自立ノススメ 3


暫くして、やっとスコールの呼吸が静かになった。
そっと手を伸ばして、スコールの頬の血を指で拭った。
「・・・・ごめん。痛かったか?」
スコールがゆっくりと顔を上げる。薔薇色に色を取り戻した唇が、花が綻ぶようにうっとりと微笑む。
「・・・心配か?」


「え?!う、うん・・・!」
思わず赤面しながら答えた。うわ。どうしよう。何か俺、二週間のうちに免疫消えちまったかも。
こいつの綺麗さを、ちょっと忘れかけてたかも。
「・・・なんで逃げ腰になってるんだ。」
ずるずると後ずさりしようとする俺に、スコールがムッとした口調で言う。
「え、いや!その、なんかこー、その、久々に近くで見ると、て、照れるっつーか。」
「・・・何で、今更?」
「そ、そうなんだけどよ!なんだろーな。おまえ、ちょっと綺麗過ぎんだよな。なんか俺、いつまでも
それに慣れないっつうか。」
赤面しつつわたわたと言い訳すると、スコールが呆れたように溜息を吐いた。
「馬鹿。ちょっと近寄った位で。たった二週間離れてただけで、何言ってるんだ。」
おわ。スコールの口から「たった二週間」だとよ。しかもそれを、俺が言われる立場になるとは。
唖然と見上げる俺に、スコールが一層華やかな笑顔で艶然と微笑む。
「死ぬなよ。これから二週間分、お前とやりまくるんだから。」


スコールの手の方が、一瞬早かった。
思わず嵌め直そうとした指輪が、あっという間にスコールの手の中にもぎ取られる。
「か、返せよ・・・・に、二週間分なんて、嘘だろ?」
オロオロと手を伸ばして言った。
「嘘かどうかは、お前が判断すればいいだろう?」
スコールが平然と答える。同時にひょいと立ち上がり、壁に立てかけてあるガンブレードに手を伸ばす。
嫌な予感がした。
「おい・・・何するつもりだよ!?」
スコールが無言で刀身を抜き出す。片手で頭上高く刃を垂直に持ち上げる。
「・・・・やめろ!!お前それ、俺の全財産・・・・!!」
俺が叫ぶと同時に、スコールが指輪を机の上に叩き付けるように置く。その直後、止める間も無く雷光を
纏った鋼鉄の刃が指輪の上に突き落とされた。

分厚い樫の板を貫き、銀色の剣が深々と机に突き立てられる。
その周囲を、虹色の欠片がキラキラと取り囲む。良くできたモニュメントのように。
「お、お前・・・・」
「これでやっとせいせいした。」
スコールがふんと喉を逸らして言う。殆ど涙声で訴えた。
「お、お前なぁ!いらなゃ転売するって方法だってあんだぞ!?どうすんだよ。俺の全財産・・・!」
嘆きつつ、何とか修復できないかと欠片に手を伸ばそうとした。その途端、激しい力で二の腕を掴まれた。
「触るな。」
再びピリピリとした怒りを纏ったスコールがビシリと言い放つ。
「その欠片に一つでも触ってみろ。今度はお前の指ごと切り落とす。」
ぶっそうな台詞に、ぎょっと手を引っ込めた。スコールがにっこりと笑う。
「な?そこで手を引っ込めるからお前は馬鹿なんだ。」


