魔性の男

桜の季節がやって来た。ガーデンが新入生で溢れる時期だ。新入生達の不安と興奮で、ガーデン全体
がフワフワと浮き足立つ希望の季節。
しかし俺の顔色は冴えない。
今、「ショックを受けてる奴ランキング」をつけたら、俺は世界でもかなり上位に食い込むだろう。
それ位今聞いた言葉は衝撃的だった。
オリエンテーションの最中、あどけない顔の女子新入生が俺を指差して、こう言ってるのを俺はしっかり
聞いてしまった。

「ほら、あの人よ。「魔性の男」ゼル・ディンさんって」

ハンマーで頭を殴られたような気がした。俺が、この俺が「魔性の男」って今言ったのか!?
「えーっ?あれがスコール様を誘惑したって言う?!なーんかイメージ違う〜!」
俺はよろりと眩暈を起こしそうになった。そこに止めの一言がきた。
「・・・だから!夜のテクニックがすごいんじゃないかって先輩達が・・!」
キャーッと興奮した甲高い声があがる。
その場で卒倒しなかったのは奇跡だった・・・と思う。

自分で言うのもなんだが、俺はチビだが威勢が良くて、格闘技好きな、さっぱりした男だ。
今までつけられたあだ名も、自分自身のイメージとほぼ狂いが無い。
「バラムの暴れん坊」「熱血君」「没収男」・・・。
「没収男」は気に入らないが、まあ、これは事実だから仕方ない。認めてもいい。
しかし「魔性の男」、これが本当に俺につけられてるあだ名なのか!?これに比べたらサイファーが
つけた呼び名「チキン」の方が何倍もましだ。「魔性の男」は事実無根だ。完全な冤罪だ。
いつ俺がスコールを誘惑したんだ。夜のテクニックがすごいってのは何だ。
全部逆だ。それを言うなら・・。
「ゼル、そこにいたのか。」
涼しげな声がした。今までヒヨコの集団みたいにピーピー言ってた新入生達の騒ぎ声が、ピタリと
止まる。代わりに魂を抜かれたような溜息がその場を支配する。
出たな、ホンモノ。
俺はぐっとスコールを睨んだ。こいつこそが魔性の、いや魔性どころか悪魔の男だ。
男の俺に迫りまくり、強姦(うっ、情けねえ)し、夜のテクニックで俺を縛る男。
「何をしてるんだ。お前、次の格闘コースの紹介手伝う予定だろう?探したぞ。」
「げ!マジ?もうそんな時間か?」
俺はあたふたとポケットから進行表を出した。焦りつつと舞台と紙を見比べてると、ふいに
頭を軽くポンと小突かれた。
「馬鹿。いいから早く来い。」
作り物めいて見える程端正な顔に、柔らかな微笑が浮かび、長い睫の下でサファイヤブルーの瞳が
可愛くて仕方ない、と言うように優しげに輝く。
背後から声にならない悲鳴と羨望の気配をひしひしと感じる。この羨望は、すぐに「嫉妬」と名を
変えるだろう。
ああ、またこれで。
春の風が爽やかにガーデンを吹き抜ける中、俺は一人暗澹とした気分で肩を落とした。
またこれで、脅迫状の数が増えるのか。
「ゼル?」
「うるせえ!!今行く!触るなっ!」
乱暴に差し伸べられた手を弾くと、背後の気配に殺気が混じりだした。
もうホント、勘弁してくれ。俺は泣きたいような気持ちでスコールから逃げて走り出した。

