僕らは恋をし続ける

僕、アーウィン・キニアスは今、バラムガーデンの校庭に生えてる木の枝の上にいる。
時刻は夜九時。生徒達は夕飯を終えて各自の部屋でくつろぐ時間帯だ。周囲には誰もいない。

僕が何でそんなとこにいるかって?僕はセルフィと待ち合わせなんだ。
セルフィは学園祭でバンド演奏をしたがっていて、彼女と親密になりたい僕としてはこれ
は絶好のチャンスなんだな。二人で校庭のステージに行って何か試しで演奏してみないか
い、って口説いて、やっとこの夜のデートが実現した訳だ。
それで何で木の枝かって?いやあ、彼女さ、面白いこと大好きだから、セルフィが来たら
上からバアって脅かすつもりなんだ。デートってのは掴みが大事だからね。
 
僕は予定時間より大分早く着いてしまったんで仕方なくコアラみたいに木の中にじーっと
寝そべっていた。
 
すると何だか聞きなれた声がしてきたんだ。
「早く、早くこっちだよ。」
「せかすな、チキン。」
「チキンって言うなよ!」
うわあ、ゼルとサイファじゃないの。何でこの二人がこんなとこに、しかも一緒に来る訳?!
仲が悪いってガーデンでも評判の二人だよ。
二人の声はだんだん近づいてきて、ついには足音まで聞こえてきた。見つかるかなって思
ってたら二人は木を通り過ぎてガーデンの壁をひらりと飛び越えた。さすがに身軽だね。
二人共。ああ、でも心配だなあ。こんなとこでバトルなんか始めないよねえ。僕のデート
が台無しになっちゃうよ。

僕は枝の間からそおっと顔を出してみた。瞬間、息が止まった。
二人は壁を背もたれにして並んで座っていた。サイファーは大柄な身体に洗いざらしの白
いカッターシャツと濃い目のジーンズをゆったりと着こなしていて、相変わらず憎いくら
いの男ぶりだ。(僕には負けるけどね)
だけど、その隣にいるのは、あれは本当にゼル?
ゼルはシャワーを浴びた後みたいで、トレードマークの顔のペイントが無くて、ツンツン
の前髪も今は立っていなかった。そうするといつものいたずらっ子みたいな雰囲気が全く
消えてしまう。
真っ白な肌に浅桃色の薄い唇。輝くような金髪の下からはちょっと吊り気味のライトブル
ーの瞳が覗いている。まるで陶器の人形みたいに綺麗だ。
ゼルは格闘家って言っても小柄で敏捷性が売りだから、筋肉ムキムキってタイプじゃない。
こうしてみると全体に華奢で、ほっそりした顎のラインなんかむしろ少女めいている。
がっしりとしたサイファーの隣だと余計小さく見えて、儚く感じる位だ。
「なあ、いい眺めだろ。結構、穴場なんだせ。俺ここ見つけて絶対お前連れてこようと思
ってたんだ。」
ゼルが自慢そうに胸を張った。
「チキン・・・そんな事の為に俺をここまで引っ張ってきたのか?」
「何だよ。気に入らなかったのか?」
強気な言葉とは裏腹にゼルは眉を寄せてしゅんとした表情になった。それを見てサイファ
ーはちらりと笑ったようだった。
僕は思いも寄らない二人の仲良しぶりに目を見張った。だって普段会えばぎゃーぎゃー喧
嘩してる二人だよ。何時の間にこんなに仲が良くなってたんだろう。
ゼルは困った様子でキョロキョロしてたが、ふいに軽いくしゃみをした。するとサイファ
ーがゼルの髪に手をやってくしゃくしゃと撫ぜた。
「おわっ、何すんだよ!」
「髪が生乾きじゃねえか、風邪ひいちまうぞ。」
「だってしょうがないじゃんか。俺、サイファーに早くここの景色見せたかったんだよ。
あんまり遅くなると夜景が綺麗じゃなくなるんだ。」
サイファーがため息をついてゼルをひょいって自分の膝の上に抱っこした。ゼルはちょっ
と暴れたけど、すぐ静かになってサイファーの大きな腕に包まれるようにちょこんと座った。
僕はもう言葉が無かったね。顎がホントに落ちるものなら今ごろ僕の顎は地面についてる
事だろう。
街頭ランプの淡い光の下でゼルの金髪が輝いてるのがよく見える。夢のように繊細なその
美貌も。

でも、僕は思った。僕が元々知ってたゼルはこうじゃなかったか?