スコールが掴んだ腕を軽く捻って、俺をベッドに押し倒す。
「いい機会だから言っておく。ゼル。俺は甘えたいんじゃない。」
上から俺を見下ろしながら、言い聞かせるようにゆっくりと語りかける。
「俺はお前を喰いたいんだ。お前の全部を、俺が食い尽くしたいんだ。俺の食い物はお前しかない。だから、
肉一欠けらだって他の奴等に渡したくないんだ。」
肉食獣のように大きな手が、俺の顎をがっちりと抑える。
「腹が減るんだ。お前が俺から、ちょっとでも離れると。腹が減って、死にそうになるんだ。いつだって
足りない。直ぐに腹が減る。直ぐに足りなくなる。お前がいつでも傍にいて、いつでも俺を見てくれて、いつでも
抱かせてくれないと、俺は直ぐに飢え死にするんだ。」
サファイアのような瞳に、青白い怒りが燃え上がる。
「それを「甘え」だと思ってる限り、お前にあの指輪は必要無い。あれは命を守る指輪だ。あの指輪の
価値は、そこにあるんだ。だから今、叩き潰した。いつかお前が、本当に指輪を使いたくなる前に。
本気で、俺を飢え死にさせようとする前に。」
スコールがいきなりぐいと俺に顔を寄せる。冷たいほど整った薄い唇から、低く押し殺した声が迸る。
「ゼル。あの指輪は俺を殺す。いいか。もう一度あの指輪を使うなら、俺を殺すつもりで使え・・・!」



使えっつったって、もうねえじゃねぇか。



今更な事を言う美貌の男に、涙ぐみながら思った。
遅せぇよ。今更。こういう事を、退路を断ってから言うコイツの悪賢さがほんと嫌だ。
もうほんとに、逃げ道が無いって思わせるもんな。
こいつに喰われてるしかねぇって、思わせるもんな。
「ず、ずりぃよ・・!お前・・・・!」
涙混じりの声で訴えると、どうやら意味が通じたようで(そういう聡いトコも大嫌いだ)スコールが
くすりと苦笑した。
その苦笑が次第に大きくなる。どんどんはっきりとした笑顔になっていく。ついにその整った口元を
抑えてぶっと噴出した。
「笑うな!悪魔!後出しジャンケンみてぇな事言いやがって!!」
俺の怒鳴り声に、スコールが今度は横腹まで抑えて爆笑する。
「も・・駄目だ。お前、何でそんな可愛いんだ。」
本気で苦しそうに息を切らせて、それでもまだくつくつと笑い続ける。
「可愛くねぇ!!」
「可愛い。」
「可愛くねぇ!!!!」
「可愛くて、寂しがりやだ。」
「・・・・!!な・・・!!」
真っ赤になって絶句した。スコールが端整な顔に蕩けそうな笑顔を浮べる。
「俺無しじゃ二週間も我慢できない、寂しがりやだ。」
「・・・・・・!!!」
こ、こいつ・・・・。
恥ずかしさのあまり、顔から火が噴出しそうになった。ち、畜生。だから嫌なんだよ。こいつと
喧嘩すんのは。
絶対ぇ後で、こんな風に死ぬほど恥ずかしくなる揚げ足取られっから。

「お前があんまり可愛いから、苛めるのは中止だ。」
スコールがまだ笑いながら言う。え?と思わず顔を上げた。
何だ?何だか知らねぇけど、勘弁してくれる気になったのか?
「じゃ、じゃあ、二週間分ってのは無し?取り消しか?」
いそいそとスコールの顔を見上げた。スコールの顔がふいに真顔になる。
「何言ってるんだ。」
引き締まった白い顔に、迫力のある笑顔が浮かぶ。
「二週間分で、許してやろうって言ってるんだ。」


ぐちゃぐちゃと卑猥な水音が部屋に響く。
「あ・・・・・も、もう・・・・!あ!あぁ・・・っ・・や・・・ぁ!」
嫌らしいくらい甘く掠れた声が、開きっぱなしの俺の唇から漏れ続ける。
頭の芯がぼうっとする。沸騰し続けた頭は、もうまともに働かない。
そんな俺の腕をスコールがぐいと引き上げ、すっかり熱くなった俺の根元を扱くように揉む。同時に俺の
奥深くを抉るように突き上げてくる。涙がボロボロと溢れた。

スコールとのセックスが辛いのは、精液が出尽くしてからだ。
快感だけが出口を求めて全身を這い回る。はけ口の無い快楽に、頭が滅茶苦茶に犯される。
「やだ・・・・!も、やだ・・・!」
泣きながら下に手を伸ばした。スコールの手を秘部から引き剥がそうとした。その途端、スコールが
俺の中の一番感じる部分をずるりと刺激する。思わず身体が崩れ落ちた。
「・・・・・!あ・・・・・・!!」
ぐったりとシーツに倒れこむ身体に、支えられていた腰だけが崩れずに残る。淫乱な女のように腰を
高く開いた姿勢に、全身が羞恥で赤くなった。