「さっきの態度は何だよ。お前、スコール様にあんな・・・!」
何がスコール様だ。俺はうんざりしながら俺を呼び出した男を見た。おや、こいつは新顔か。
神経質そうな細面を痙攣させて掴みかかってくる。校舎の壁に背中をドンと押し付けられた。
「お前・・体でスコール様を誑したんだってな。男のくせに・・・!汚い手使いやがって・・!」
誑かす!!俺が!!体で!!今日二回目の眩暈を起こしそうになった。
「てめぇ!言っていい事と悪い事があるぞ!」
いつもなら、この手の挑発は無視してただろう。元々スコールのファンは濃い奴らが多いから、
いちいち相手してたら身が持たない。
だが。
だが今日は違った。さっきの「魔性の男」発言が俺の心にぐっさりと突き刺さっていた。
「じーちゃんみたいな立派な軍人になる」と健気な決意で頑張ってきた俺に、ついたあだ名が「魔性
の男」。じーちゃんが聞いたら草葉の影でおいおいと男泣きするだろう。いや、じーちゃんまで
持ち出す必要は無い。俺自身がおいおい泣きたい。
襟首を引き寄せて、みぞおちに膝蹴りを入れてやった。呆気なく男の体が崩れる。そこに軽く何発か
パンチをくれた。
「これくらいで勘弁してやる。もう変な事言うんじゃねえ。」
そう言い放つと、男が急にガタガタと震えだした。ヤバイ。やりすぎたか?
「おい、大丈夫か?」
「・・・よく分かった・・・!お前がそういう態度なら・・・!」
興奮で上唇が捲れ上がり、細かな唾液の泡が吹き出している。

「スコール様と一緒に死んでやる!」

は?

「な、何言ってるんだよ。何でスコールと死ぬんだよ。」
「お前みたいな野蛮な奴にスコール様が汚されるなんて、耐えられない!スコール様を永遠に俺の物
にする!スコール様と一緒に・・!」
おいおい、眼がイッちゃってるよ、こいつ。
「確かに、体力ではお前に敵わない。だが、俺の専攻を知ってるか!?」
知る訳ねーだろ。初対面のお前の専攻なんて。
男が突然立ち上がり、三十メートルくらい一気に走り出した。そしてクルッと振り返った。
「爆発物製造コースだ!俺はスコール様と心中する!」
追いつく事は出来なかった。

「スコール!本当にすまねえ!」
俺は床にひれ伏してスコールに謝った。
俺のせいだ。俺があんな事をしたからだ。スコールのファンがちょっと常軌を逸する位濃いのは充分
分かっていたはずなのに。だから今まで極力刺激しないようにしてたのに。
俺はどうしてこんなに軽はずみなんだろう。魔女討伐の時だって、今だって、スコールに迷惑かけて
ばっかりだ。いつもスコールの命を危険にさらしてしまう。
「そんなに謝るな。俺なら平気だ。もう、顔を上げろ。」
スコールの冷静な声が頭上からする。涙が出てきそうになった。拳をぐっと固めて俺は顔を上げた。
「俺・・・決めた!」
「?」
「お前の側にずっといる!お前をずっと俺が守る!あの爆弾野郎から!!」
スコールが大きな瞳をパチパチと瞬きして俺を見た。俺は溢れる涙を腕でぐいと拭った。
「スコール・・いいだろ?そうさせてくれ!」
ふいに背中が暖かくなった。スコールが急に俺を抱きしめたのだと分かった。何だかうっとりした
ような声で俺に囁く。
「勿論だ・・・頼りにしてる。」
「頼りにしてる」なんて、魔女討伐の時にすら言ってもらえなかった。感激してスコールの広い
背中に腕を回した。スコールもすぐぎゅっと抱きしめ返す。
よし!頑張るぜ!

「スコール!一人で先に行っちゃ駄目だろ?一緒に行くって約束したじゃないか。」
教室を出ようとするスコールの腕を掴んで俺は口を尖らせた。
「ああ、悪い。」
「もう、お前、ホントに呑気だなぁ。」
俺は呆れてスコールの顔を眺めた。あんなに一人で行動するなって言ってるのに、何故かいつも
先に席を立ってどこかに行こうとする。そのたびに俺は青くなって奴の腕を掴んで引き止めなきゃ
ならない。
「お前だって少しは協力してくれなきゃ。何で離れようとすんだよ。側にいろってば。」
「・・そうだな。」
引き締まった白い頬を僅かに緩めて、花が零れるように微笑する。最近よくこんな表情をする。
「でさ、今日の昼飯なんだけど、外で食べようぜ。」
俺はポケットから『テロリストマニュアル』を取り出した。
「決まったコースを持たないようにするのがテロ対策の基本だ。天気もいいし、外で食おう。」
「分かった。」
「よし、決まりだ!」
ニカッとスコールに笑いかけた。スコールもにっこり笑い返す。優しい笑顔に眼が熱くなった。
俺のせいで、昼食の場所さえも自分で決められないのに一言も責めない。
「ゼル?どうした?」
「な、何でもない!さ、行こうぜ!」
俺はゴシゴシと眼を擦って歩き出した。

