カカイルシンデレラ



昔、木の葉の国にシンデレラと呼ばれる中忍がいました。本名はうみのイルカです。
シンデレラは孤児でした。
シンデレラの両親は、里を襲った化け物に殺されてしまったのです。

そんなある日、シンデレラの家に三人の上忍がやって来ました。
三人はシンデレラの新しい家族でした。
両親を亡くした孤児の為に、里の上層部が新しい保護者をつけてくれたのです。

シンデレラは困惑しました。
無理もありません。実はシンデレラが孤児になったのは、12年も前の話なのです。
シンデレラは今現在26歳です。保護者が必要な年ではありません。
シンデレラが住んでいる国は、どういうわけか大事件がひっきりなしに起こります。
なのでついつい、その手の福祉処理は後回しになってしまうのです。
後回しにされまくった挙句、今頃になって手続きが完了したと言う訳です。

三人の上忍が家に転がり込んでくると、シンデレラの生活は一変しました。
子供の頃ならいざ知らず、シンデレラは今や立派な社会人です。上忍中忍の階級差も骨身に染みて
分かっています。寂しい一人暮らしとは言え、今までそれなりに気楽に暮らしてきたシンデレラは、
たちまち上忍達の召使いのような有様になってしまいました。

三人のうち、一人はアスマという名の上忍でした。
アスマ上忍は戸籍上、シンデレラの兄弟となっていました。(「家族」にこだわる上層部の暖かい
配慮です)
アスマお兄さんは大変な面倒くさがりやでした。始終煙草を口から離さず、何事にも関心がなさそうに
だらりと椅子に座ったままです。
ですので世話も楽なものです。灰皿さえ掃除してあれば、何の不満も言いません。

もう一人はガイという名の上忍でした。
ガイ上忍も戸籍上はシンデレラの兄弟になっていました。(「兄弟は多い方が良い」という上層部の
暖かい配慮です)
ガイお兄さんは異様にテンションの高い上忍でした。夜が明けると同時に白い歯を輝かせながら修行を
始め、日が暮れるまで汗を飛び散らせながら鍛錬に励みます。その合間に発する気合の入った奇声には、
ご近所からたびたび苦情の申し入れがくるほどでした。
しかし、シンデレラはその真摯に修行に励む姿を、非常に好ましいと思いました。
熱く語られる青春論も、アカデミーで教鞭を取るシンデレラには深く共感できるものでした。
なので、そんなガイお兄さんのお世話をするのは、ちっとも苦になりませんでした。

問題は、三人目の上忍でした。
三人目の上忍は戸籍上、「母親」になっていました。26歳独身男のシンデレラとしては、美人くの一の
登場を期待しても無理からぬ所です。内心ワクワクドキドキしながら「お母さん」の登場を待ちました。
が、実際現れた上忍を見て、シンデレラはひっくり返りそうになりました。
母親役の上忍もまた、立派な「男」だったのです。

木の葉のくの一不足を、この時ほど実感した時はありません。
しかも、驚くのはそれだけではありません。この上忍はなんと、「写輪眼のカカシ」として忍の世界に
名を轟かせる、里きっての天才忍者でした。
里内の福祉処理などに使っていいような相手ではありません。シンデレラは、この破格の配役に
ビビリまくりました。
十二年も手続きが遅れたお詫びのつもりでしょうか。それとも、お母さん役に男なんかあてがって
しまった埋め合わせでしょうか。まるで嫌がらせのような大サービスです。


木の葉には珍しい銀色の髪を持つこの上忍は、名前を「はたけカカシ」といいました。
同居が始まって暫くすると、シンデレラはこのお母さん役の上忍にほとほと手を焼いてしまいました。
そうです。シンデレラが召使い状態になっているのは、偏にこの上忍のせいなのです。
カカシ上忍の人使いの荒さは、ただ事では無かったのです。

カカシお母さんは、シンデレラと眼が合う度に、必ず何かしら用を言いつけるのです。
そこを片付けておいて下さい、お茶を入れてください、何か食べる物を作って下さい、と立て続けに
用を頼んできます。
しかも、取り立てて感謝してくれる訳でもありません。
言われた通りお茶を差し出しても、手にしたエロ本から目も離さずに軽く頷くだけです。
いや、感謝どころではありません。小一時間も経ってから、シンデレラが上忍達の為にせっせと夕飯を
作っている最中に「このお茶、ちょっと薄かったです」と、わざわざ不満を言いに来る始末です。
そして、忙しげに働くシンデレラを目の前にしながら、「もう一度淹れ直して下さい」と平然と
要求してきます。
相手が格上の上忍でなければ、「てめぇで勝手にやりやがれ」と茶缶を投げつけている所です。
しかも、厄介なのはそれだけではありません。
この人使いの荒い上忍は、実はかなり粘着質な性格の持ち主だったのです。

何度も言いますが、カカシお母さんは里随一の天才忍者です。
特に五感の発達ぶりでは、余人の追随を許しません。
そんなカカシお母さんは、シンデレラが「お母さん」紹介された時、思わず浮かべてしまった落胆の
表情を、目敏く見咎めていたのです。

やば、と思ったときはもう手遅れでした。
「・・・・ま、俺だって本当はこんな任務、やりたくなかったんですけどね。」
そう言ったっきり、お母さんは不機嫌そうにシンデレラから視線を反らしてしまいました。
それ以来、ずっとこの調子です。
何を聞いても、ろくな反応が返ってきません。
「今日の夕食は何にしましょうか?」と尋ねても、イチャパラに深く顔を埋めながら「そんな無理
しなくていいですよ?今更。」とぼそりと嫌味に返してくるだけです。

