Meet the parent!(2)




パーティは日が沈みかけた頃、やっと終わった。
酔い潰れちまったバラムホテルの親父やら、町内会長の親父やらを担いで家に送りつけたり、
(ホテルの親父が耳元でずっと詩を朗読するのには閉口した)諸々の後片付けが終わる頃には
夜になっていた。
風呂から出ると、やっと人心地つくことが出来た。スコールものんびりとソファーに座っている。
母さんは趣味の刺繍を始めてる。俺はポケットから小さな箱を取り出した。
「母さん。」
「なあに、ゼル。」
「今日はゴタゴタしてて中々渡せなくて・・これ、母の日のプレゼント。」
「まあ。ありがとうゼル。開けていい?」
母さんがいそいそと箱を開けた。あら、素敵、と小さな歓声を上げる。俺は胸を張った。
「いいだろ?俺の手作りなんだ、頑張ったんだぜ!」
百合の花が彫られたシルバーの指輪が母さんの指にはめられる。
「夜遅くまで頑張ってたもんな。」
スコールが覗き込んで言った。
「うん。キスティスがしてる指輪見て、いいなって思ってさ。全く同じじゃ芸がないから、ほら、
ここ茎が交差してるんだぜ!な、な。」
「あら、二人で夜遅くまで一緒にいるの?仲良しさんね。でも、ちゃんと睡眠取らなきゃ駄目よ。」
ギクリと手が止まっちまった。
「い、いや。あの・・」
「これから気をつけます。すみません。」
スコールがさらりと笑顔で返す。顔が赤くなるのが自分でも分かった。
あれほど口をすっぱくして「俺達の事は秘密だ」って言い張ってたのは俺なのに、このシドロモ
ドロぶりはどうだ。スコールの方が断然上手く切り抜けてる。
俺ってやっぱ向いてねえ。しみじみと思った。
俺にはこんな恋愛、向いてない。楽しかった一日を思い出した。

もう一度。

もう一度頼んでみようか。友達に戻りたいって。今日みたいにずっと楽しく過ごしたいって。
「スコール、俺の部屋にこねえ?ちょっと話があるんだ。」
覚悟を決めてスコールの腕を引っ張った。

「何だ?」
「あの・・ちゃんと礼言おうと思って。きょ、今日はありがとう。」
「?」
「ほら、例のスピーチ。お前あーゆー事嫌いなのに、調子合わせてくれて。助かった。」
ああ、とスコールが頷いた。
「上手くやるってお前と約束したからな。」
照れたように微笑する。サファイヤブルーの瞳が嬉しげに輝く。
俺は顔を伏せた。早く言っちまおう。
「ここの奴等って皆ああなんだ。あーゆー事が苦手な奴がいるなんて、考えもしてないんだ。
単純なんだよな。・・・俺と一緒だ。」
風呂に入った後でよかった。落ちた前髪が俺の表情を隠してくれる。
「・・・ゼル?」
「よく分かった。俺はこの町と一緒なんだ。単純で、上手く感情を隠す事が出来ないんだ。
お前みたいに、上手に物事をあしらう事ができねえ。男と付き合うなんて、難しすぎて俺には出
来ねえんだ。」
俺は顔を上げた。

「頼む。俺を元の友達に戻してくれ。」

スコールが無表情に俺を見た。俺はじっとスコールの言葉を待った。
やがて奴は長い溜息をついた。全身から全ての空気が抜けていくような、長い溜息だ。
「・・・ゼル。俺にも分かった事がある。」
「え?」
「お前は色んな愛情に包まれて育ったんだな。母親や、友達、近所の人達・・皆お前を愛してる。
皆お前はこのバラムの町のものだって思ってる。」
長い指が机上の家族写真をゆっくり撫ぜる。
「だけど一つだけ、俺のものだと思ってた。今日一日、そればっかり考えてた。」
スコールの手がぐっと握り締められる。血管が白い腕にみるみる盛り上がってくる。