週末になると、ちょっと困ったことになった。
「映画を見に行きたいんだが・・・」
俺は困惑して眉を顰めた。いつも出不精な奴なのに、今日に限ってこんな事を言い出すなんて。
「外に出ない方がいいと思う。特に映画館みたいな暗いトコには行かない方がいい。」
スコールは少し考えて、そうだな、と頷いた。
椅子に座って静かに雑誌を読んでいる。折角の週末に、部屋の中で読み古した雑誌を読むスコールの
姿に胸が痛くなった。
スコールの側に行ってしょんぼりと頭を下げた。
「・・・ごめん。俺のせいで・・・」
「気にするな。」
長い指が俺の髪を撫ぜる。
「週末を楽しく過ごす方法なら、俺達、良く知ってるだろう?」
「え?」
俺はギョッとしてスコールの顔を見た。スコールの眼が明確な意志を持って俺に訴えてる。
「いや・・・そ、それは・・・」
俺は後退りしようとした。が、何時の間にか後ろに回ってた腕が俺を閉じ込める。
「ゼル・・・俺には何もすることが無い。」
スコールの声に急に蕩けるような艶が混じる。
「俺を守ってくれるんだろう・・?なら、この退屈から救ってくれ。」
俺の背中を大きな手がまさぐる。スコールの腕の中で俺はぶるっと身震いした。
「お前の体で。」
耳元で囁く声に、肩がビクリと震える。スコールの腕に一層力がこもる。
「・・・な?」
これ以上の抵抗は出来なかった。だってそうだろう。俺のせいでこいつは籠の鳥なんだ。
俺は顔を伏せたまま、小さく頷いた。
スコールが満足そうな大きな溜息をついた。

問題は呆気なく解決した。
週明け、俺達が教室に入ろうとすると、何だか入り口に人だかりがしている。
そこに人ごみを裂くように低い声が響いた。
「どけ!邪魔だ!」
サイファーの声だ。俺とスコールは顔を見合わせた。
生徒たちの悲鳴の中、頭一つ抜き出た大きな体躯が人ごみを割っていくのが見える。
「放してくれよう。」
弱々しい涙声が聞こえた。ハッと気付いた。この声は。
俺は人ごみに向かって突進して行った。やっぱりそうだ。あの男だ。例の爆弾男。
サイファーが爆弾男の襟首を野良猫でも掴むように持ち上げている。
「いい度胸じゃねえか。ああ?」
男の首から、ひぃ、と言う悲鳴が上がる。
「サイファー!」
思わず叫んだ。サイファーがちらりと俺を見る。
「どけ、チキン。」
俺はサイファーの空いてる片腕をぎゅっと掴んだ。
「そいつ、一体・・!」
「教室に爆弾仕掛けようとしやがったんだ。・・こい!俺の前で舐めた真似しやがって・・・!おい、
雷神、風神、教師連中に連絡しろ!俺はこいつを懲罰室に放り込んでくる。」
大の男を引きづってるとは思えないスピードでサイファーが荒々しく去っていく。
俺は呆然とその後を見送った。ようやく我にかえってスコールを振り返る。
「え・・と、スコール・・・と、取りあえず良かったな。もう、心配要らないみたいだ。」
スコールは不思議な表情を浮かべていた。何だか無理矢理起こされた時みたいな、ぼんやりした顔だ。
まるで、すごくいい夢を見てて、その夢から覚めたくなかったみたいな。
「スコール・・・?」
「あ、ああ。良かった。」
スコールがようやく返事した。でも、どこかその返事は虚ろだった。

昼休み、スコールが俺の隣にやって来た。
「ゼル、今日の昼食は何処で食べるんだ?」
「え?あ、俺今日は格闘の奴らと外に食いに行くんだ。噂のカレー屋に。やっと食いにいけるぜ。」
「・・そんな話は聞いてない。」
「急に今日行く事に決まったんだ。例の爆弾男のせいでのびのびになってたんだよな、全く。」
俺はあっさりとじゃあな、と手を軽く振った。と、その手をぎゅっと掴まれた。
「俺を一人にするのか?」
「一人って・・・。だってもう、安全だろ?爆弾男は捕まったし。お前も、どこででも好きなトコで
食べていいんだぞ。良かったな。」
丁度その時遠くから俺を呼ぶ声がした。俺はおう、と元気に返事してスコールの手を振り解いた。
「大丈夫だよ。お前、前はよく一人で飯食ってたじゃん。じゃな。」
俺はそのまま後ろも見ずにダチのところに駆け出した。