この大人気ない対応には、流石にシンデレラもムッとしました。
確かに、27歳の男がいきなりお母さん役を振られるのは嫌な事でしょう。
しかし、27歳の大男に突然「お母さん」になられてしまった方だって、相当嫌です。
しかも、このお母さんは片時もエロ本を手から離しません。嫌さで言ったら、こっちの方が断然上です。

大体、同じく無理矢理押し付けられた関係であっても、ガイお兄さんやアスマお兄さんは
「我々は縁あって兄弟となったのだ。仲良くやろう!」とか「まー、お前も大変だな。あんま無理
しないで、気楽にやってくれ。」と励ましたり、労わったりしてくれています。
そんな出来たお兄さん達に比べて、この恨みがましい性格はどうでしょう。

勿論、初対面で「げー」という顔をしてしまったのは、良い事ではありませんでした。
が、これが母親だと言って身長180cm超の覆面猫背男を紹介されれば、殆どの人間がそういう表情に
なるはずです。
そこらへんの人情は、汲んでくれるのが大人と言うものではないでしょうか。

それなのに、この上忍はいつまでも延々と、その一件を引き摺り続けるのです。
そして、感謝の言葉一つ無くシンデレラをこき使いやがるのです。何て陰険な奴だろう、と思いました。
こんな心の狭い、執念深い奴が継母なんて耐えられません。
できる事なら、はたけカカシだけ熨斗をつけて上層部につき返したい気分です。

しかし、上層部の命令は絶対です。
そして、上忍中忍の上下関係も絶対です。
シンデレラは歯噛みしながら、毎日毎日カカシお母さんのご用をこなし続けました。

そんな暮らしが三ヶ月も続いた頃、木の葉にあるお触れがでました。
木の葉の国のお世継ぎ、木の葉丸様の「専属住み込み家庭教師募集」のお触れです。

シンデレラは奮い立ちました。
千載一遇のチャンスです。専属住み込み、とくれば、このいびつな擬似家族ごっこにも終止符を
打つ事ができます。アスマお兄さんやガイお兄さんとお別れするのはちょっと残念ですが、これに
採用されれば、晴れてカカシお母さんの召使生活からオサラバできるのです。


これしかない、と意気込んで募集要項を読み耽りました。
募集要項には、誰がお世継ぎの家庭教師に相応しいか、応募者全員を集めて一斉試験をすると書いて
ありました。
シンデレラは現役のアカデミー教師です。ですから、忍術の指導方法はそれなりに心得ているつもりです。
しかし、お世継ぎの家庭教師とくれば、上忍クラスの忍達も数多く募集してくるでしょう。
純粋な忍術比べという事になれば、中忍のシンデレラにはかなり不利な話になります。
ここは一つ、お兄さん達に相談してみる事にしよう、とシンデレラは思いました。

シンデレラは三人の上忍の前で、張り切ってお知らせを読み上げました。
「素晴らしいぞイルカ!よし!体術の基本からもう一度教えてやろう!!」
ガイお兄さんがぐいと親指を立てて叫びました。
「・・・ま、俺もクナイはちっと使える方だ。何か聞きたい事があったら、聞いてくれや。」
アスマお兄さんは、煙草の煙をぷかりと丸く吐き出しながら言いました。
それを聞いたシンデレラは、感激に涙ぐみそうになりました。
ガイお兄さんは、里一番と言われる体術の使い手です。アスマお兄さんも、同じく里一番と言われる
クナイの使い手です。そんな二人が、揃って指導してくれると言うのです。
自分は何て果報者なんだろう、とシンデレラは思いました。

カカシお母さんは無言でした。
いつもの眠たげな半眼を一層眠たげに弛ませて、退屈そうに銀色の髪をぼりぼりと掻いています。
その仕草は、いかにも面倒臭げでした。下らない話を聞かされて時間を損した、とでも言いだけな
態度でした。
それに気付くと、シンデレラの心中に今更ながらムカムカと怒りが湧き上がりました。

この上忍はいつもそうです。
いつでもこんな、人を小馬鹿にしたような態度を取るのです。
自分の言葉など、全く意味が無いかのように振舞うのです。シンデレラは改めて決意しました。
こんなむかつく野郎とは早く縁を切るんだ。絶対に、木の葉丸の家庭教師になってやる。
「・・・・お二人とも!どうか、宜しくお願いします!!」
シンデレラは深々とアスマお兄さんとガイお兄さんに頭を下げて叫びました。

真面目な性格のシンデレラは、熱心に修行に励みました。
元々基礎はしっかりしている方です。その上、既に教師の経験があります。こりゃ、本当に採用
されるかもしれねぇな、とアスマお兄さんに言われる程になりました。
シンデレラは嬉しくなりました。そして、一層頑張って修行に励み続けました。

いよいよ二日後に採用試験を控えた日、突然大きな麻袋を抱えたカカシお母さんがシンデレラに
声をかけました。
「イルカ先生、ちょっとやって欲しい事があるんですが。」
「あ。はい。」
シンデレラが答えると、カカシお母さんは麻袋をその場でザーッとひっくり返しました。
シンデレラの目の前で、何やら穀物らしき物が見る見る大きな山になっていきます。
「・・・・あの、これ・・?」
シンデレラが首を傾げて尋ねると、カカシお母さんは淡々とした声で言いました。
「これね、粟と稗の粒が混じってるんです。」
「・・・・・はぁ。・・・・で?」
戸惑いながらもう一度尋ねると、カカシお母さんはゴソゴソとポケットから一枚の紙を取り出しました。
どんよりとした半眼を瞬かせながら、その紙をシンデレラに差し出します。

