金の斧銀の斧(サイゼル?バージョン)





あるところに一人のきこりがいました。名前はゼルといいます。
きこりが木を切る斧はサイファーでした。サイファーは大変扱いにくい斧で、きこりはいつも
ほとほと手を焼いていました。
何しろちょっと眼を離すとすぐ脱走してしまいますし、しかも脱走した先でロクな事をしません。
この前脱走した時など、隣の国の大統領を殺そうとしていました。それを追いかけたきこりは、
もうちょっとで一生監獄暮らしになってしまうところでした。
性格も激悪です。道具の癖に主人をチキン呼ばわりして一向言う事を聞こうとしません。
何故俺はこんな性悪な斧を使わなければならないんだ、ときこりはいつも不満タラタラでした。

ある日、きこりはいつものようにサイファーを使って木を切っていました。
サイファーが鬼斬りでそこらへんの木を一気に薙ぎ倒し、きこりがディファレントビートで、適当に
枝を落として綺麗にします。が、その時きこりはちょっと手元が狂ってしまいました。
勢いあまってサイファーの背中を思い切り蹴り付けてしまったのです。
サイファーはぎにゃぁぁぁと変な悲鳴をあげながら森の奥深く飛ばされてしまいました。

きこりは慌ててサイファーを探しに行きました。
森の中に分け入ると、そこには蒼く澄んだ泉がありました。こんな所に泉が、と近くに寄って行くと、
突然水面が激しく波打ちました。きこりが驚いて見つめていると、水面から仏像のような金色の後光を
背負った女の人が浮き上がってきました。揺らめく菫色の瞳できこりを見つめます。

「今日は良き日ですか?」

「俺、宗教には興味ないです。」
きこりは即座に答えました。
「・・・・宗教の勧誘ではありません。私は泉の女神です。ママ先生と呼んで下さい。」
胸元の大きく開いた、色気満々なドレスを着ている割に随分気さくな名前です。
「・・・少年、あなたは何をしているのですか?」

きこりがサイファーを探しているのだと説明すると、ママ先生は軽く頷きました。
「それはさっき泉に飛び込んできた斧ですね。分かりました。その斧を返してあげましょう。」
そう言うと、綺麗にコーティングされた爪先をすっと頭上に掲げました。

「少年。あなたが投げ込んだのは、この金のサイファーですか?」

金のサイファー?ときこりが思う間もなく、泉の上にぷかりとサイファーが浮かび上がりました。
フレンドリーに両手を広げ、素晴らしく爽やかな笑顔を浮かべています。

「ゼル、探しに来てくれて有難う。疲れただろ?後は俺が全部仕事してやるから、ゆっくり休め。」

「こいつサイファーじゃ無いです。」
きこりは即座に女神に言いました。女神がゆっくりと瞬きします。
「そうですか?それではこの銀のサイファーですか?」
そういい終わった途端、今度はひどく真剣な顔をしたサイファーがぷかりと浮かび上がりました。

「ゼル、俺はお前の騎士だ。ずっと一緒にいよう・・・・」

「こいつも違います。」
きこりは全身鳥肌を立てながら答えました。
「そうですか・・・・後残ってるのは・・・」
女神が言い終らないうちに、突然水面下から馬鹿でかい怒鳴り声が聞こえました。

「ふっざけんな!!」

盛大な水飛沫があがったかと思うと、そこには額に青筋を立てたサイファーが浮かんでいました。

「何時まで水ん中漬けとくつもりだ!鬼斬りでミンチにされてぇのか!!チキンてめぇ鳥鍋にされたく
なかったら、今すぐ俺様をここから出しやがれ!分かったか!!ああ!?」

わざわざ探しに来た主人に、感謝の一言もなく怒鳴り散らす。正真正銘のサイファーです。
きこりは溜息をつきました。女神が気の毒そうにきこりの顔を覗き込みます。
女神は前世で似たような少年を保育した経験があるので、同情心もひとしおです。
「・・・・・少年、無理する事はありません。どのサイファーを選んでもいいのですよ。」
そう言って細い指先をスッと頭上に掲げました。