その日は午後の講義が無かったので、昼食から戻った俺は久しぶりに図書室に行く事にした。
「あれ?スコールと一緒じゃないんだ〜。」
「お、アーヴィン、図書室に来るなんて珍しいな。ここ、エロ本はねーぞ。」
しつれーだなあ、とアーヴィンがチッチッと指を左右に振った。
「可愛い図書委員達がいるじゃないか。」
「・・お前、ホントに女の事しか頭に無いんだな。」
「まあね。それが僕の生きがいだからね。・・・ところで本当にスコールと一緒じゃないの?」
「しつこいな。何でスコールと一緒じゃなきゃいけないんだよ。」
「だって、君達、最近すっごくイチャイチャしてたじゃないか。特に君が。」
「俺が!?」
「そ。この間見かけた時なんか、絶対離しません、て感じにスコールの腕掴んでたよ〜。スコールも
すごく幸せそうでさあ、ついに君も陥落か、って思ったんだけど。」
俺はふらりと倒れそうになった。慌ててアーヴィンの腕を引っ張る。
「そ、それは理由があるんだ!き、聞いてくれ!」

「・・と言う訳でその爆弾男が捕まるまで、俺はスコールを守ってたんだ!それだけだ!」
「ふうん。」
ゼイゼイと息を切らせながら必死に説明する俺を見て、アーヴィンは複雑な表情で頷いた。
「で、スコールは今どこにいるの?」
「・・・?知らね。」
きょとんと返事すると、何故か奴は大きなため息をついた。
「僕、何となくスコールに同情してきちゃったよ。」
「何でだよ?」
それには返事せずに、アーヴィンが唐突に俺に質問した。
「あのさあ、ライオンって猫科なんだよ。知ってる?」
「・・?知ってる。それがどうかしたのか?」
「だからさ、どんなに逞しくて、堂々としてても、本性は猫だって事。」
「うん?」
「猫ってさ、一度美味しいもの食べると、あとはそれしか受け付けないんだよね。他のご飯はもう、
全部嫌々食べてるだけなの。ずっともう一度そのご馳走を食べさせてもらえるのを待ってるんだよ。」
「ふーん。我儘な奴だな。」
「違う。そういう贅沢な味を覚えさせる方が悪いんだ。一度そんな真似をしたら、最後まで責任を取
らなきゃ駄目なんだ。」
アーヴィンの声が急に真剣になった。俺はびっくりして奴の顔を見た。ハンサムな顔がふっと緩む。
「僕の言ってること、分かる?」
「・・・猫の飼い方?」
恐る恐る聞き返すと、アーヴィンは困ったように笑った。
「ま、そーゆー鈍いところも君のいいトコだよね。でも、僕の言った事、覚えておいてくれよ。」
「・・・うん。」
良く分からないけど、アーヴィンは俺に大事なことを教えようとしてる。それだけは分かった。
「スコールを探してあげなよ〜。きっと君を待ってるよ。」
軽い口調なのに、何故かアーヴィンが本気でそう思ってるのが伝わってきた。
俺は席を立った。

探すまでもなかった。スコールは部屋で寝ていた。そのまま帰っても良かったんだが、さっきの
アーヴィンの妙に真剣な声が耳に残ってたもんだから、俺は隣に座ってスコールの起きるのを
待つ事にした。
が、中々起きる気配が無い。まあ、こいつは昼寝が趣味みたいな奴だからな。知り合った当初は
何て昼寝の好きな奴だろうと驚いたもんだ。こいつより昼寝するのは猫か牛くらいだろう。
俺はしみじみとスコールの寝顔を見た。落ちた睫がしっとりと白皙の顔に綺麗なコントラストを作っ
ている。ちょっと憎らしいくらい、寝顔も完璧ないい男だ。
春の日差しを浴びて静かに眠るスコールを見てるうちに、俺まで眠くなってしまった。
思えばここ最近、スコールが心配であんまり眠れなかった。トロトロと瞼が閉じてくる。
ずるずると身体がマットにずり落ちる。
すげー眠い。もう・・限界・・。