それは、任務の依頼書でした。
任務遂行者の欄に、墨で黒々と「うみのイルカ」と記入されてあります。何?と思った瞬間、銀髪の
上忍は無機質な声でシンデレラに告げました。

「これ、全部選り分けといて下さい。期限は明後日までです。」

「無理です・・・!!」
シンデレラは思わず叫びました。
こんな細かい粒の山を二つにより分けるなど、一日や二日で出来るものではありません。
「任務完了まで外出は禁止です。」
カカシお母さんが聞く耳をもたない風情で言います。
「そんな!だって明後日って言ったら木の葉丸の・・・!!」
「俺には関係無いですね。」
「・・・こ、こんな面倒くさいこと、何でやらなきゃならないんですか!?いや、ていうか俺、こんな
任務全然聞いてませんでしたが!?」
「俺が引き受けたんです。保護者の権限で。」
銀色の上忍が平然と答えます。シンデレラは呆然としました。

確かに、木の葉では、若年者の任務は保護者がその受諾を決定する権利があります。
そして、はたけカカシは今現在シンデレラの保護者です。建前上、シンデレラの任務は、はたけ
カカシが自由に裁量できるのです。
「・・・いいじゃないですか。ランクとしちゃDランクですよ。楽なもんです。」
カカシお母さんが早くもドアに向かって歩き出します。
「だってアナタ、修行したかったんでしょ?」
ドアノブに手を掛けながら、振り返りもせず吐き捨てます。
「これだって立派な修行デショ?忍耐力のいい訓練になります。ま、せいぜい頑張って下さい。」


!!!!こんの糞上忍―――――!!!!


シンデレラはブルブルと拳を握り締めて立ち尽くしました。
性格悪いにも程があると思いました。これは明らかな嫌がらせです。別に応援してくれなくたって
かまいませんが、しかし何も妨害する事はないではありませんか。
シンデレラはカカシお母さんの去っていった方向に向かって、思わずクナイを投げつけそうになりました。


一時の激情が収まると、こんどは絶望がどっと胸に押し寄せてきました。
絶対無理です。こんな細かい作業が試験日までに終わる訳がありません。任務終了の期限にすら、
完了できるかどうか怪しいものです。

シンデレラはガクリと床に膝をつきました。
これで今までの努力が水の泡かと思うと、思わず悔し涙が浮かんできました。滲む涙に、視界が
ゆるゆると滲んできます。


「イルカ先生!?何泣いてるんだってば!」


突然、甲高い子供の声が部屋に響き渡りました。
ハッと顔を上げると、そこには小さな動物が三匹、シンデレラをマジマジと眺めていました。
「・・・・おまえ達・・・!!」
シンデレラは思わず叫びました。

三匹は、木の葉の森に住む動物達でした。
一匹は金色に輝く毛並みの子狐です。
名前は「ナルト」といいます。いつも元気いっぱいにぴょんぴょん飛び跳ねています。
シンデレラの事を父親のように慕っている、悪戯者の子狐です。
もう一匹は、美しい毛並みの黒テンの子供です。名前をサスケといいます。サスケは大変すばしこく、
またとても警戒心の強い、無愛想なテンでした。
三匹目は可愛い子ウサギです。名前はサクラです。フワフワとしたピンク色の毛並みと、柔らかく
立ち上がった耳が大変愛らしい、器量良しの子ウサギです。

三匹の夢は、立派な忍獣になる事です。
そんな三匹はある日、「自分達にも忍術を教えてくれ」とアカデミー教師のシンデレラに頼みに
来たのです。瞳をキラキラと輝かせて訴えるその熱心さに、子供好きなシンデレラはついつい頷いて
しまいました。それ以来、シンデレラは忙しい合間を縫って、この三匹に忍術を教えていたのです。

「イルカ先生、どうしたんだってば!?」
驚いて駆け寄るナルトに、シンデレラは涙を慌てて止めました。
「いや、何でもないんだ。ちょっとな、急ぎの用を頼まれたたんだ。」
無理やり笑顔を浮かべて狐の頭を撫ぜます。ナルトがくすぐったそうに首を傾げて尋ねました。
「急ぎの用って?」
「ああ。この山から粟と稗を選り分けるんだが、どうも期限に間に合いそうもないんでな・・・」
ちょっと困ってたんだ、と打ち明けると、ナルトは小さな顔を誇らしげに輝かせて叫びました。
「なーんだ!!んなことだったら、俺にまかしとけってば!!」
そう言うや否や、狐はボン!と白煙を上げて宙に跳び上がりました。

「分身の術!!」

その途端、辺り一体はナルトの分身で一杯になりました。
「皆でこの山を選り分けるってば!!」
ナルトが叫ぶと同時に、沢山の分身達が一斉に穀物の山を取り崩し始めます。みるみる小さくなる
山の傍らで、色違いの二つ山がどんどん積みあがっていきました。
一時間もすると、シンデレラの目の前には見事に粟と稗の山が出来上がっていました。

色違いの山の前で、ナルトが嬉しそうにエヘン、と胸を張ります。
悪戯狐のナルトは、以前秘伝の巻物を倉庫から盗んだ事がありました。その時偶然、この技を会得
したのです。
「・・・す、すごいぞナルト・・・!ありがとう!!」
シンデレラは感激して叫びました。
「なーに、いいってばよ!いつもイルカ先生にはラーメン分けて貰ってるし!」
ナルトが誇らしげに空中で一回転します。
「じゃーな、イルカ先生!」
金色のしっぽをピンと張って、子狐が意気揚揚と森の奥に消えていきます。サスケとサクラもその
後に続いて駆けて行きます。シンデレラはその後姿に向かい、何度も「ありがとうなー」と手を
振りました。