すると、先ほどの金のサイファーと銀のサイファーが揃って泉の上に現れました。
金のサイファーは明るく親しげな笑顔で、銀のサイファーは情熱的な眼差しで、きこりを見詰めて
います。
「ゼル。一緒に帰ろう。俺が美味い夕飯作ってやるよ。」
「・・・ゼル。お前の綺麗な手を傷つけるなんてとんでもない。これからは俺が何もかもやってやる。」
女神が満足げな微笑を浮かべます。
「どうです?素敵なサイファー達でしょう?こちらにしませんか?」
そう言われても、素敵なサイファー達には無理がありすぎです。さっきから鳥肌が立ちっ放しです。
「・・・・ええと・・・その・・・素敵過ぎて・・・・ものすごく違和感が・・・・」
女性に強気に出れないきこりがモソモソと答えました。こんな弱気な態度では、いずれ世界が危機に
陥ろうとしている最中に徹夜で指輪をこさえる羽目になる事でしょう。
「慣れです。暫くすれば、すぐに慣れます。」
女神がきっぱりと答えました。女神は長年やっかいな別人格を抱えているので、その辺の割り切りは
素早いのです。
「はあ・・・・」
きこりはボリボリと頭を掻きました。女神が重ねて言います。
「良く考えなさい少年。一時の違和感と一生の幸せと、どっちを取るのですか?」

きこりはハタと考えました。
確かに、二人共自分をとても大事にしてくれそうです。
朝一で飯を作れとベットから蹴り落とされたり、釣りの餌を買ってこいとパシリにされたり、
文句を言うと猫のように首根っこを掴まれて放り投げられたり、そんな事は無くなるでしょう。
大体、自分は元々サイファーに不満タラタラだったではありませんか。
銀のサイファーはともかく、明るくフレンドリーな金のサイファーとは気も合いそうです。
ここは女神の言う通り、一時の違和感を我慢するのが得策なのかもしれません。
きこりはちらりとサイファーを見上げました。

サイファーはムッとした顔できこりを睨んでいました。
金や銀のサイファーのように、誘い文句を口にすることも無く、ただ黙って仁王立ちをしています。
きこりはふと、思いました。


もし、これが逆だったら。


泉に落ちたのが自分だったら。
そそっかしく、騒がしい自分の代わりに、沈着冷静な金の自分と、物静かな銀の自分が出てきたら。
選ぶのが、自分でなくサイファーだったら。

何も言わなくても、自分を選んで欲しいだろう、と思いました。
当たり前のように、一緒に家に帰りたいだろう、と思いました。


「・・・・いや。俺のサイファーはこいつだけです。」


きこりが言うと、女神はゆっくりと頷きました。
「そうですか。それでは、このサイファーを返してあげましょう。」
サイファーがふわふわと宙を飛んで岸に戻ってきます。
「さようなら、少年。またいつか会いましょう。二人仲良く暮らすのですよ。」
女神が優しくきこりに笑いかけます。それを見て、女神は最初から自分がこのサイファーを選ぶのが
分かっていたのかもしれないな、ときこりは思いました。

「いてててててて!!」

突然、頬に激痛を覚えて、きこりは思わず悲鳴を上げました。
「おっせえんだよ!てめぇは!!探しにくんのが!この馬鹿チキン!!」
サイファーが思い切りきこりの頬を捻りあげています。ここに至っても感謝の心はゼロです。
仲良く暮らすのですよ、と言った女神の忠告も全く耳に入っていなかった模様です。
「どこフラフラほっつき歩いてやがったんだ!俺様に風邪ひかす気か!?おら!帰んぞ!!」
存分に頬をぐりぐりすると、何事も無かったようにサイファーはスタスタ歩き出しました。
その足取りには、全く迷いがありませんでした。いつものように、堂々と胸を張っていました。
きこりが他のサイファーを選ぶなど、一瞬も考えていなかったようでした。

きこりは慌ててその後を追いました。ズキズキと痛む頬に、ちょっと早まったかな、と思いました。
が、仕方ありません。
きこりは女神に言ったのです。
俺のサイファーは、こいつだけだと。

その後も二人の生活は何の変化もありませんでした。
きこりはサイファーに不満タラタラでしたし、サイファーもきこりをチキン呼ばわりし続けました。
けれど、二人はずっと一緒に暮らしました。
二人の帰る家は、いつでも同じ家でした。
二人はずっと、一緒でした。



お終い


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