ガルバディアガーデンで皆に再会した時、一番変っててびっくりしたのはゼルだった。
僕の記憶にあるゼルは小さくて、華奢で、まるで女の子みたいに可愛い男の子だった。
本を読むのが大好きで、いつもまま先生の横に座って大人しく絵本を読んでいた。サイフ
ァーによく泣かされていて、一たん泣き始めると青い瞳からボロボロ涙が零れてきて、そ
れをまた泣き虫ってサイファーにからかわれて、ついにはまま先生がずっと抱っこして慰
めなきゃならなかった。

それなのに何年ぶりに会ってみたら、ガーデンでも指折りの格闘家で、バラムじゃ「暴れ
ん坊ゼル」なんて呼ばれてるらしいじゃないか。いやあ、人間ってわかんないねって思っ
たよ。
でも、今サイファーの腕の中でひっそりしているゼルは孤児院のあの可愛い男の子が成長
したらって僕が想像してた姿通りだった。
「なあ、サイファー。」
「何だ。」
「俺、お前がさ、あんな事があってもガーデンに戻ってきてくれて、すっごく嬉しかった
んだ。色々言われるって分かってたんだろ。俺、そんなお前にガーデンで俺しか知らない
スペシャルな景色を見せたかったんだ。俺とお前だけが知ってる、ガーデンのいいとこ作
ろうって思ってたんだ。」
ゼルの瞳はキラキラ輝いていた。バラムの蒼い海みたいな綺麗な瞳。
「ゼル・・・。」
サイファーはゼルをきゅうって抱きしめた。
「他の奴らなんか関係ねえ。お前だけだ。お前だけの為に戻ってきたんだ。」
サイファーの太い首がゼルの細い顎の上に被さった。
キスしてるみたいだった。

僕は思い出した。ゼル、僕は君の知らないサイファーを知ってるんだよ。君が孤児院を去
った後のね。
                                             
ゼルがディンさん夫妻に引き取られる事を皆が知ったのは引き取られる前日だった。
皆驚いてた。サイファーは特にびっくりしたみたいだった。バラムって何処、ってまま先
生に聞いたら海を越えたずっと向こうよ、って言われた。
ゼルは不安みたいで早くも目に涙を浮かべていた。サイファーはゼルの前に立ってほんと
かよ、ほんとかよ、って何度も聞いていた。そして急にゼルの頬をぎゅっとひねった。
ゼルが大声で泣き出し、まま先生がサイファーの手を慌てて抑えて、そのままその場は解
散になってしまった。

僕は何となくサイファーは寂しいんじゃないかなって思った。サイファーはよくゼルの事
泣かすけど、他の人がゼルをいじめるのは絶対許さなかった。
いつか町の悪がき集団にゼルがみなしごって苛められて帰ってきた。サイファーはそれを
知ると自分より年上のその集団を呼び出して、膝をぱっくり割る程怪我しながらそいつら
を叩きのめしてきた。
ゼルもそんなサイファーを怖がりつつも頼りにしてたみたいで、すぐ泣かされるくせに割
合一緒に行動していた。

でも、サイファーはまま先生に怒られた後、ぷいっと何処かに行ってしまった。戻ってき
てもゼルの事なんか眼中に無いみたいに振舞ってた。

翌日は快晴だった。ゼルはディンさんから貰ったビロードの服を着て、エルお姉ちゃんが
持ってた人形みたいに可愛かった。
ゼルは朝から泣いていて、まま先生を困らせていた。まま先生と離れたくないのかなって
思ったけど、違うみたいで、まま先生に「諦めなさい」とか諭されていた。

いよいよ出発って時にサイファーが急に現れた。何をするかと思ったら、「やーい、泣き虫
〜」なんて例の調子で苛めるもんだから、せっかく泣き止みかけたゼルがまた大泣きして、
何だか散々なお別れになってしまった。