「・・・・・終ったんですか・・・」
カカシお母さんがゆっくりとシンデレラに問い掛けます。
「はい。ご覧のとおりです。」
シンデレラは自信満々に粟と稗の山を指差しました。銀髪の上忍が無言で二つの山を見つめます。
その光景に、シンデレラは思わず大声で笑い出したくなりました。このいけ好かない銀髪野郎は、
きっと内心物凄く悔しがってるに違いありません。そう思うと、嬉しくて堪りませんでした。
「じゃ!失礼します!これからガイ先生と修行の約束なので!」
元気良くカカシお母さんに頭を下げ、颯爽と部屋を出て行きます。
背後から、カカシお母さんの強い視線を感じます。その突き刺さるような視線すら、今のシンデレラ
には心地よいものでした。

次の日、またカカシお母さんがシンデレラの元にやってきました。
「イルカ先生、ちょっといいですか?」
「・・・はぁ、何でしょうか・・・?」
低い声で警戒しつつ答えると、カカシお母さんはシンデレラを里外れの水車小屋まで連れて行きました。

水車小屋には、まだ挽かれていない小麦の袋が天井までぎっちり詰まれていました。
「これを全部挽いといて下さい。期限は明日までです。」
銀髪の上忍がまたもや任務依頼書をつきつけて宣言します。
「・・・・・はぁ!!??」
シンデレラは思わず裏返った声で叫んでしまいました。
「・・・ちょっ!いい加減にして下さいよ!!明日は採用試験なんですよ!?」
我を忘れてお母さんに詰め寄りました。しかし、銀髪の上忍は全く動じませんでした。
「だから、そんなの俺には関係無いっていってるじゃないですか。」
すげなく言うと、カカシお母さんはふいと水車小屋を出て行ってしまいました。

今度こそお手上げです。
こんな大量の粉を、明日までにすり潰し終わる訳がありません。今度こそ本当に、採用試験への参加は
取りやめです。
お兄さん達につけてもらった修行の数々が、走馬灯のように脳裏を走ります。またもや悔し涙が
目尻に浮かんできました。


「・・・・何やってるんだ?」

突然、低い子供の声が薄暗い水車小屋の隅からしました。
シンデレラが慌てて振り向くと、ナルト達がまた窓から小さな頭を揃えて覗いています。
今度声を掛けてきたのは、黒テンのサスケでした。そのまま、するりとしなやかに窓の隙間から部屋の
中に飛び込んできます。
「・・・・ああ、今度はこれを全部粉にしないといけないんだ・・・」
シンデレラは悄然と答えました。今度はナルトの分身の術も助けになりません。何人助っ人がいようが
無駄なのです。廻すべき水車は、里にこれ一つしか無いのですから。

話を聞いたサスケはフン、と小さく鼻を鳴らしました。
「・・・なら俺に任せておけ。」
そう言ってまた部屋をすっと抜け出していきます。
暫くすると、部屋の外から「千鳥!」と言う叫び声が聞こえてきました。

その途端、水車が猛烈な勢いで回転し始めました。
それにつれて、水車に連結された杵も爆速で動き出します。
「早く臼に麦を入れろ!」
激しい水音に混じって、サスケの怒鳴り声が聞こえてきました。
シンデレラはハッと息を飲みました。そして、慌てて麦を臼に流し込み始めました。

サスケは大変利巧な獣です。
一度見た技を、どんどん自分の物にしてしまいます。そんなサスケは、以前、カカシお母さんが敵忍に
猛烈な勢いで電撃を浴びせ続けている場面に出くわしました。その時、この技を見様見真似で覚えて
しまったのです。
三時間もすると、小屋高く詰まれていた麦は全て白い粉に擂り潰されてしまいました。

「・・・これでいいんだろ。」
サスケが不機嫌そうにプイとそっぽを向きながら言いました。
が、その身体は地面に大の字に横たわったままです。物言いこそ無愛想でぶっきらぼうですが、サスケは
全身のチャクラを使い果たすまで千鳥を打ち続けてくれたのです。
「ありがとうサスケ・・・!!」
シンデレラはまた大声でお礼をいいました。
「・・・フン」
相変わらずそっぽを向いたまま、サスケが詰まらなそうに鼻を鳴らします。が、その白い頬は照れた
ように薄赤く染まっていました。
ナルトがひょいとサスケを肩に担ぎます。ウサギのサクラが「大丈夫?」と心配そうにその周りを
跳ね回ります。
三匹が森の中に完全に消えてしまうまで、シンデレラは両手を大きく振って見送りました。


「・・・・これも、終ったんですか・・・・」
カカシお母さんが、蒼みがかった目を細めて白い粉の山を見上げます。
「ええ!!ま!ざっとこんなもんですよ!!」
シンデレラは胸を張って答えました。

気分大爽快です。
嫌いな奴を打ち負かす程、胸のすく事はありません。まして今回の相手は、里随一と目される上忍です。
そんな奴に勝利するなど、そうそうある事ではありません。
出来れば、この場で記念写真の一枚も撮りたいくらいです。
「・・・・・・・・・・・。」
銀髪の上忍が無言のまま身体を反転させます。そのまま、何も言わずに静かに部屋を出て行きます。
遠ざかる銀髪を眺めながら、シンデレラはこっそり小さなガッツポーズを取りました。


そしていよいよ、採用試験当日になりました。
アスマお兄さんとガイお兄さんは、その日生憎任務が入って不在でした。が、出かける前に「頑張れよ」
とそれぞれ力強く励ましてくれました。
カカシお母さんの姿は見ませんでした。きっとまた何処かで昼寝をしているか、イチャパラを読み耽って
いるのでしょう。いい気なものです。