その上気する背中に、スコールが軽いキスを落とす。
そんな軽い愛撫にも、鋭敏になった身体がビクリと反応する。跳ねるように反り返る胸に、乳首が
硬く立ち上がった。その突起を、スコールが長い指で捏ねるように刺激する。
「ぁ!!・・・・や・・・・ぁ・・!!」
舌先から唾液が滴り落ちる。獣みてぇだ、と霞む頭でぼんやり思った。
だからだろうか。スコールが俺を食いたいって言うのは。俺が獣みてぇだからだろうか。こんな風に、
獣みてぇに快楽に溺れちまうからだろうか。
「・・・っ・・あ・・・」
そんな埒も無い事を考えてる間にも、スコールがまた身体を揺さぶり始める。
「あ・・・あ・・・・あああ・・・っ・・・・!」
先端から透明な液がじわりと染み出る。成す術も無く、身悶えした。
「・・・だした・・・スコ・・ル、も、出した・・・い・・っ」
泣きじゃくりながら訴えた。出したい。この熱を放出したい。もう自分だけの力じゃいけねぇ。
スコールの手じゃなきゃ駄目だ。スコールに掻き回されなきゃ駄目だ。内側も外側も、スコールに両方
追い詰められなきゃ駄目だ。
恥も外聞もない涙交じりの懇願に、スコールがぐいと俺の身体を持ち上げる。
「すごいな。ここ。」
後ろから俺の身体を抱き締めながら、スコールがうっとりと呟く。ぐずぐすに熱を持った脚の付け根を、
長い指でぬらぬらと弄っていく。触手のように這い回る五本の指の感触に、頭の中が一層ぐちゃぐちゃに
爛れていった。

あまりの快感に、啜り泣きながら喘ぎ続けた。
泣きながら身を震わせる度に、俺の中がスコールを刺激するらしい。身を捩る度に、スコールの薄く
整った唇から荒い吐息が漏れていく。その吐息の生々しさに、益々身体が煽られた。
「あ・・・あ・・・・ぁああ・・・」
強烈な快感に、頭の中が真っ白になる。スコール、と助けを呼ぶように名前を呼ぶと、スコールが
堪らなくなったように俺の中を強く突いた。声もなく身体を仰け反らせた。
好きだ、とスコールが熱に浮されたように囁き続ける。その声も、もう切れ切れにしか耳に入らない。
駄目だ。もう意識が持たねぇ。そう思った瞬間、スコールが一際強く俺に腰を打ちつけた。
「――――――――!あ・・・・!!!」
白い液体がドクリと零れる。一気に身体から力が抜けた。同時にスコールも俺の上に倒れこんでくる。
全身が痺れて、指一本動かせなかった。ただじっと、興奮が静まるのを待った。

暫くして、ようやく呼吸が落ち着いてきた。その途端、急激に眠気が襲ってきた。
元々、俺の寝入りは墜落系だ。一旦眠くなると、ぶっつりと線が切れたように爆睡しちまう。
しかも今回はハードなトレーニングと濃いセックスの後だ。睡魔の襲い掛りっぷりは半端じゃなかった。
「も、寝よ・・・おれ、眠みぃ・・・・」
殆ど魔力のような眠気に襲われながら、何とかスコールに言った。低い声がおやすみ、と優しく囁く。
即座に眠りにつこうとした。その瞬間、言っとかなきゃいけない事に気付いた。
鉛のように重く感じる指をのろのろと上げ、逞しい腕を緩く掴む。どうした、とちょっと驚いたように
尋ねるスコールに、最後の力を振り絞って伝えた。


