Lie lie lie 4



色々考えて、場所は戸外にする事にした。
人目があれば、カカシも俺に対する恋情を訴えてきたりしないだろう。そうすれば、余計な罪悪感を
感じずに別れ話を切り出す事が出来るはずだ。
何時ものように受付所の出口で待っていたカカシに「たまには外で呑みませんか」と誘った。
カカシはちょっと意外そうに瞬きをしたが、すぐに「はい」と笑顔で頷いた。
その素直な笑顔にズキリと胸が痛んだ。が、その痛みを無理矢理ねじ伏せた。
この程度で挫けてる場合か。鬼になれイルカ。鬼になってカカシを振るんだ。

カカシが何処でもいいと言うので、いきつけの居酒屋に連れて行った。
小鍋が美味いと仲間うちで評判の店だ。が、いざ連れてきてみると、どうも上忍のカカシには安っぽ
過ぎる場所な気がした。狭いし、座敷も薄汚れた狭い部屋を衝立で仕切ったただけの簡素なものだ。
「なんか、ゴミゴミした店ですみません。中忍連中には評判いい店なんですが・・・」
申し訳なくなって謝ると、カカシがきょとんと眼を開いた。
「え?あ。そうなんですか。じゃ、こんなモンでしょ?」
また微妙な発言をしてキョロキョロと周囲を眺める。なんにしようかなあ、と楽しげに呟いたところを
見ると、例によって全く他意は無いらしい。て言うかむしろはしゃいでいるらしい。
こんな会話下手の人を放り出してしまっていいのか。胃がまたじくじくと痛んだ。
いかん。今日の俺は鬼。鬼イルカだ。朝から何度も唱えている呪文を繰り返し、熱心に品書きを眺める
カカシから眼を逸らした。

カカシは店が気に入ったようだった。
鍋だけじゃなくて魚もいけますね、とにっこり笑って箸を伸ばす。俺も嬉しくなって、そうでしょう、
とニコニコ笑った。カカシが一層楽しそうに目を細める。カカシのそういう顔は本当にいいと思った。
別れ話を控えてるとは思えない和やかさで歓談を続けていると、突然背後から野太い声がした。
「よう。珍しいとこで会ったな。カカシ。」

「・・・別にいいでしょ。俺がドコにいようが。」
カカシがぼそりと答える。慌てて振り返って頭を下げた。
「アスマ先生!こ、こんにちは!」
おう、と髭面の大男が俺に答える。答えた後にふと眼を張り、俺とカカシの顔を見比べる。
「あ?おまえ、イルカと呑んでんのか?」
「そーだよ。悪いか?」
カカシが無愛想に返事する。アスマ先生がへえ、としげしげとカカシの顔を見詰めた。
「別に悪かねえけどよ。お前等、仲悪かったんじゃねえのか?俺ゃ、そう聞いてたんだけどな。
お前もそう言ってなかったか?イルカに嫌われてるとかなんとか。」
よく覚えてねえけどよ、と面倒臭そうに逞しい肩を竦める。この何事にも関心の薄い姿勢が、無神経発言
連発のカカシと友達付き合いできる理由なんだろうなと思った。

カカシがふんと得意そうに鼻を鳴らす。
浮かれる子供のように自慢気にアスマ先生を見上げ、大袈裟に溜息をつく。隠し切れない嬉しさの
滲む声で、呆れたようにゆっくりと答える。

「いつの話してんの。」

言い終わると同時に、薄桃色に頬を染めて俺の顔を覗き込む。柔らかく弾む声で、幸せそうに囁く。
「ねえ?イルカ先生。」


一気に食欲が無くなった。
胃の痛みがどっとぶり返してくる。今食べた物を吐き戻してしまいそうだ。
なんでそんな嬉しそうに言うんだ。
なんでそんな幸せそうに、誇らしげに語るんだ。
こんな最低な男との事を。
その場しのぎの嘘ばっかりついてる俺との事を。

「・・・イルカ先生?どうしました?気分悪いんですか?」
苦しげに顔を俯かせる俺に、カカシが心配そうに尋ねてくる。
「・・・大丈夫です・・・・いや、大丈夫じゃないです。ちょっと駄目みたいです・・・」
「え!?どうしたんです急に!?帰りますか!?」
「・・・・・はい。すみません。」
「いいんですよ。早く言ってくれれば良かったのに。会計してくるから、ちょっと待ってて下さい。」
カカシがあたふたと立ち上がる。じゃあな、とアスマ先生に手を振って会計所に足早に去っていく。
「平気か。悪い酒でも飲んだか?」
アスマ先生が俺の背中を軽く摩る。大丈夫です、と小さく答えると、アスマ先生がふうと溜息をついた。
「・・・・ま、なんだ。カカシはよ、悪い奴じゃねーんだ。これからも、よろしく頼むわ。」
不器用な友人を気遣う男の低い声に、このまま消えてしまいたくなった。

肩を貸しましょうか、というカカシの申し出を断り、二人無言で夜道を歩いた。
言わなければ。言わなければ。カカシに言わなければ。
頭の中はそれだけだった。
俺はあなたを愛してません。もうあなたと付き合う事は出来ません。
あなたは男で。俺も男で。俺はそういう関係を受け入れる事は出来ません。
申し訳ありません。申し訳ありません。どうか、お願いします。俺と別れて下さい。
早く。早くそう言わなければ。