そんな事を考えながら、シンデレラは防具の最終チェックしていました。
すると、当のカカシお母さんが、ふいにシンデレラの目の前に現れました。
お母さんの背中には、何故かボロボロの古着が一杯に詰まった大きな竹篭が負われています。
「・・・そ、それは・・・?」
嫌な予感に慄きながら、シンデレラは恐々尋ねました。銀髪の上忍が背中から竹篭をドサリと
下ろします。そして、おもむろに任務依頼書を突き出し、例の平淡な声で言い放ちました。

「これ全部、繕っておいて下さい。期限は明日の朝までです。」


シンデレラは愕然としました。
この期に及んで、まだこんな嫌がらせをされるとは思いませんでした。
お母さんの手から、引ったくるように依頼書をもぎ取りました。
中を読んでいるうち、シンデレラのこめかみには怒りの青筋がピクピクと立ってきました。

内容に腹が立ったのではありません。腹が立ったのは、その依頼日時です。
依頼の受理時刻は、ほんの一時間前でした。
つまり、この上忍は、ついさっき受理されたばかりの依頼を無理矢理引き受けてきたのです。
そんな強引な真似をした理由は明らかです。
自分の採用試験参加を妨害する為です。それ以外、考えられません。
「あ・・・アナタは一体、何でここまで俺に嫌がらせするんですか・・・・!!」
ついに堪忍袋の尾が切れたシンデレラは、大声で叫びました。
「・・・・嫌がらせなんかしてませんよ。」
「嘘だ!じゃなきゃ、何でそんなに俺が試験に参加するのを邪魔するんだ!!」
一気に爆発する怒りに、語尾がビリビリと震えます。
怒りに顔を真っ赤にするシンデレラを、銀髪の上忍が冷たく醒めた視線で見下ろしました。


「・・・・何馬鹿な事言ってるんですか。先生、ちょっと自意識過剰なんじゃないですか?」


自意識過剰ぉ――――――!!!???


憤怒のあまり、脳の血管が切れそうになりました。
自意識過剰!どの口がそんな大嘘をぶっこくのでしょうか。どう考えたって、自分への嫌がらせでは
ありませんか。ここまでしゃあしゃあとバレバレの嘘を付く男に、シンデレラは生まれて初めて
会いました。限界を超えた怒りに、返って言葉が出てきません。
シンデレラは金魚のように唇をパクパクと震わせました。

「・・・・ま、変な言いがかりつけてないで、早く仕事に取り掛かってください。」
シンデレラの怒りを他所に、銀髪の上忍が肩を竦めながら言います。
そして、シンデレラの返事も待たずに、さっさと二階の自室に上って行ってしまいました。


お母さんの姿が完全に視界から消えると、シンデレラはずるずるとその場に座り込みました。
ショックのあまり、立ち上がることが出来ませんでした。
今度という今度は駄目でしょう。シンデレラは裁縫が大の苦手だったのです。

苦手というか、むしろ未知の領域です。
シンデレラは今まで、着る物に関しては二つの単純なスタンスで臨んできました。
「1.破れても気にしない」「2.限界になったら捨てる」です。
このシンプルな衣装哲学には、「繕う」などと言う高等概念は存在しません。
亡くなった実の母親の裁縫道具を、押し入れの奥からやっと探し出しました。何とか針に糸を通しました。
けれど、そこから先の作業が皆目見当もつきません。

呆けたように針を見つめているうち、シンデレラは段々虚しくなってきました。
自分は一体、何をやっているのでしょう。
何でこんな、無理難題を押し付けられ続けなければならないのでしょう。

一旦落ち込みだすと、もう止まりませんでした。
暗雲のような絶望が、みるみる胸を覆っていきます。
あの執念深い上忍はきっと、自分を苛め倒す気なのです。こんな風に、ずっと嫌がらせしまくる気
なのです。
そうやって、「継母」なんて気色悪い配役を押し付けられた鬱憤を晴らすつもりなのです。
自分に嫌な顔をみせた生意気な継子を、延々といたぶるつもりなのです。

そう思うと、何だかもう、何もかもが無駄な事のように思えてきました。
どんなに頑張っても、意味が無い気がしました。
天才と呼ばれる上忍に本気になって妨害されれば、抵抗できる中忍はいません。
きっと、自分はずっとあの陰険な男の召使として、生きていかなければならないのです。
シンデレラはがっくりと首をうな垂れました。
我が身のあまりの不遇さに、このままおいおいと男泣きしたいくらいでした。


「先生・・・どうしたの?」

その時、小さな声が耳元でしました。
驚いて顔を上げると、窓枠に例の三匹の動物達が貼り付いていました。
白ウサギのサクラが、ピンクの耳をヒクヒクと心配気に動かしてシンデレラを見詰めています。
「や、なんでもないんだ。ちょっと疲れちまってな。すまんすまん。」
ははは、と笑顔を作って三匹を部屋の中に入れました。
「今度は何のお仕事をしてるんですか?」
可愛らしく首を傾げてサクラが尋ねます。
「ああ。この古着をな、全部縫い直さなければならないんだ。先生、裁縫なんてした事無いからなぁ。」
シンデレラが自嘲の笑みを浮かべて鼻の頭を掻きます。すると、サクラがピョーンと嬉しげに大きく
跳ねました。

「任しといて先生!私、お裁縫は大得意なの!!」

「サクラちゃん、すっげー!!」
ナルトが感心したように叫びます。
「あったり前よ!巣穴のクッションなんか全部、あたしの自作なんですからね!!」
サクラが胸を張って答えます。
「ほら、イルカ先生!その針と糸を貸して!」
サクラがテキパキとシンデレラから裁縫道具をもぎ取ります。その時、黒テンのサスケがボソリと
サクラに言いました。