「寂しか・・たら、俺のこと・・抱き枕に・・して・・いから・・・」


一瞬の沈黙の後、いかにも可笑しそうな、明るい笑い声が聞こえてきた。
わかった、ありがとな、と苦笑の混じった声が囁く。子供でもあやすように、大きな手がぽんぽんと
俺の頭を撫ぜる。思わず頬が緩んだ。


良かった。もう、寂しくねぇんだ。


安堵が暖かく胸に広がる。柔らかく抱き締める腕の力を感じながら、俺は今度こそ本格的に深い眠り
に入っていった。





金って大事だよな。
ぐうぐう鳴る腹を抱えながら思った。
かくしてめでたく賭けに負けた俺(あの時のアーヴィンの「ほーらね」って顔を思い出す度むかつく)は、
約束通り馬鹿スナイパーに一ヶ月昼飯を奢る事になった。
お陰で当分飯抜きだ。昼食どこじゃねぇ。寮の食費も払えねえ。来週の給料日まで殆ど絶食状態だ。
「・・・・お前、何で飯食わないんだ?」
ハンバーグランチ(俺の大好物だ)を運んできたスコールが、椅子に腰を落としながら不審そうに
尋ねる。
「・・・・別に、何でもねぇよ。ちょっと食欲がねぇだけだ。」
ぷいとそっぽを向いて、無料の茶をがぶがぶ飲んだ。当分、この茶のビタミンだけが俺の栄養だ。
美味そうなハンバーグの匂いがぷんと鼻を付く。うう。どっかの野良猫みてぇに、このハンバーグを咥えて
ダッシュで逃げ去りてぇ。
「食欲無いって・・・さっきから腹、鳴りっぱなしだぞ?」
スコールが一層不審そうに尋ねる。ヤケクソになって叫んだ。
「いーんだよ!勝手に鳴らさせろよ!それっくれぇいいだろ!」


「違うよね〜。食欲が無いんじゃないよね〜。お金が無いんだよね〜。」

突然、楽しげな声が上から降ってきた。
見上げると、同じく(俺からぶんどった金で買った)ハンバーグをトレーに載せたアーヴィンがにやにや
笑いながら立っている。
「・・・金が無い?それでも、この間まではパン一つくらいは食ってだたろう?」
スコールが眉を顰めて言う。実は見てたのかよ。全然無視してたくせに。ほんと執念深いよなこいつ。
「それがね〜。君の事で僕と賭け・・・」
「わ―――――――――――――!!!」
慌てて飛び上がってアーヴィンの口を塞いだ。が、遅かった。
「・・・・・賭け?俺の事で?」
スコールの蒼い眼が剣呑に光る。俺達二人をゆっくりと見回し、低く腹に響く声で尋ねる。
「・・・・・一体、何の話だ?」

早々と逃げ出したアーヴィンに代わり、しどろもどろになりなから例の賭けの事を説明した。
「・・・・だから・・・その・・・・絶対成功すると思ってて・・・いや、でも、そんときは俺分かってなくて・・・」
おろおろと言い訳しながらも、全身身の縮まる思いだった。
どうしよう。怒ってるよな。いや、怒るに決まってんだろ。こんな事賭けてたなんて。
「悪かった!ごめん・・・・!!」
「・・・・つまり、お前はあの指輪を外さない方に昼飯代を賭けてた訳だな。」
スコールが溜息を吐いて尋ねる。益々小さくなって答えた。
「・・・・う、うん。ご、ごめん・・・。」
「なのに、外したのか。」
「・・・・そ、そう。」
「賭けに負ければ、この状態になるって判ってて、指輪を外したんだな?」
スコールが重ねて尋ねる。
「う、うん。だから、悪かったって。ちゃんと自業自得だって判ってっから。わりぃ。俺、外行っていいか?
ここにいると腹刺激されて死にそうなんだ。」
情けなさに赤くなりながら腰を上げた。その瞬間、スコールの手が俺の手首をがっちりと掴んだ。

「俺が奢ってやる。」


え?