「お前の恋人は俺だけだ。この恋だけは、俺のものだ。」

青い瞳が燃えるように激しい光を帯びた。
「邪魔する奴は許さない。たとえそれが、お前自身だろうと。」

俺は慄然と立ち尽くした。今頃どうして自分が友達に戻りたいって言わなくなったか思い出した。
友達に戻りたいって言うたびに、こいつは激しく俺を抱く。そんな事は不可能だって、俺に思い
知らせようとするみたいに。一晩中抱かれ続けた時だってある。
今日あんまりスコールが穏やか過ぎて、優しすぎて、すっかり忘れていた。
こいつは深い河と一緒だ。静かに見えるのは表面だけだ。悠然とした水面の下で、底流は激しく
砂利を巻き上げてうねってる。
深い河。なまじな力で堰き止めれば、溢れた濁流が根こそぎ全てをさらっていく。
「お、俺・・・」
「二日間だけ、我慢しようと思ってた。この町がお前を俺から引き離すのを。たった二日だって
思ってた。でも、それ以上をお前が考えてるなら、一日だって我慢出来ない。」
後退りする俺を大きな手が捕らえる。
「ゼル。俺は何も持ってない。優しい母親も、故郷の町も無い。お前しかない。それを奪うのは、
全てを奪うのと一緒だ。そんな事は許さない。」
掴まれた手首が痛い。スコールが大きな影のように近づいてくる。恐怖で背中に汗が浮かんだ。

その時控えめなノックの音がした。
「ゼル、スコール君、お話終わった?」

スコールの腕が一瞬緩んだ。俺は反射的に手を振り解いて叫んだ。
「母さん・・!!」
「なあに、変な声出して。ゼル、スコール君の部屋に毛布運んで頂戴。」
母さんがドアを半分開けて顔を覗かせた。
「良かったらスコール君も手伝ってくれる?」
駄目だ。母さん。今こいつに話し掛けるな。ぞっと全身の血の気が引いていった。
スコールは黙って俺の青ざめた顔を見ていた。そして静かに頷いた。

「はい。お手数かけます。ゼル、自分でやるからいい。」

張り詰めた糸が切れたように俺はどっと息を吐いた。心臓がまだバクバクいってる。
ゆっくりと一歩踏み出したスコールが小さな声で搾り出すように言った。
「心配するな。お前の母親には何も言わない。約束だ。今夜は鍵をかけて寝ろ。そうしたら変な
心配をしなくて済む。」

約束。

スコールは約束を守ろうとしている。
奇妙なことに、それはむしろ俺の心臓をぐさりと刺した。
あの怒りを、あの激しさをスコールは抑えてる。俺との約束のために。
あの「約束」はスコールの為じゃない。俺が自分の保身の為に押し付けた約束だ。
それでも今日一日我慢してくれた。甘ったれのこいつが、一生懸命「友達」を演じてくれた。

『俺は何も持ってない。優しい母親も、故郷の町も無い。お前しかない。』

何て寂しい言葉だろう。俺がスコールをこの町に連れてきたのは、こんな寂しい言葉を言わせる
為じゃない。
町の人に囲まれて王子様のように立っていた姿を思い出した。
寂しい王子。壮麗な城の中には何も無い。たった一つだけ、宝箱を大事に抱えて。
その宝箱すら今、手から離そうとしてる。俺の勝手な約束のために。

「母さん!スコール!」

「なあに?」
「きょ、今日はスコールとこの部屋で寝る。行くなよ、スコール。」
俺は大きく息を吸った。顔が赤くなる前に早く言い切らなきゃ。

「俺、スコールと一緒にいたいんだ。」

「そう?良かった。・・・安心したわ。」
母さんが微笑んで俺を見た。
スコールの肩をポンと叩いてにっこりと頷く。小さな子供にするみたいに。
「大丈夫。喧嘩したって、すぐ仲直りできるわ。二人共、とってもいい子だもの。」
じゃあお休みなさい、と手を振って母さんが一階に降りていく。
母さんって、時々何もかも分かってるみたいな鋭い発言するんでホント驚くぜ。

スコールはさっきから黙ったままだ。
「スコール・あの・・・嫌なら別に・・」
いきなり腕が引き寄せられた。息も出来ないほど強く抱きしめられた。
薄いシャツ越しにスコールの心臓が激しく打ってるのが伝わる。
「お前も・・お前の母親も・・・全く・・そっくりだ。」
「スコール?」
「あんまり俺をびっくりさせるな。ここで心臓が止まったらキスが出来ない。」
熱いキスが雨のように降ってきた。