「・・・・・頑張れよ。」

その途端、サクラの耳がビーンと立ち上がりました。
「う、う、う、う、うんっっっっっっ!!!」
上ずった声で言うと同時に、マシンガンのようにビシビシ布地を縫い合わせていきます。
「がっ、頑張れだって!頑張れだって!!頑張れって・・・!!」
耳を真っ赤に染めて、次から次へ布を手に取っていきます。
恋する乙女の力は偉大です。あっと言う間に、布地は全て縫い直されてしまいました。


「良かったなイルカ先生!全部終わったってば!!」
ナルトの声でシンデレラはハッと我に返りました。
振り向くと、綺麗に繕われた布地の山の前で、三匹が嬉しそうにシンデレラを見上げています。
その光景を見た瞬間、シンデレラは胸が一杯になりました。

三つの任務とも、最初はとても無理だと思いました。
けれど、どうでしょう。この三匹はそれぞれの力を出し合って、全てやり遂げてくれたのです。
それなら、自分だって同じ事です。
本当に無理かどうかは、やってみなければ判りません。
三匹は今、シンデレラに教えてくれたのです。
思い込みで決め付けてしまう事の愚かさを、諦めてしまう事の意気地なさを、身をもって教えて
くれたのです。


「ありがとう皆・・・!!」
シンデレラは三匹をぎゅうっと抱きしめました。
「イルカせんせー苦しいってば!!」
「・・・・離せ・・・」
「何でナルトが真ん中なのよ!どうせならサスケ君真ん中にして下さい!!」
三匹がそれぞれシンデレラに訴えます。シンデレラは大きな声で笑いました。
久々に腹の底から笑った気がしました。やる気と勇気がもりもりと、溢れるように湧いてきます。
もう障害はありません。恐れるものはありません。
後はもう、木の葉丸の試験に向かうだけです。


「うみのイルカ、任務完了しました!」
シンデレラは意気揚揚とカカシお母さんの部屋に飛び込んで叫びました。
だらりと寝そべってイチャパラを読んでいたカカシお母さんが、びっくりして飛び上がります。
まさかこんな時間に呼ばれるとは思ってもいなかったのでしょう。何時も顔を覆っている口布と
額当てが取り払われたままです。形のいい、整った唇が驚きに薄く開かれているのが判りました。

へぇ、わりといい男だったんだな。
シンデレラは内心ちょっと驚きながら、カカシお母さんに近寄りました。
「・・・・完了・・・」
カカシお母さんが呟くように繰り返します。
「はい!どうぞ、ご覧になって下さい!!」
シンデレラが大声で階下を指差します。カカシお母さんは無言で階段を下りて行きました。

「・・・・・・。」
カカシお母さんがドサリと畳の上に胡座をかいて座ります。そのまま微動だにせず、黙りこくって
衣類の山を見続けます。
「これで文句無いでしょう。俺は試験会場に行きます。」
シンデレラは最後通牒を突きつける人のように、毅然とした声で言いました。
「・・・・・・・・・。」
お母さんは振り返りもしません。衣類の山を食い入るように見詰めたままです。シンデレラは安堵の
吐息を吐きました。もう大丈夫でしょう。今から新しい任務を引き受けてくるなど、到底不可能です。
これでやっと、自分は本当にカカシお母さんの妨害を振り切る事が出来たのです。

そうと決まれば、ぐずぐずしている訳にはいきません。
時間が迫っています。シンデレラはお母さんの傍らを急いで通り抜けました。すれ違いざま、銀髪の
上忍に最後の挨拶を掛けます。
「じゃ俺、行ってきます。」
その時、カカシお母さんが小さく息を吸い込みました。



「・・・・・・っ」



その瞬間、シンデレラの身体がガクンと前につんのめりました。
シンデレラは思わず大きく目を見張りました。



お母さんの節立った大きな手が、シンデレラの手をぎゅっと強く引っ張っています。
「・・・!!??な、何ですか・・・!?」
シンデレラは振り返って叫びました。けれど、お母さんは何も言いません。そのまま深く顔をうなだれ、
シンデレラの手の甲に額を強く押し付けてきます。


「え!?ま、まさかまだ用があるんですか!?」
シンデレラは動揺して尋ねました。カカシお母さんが無言で首を小さく横に振ります。が、掴んだ手を
離そうとはしません。薄い瞼を堅く閉じたまま、むしろ一層強く額を押し付けてきます。
「・・・!ちょっ・・・ぐ、具合でも悪いんですか?」
シンデレラは眉を顰めてもう一度聞きました。カカシお母さんがまた小さく首を横に振ります。けれど、
やはり何も言おうとしません。ただひたすら、シンデレラの手に顔を埋めるのみです。
シンデレラはすっかり困り果ててしまいました。


とにかく、この光景は異様過ぎます。
というかお母さんの行動が異常過ぎます。取り合えずお互い落ち着かなければ、と思いました。
「・・・えーと、す、すみません。と、取り合えずこの手、手ぇ離してくれませんか。」
恐々様子を伺いつつ、ぶんぶんと銀髪の上忍の手をふり解こうとしました。
その途端、カカシお母さんの手に、今までと比べ物にならない位の力が篭りました。

その力ときたら、手の骨が砕けるんではないかと思う程でした。
シンデレラの困惑は一層深くなりました。一体、この上忍は何をしたいのでしょう。
用があるのかと聞いたら、首を横に振られました。
具合が悪いのかと聞いたら、それも否定されました。
手を離せと言ったら、砕けんばかりの力で握り直されました。
腕まで走る激痛の中、シンデレラは思いました。




