かべた。
「お前のせいじゃない。・・俺が馬鹿だったんだ。」
「違う!!俺が・・・!」
「・・・お前に、聞きたいことがあるんだ。」
スコールの声が囁くように小さい。今にも眠ってしまいそうだ。俺はスコールの口元に耳を近づけた。
「ゼル・・・今日という日をやり直せれば・・・って思うか?」
「思う!!」
俺は涙声で叫んだ。思う。ホントに今日をやり直したい。ホテルを出てからの俺の行動を全部
消し去ってしまいたい。

「なら、やり直そう。」

ハッキリした声が耳元で聞こえた。間髪入れず腕が引き寄せられ、体が反転する。
何が起こったか分らなかった。スコールの瞳に驚いた俺の顔が映っている。
冴え冴えと輝くブルーアイズには、酒の濁りが一点も感じられない。
「スススス、スコール―――――――!?」
スコールが驚きのあまり硬直している俺の体から器用に服を剥ぎ取っていく。その手の動きも、全く
乱れが無い。ジーンズのボタンに手が掛かり初めて、やっと我に返った。
「ちょっ、ちょ―――――っと待て!!お前、泥酔してたんじゃないのか!?」
「いや。別に。」
「別にって!だってお前!」
俺は混乱して叫んだ。だってあんなに飲んでたじゃねーか。あんなにふらついてたじゃねーか。
混乱の極地にいる俺をみて、スコールが平然と語りだした。
「あんな盛り場の店のオヤジが、ただで酒を飲ませる訳があるか。裏があるに決まってる。トイレで
都度都度全部吐いてきた。」
それでやたらとトイレに行ってたのか、こいつ。
「何で酔った振りなんかしたんだよ!?」
スコールが、ひたと俺を見詰めた。

「それがお前の望みだったんだろう。」

「・・・・え。」
「最初からおかしいと思ってた。お前から酒場に誘うなんて。店に入ってからも、やたらと酒を勧め
るし。」
濃褐色の髪を煩そうに掻きあげる。
「『絶対帰らない』って言張るのを聞いて、確信した。俺を酔い潰す気だなって。だから酔った振りを
する事にした。そうでもしなきゃ、お前は走って逃げ出しかねなかったからな。」
俺は呆然とスコールを見た。スコールの顔が近いてくる。唇が触れる瞬間、俺はハッとしてスコール
の頬を両手で挟んだ。
「じゃ、あのレアカードは!?まさか、わざと取られたのか!」
「まあな。」
「何でそんな事したんだ!勿体ねーと思わねーのか!?」
「思ってるさ。」
「じゃあ、何で!!」
「言っただろう。」
スコールが頬から俺の手を引き離した。

「勝負にでるのは一度だけだ。欲しいカードは一枚きりだ。その勝負に勝てるなら、他の勝負は全部
捨てても構わない。」

手首がベッドに押し付けられる。無駄の無い動きは、獲物を狙う肉食獣のそれだ。
「お前もマスターも一緒だ。お前達は二人共、俺に勝負を仕掛けてきたんだ。だから、お前との勝負
に賭けた。カードは奴にくれてやった。」
薄暗い部屋の中で、蒼い瞳が獣じみた光を帯びる。
「もう、俺から逃げようとするお前を見るのは嫌なんだ。」

俺は知ってる。大型の肉食獣が獲物にありつける確率は低い。その確率は殆どギャンブルだ。
生き残れるのは凄腕のギャンブラーだけ。
研ぎ澄まされた爪で、自ら運を引き寄せるギャンブラーだけが、草原を支配する。

「ゼル。俺がカードを取られてる時、何を考えてたか分かるか。」
人間離れした美貌に恍惚とした微笑が浮かぶ。
「嬉しかったんだ。死ぬほど嬉しかったんだ。お前が俺の為に泣いてるのが。お前が俺のことだけ、
考えてるのが。」
「・・・何言って・・・」
「カードなんて、ただの紙切れだ。あんなもの、無くたって生きていける。だけど、お前は違う。」
押さえつける指に痛いぐらいの力が篭る。