うとうとと半分眠りに入りかけた時、急にドアの向こうでバタバタと何かが慌てて走る音がした。
そして怒声。悲鳴。
「やめなさい・・・!誰か!止めて!」
「キャーっ!!」
「おい、取り押さえろ!!」
俺はぼんやりと顔を上げた。同時に壁が振動するほどの激しい力でドアが力任せに開かれた。
血走った眼の男が飛び込んで来たのが、まだ覚醒しきってない寝惚けた視界に入ってくる。
爆弾男・・?何でこんな所に・・?それに、手に何か持ってる・・光る・・氷みたいな・・
ああ、ナイフか。・・ナイフ?・・ナイフ!?
「俺と一緒に死んでくれ!!」
獣のスピードで、男が寝ているスコールに飛びかかる。
男が腕を大きく振りかぶり、ナイフが鈍く光を反射するのが見えた。
「やめろ!!」
反射的に腕を伸ばした。ナイフの鋭い切っ先が俺の片腕を大きく切り裂き、血が吹き出る。
その瞬間、俺の背後から黒い体がバネのように飛び出して来た。骨が砕ける鈍い音が部屋中に
響きわたる。
あっという間に、男の身体は壁に叩きつけられていた。

男の顎が見る見る変色していく。ひくひくと虫の様に身体が痙攣している。
こりゃ顎、完全に砕けてるな。俺は眼を反らした。
「ゼル!大丈夫か!?」
スコールが顔面蒼白になって俺を振り返る。
「スコール!大丈夫!?」
「・・・ゼル!怪我してるの!?」
シュウ先輩とキスティスが部屋に飛び込んで来た。
「あいつ、いつのまにか懲罰室を抜け出して・・・!」
シュウ先輩がいまいましそうに舌打ちをする。キスティスが心配そうに、保健室に行きましょう、と
優しく言った。俺は流れる血を抑えながらスコールを見た。そして叫んだ。
「スコール!止めろ!!」
スコールがガンブレードに手を伸ばしていた。眼の色が違う。今、あの武器を手に取ってしまったら、
きっと大変な事になる。
「止めろ!止めてくれ!!もういい!!・・・スコール!!」
俺の必死の呼び声にスコールが僅かに振り向いた。シュウ先輩が慌ててスコールの腕を掴む。
「俺、平気だから!こんなの、直ぐ治る!・・頼む、ガンブレードを離せ!」
スコールが泣きそうな眼をして俺を見た。

この騒ぎの始末が全て終わる頃には、日が暮れていた。
俺の傷は結構深かった。あと少しで太い神経が切れるところだったよ、とカドワキ先生に言われた。
治療が終わって部屋に戻ると、スコールがベットに腰掛けて俺を待っていた。
「・・・すまない。俺のせいだ。」
「何言ってるんだよ。お前のせいじゃないよ。あんな事、誰も予想できないよ。」
俺は慌てて言った。が、スコールは首を振った。
「いや、俺のせいだ。・・・俺は気付いていたんだ。」
「え?」
「あの男が飛び込んでくる直前、俺は眼が覚めてたんだ。」
祈るように指を組んで、額に打ち付ける。
「だけど、夢だと思ってた。・・終わった夢の続きを見てるんだと思ってた。」
「夢?」
「もう、夢は終わったはずだった。お前が自分から俺の側に来て、離れるなって怒って、ずっと側に
いてくれって頼んで・・・。だけど、終わったはずだった。また俺がお前を追いかける生活に戻った
んだって思ってた。・・なのに。」
俯く額に黒い髪がさらりと揺れる。
「眼が覚めたら、お前が側にいた。夢だと思った。でも、それなら夢から覚めたくないと思った。
・・だから反応が遅れた。お前を守る事が出来なかった。」
整った眉が苦しげに顰められる。ふいにアーヴィンの言葉が脳裏に蘇ってきた。