思わずスコールの顔を見返した。そしてまた驚いた。
目の前で、花のような美貌がにっこりと華麗に微笑んでいる。何でだ。てっきり鬼のように怒ってる
だろうと思ってたのに。
「そういう事なら、一ヶ月間、俺が飯を奢ってやる。遠慮しないで、好きなものを食え。」
「はぁぁ!!??」
いきなりの気前のいい申し出に、びっくりして叫んだ。何だ?何でそんなに気前がいいんだ?て言うか
何でそんなご機嫌なんだ?自分が、こんなふざけた賭けの対象にされたってのに。
「何で・・?だってお前、金損するだけだぞ・・・・?」
ポカンとしながら尋ねた。スコールがいかにも機嫌良さそうにくすりと笑う。楽しげな表情のまま、
ひょいと俺の額に顔を近づけ、悪戯っぽい口調で囁く。
「気にするな。俺も、金より愛を取ったんだ。」


「・・・・・?意味分かんね。何だそれ?」
首を傾げて訴えた。スコールがまた小さく笑う。
「別にいいだろ。意味なんかどうでも。俺がそうしたいんだから。」
「・・・うー、でもなぁ・・・・俺、さっき・・・」
空きっ腹を抱えたまま、恨めしくスコールを見上げた。スコールがああ、と思い出したように頷く。
「例の、自立計画再挑戦の話か。」


そう。結局、自立計画は再出発する事になったのだ。
理由は、一昨日から校庭に止まっているあれだ。
校庭いっぱい占領している、ガルバディア空軍の大型戦闘機。世界一の軍事国家ガルバディアが、
その威信をかけて開発した最新鋭の戦闘機。最高の技術。最高の性能。
そして、最高の金食い虫。
一回の飛行費用で、豪邸一軒建つと言われてる、超高燃費戦闘機。
それを、こいつはチャリの如く気軽に借りて帰ってきやがったのだ。
ただ、俺の所に早く帰りたい一心で。

あれを渡り廊下から発見した時は、倒れそうになった。
早くとも戻りは明日の夕方、と断言されていたスコールが、なんであんなに早く帰れたのか
即座に判ったからだ。
「今日のうちにどうしても、緊急に帰る必要があるって言ったら、使えって言われただけだ。」
慌てて問いただす俺に、スコールがあっさりと答える。その口調に良心の呵責は一切無い。
本気で頭を抱えた。
こいつ、ガルバディアの軍事予算をなんだと思ってるんだ。よそん国の税金無駄遣いしやがって。
ガルバディアの皆さんに悪りぃと思わねぇのか。この税金泥棒。
「お前・・・これ飛ばすの幾らかかるか判ってんのか・・・?」
無駄と知りつつ反省を促す為に、悄然と肩を落としながら尋ねた。
「変な事気にするな。ちゃんと理由があったんだから。一刻も早く帰りたい理由が。」
スコールが慰めるように俺の肩を叩く。え?と顔を上げた。
何だ。ちゃんとした理由があったのか。良かった。こいつのホームシック(俺シック?)のせいかと思って
焦っちまったぜ。
「あ。そうだったのか。ごめん。びっくりしたぜ。え?何の理由だよ?なんか緊急任務でも入ったのか?」
急に元気づいて訪ねた。スコールが不思議そうに首をかしげる。
「だから、昨日言っただろう?寂しかったんだ。」

そのままへたり込みそうになった。
何だその理由は。ていうか、やっぱ完璧に俺のせいじゃねぇか。
俺が甘かった。
拳を握り締めて深く深く後悔した。こいつがただ「寂しい」だけで済むわきゃ無かったんだ。
反省なんかする訳ねぇ。思いつめれば、ガーデン出奔して宇宙に飛び出す男だぞ。
今回の事なんか絶対、「たかが戦闘機」くれぇに思ってるに違いねぇ。