「この勝負に負けるくらいなら、死んだ方がましなんだ。」

気付くのが遅かった。俺は勝負を仕掛ける相手を間違えたんだ。
この凄腕のギャンブラーに勝とうなんて。このギャンブラーは全てを賭けて、俺の何もかもを奪おう
としてるんだ。何でこんな男に惚れられちまったんだろう。
がっくりと溜息を漏らす俺に、スコールが慰めるような優しいキスをする。お前になんか慰められた
くない。さっき迄、お前の為に泣いていた俺の涙を返しやがれ。何が死ぬほど嬉しかった、だ。
俺は死ぬほど心配したんだ馬鹿野郎。

「・・・今日をやり直すって、何をやり直すつもりなんだよ。」
何とか気力を振り絞って聞き返すと、スコールがニヤリと笑った。

「決まってるだろう。ロマンチックナイトだ。」

キスティスFC。帰ったら絶対殺す。

スコールの舌が俺の体を這う。溶けるような舌の動きに体中から力が抜けていく。
「・・・・あ・・・っんっ」
喉の奥から、変な声がでる。おかしい。今日の俺、おかしい。いつもと違う。いつも、もっと我慢で
きるのに。こんなにあっさり声が出たりしないのに。
スコールの舌が触れるたびに溢れるように声が漏れてしまう。
「スコ・・・ル、俺・・変っ・・」
「可愛いな、ゼル。」
スコールが胸の突起を噛んだ。全身に電流が走る。
「あ・・っ、やめろ・・・よっ」
仰け反る俺の身体を押さえて、スコールが俺のモノを掴む。既に勃ちあがりかけてたそれがスコール
の手の中で見る見る大きくなっていく。先走りでスコールの手が濡れていくのを感じる。
何でだ。何で俺、こんなにあっさり・・・。
「だめだっ・・スコール、おれ、もう・・っ」
涙交じりに見上げると、スコールが噛み付くようなキスをしてきた。
激しいキスに口の中が蹂躙される。吐き出したい快感と差し入れられる舌の狭間で、呼吸がどうにか
なっちまいそうだ。得体の知れない快感が俺の身体と精神を奪っていく。
こんなに感じて、俺はどうしちまったんだ。これじゃまるで淫乱な女じゃねえか。
「スコールっ・・な・・で・・なんで、おれっ・・・」
スコールの無慈悲な指が俺のモノを優しく弄ぶ。涙が溢れてきた。
「あああ・・ああっ・・・」
腕が空しくシーツを掻き乱す。酷え。いつも柵に捕まる事が出来たのに。ベットの柵が、あのひんや
りした鉄の温度が、俺の意識を保たせてくれてたのに。このベッドは広すぎる。スコールの熱から
逃がれられない。今こんなにも、俺はもがいてるのに。
スコールの指が俺の中を探り始めた。この燃えるように熱い指が俺の中を掻き回したら、俺はきっと
狂ってしまう。
「スコールっ・・・!」
叫び声が空しく響く。スコールの指が俺の中の一点を弾いた。
頭の中が真っ白になった。自分が何を叫んでるのか、全く分らない。
熱いものが俺の中に入ってきた。腰がガクガクと揺さぶられる。体が焼けるように熱い。
俺の中の熱がスコールの動きに引きづり出される。
やがて、スコールが短く呻いた。
体中に衝撃が走る。やっと訪れた解放に全身から力が抜けた。
が、やっぱりいつもと違う。
どうしたんだ。俺。まだ身体が熱くてジンジンする。しかもその熱が段々上がってくる。
「スコール・・」
自分でも思いがけない程心細げな声でスコールを呼んだ。スコールがぎゅっと俺を抱きしめる。
「どうした?」
「俺、何だか分んないけど・・まだ・・・あの・・」
恥かしさに声が震える。
「も、もいちど・・・」
泣きそうになって訴える俺に、スコールがうっとりと蕩けるような微笑を浮かべた。
「何度でも。」
俺はスコールにしがみ付いた。溺れるような深いキスに、俺の意識は再び混濁していった。