泣きながら手を振るゼルにアカンベなんかしてるサイファーを見てると全然寂しくなんか
なさそうで、僕は自分が勘違いしてたと思った。

次の日も快晴だった。
サイファーは朝から玄関の門に寄りかかって何だかニヤニヤしていた。
僕はどうしたのって聞いた。
「ゼルの奴、いつ戻ってくるかと思ってさ。」
「戻る?どうして。」
「あんな甘ったれがよそん家でやっていける訳ねーよ。絶対、まま先生〜なんて泣いて戻
ってくるに決まってるぜ。そしたら笑ってやろうと思ってよ。」
僕は絶句した。サイファーはゼルが戻ってくるって信じてるんだ。でも、ゼルの甘えんぼ
うぶりを思い出すと、それはありそうな気がしてきた。
「そうかなあ、戻ってくるかなぁ。」
「当ったり前だぜ。・・・それにもう一つ戻ってくる理由があるんだ。」
サイファーは抑えきれないように笑った。

だけど、ゼルは戻ってこなかった。

サイファーは毎日玄関に立っていた。でも、だんだんとあのニヤニヤ笑いは消えていった。
たまに僕らと遊んでも玄関の側からは絶対離れなかった。車の音がするとぱっと駆けてい
って、そのまま車が通り過ぎてしまうと、怒った顔をして戻ってきた。
何日目かに僕がゼル、戻ってこないね、って言ったらすごい剣幕でバラムは遠いんだ、海
の向こうからくるのは何日もかかるんだからな、って言い返してきた。

僕ら、セルフィやキスティスはゼルのいないことに慣れていった。スコールはエルおねえ
ちゃんにべったりだったから、僕らの中では一番慣れるのが早かったんじゃないかな。

ゼルがいなくなってから、二ヶ月位たったある夜、孤児院に大きな嵐がやってきた。
巨大な稲妻が走り、海は大荒れだった。全く、孤児院が流されてしまうかと思ったね。
セルフィ達はこういう事に妙に神経が太くて、この騒ぎの中でもすやすや熟睡していた。
僕は全然眠れなかった。
僕がベットで目を開けて寝ていると、後ろで急に誰か起き上がった気配がした。そして箪
笥の引出しを開けてゴソゴソしたかと思ったら、ものすごい勢いでドアを開けて出ていっ
た。

どうせ寝られないついでだ、僕は付いて行ってみることにした。
まま先生の寝室のドアのところで誰かが叫んでいた。
サイファーだ。手に自分用のリュックを下げている。
「まま先生!まま先生!!」
しばらくしてドアが開いた。まま先生が驚いたようにサイファーを見る。
「どうしたの?サイファー。」
「まま先生!ゼルを迎えにいこう!」
「ゼルを?どうして?」
まま先生がサイファーを部屋の中に入れた。ドアは開いたままだ。僕はそっと中を覗いた。
「だって、すごい雷じゃないか!あいつ、今ごろ絶対泣いてるよ!まま先生のこと呼んで
るよ!」
サイファーが叫び続けていた。
「サイファー・・・」
まま先生が困った顔をした。
「サイファー、ゼルはね、もう・・・」
「連れて帰ろうよ!ゼルは雷が大嫌いなんだ。まま先生じゃなきゃ泣き止まないよ!」
サイファーはまま先生の腕に飛びかかった。
「俺、いいもの持ってんだ。ほら!!」
サイファーは手にしたリュックを逆さまにしてまま先生のベットに中身をぶちまけた。
中から絵本やクレヨンや貝殻やらがドサドサと流れ落ちた。

ゼルのだ。

ゼルが大事にしてた宝物だ。

「俺、あいつが帰ってきたら返してやろうと思ってた。もし、ゼルが泣き止まなかったら、
これをゼルに渡してやろう!そしたら絶対泣き止むよ。俺もこれ持って一緒に行く!!ま
ま先生!俺と一緒にゼルを迎えに行こう!!」
「サイファー!」
まま先生はサイファーをぎゅっと抱きしめた。
「ゼルはもう帰ってこないの。ゼルにはディンさんがいるのよ。」
「嘘だ!ゼルはまま先生が好きなんだ!ここは遠いから帰ってこれないだけなんだ。ここ
にはゼルの宝物だってある!迎えに行くんだ!!」

汚れた絵本、ちびたクレヨン、穴の空いた貝。

サイファーはゼルの宝物を大事に隠しておいたんだ。

いつかゼルが帰ってくると思って。帰ってこさせようと思って。

サイファーはまま先生の胸を叩いた。そして吠えるような声で泣いた。
雷よりも海鳴りよりも大きな声だった。まま先生はサイファーを辛そうな顔で抱いていた。
僕はサイファーが寂しいんだと思ってた。
でも、違ってた。サイファーは悲しかったんだ。ゼルがいなくなって、悲しくて悲しくて
しょうがなかったんだ。
嗚咽するサイファーを見てたら僕まで悲しくなってきて、涙がどんどん出てきた。