奔流に押し流されるようにベットに倒される。
「ス、スコール・・!」
「何だ。」
忙しく俺の背中をまさぐりながらスコールが言う。
「し、下に母さんがいるんだ。その、あ、あんまり・・こ、声を出させるようなことを・・」
こんなこっ恥かしいことを、まさか神聖な俺の部屋で言うはめになるとは。
「心配するな。上手くやるって約束しただろう。・・・友達ごっこなんか目じゃない。」
スコールが滴るような妖艶な笑みを浮かべて俺の眼を覗き込んだ。
「恋人の本領発揮だ。覚悟しろ。」
助けてくれ。ノリノリだぜこいつ。

「もう・・だめだ・・ってば・・・やめ・・」
声を出したくないって言ったけど、声も出せないほど責め続けて欲しいなんて言ってない。
何度もイカされて、全身から力が抜けまくっちまった。
「嫌だ。」
スコールがキスで俺の唇を塞ぐ。指がまた下の唇に差し込まれる。
「こんなに柔らかくなって・・今日のお前みたいに優しい。止められない。」
「やだ・・っ、・・あ!」
「嘘つけ。まだこんなに元気だ。」
ぐちゃぐちゃと掻き回す音に俺の頭までかき回されていく。ぐったりとした腰をぐっと持ち上げ
られた。スコールのものがずるりと何の抵抗無く俺の中に入る。待ってたみたいに腰が震える。
支えるスコールの逞しい腕が無ければ、きっとこの腰はすぐ崩れ落ちてしまう。
「は・・っ・・も・う・・んんっ」
長い指が俺の口を覆う。
「俺が塞いでるから大丈夫だ。思い切り声を出せ。出してくれ。その声は俺だけのものだ。」
嬲られて赤くなってる胸の突起を弦のように弾く。
「あ・・っ!」
「いい声・・」
陶然とした声が聞こえる。そう言うスコールの声も、背中がゾクゾクする程艶めいてる。
お前の方こそ口塞げ。その声が俺を惑乱させるんだ。こんなに乱れさせるんだ。
スコールが絶え間なく俺のものを刺激する。勃起してるだけで、中身が殆どない竿が生み出す長
い快楽は、いっそ辛い位だ。
「あんっ・・あ・・っ・ひっ・・いやだ・・ぁ」
殆ど泣き声だ。どんなに体を鍛えても、この快楽の前には簡単に涙を零される。
救ってくれ。この果てしない快楽から俺を救ってくれ。それが出来るのはお前だけだ。
「・・スコールっ・・たのむ・・からっ」
「何だ。何をして欲しい。」
スコールの掠れた声が耳元で囁く。頭の中が白く霞んでいく。
唇が頼りなく震えて上手く言葉を紡ぎ出せない。考えがまとまらない。
何を頼むつもりだったんだ俺は。この男に何をして欲しいんだ。
溺れる者が縋りつくみたいに、スコールの濡れた背中にしがみ付いた。

「たすけて・・っ」

その途端、スコールの動きが濁流のように激しくなった。俺の全身は翻弄される流木のように
滅茶苦茶にガクガクとスコールの動きに揺さぶられる。
突然目の前が白くスパークした。スコールの体が俺の上に倒れ込む。ずしりと重い感触がした。
緩やかに流れる河にゆっくりと沈む木の葉のように、スコールの腕の中で俺の意識は徐々に遠く
なっていった。

眩しい日差しに眼が覚めた。時計を見たらもう午前11時になっていた。
隣ではスコールがぐっすりと眠りこけてる。そりゃ、あんだけやればな。
ああ、俺、どんどん堕落していってるぜ。これからはこの部屋に帰ってくるたびに昨日の
痴態を思い出さなきゃならねぇんだ。今更ながらがっくりと後悔に肩を落とした。
満足そうなスコールの寝顔がむしょうに腹がたって奴の頭を殴りつけて乱暴に起こした。
「起きろっ!もう昼だ!メシにしようメシに!」
寝惚け顔で起き上がったスコールが「昨日のお前は最高だった」なんて今一番触れて欲しくない
話題を平気で話し掛けてくるので、思わずヘッドショックをかましてしまった。
デリカシーってもんが無いのかお前は。

