「スコールってさぁ、お前等が思うようなカッコイイ奴じゃねえよ。」

その会話を物陰で聞いたのは、13歳の時だった。

「まじ暗くてさぁ、つまんねぇんだよな。話続かないっつーか。それで、顔も女みてーじゃん。
あの顔見てるとさぁ、こいつ実はホモじゃねぇのって思うよ。そのうち、チンポ触らせろって
言われるんじゃねぇの?って。」

そいつは編入してきたばかりだった。
その時、俺はたまたまそいつの隣席だった。そんな俺に、教師は面倒を見るよう言った。
だから、そうした。そしてそれが、極端に無口で非社交的な俺の唯一の話し相手だった。
次の日、俺はそいつに言った。
「もう一度俺をホモ扱いしたら、お前のモノを斬り落とす。もう俺に話し掛けるな。」
真っ青になるそいつから、ふい、と顔を背けて席に座った。
もう誰とも、口を利きたくなかった。
もう二度と、友達なんかいらないと思った。

別に不自由はなかった。
元々人付き合いは苦手だし、うざったかった。
そうしてるうちに、周りもそうなのに気がついた。
俺は勉強も戦闘も人並み以上に出来た。実技の時は、皆俺と同じグループになりたがった。
俺と一緒なら安心だ、と何度も言われた。
でも、話題の映画、美味いと評判の店に、一緒に行こうと誘われた事は一度も無かった。
そういうのは、「友達」と行くものだからだ。
誰も、俺を友達だとは思わなかった。
俺が周囲を苦手だと思うように、周囲も俺を苦手だと思ってたのだ。

それでも構わないと思ってた。あんな思いをするのは二度とごめんだ。
一人の方がずっと気楽だ。それに、友達がいないのは俺一人じゃ無い。
サイファーも、同じだった。

サイファーは俺と同じくらい成績が良かった。
が、俺以上に浮いた存在だった。
とにかく喧嘩っ早くて、気に入らない奴はすぐ殴る。相手が上級生だろうがなんだろうが関係無い。
半殺しまで叩きのめす。上級生にまで恐れられてるサイファーに、近寄る同級生は誰もいなかった。
サイファーも同級生には興味が無いようだった。サイファーが興味があるのは俺だけだった。
異常な程、俺をライバル視していた。何かにつけて勝負を挑んできた。
嫌々それに付き合っているうち、俺達はいつのまにか「ガーデン二大問題児」と言われるようになった。
二大問題児と進んで友達になろうとする者は、誰もいなかった。二人とも、完全に孤立していた。

だが、俺は密かに自分はサイファーよりマシだと思っていた。
確かに俺にも友達がいないが、少なくとも嫌われてはいない。サイファーのように怯えた眼で遠巻きに
される事は無い。だから自分の方がマシなんだと、妙な自信をつけていた。
それが打ち崩されたのは、高等部に上がってからだった。
サイファーには「友達」が出来たのだ。

いつも一人で歩いていたサイファーに、影のようにぴったりと、二人の人物が寄り添うようになった。
雷神と風神。彼等はサイファーの「仲間」だった。
二人は影で「サイファーの奴隷」と言われていたが、それは違うと思った。
三人は、とても楽しそうだったからだ。声高に釣りの計画を話し合ったり、風紀委員だと自称して
凱旋するようにガーデンを歩き回ったり。時々何が可笑しいのか、腹を抱えて笑い合ってた。
対等な、友達同士の笑顔だった。

愕然とした。
初めて、サイファーに負けたと思った。あの男は、俺に無いものを持っている。
「友達」を持っている。
思い上がっていた自分が滑稽だった。マシなのは、サイファーの方だったのだ。
サイファーは、友達を得ることが出来る男だったのだ。あの男を、友達として求める奴等がちゃんと
いたのだ。
そしてふと、気が付いた。
サイファーにとって、俺はいつでも「ライバル」だった。お互い唯一の話相手だったのに、一度も
「友達」だった事はなかった。
俺を「友達」として求める奴は、誰もいない。
休日を俺と過ごそうとする者は、誰もいないのだ。

教師だったキスティスが、訳知り顔に「もっと周囲に心を開いた方がいい」と言う度に、イライラした。
周りに誰もいないのに、誰に心を開けって言うんだ。馬鹿馬鹿しくて返事も出来なかった。
キスティスだけじゃない。皆そうだ。「孤高の存在」だの「人を見下してる」だの勝手に持ち上げたり
非難したりする。そのくせ面と向かっては話し掛けてこない。もう沢山だった。
俺は「成績優秀な同級生」で「有能な下級生」で「凄い先輩」だ。
誰にとっても「友達」じゃない。
もう、それでいいと思っていた。