「・・・・ゼル?何をそんなに落ち込んでるんだ?」
スコールが不審そうに俺の肩を掴む。その手をがしっと握って叫んだ。
「スコール!!諦めた俺が馬鹿だった!!やっぱお前にゃ自立が必要だ!!「常識ある自立」が!!
これ以上世間様に迷惑かからねぇように、俺ともう一度自立に向かって頑張ろう!!大丈夫だ!!
今度はあんな強引な真似しねぇから!!せめて、ガルバディア国民に足を向けて寝られるくらいの常識は
身につけような!!」
涙ながらに訴える俺に気圧されたように、スコールが長い睫毛をパチパチと瞬かせる。
「な!!スコール!!」
「・・・まあ・・・お前がそう言うなら・・・ガルバディア国民て何だ・・・?」
何だか良くわからない、という風情でスコールが不承不承頷く。
「よし!頑張ろうな!スコール!!」
スコールの両手を握り締めて叫んだ。なんだなんだと集まる野次馬の中、俺はスコール自立計画の
再出発を固く固く心に決意した。

そんな矢先に、この申し出を受けちゃまずいに決まってる。
「・・・自立計画再開するって決めた途端、お前に飯奢ってもらうってのはちょっと・・・・」
もそもそと口篭もりながら、スコールのトレーを眺めた。
「でもお前、腹減ってるんだろう?」
スコールがハンバーグを小さく切り分けながら、何気ない口調で言う。たっぷりとソースを絡ませた
肉片をフォークで突き刺し、思わせぶりに俺の前にちらつかせる。思わず食いつきそうになった。
「・・・俺と一緒にこれ、食わないか?美味いぞ?」
形のいい唇を俺の顔にそっと近づけ、吐息のように甘く囁く。
「・・・余計な事なんか、考えるな。自立なんか、何時だっていいだろう?今はその、腹を満たす事が
先だろう?」
共犯者めいた笑みが、その白皙の顔に浮かぶ。大きな掌で俺の腕を柔らかく抑え、蕩けるような
声で耳打ちする。
「大丈夫。俺は空腹の辛さは、よく判ってるんだ。お前いま、辛いだろう?見てるだけなんて、辛いだろう?
好きなだけ、食っていいんだぞ。全部、俺が食わせてやるから。な?」
言い終ると同時に、銀色のフォークをすいと目の前で回す。その動きに、熟れた肉汁が白い皿に滴り落ちる。
いかにも蟲惑的なその光景に、知らずごくりと唾を飲んだ。



腹が減りすぎて、頭がくらくらする。
「・・・・そんなに腹が空いてるのに、自立なんて、下らないよな?そうだろ?」
空腹の余り、今にも眩暈を起こしそうな俺の目の前で、悪魔のような美貌の男が盛んに誘い込んでくる。
「・・・そんなもの諦めて、俺とずっと一緒にいよう。・・・・な?」
甘く誘惑の言葉を吐きながら、俺の口の前に肉塊の刺さったフォークを誘うように突き出す。その度、
理性がボロボロと崩れていくのを感じた。
きったねえ。なんてきったねえ奴なんだ。
ぎりぎりと歯を食いしばって思った。
食欲だけは、先送りできねぇって知ってて。我慢できねぇって知ってて。今口をあけたら、俺の負けだって
知ってて。それでこんな執拗に誘ってくるんだ。
そうやって、この自立計画を叩き潰ちまうつもりなんだ。あの指輪みてぇに。
俺の決意ごと、粉々に砕いちまうつもりなんだ。

ああ。今こそあの指輪があればいいのに。

歯噛みしながら思った。
今こそ、あの指輪が必要なのに。そしたら、スコールじゃなく、俺を止められるのに。
抑えがたい本能の欲求で誘うこの男から、俺自身を止めらるのに。

でも、もう指輪は無い。

絶望的な気持ちで思った。
こいつが砕いちまった。もう指輪は俺の手には入らない。もう、俺を止める物は無い。

「・・・ゼル」
呼ぶ声に頭の中が空っぽになる。吸い寄せられるように、銀色のフォークにゆっくりと唇が近づいていく。
スコールの蒼い瞳に歓喜の色が煌く。自由よりも尚強く、人の心を支配する本能の欲望。
お前をこの唇で喰えるなら、どんな自由も欲しくない。
この欲望が満たされるなら、どんな自由も惜しくない。






END
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