もしかして、これは。




それは、随分馬鹿げた考えのように思えました。
今までの自分達の関係を思えば、鼻で笑われても仕方が無い考えのように思えました。
先程、「自意識過剰」と自分を揶揄したお母さんの声も、ちらりと脳裏をよぎりました。
これが的外れの考えだったら、今後この上忍にどんなに馬鹿にされるだろうと思いました。



だけど、それがなんだと言うのでしょう。



このままでは、カカシお母さんが可哀想です。
お母さんの唇は、今や白く血の気が引いています。形のいい銀色の眉も、酷く辛そうに顰められています。
きっと、カカシお母さんは物凄く苦しいのです。息も上手く吸えないくらい、苦しいのです。

シンデレラはカカシお母さんが嫌いです。
特に、試験の妨害をされるようになってからは、「大嫌い」と言っても過言ではありませんでした。
でも、こんなお母さんは見ていられません。

笑われても構わない、と思いました。後で馬鹿にされてもいい、と思いました。
大体、自分は今、あの三匹に教えて貰ったばかりではないですか。
思い込みで決め付けてしまう事の愚かさを、諦めてしまう事の意気地なさを、教えて貰ったばかりです。
それなら、今度は自分が勇気を出して一歩を踏み出す番です。
シンデレラは大きく息を吸い込みました。そして、ゆっくり口を開きました。
お母さんの苦しい呼吸をこれ以上詰まらせぬよう、静かに静かに呼びかけました。



「カカシ、さん」



シンデレラはその時、初めて本当にこの上忍の名前を呼んだような気がしました。
「・・・・カカシさん、もしかして、俺に行って欲しく無いんですか・・・?」
そう尋ねた途端、カカシお母さんの銀髪がビクリと震えました。そんなお母さんの顔を覗き込み、
シンデレラがもう一度ゆっくりと尋ねます。
「カカシさん、そうなんですか?」
その瞬間、カカシお母さんの長い腕が、シンデレラの全身を激しい勢いで引き寄せました。



「どうしてですか」
腕にきつくシンデレラを抱きしめたお母さんが、苦しげに掠れる声で尋ねます。
「どうして、出て行こうとするんです。どうして、そんなに出て行きたいんです。そんなに、俺が
居るのが嫌なんですか。」
俯く銀色の頭が、深々とシンデレラの肩に埋められます。
「なら俺、我慢します。イルカ先生が嫌なら、我慢します。もう、話し掛けたりしません。イルカ先生の
そばには、なるべく行かないようにします。」
悲痛な声が、シンデレラに搾り出すように訴えます。
「先生と一緒にいたいんです。先生が俺の事嫌いでも、俺が母親役なのが、気色悪くてしょうがなくても。
それでも、俺は先生と一緒に暮らしていたいんです。先生、一緒にいたいんです。行かないでください。
先生、行かないで下さい・・・」


掻き口説き続けるカカシお母さんの髪が、シンデレラの頬をふわふわと撫でます。
シンデレラは初めて、この上忍はひどく不器用な人だったのだと気付きました。
思ったよりずっと、傷つきやすい心の持ち主だったと気付きました。

あの時、お母さんは怒っていたのではなかったのです。
天才と呼ばれる自分に嫌な顔をした中忍を、生意気な奴だと怒っていたのでは無かったのです。
カカシお母さんは、傷ついていたのです。
シンデレラにそんな顔を向けられた事に、とても傷ついてしまったのです。どうしていいか、わからなく
なってしまったのです。
不器用なこの人は、その瞬間から一歩も動けなくなってしまったのです。
それ以上嫌われるのが怖くて、自分からシンデレラに歩み寄る事が出来なくなってしまったのです。

だから、あんなに自分に用を言いつけにきたのです。
カカシお母さんは一生懸命、「用事」を作っていたのです。
シンデレラに話し掛ける「理由」を、必死で探し続けていたのです。
それに今、シンデレラは初めて気付きました。



シンデレラは思わず溜息をつきました。
困った事になった、と思いました。
試験の時間は刻一刻と迫ってきています。今すぐにでも家を出ないと、もう本気で間に合いません。
もし開始時間に間に合わなければ、当然即失格です。
自分は当分、この格上の上忍達との気の張る共同生活を続けなければなりません。

そもそも、冷静になって考えれば、カカシお母さんはかなり迷惑な人です。
シンデレラに好かれてないと思い込むや否や、上官の立場を利用して人を無闇にこき使ったり、保護者の
特権を使って無理難題を押し付けてきたり。
不器用な割に変に悪知恵が働くあたり、ひどく始末に悪い人です。こんな人と一緒に暮らし続けるのは、
きっと物凄く骨の折れる事でしょう。



けれど、どうしてこの手を振り払えるでしょう。



この不器用で余計な悪知恵だけは発達した天才上忍が、そのプライドをかなぐり捨てて、息も絶え絶えに
伸ばした掌。血を吐くような痛切さで、自分を引き止めようと吐いた言葉。
その痛切さを無視する事は、ひどく心無い仕打ちに思えました。
この掌を躊躇いなく振り払う人間に、子供を教える資格など無いように思えました。

そしてまた、この掌は自分にとって、ひどく大事なものに思えました。
確かに、自分はもういい大人です。孤児だったのは、遠い昔の話です。
けれど、寂しかったのは本当です。
両親の名を刻む慰霊碑の前で、毎日のように泣いていたのは本当です。