ふと、肩に暖かいものが置かれた。見上げるとシドだった。シドは泣いてる僕の肩を抱い
て、そっとドアを閉めた。ホットミルクでも作りましょうね、と優しく言った。
部屋の中からはサイファーの大きな泣き声がまだ聞こえていた。
 
あの嵐の後、サイファーは玄関でゼルを待つのを止めた。
僕とセルフィがある日海岸に遊びに行くと、セルフィが大きな声で僕を呼んだ。
「ねー、これゼルのじゃない?」
あの日サイファーがぶちまけたゼルの宝物が全部捨ててあった。
「ゼル、最後の日、探してたんだよね〜。どうしてこんなとこにあるの〜?」
僕は何も言わなかった。


それからしばらくして、サイファーはある映画に夢中になった。「魔女の騎士」っていう映
画だ。
サイファーは何度も何度もそれを繰返して見ていた。僕達が飽きて止めようとすると殴り
かかってきた。台詞も暗記してしまって、事あるごとに朗々と披露する。
彼が特に気に入ってたのはこの部分だ。攫われた魔女を取り戻したハンサムな騎士が言う。
「貴女が私を呼ぶならば、私はいつでも側にいる。貴女を永遠に守り続けよう。」
そして二人は固く抱き合う。
サイファーは背中を丸めて一人でこのシーンを何度も見ていた。
皆飽き飽きだった。でも、僕は分かるような気がした。
騎士が守る魔女役の人は澄んだ明るい瞳をしていた。
誰かに良く似た海の色の瞳だった。

                                             
「い、いつまでキ、キスしてんだよ!」
ゼルが真っ赤になって顔を離した。
「雛チキンには濃厚過ぎたか?」
くくく、とサイファーが特有の意地悪そうな声で笑った。
「雛って何だよ!お前デリカシーってもんがないのかよ。信じらんねえ。」
「人生の大部分がパンに占められてるお前にゃ言われたくねえよ。」
むーっとゼルがふくれっ面をする。
そんなゼルを見下ろしてサイファーがふと、真面目な声で囁いた。
「たまにゃ、お前からキスしてみろ。」
「なななななな、なんでだよ。」
「いいじゃねえか。濃〜いの一発頼むぜ。」
「おっおっおっおっことわりだせ!そんなの!」
あーあ、ゼル真っ赤っかだよ。意地悪だなぁ、サイファーって。ゼルがまだまだお子様だ
って知ってるくせに。
おや?
二人が沈黙しちゃったよ。何だろ。
「なっなんでそんな顔するんだよ。」
「お前が・・・・確かにここにいるって俺に信じさせてみろ。」
「え?」
「どこにも行かないって、俺に信じさせるようなキスをしてくれ。」
ゼルはまだピンク色をした頬のままサイファーをじっと見上げた。
信じられないくらい可愛らしかった。
「しょ、しょうがねえな。そんな顔して、ずるいぞ。・・・め、眼を閉じてくれよ。恥ずか
しいから。」
ゼルの白くて細い指がサイファーの短く刈り込んだ金髪にそっと埋もれる。

僕は静かに木から降りた。
後ろを振り返るとセルフィが向かってくるのが見えた。
「アーヴイン、お待たせ〜。何、しーって。」
「静かにね、ここはそーっと通り過ぎよう〜。」
「何なの〜?」
「いーのいーの」
僕はセルフィに笑いかけた。
「ね、セルフィ、僕今日の練習曲、提案があるんだ。」
「何〜?」
「「EyesOnMe」にしない?」
「「EyesOnMe」ってリノアのお母さんの?」
「うん、僕、今日はそれがすっごく弾きたい気分。」
「そうなの〜。」
セルフィはちょっと小首をかしげて考えていたが、やがてにっこり笑った。
「いいよ〜。そうと決まれば即、しゅっぱーつ。」
ぴょんと小鹿のように跳ねて手を振る。ああ、セルフィって何て可愛いんだろう。

今夜の演奏はアーウィン・キニアスの心からのプレゼントだ。

僕の大事なセルフィの為に。

ランプ灯の下で甘いキスを交わしてる、あの恋人達の為に。

この星の全ての恋人達の為に。

                                      END

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