眼が覚めると、朝になっていた。
スコールが隣で朝食を食っていた。俺が眼を開けたのに気付くと、軽く頬にキスをしてきた。
「昨日、疲れただろ。」
俺はモジモジと身体を動かした。
「疲れた・・・って言うか、俺、何か変じゃなかったか?」
「変って?」
俺は真っ赤になって口篭もった。
「だから、その・・あの・・・身体が・・なんつーか・・・」
「ああ、いつもより感じてた事か。」
「わ―――――――――っ!!!」
俺は絶叫してスコールに手を押し付けた。普通に言うな!!お前はデリカシーってもんが無いのか!
手の隙間からスコールの忍び笑いが聞こえてきた。
「何が可笑しいんだよ!!」
「そうだな。酔ったお前があんなに可愛いなら、毎日飲みに行ってもいいな。」

酔った?

「・・・俺、酔ってたの?」
スコールがついに噴出した。
「当たり前だろう。あれだけ飲めば。お前、自分だけは酔わないと思ってたのか。」
俺は愕然となった。つまり、酒に飲まれてたのは俺の方だったって事か?
スコールが間抜け面をした俺を見て、声を立てて笑った。思い切り枕を投げつけてやった。
純白の羽根が部屋中に舞う。天使みたいに羽根まみれでスコールが笑い続けた。
畜生、もう酒なんか一生飲まねえ。俺は顔を真っ赤にしてベットから飛び出した。


「・・・さて、行くか。」
笑い終わったスコールがベットから降りて、上着に手を伸ばした。
「行くって、何処に?」
今日、予定あったっけ?俺はパンを齧りながら首を傾げた。
スコールが俺を振り返った。

「勿論、昨日のバーだ。」

は?

「な、何で!?」
「カードを取り戻しに行く。」
当然のようにスコールが言う。俺はハッと眼を開いた。
「ぼ、暴力沙汰はマズいぜ。ガーデンに知れたら・・いや、でもお前がどうしてもって言うなら、
俺も一緒に・・」
「馬鹿。」
スコールが呆れたように俺を見た。
「ちゃんとカードゲームで取り返すに決まってるだろう。」
慌ててスコールの腕を引っ張った。
「でも、昨日レアカード全部取られちまったじゃねえか。残ってるのカスカードばっかじゃん。
幾らなんでも不利過ぎるぜ。」
スコールが肩をすくめた。

「あの程度の腕なら、そのくらいのハンデがあって丁度だ。」

俺は呆気に取られて、服を羽織るスコールの姿を眺めていた。
「1時間もあればカタがつくと思う。さっさと済ませてゆっくり遊ぼう。どうした、変な顔して。」
「・・スコール確か、カードはマスターにくれてやったとか何とか昨日・・・」
「ああ、そのことか。」
スコールが軽く頷いた。
「ゼル、俺のモットーはもう一つあるんだ。」
にっこり笑って指を立てる。

「奪われたものは必ず取り返す。」


結局俺は食事もそこそこに、スコールと一緒にホテルを出てバーに向かった。
マスターは俺達が再び来たのに驚いたようだった。スコールがマスターに再戦を頼む。整った美貌を
悲しげに歪めてマスターに頼み込む姿は、腹にいちもつ抱えてる人間にはとても見えない。
マスターがほだされて再戦をOKする。レアカード満載の自分が、カスカードしか持ってない
スコールに負ける訳が無いと踏んだんだろう。
可哀想に。
俺はむしろマスターに同情した。このオヤジ、きっと尻の毛まで毟られるぜ。

マスターがカードを取り出す。スコールが自分のカードをシャツフルしだす。
その時、俺はスコールの頭に何かついているのを発見した。
白い羽根。今朝投げた枕から零れた羽根だ。俺は今朝の光景を思い出した。
以前聞いた事がある。天使の羽根は猛禽の羽がモデルだと。
大空を舞う無敵のハンター。凄腕のギャンブラー。

マスター、あんたはこれでお終いだ。
あんたはしちゃならない勝負に乗り出したんだ。

このギャンブラーは全てを奪う。
全ての勝利はこのギャンブラーの手の中にある。




(END)
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