大人になった今はもう、シンデレラはそんな真似はしません。
けれど、その替わり、慰霊碑の前に立ち尽くす銀髪の上忍の姿を時折見かけるようになりました。
かつての自分のように、たった一人きりで。
戻ることの無い過去に、今もなお苛まされているように頭を垂れて。
シンデレラはその哀しく俯く姿を、時々見かけていたのです。


そして、今。
カカシお母さんの伸ばした手の先に、自分の手があった事。お母さんの手が、今自分の手を握っている事。
自分達が、互いの寄る辺無さを補うように、強く強く手を握り合っている事。
それは大切な、何にも換え難いものに思えました。
じんと胸が震えるような、不思議な熱に満ちたものに思えました。
今ここで、カカシお母さんの腕を振り払う程の価値のあるもの。
その願いを、無視してまで行かなければならない場所。
そんなものは、この世界に存在しないと思いました。



「・・・カカシさん。ほら、あれ見て下さいよ。」
シンデレラは、優しく柱時計を指し示して言いました。
「ね、もう今からじゃ駄目ですよ。12時の試験開始にゃ、間に合いません。」
失敗しました、と照れた声で笑いながら鼻の頭を掻きました。その声に、カカシお母さんが整った顔を
ゆっくりと持ち上げます。そして、ニコニコ笑うシンデレラの顔を、瞬きもせずじっと見詰め続けます。
暫くそうしてたかと思うと、ふいにカカシお母さんは無言のまま、倒れこむようにシンデレラの肩にもう一度
顔を埋めました。そのまま、囁くような小さな声で、せんせい、とシンデレラに呼びかけます。
「はい。なんですか?」
「・・・ほんとは俺、先生に色々言いたい事あるんです。」
低い声が、ひどく神妙な口調で切り出します。大人ぶった子供のようなその口振りに、シンデレラは
ちょっと苦笑しながら聞き返しました。
「はい。なんでしょう。」
「俺、イルカ先生がガイの事ばっか誉めるの、すごく嫌です。」
「はい。」
「髭の灰皿を、何度も取替えてやるのも嫌です。あんなニコチン中毒熊、そんな甘やかしてやる必要
無いです。」
「はい。分かりました。」
「いない日を、俺に教えてくれないのも嫌です。この間任務から帰ったとき、先生がいなくて寂しかった
です。」
「すみません。その日俺も丁度任務が入ってて。」
「それを眉と髭だけが先に知っていたのも、寂しかったです。今度から、俺に一番に教えて下さい。」
「はい。すみません。」
「あと、お茶入れてくれた後、すぐ行っちゃうのも寂しいです。」
「はい。」
「俺、何度も土産の菓子出しそびれました。」
「すみません。」
「・・・それと、言っときますが、俺だってほんとは普通の兄弟役がよかったです。任命書の「母親役」
って文字見た時は、上層部の奴等にまじで千鳥食らわしてやろうかと思いました。」
「そうだったんですか。」
「でも、元々無理に割り込んだ話だから、それ以上我侭言えなかったんです。」
「なるほど。」
「なのに先生にあんな気持ち悪そうな顔されて、本気で泣きそうになりました。」
「すみません。」
「もう、あんな顔しないでください。俺にもちゃんと、笑って下さい。」
「はい。そうします。」
「・・・イルカ先生の笑った顔、好きです。」
「・・・・・ありがとうございます。」
「すごく、好きなんです。俺にも、ああやって笑ってくれると思ったんです。一緒に住んじまえば、
俺にだって笑ってくれるはずだって、思ったんです。」
「・・・・・・嬉しいです。俺も、カカシさんの笑った顔が見たいです。これからも、宜しくお願いします。」

その言葉を聞いた途端、カカシお母さんがぎゅっと一層強くシンデレラを抱き寄せました。
せんせい、いるかせんせい、と今までの分を一気に取り返すかのように、繰り返し甘えた声で呼び
続けます。シンデレラはその度に、はい、と返事しました。なんですか、と笑って聞き返しました。



馬鹿みたいに囁き合う二人の頭上で、時計の針が12時を指し示します。
今ごろお城では試験が始まってる事でしょう。忍の大国、木の葉の国のお世継ぎの家庭教師に採用
されれば、中忍としては充分過ぎるくらいの名声と金が手に入ったに違いありません。
けれど、そんな事は二人には関係ありません。
二人はとても忙しいのです。
二人は多分、これから恋人同士になるのです。恋人同士には、する事が沢山あるのです。
カカシお母さんとシンデレラは二人とも男です。それなら、尚更大変なのです。大変な事が、これから
沢山あるのです。
童話なんかじゃ書けないような凄い事を、二人はしなくちゃならないのです。

だから、童話はこれで終わりです。
これからは、二人で話を作っていくのです。
不器用で傷つきやすい天才上忍と、頑固で鈍感な黒髪中忍の、二人で話を作っていくのです。
互いの手を固く握り合ったまま睦みあう、二人で作っていくのです。






END




ヤコビの線」のヤコビ様への捧げもの。
サイト5周年記念に鼻血噴出モノのスーツカカイルイラストを頂いたお礼に、じゃあワタシもちょっと特殊設定で、と個人的に
好きな童話パロでカカイルやってみました。
・・・一体どこがシンデレラ
全く違います。わかってます。単にワタシの趣味なだけです。勿論、頂いたスーツカカイルの素敵さには光年単位で及んでません、
と自信をもってきっぱり断言。
しかも、書き上げてから「この手のネタは好き嫌いがあるよね!」今更気づいた間抜けぶり(←最悪だよオマエ)
童話パロ好きですよ、と心優しいお返事して下さってありがとうございますヤコビ様(泣)
てコトで、ヤコビ様限定でダウンロード可です。えへへv





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