でも、それは違った。

リノアを背負ってガーデンを出奔した俺を、皆は追いかけてきた。
ガーデンを出たときは無我夢中だったが、改めて考えると、自分のした事は、随分無茶な行動だったと
気が付いた。
すまない、と謝ると突然ゼルがボロボロと涙を零して泣き出した。
「スコール・・・お前さぁ、辛かったら辛いって言っていいんだぞ。一人で悩むなよ。」
まるで、お前の替わりに泣いてるんだ、と言わんばかりに濡れた眼で俺を睨む。
「俺、お前の友達だと思ってる。・・・・だからたまには、友達に頼ってくれよ。なぁ、頼むよ。
もうこんな、寂しい事するなよ。一人でこんな長い道、歩こうとするなよ。」
それで、俺はゼルが俺の友達なのだと知った。
俺には、友達が出来たのだ。

ついに手に入れた友達に、俺は夢中になった。
ゼルは人懐っこい男で、俺が無愛想でも無口でも一向気にする様子がなかった。
嬉しそうに話し掛けてきて、気安く俺の腕を取った。俺と一緒に飯を食いたがった。
ゼルの家に行けば、友達だと紹介されたし、母親には「あの子を宜しくね」と優しく頼まれた。
有頂天になった。
俺はあんまり長い間一人ぼっちだったから、忘れていたのだ。
こんなにも、友達が欲しかった事を。

一緒に過ごすうちに、ゼルが綺麗なのにも気が付いた。
やんちゃな笑顔や、子供っぽい仕草に隠されて目立たないだけで、よく見れば、細く引き締まった身体や、
明るく澄んだ青い瞳や金色の髪は、とても綺麗だった。
初めてできた友達がこんなに綺麗なんて、俺は何て幸運なんだろうと思った。

金色の睫の下で、青い瞳が親しげに俺に笑いかけるのを見ると、湧き上がるような嬉しさが込み上げた。
もう、俺は一人じゃない。
サイファーにも今の俺を見せたかった。どうだ俺にも友達が出来たぞ、と胸を張って宣言したかった。
あんたはこんなにいい気分だったのか、と言いたかった。
こんなに満たされる思いをしてたのか、ずるいな、と笑顔で言える気さえした。
ガーデンに帰ったら、ゼルと一緒にいようと思った。一緒に飯を食って、一緒に他愛もない馬鹿話をして、
一緒に休日を過ごそうと思った。
そして、やっとガーデンに戻れた時、俺は気付いた。
俺はゼルの、沢山の友達の中の一人に過ぎない事を。

考えてみれば当然だった。
あんな明るくて人懐こい男に、他の友達がいないはずがなかったのだ。
一日中一緒にいられるわけがなかった。ゼルの休日は既に埋まってた。俺以外の奴との予定で。
ゼルが俺を置いて遊びに行く度に、理不尽な程の寂しさに襲われた。
どうしてこんな酷い事をするのか、と思った。そしてそんな自分に呆れた。
別に全然酷くなんかない。ゼルに俺の他に友達がいる事も、その友達と遊びに行く事も。
それでも、理屈でこの寂しさを押さえ込む事は不可能だった。ゼルが遊びに行く度、俺の部屋から
去ろうとする度、身を切られるような寂しさに襲われた。

行くな。俺を残して、行ったりするな。

何度もそう思った。でも、口には出せなかった。それがおかしな事だと自覚するくらいの判断力は
残っていた。
冷静に考えれば、何の不満もないはずだ。ゼルは充分俺を大事にしてくれてる。誘えばいつでも
喜んで部屋に来たし、殆ど毎日のように飯に誘いにきてくれる。俺の誘いを断るのは、ごくまれだった。

その、ごくまれが。

その、ごくまれが我慢できない。先に決まっていた予定が我慢できない。
何も悪くないゼルを、思い切りなじりたくなる。どうして一緒にいてくれないのかと子供のように
駄々をこねたくなる。自分の理不尽さに唖然とした。
ある日、何の気無しを装って、ゼルに言った。
「お前随分、付き合いが広いんだな。休日は殆どいないもんな。」
するとゼルは苦笑いして言った。
「でもさぁ、皆男とだぜ。やっぱ女の子とデートとか、そういう予定も欲しいよなあ。」