『一度そんな真似をしたら、最後まで責任を取らなきゃ駄目なんだ』

俺は時々忘れてしまう。こいつが俺を好きだって事を。
どうして俺なんか好きなのか。どうして俺じゃなきゃ駄目なのか。
正直言って、俺には良く分からない。
でも、今、こんなにスコールを傷つけてるのは、俺なんだって事だけは分かる。
その責任から、逃げちゃいけないって事だけは。

「スコール・・・ごめん。心配かけて。」
俺はスコールの前に立って、俯く頭に額をコツンとぶつけた。
「でも、俺、お前を守れて嬉しかった。お前に怪我が無くて嬉しい。本当に、そう思ってる。
謝ってなんか欲しくない。そんなこと、しなくていいんだ。」
「ゼル・・・」
スコールの腕が俺の腰をぎゅっと抱きしめた。小さな子供みたいに俺の胸に顔を埋める。
眼を開けたら全てが幻になってしまうとでも言いたげに、瞼をうっとり閉じたままで。
この瞼にキスしたら、幻じゃないって分かるだろうか。
青い瞳が俺を見つめてくれるだろうか。
誘われるように手を伸ばした。スコールの頬に俺の指が触れる。

「痛って―――――――――!!!!」

肩まで走る激痛に眼から涙が零れる。そうだ、俺怪我してたんだ。
スコールがびっくりして顔を上げる。俺は言葉も無く歯を食いしばって痛みに耐えようとした。
つか、何やってんだ、俺。今のは一体何だ。俺、何しようとしてたんだ。
「く―――――――っ」
痛みと精神の混乱で顔が赤くなる。俺、スコールにキスしたいとか思ってなかったか!?ええ!?
「大丈夫か?痛むのか?」
スコールの心配そうな声が聞こえる。でも、返事が出来ない。混乱の極みだ。
と、ふいに無傷の左手が力強く握り締められた。
「ゼル・・・!任せろ。俺がお前の手になってやる!」

は?

思わず顔を上げた。今まで打ちひしがれてたスコールの顔に生き生きと明るい表情が浮かんでいる。
「利き腕がそんな状態じゃ、不自由過ぎる。俺がお前の面倒を見てやる。食事も、ノート取りも、
風呂も。全部。今度は俺がお前を守る。」
青い瞳がキラキラと力強く輝く。大きな手が俺の手をがっちり包む。
獲物を手に入れたライオン。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
「今からだと・・・そう、シャワーだな。」
「なっ・・!い、いや!俺、き、気持ちだけ、ありがたく・・・」
「遠慮するな。」
にっこりと華麗な笑みを浮かべてにじり寄ってくる。もうあの弱々しげな態度は微塵も無い。

『ずっともう一度そのご馳走を食べさせてもらえるのを待ってるんだよ』

アーヴィンそれは間違いだ。ライオンは獲物を大人しく「待ってる」なんて奴じゃないんだ。
草原の王者。真性の肉食獣。欲しいものは自分の爪で奪い去る。
俺はじりじりと後退りした。でも、もう結果は眼に見えていた。
無傷のライオンと手負いの獲物。どっちが勝つかなんて、聞くだけ馬鹿だ。

「見て。あれが例の「魔性の男」よ。」
「やだ!スコール様にあんな事させてる!」
「それだけじゃないんだって。ノートも全部取らせてるんだってよ。」
「マジ!?たかが怪我でそこまでさせる!?」
「さすが、魔性の男。」
後ろで交わされる会話を聞きながら、涙が出そうになった。
嘘だ。俺はそんなんじゃない。
「ゼル、よそ見したら、駄目だろう。」
俺はキッと顔を上げた。全部お前のせいなんだ。この悪魔。
「ちゃんと栄養つけないと、回復しないぞ。ほら、口を開けろ。」
銀色のフォークにパスタを綺麗に絡ませてスコールが微笑む。
昨日風呂場で、俺がろくに動けないのを良い事に、口では言えないような恥かしい
事をしたり、俺に言わせたりした奴と同一人物とは思えない爽やかな笑顔だ。
どうして皆分からないんだ。俺は叫びだしたくなった。

こいつこそが本当の、真実魔性の男なのに。
天使の美貌とライオンの牙を併せ持つ、史上最強最悪の魔性の男なのに。





                                  (終)
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