「あれ?母さんがいない。」
テーブルに何やらメモ紙が置いてある。
『ゼル。スコール君。大事件がおきたのでバラムホテルに行きます。ご飯は冷蔵庫の中のものを
適当に食べてね。』
「大事件?」
俺とスコールは顔を見合わせた。
「何だろう。」
「とにかく何か食べて、それからホテルに行ってみるか。」
冷蔵庫のサンドイッチを平らげると身支度もそこそこに俺たちはホテルに向かった。

「別に何も変わってないよな。」
目の前の青きバラムホテルはいつもと同じく海沿い特有の強い日差しを浴びて静かに立っている。
「まあ・・母さんあれで結構おっちょこちょいだから、何か早とちり・・」

「よ――――――――お!お前ら!偶然だなぁ!おーい!!」

突拍子も無い陽気な大声が後ろから響いた。この声は聞いた事がある。これは確か・・。
スコールが眼を大きく開いて呆然と呟いた。
「ラグナ・・」
海鳥たちをあははははと大笑いして手で追い立てながら、(そんな事バラムじゃ子供だってしねえ)
ラグナが弾むように俺達の側にやってきた。後ろから町内会長と母さんが慌ててついて来る。
「エスタもやっと国交回復したしよ。「世界の皆と仲良くしようキャンペーン」を始めたんだ。
まず大統領たる俺が先頭にたってお手本見せようって訳よ。いや、でもお前らに会うとはなぁ!」
こっちがまだ何も聞いてないうちからぺらぺらと元気良く喋り続ける。
「あんたが手本じゃエスタは誤解される一方だ。」
スコールが取り付く島も無い程無愛想に言う。
「大統領に来ていただけるなんて、光栄だわ。」
「おう、こんなことなら昨日のバラムフィッシュ取っとけば良かったなあ。」
「バラムフィッシュ――――――!おお――――っそれ、食いたかったんだっ!」
「いやあ・・あればっかりは漁に出てみないと・・」
「漁!うわあ、楽しそうだなあ。俺もやりてえなあ。俺の新番組「ラグナ大統領と語ろう!」に
いい土産話になるんだけどなあ。そうだ!良かったら俺も漁に連れてってくれないかな!?」
「はあ・・」
すげーな、この人。俺は感心しながら眺めた。この町の誰よりハイテンションだ。
「・・・いい加減にしろ。勢いでものを決めるな。会長が困ってるだろう。」
眉を顰めてスコールが諭した。
「おっ?何だ何だ、相変わらず仏頂面だなぁ、お前。糞詰まりみてえな暗い顔すんなよ。
『笑う門には糞が出る』って言うじゃねえか。笑え笑え。すっきり爽やかに行こうぜ!」
「「福が来る」だっ!うろ覚えの諺を自信満々に言うな!」
「え?そかそか。頭いいなあお前。全く俺からお前みたいな利口な息子ができるとはなぁ。嬉し
いぜ。レインのお陰だなぁ。」
「あら・・そうだったの!?」
母さんが驚いてスコールを見た。ラグナがそうなんですよーと長い黒髪を掻き揚げながら大笑い
する。スコールが突然がっちりと母さんの手を両手で握った。
「俺は母親似なんです。」
「そうそう、レインもよくそーやって他人の振りをする時あったぜ。懐かしいなぁ。」
「・・もうあんたは黙っててくれ。」
スコールが情けない顔をするのを初めて見た。俺は思わず吹き出した。
「今日は忙しくなりそうね。頑張らなきゃ。さあ皆に連絡して・・」
母さんが瞳を輝かせて言う。口調がワクワクと楽しげだ。
やっぱり母さんもお祭り好きなバラムの女だ。
ラグナが肩を落とすスコールの背中をバシバシと笑いながら叩いてる。

みんな親には敵わない。スコールさえも、敵わない。
「スコール、来月は父の日だぜ。どうする?父親に会いに行くか?」
「お前まで、何を言い出すんだ!」
スコールが悲鳴をあげた。俺は腹を抱えて笑い転げた。
シルバーの指輪が、母さんの指でキラキラと輝く。
今日もバラムは、いい一日になりそうだ。





                              (END)
※このキリ番文にキリ番ゲッターのひなみのり様がイラストを書いてくださいました。
素敵絵をご覧になりたい方、はこちらから!すごく素敵なんですよ〜。うふー(溶けてる)
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