自分でも驚くほどの衝撃を受けた。
考えたことも無かった。女。ゼルと付き合う女。
「友達」は俺からゼルとの時間を奪うだけだが、女は違う。
女は時間も、身体も、心も奪う。何もかもを奪っていく。
ふと、眩暈がした。

・・・時間も、身体も、心も・・・

「・・・スコール?どうした?」
黙り込む俺に、ゼルが不審そうに眉を寄せる。ハッと顔を上げた。
「・・・何でもない。お前、そんな子いるのか?」
「え?い、いや。いねぇけどよ・・・で、でも、誘ったら、もしかしたら、って子はいるんだ。」
ほら、図書室のさぁ・・・と言いかけて、突然頭をガリガリと掻く。
「あー!やっぱ駄目だ!!お前みてぇに格好良かったら自信持って誘えんのになー!」
一向収まらない眩暈に、たまらず椅子から立ち上がった。
「帰る。」
「え?」
「部屋に帰る。」
唐突に帰ると言い出した俺にゼルが目を丸くする。
「え、だって今来たばっかり・・・」
「用を思い出した。」
「そ、そっか?う、うん、じゃあな。」
呆気にとられてゼルが軽く手を振る。返事もせずゼルの部屋を出た。


眩暈がとまらない。眼が眩んで、どこを歩いてるのかよく分からない。
突然、頭の中に一つの映像が浮かんだ。
思わず息を呑んで立ち止まった。湧き上がる映像を振り払おうと、思い切り頭を振った。
ベッドの上で、裸のゼルがキスを交わしてる。情欲に潤んだ瞳でうっとりと相手を見上げる。
その相手は見知らぬ女じゃなかった。
その相手は、俺だった。

それからは必死だった。
打ち消しても打ち消しても湧き上がる映像を掻き消そうと、やみくもに身体を動かした。どんな仕事
でも引き受けたし、どんな怪物も倒した。そうすれば何も考えずに済むと思った。
それでも、眠れば夢を見た。
友達を陵辱する夢を。
女のように胸を嬲って、滑る穴に指を差し入れる。指を動かすたびに、甘い喘ぎ声があがる。
濡れる唇にキスをすれば、暖かい舌がすぐさま絡みつく。快楽に回らぬ舌で淫らに囁く。
スコール、おれに、いれて。
幻の声に煽られて精液を放出する。そんな事を繰り返して、ついに自分に認めた。
俺はゼルに欲情してる。
あの体を手に入れたい。あの声でねだられたい。時間も、身体も、心も、全て手に入れたい。
全部を、俺のものにしたいと願っている。

思わず笑った。そんな事出来るわけ無い。
ゼルは女の好みを聞いただけで真っ赤になるような男だ。同性相手のセックスなんか、想像もつかないに
違いない。
嫌われて、気持ち悪がられて、それで終わりだ。

可笑しくて仕方なかった。
初めて出来た友達に、浮かれて、舞い上がって、挙句に惚れてしまって。
何て安上がりな男だろう。
こんな馬鹿な男がいるか。


『まじ暗くてさぁ、つまんねぇんだよな。話続かないっつーか。それで、顔も女みてーじゃん。
あの顔見てるとさぁ、こいつホモじゃねーのって思うよ。そのうち、チンポ触らせろって
言って来るんじゃねぇの?って。』


あの時自分は何て言ったか。あの男のモノを、切り落とすとまで言ったのはないだろうか。
それでようやっと、自分を保ったのではなかったか。
俺はそんな人間じゃない。間違いだ。
間違いなんだから、傷つく必要なんか無い。
そう思って、傷ついたそぶりすら出来なかった。無理やり胸の痛みをねじ伏せた。

でも。

あれが真実だったのだ。あの男は正しかった。俺はあの男の言う通りの人間だった。
心底嫌そうに、俺の事を語っていた男。


『スコール・・・お前さぁ、辛かったら辛いって言っていいんだぞ。一人で悩むなよ。』


突然眼の奥に熱い痛みが走った。刺すような痛みが、どんどんと膨れ上がっていく。
指の隙間から、次々に涙が滴り落ちる。堪え切れずに顔を覆った。声を上げて嗚咽した。
ゼル。
ゼル。辛いんだ。すごく、辛いんだ。
叶うはずのないこの恋が。
お前に嫌われてしまうこの恋が。

こんな恋はしたくなかった。
言った途端に失うような。
決して受け入れられる事の無い恋は。



こんな恋はしたくなかった。
こんな酷い恋は、したくなかった。








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