ずっしりと圧し掛かるプレッシャーに、全身が鉛のように重くなる。
足が重く沈み込み、一歩前に進むのも辛い。のろのろとした歩みに、少しずつカカシから遅れていく。
次第に遠ざかる広い背中を、食い入るように見詰めた。そうしてるうちにも、身体がどんどん重くなる。
足を上げることすら出来ない。ついに一歩も動けなくなった。
カカシが立ち尽くす俺に気付いて、ひょいと振り返る。
「イルカ先生?」


今、言わなければ。


「・・・カカシさん」
自分の声とは思えない程しわがれた声だった。
「どうしました?」
カカシが不審そうに尋ねる。今だ。今しかないんだ。思い切って大きく息を吸い込んだ。
「俺はあなたを・・・・」
その瞬間、心臓が裂けるかと思うほどの痛みが胸を走り抜けた。

思わず吸い込んだ息をもう一度吐き出した。電撃のように悟った。
なんで。
なんでこれが。

改めて息を思い切り吸い込んだ。はっきりと、大きな声で呼びかけた。
「カカシさん。」
突然の大声に、カカシが驚いて聞き返す。
「はい。なんですか?」



「好きです。」




なんでこれが、恋じゃない。


なんでこれで、カカシが好きじゃないなんて事がある。
なんでこれで、カカシを愛してないなんて事がある。
カカシが悲しむと思っただけで、傷つくと思っただけで、心臓が潰れそうに痛むのに。
この男を失うと思っただけで、身体が凍り付いてしまうのに。一歩も動けなくなってしまうのに。
カカシに笑って欲しい。カカシが笑うなら、どんな事でもしてやりたい。
失いたくない。俺を好きだと言ってくれたカカシを。この不器用で純粋な男を失いたくない。
そんな感情が他にあるか。
その感情に名をつけるなら、恋以外に、愛以外に何がある。
俺はカカシが好きなのだ。心の底から好きなのだ。

俺はカカシを、愛してるのだ。


「・・・・?俺も好きですよ。」
カカシがきょとんと首を傾げる。腹から笑いがこみ上げて来た。可笑しくて可笑しくて涙が出てきた。
好きだ。俺はこの男が大好きだ。
ありがとう、と俺に言ったカカシが。好きになってくれてありがとう、と幸せそうに言ったカカシが。
人を怒らせる会話しか出来ないカカシが。未だにそれが直らないカカシが。
辛い過去を語るカカシが。その過去を経てなお、人を好きになったカカシが。
人を愛する事を止めなかったカカシが、大好きだ。

「好きです。俺、カカシさんが好きなんです。」
涙交じりの笑顔で繰り返した。ああ。もう男も女もどうでもいい。ホモでもいい。
俺はカカシ限定のホモだ。カカシ以外には目もくれないホモだ。カカシだけのものだ。
「え・・・あの、嬉しいです・・・けど・・・どうしたんです急に?もう具合はいいんですか?」
カカシが照れと戸惑いが混じった声で尋ねて来る。
「はい。もうすっかり治りました。」
にっこり笑って答えると、カカシが安心したように微笑んだ。
「良かった。・・・・で、何なんですか一体。何で急に・・・って、あれ?泣いてるんですか?」
「はい。すみません。急に言いたくなったんです。カカシさんが好きだって。」
ごしごしと目を擦って笑うと、カカシが面映そうに首を傾げた。
「どうしたんです。なんかイルカ先生、初めて告白する人みたいですよ。そんな一生懸命繰り返して。」

思わず笑った。
「そうですか。そうかもしれません。俺、ずっとカカシさんに言いたかったんだと思います。
好きですって。あなたが大好きですって。あなたのこと、愛してますって。」
それが言えないから、身体が悲鳴をあげたんだと思います。
嘘で雁字搦めに封じられた言葉が胃を焼き、心臓を潰し、身体中を締め上げたんだと思います。
それが今、やっと堰を切って溢れ出したんだと思います。

カカシが呆気に取られたように俺を見る。
そしてふいに、端正な顔をにっこりと綻ばせて笑った。俺に額を近づけて、柔らかく囁く。
「・・・・俺、突然こんな事になって、ずっと緊張してたけど・・・」
静かに俺の手を取り、慈しむように微笑む。
「あなたも、緊張してたんだね。お互い、ずっと緊張してたんだね。」
優しい声が、星の瞬く夜空に響く。
「大好きですよイルカ先生。俺達やっと、普通の恋人同士になれましたね。」

益々笑いたくなった。
普通。普通だって。写輪眼のカカシが。中忍の男と。しかも相思相愛なんて。
どこが普通だ。ちっとも普通じゃない。言葉の使い方が全然間違ってる。ほんと言葉を知らない人だ。
涙交じりに頷く俺に、カカシがくすりと笑って悪戯っぽく尋ねる。
「そんなに泣くとこ見ると、イルカ先生、俺に夢中ですね?惚れまくりですか?」
そう言って、自分の言った言葉に赤くなって銀色の頭を掻く。ああ何て可愛い人だろう。
にっこりと笑って言った。

「はい。もうメロメロです。」


「・・・じゃ!メロメロのイルカ先生、家に帰りましょう。」
カカシが真っ赤になってくるりと身体を返す。そのまま足早に歩き出す。
夜空に大きく輝く月が、カカシの銀の髪を照らす。その後姿を弾む足取りで追いかけた。


カカシの足が次第に遅くなっていく。
俺の足が次第に速くなってくる。距離がどんどん縮まっていく。
そこに糸があるように。
恋という名のその糸を、互いに手繰り寄せてるように。









END

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