Only one





城之内は愚か者だ、と海馬は思う。

それも、呆れる程の愚か者だ。
何故自分の家に来ないのかと聞けば、迷子になるのが嫌なのだと言う。
空いた口が塞がらない。自分の家は確かに広いが、迷路では無い。
家の構造くらいしっかり脳に叩き込め馬鹿者、だからお前は凡骨なのだ、と諭してやれば、
真っ赤になって「てめーがどうしてもって言うから行ったんじゃねーか!もう二度とお前んちには
行かねえからな!」とほざく。
己の馬鹿ぶりを棚に上げて、何という言い草だ。

城之内の馬鹿者ぶりは、それだけに留まらない。
あれしきの広さで迷子になる愚か者の為に、仕方なく自分の方から出向いてやる事にした。
それなのに、凡骨には感謝の心がまるでない。この自分が訪れるという有り難味が、少しも
分かってない。そんな所も、果てしなく凡骨だ。救いようがない。

「・・・・また来たのかよ・・・・」
城之内が嫌そうに言う。それを見て、海馬は思う。
初めてこの家に来た時は、凡骨はもう少し暖かい態度だった。
驚いたように薄茶の瞳を丸く開いて、「とりあえず茶でも飲むか?」と冷蔵庫からペットボトルを
取り出して注いでくれた。
遠慮しないで飲んでくれよ、と緊張した顔で笑う城之内に不思議に思って聞いた。

「貴様は玄関に家具一式を置くのか?なぜ部屋の中に配置せんのだ?」

あの時の唖然とした顔が忘れられない。
ポカンと口を開けたかと思うと、城の内はいきなりブルブル震えだした。
「こっ・・・ここは茶の間だ馬鹿野郎―!!」
それで、玄関だと思っていたものが、実は家全体だったのだと気付いた。

しかし、何も怒鳴る事は無いだろう。悪気は無かったのだ。
「なるほど。まあ玄関に住んでいるのなら、貴様が俺の家で迷子になるのも頷ける。二部屋以上の
間取りは覚えられないのだな。気の毒に。しかし、玄関だけの家というのは珍しいな。画期的だ。」
余りに睨むので、めったに言わぬ誉め言葉まで使ってフォローしてやった。
それなのに、その言葉を聞いた凡骨は更に怒り出した。外を指差して叫ぶ。
「出て行け――――――――!!」
あれ以来、わざわざ訪れてやっても笑顔一つ見せようとしない。
海馬はやれやれと頭を振る。
愚かな上に気が短いとは。最悪だな。

「今日はこの後会議なのでな、あまり長居はしてられん。」
コートも脱がずにそう言うと、城の内は一層嫌な顔をした。
「長居も何も、そもそも来いなんて一言も言ってねーだろ。つうかお前、ヘリで来んなよ。そんで何で学校の
校庭にヘリ止めんだよ。バリバリバリバリ鳴らしやがって。皆すげー迷惑してんだぞ。目的が俺んち来る事
だって知られたら、俺が文句言われんだからな。」
「手頃な空き地が他に無いのだから仕方あるまい。大体、貴様の家にヘリポートが無いのが悪いのだ。」
「ヘリポート持ってる家なんて、日本に何軒あんだよ!せめて車で来い車で!」
「それでは会議に間に合わん。」
胸を張って言うと、城之内は大きな溜息を吐いた。
「だからさぁ・・・・何でそこまでして家に来るんだよ・・・・」

「貴様が来んからだ。」
海馬が自信満々に答える。
「来ないなら、行く。簡単な二者択一ではないか。何故そんな事が分からん。やはり貴様は凡骨だな。
大体、この俺がわざわざ来てやってるのだぞ。理由など聞く前に、感激の涙の一つも流せ愚か者!」
ぐいと偉そうに城の内に長い指を突きつける。
「分かったら、食事の支度をするがいい凡骨!」

・・・・・・・・・・この、たかり野郎が・・・・!
城之内が歯軋りして思う。
何なんだ、何なんだよ、こいつ。
ある日突然、海馬様からです、と黒服の男に招待状を渡された。バイトがあるから、と断ったら
その日から毎日毎日黒服の男がやって来る。しかも段々文面が脅迫めいたものになっていく。
経験上、放って置けばロクな事になるまいと、意を決して海馬の家に行った。
ダンジョンか!?と思うほど壮大で複雑な造りの屋敷をウロウロ彷徨い、やっとゴールに辿り着けば、
ラスボスはカンカンに怒っていた。
貴様が遅いから時間が無くなったではないか、俺は忙しい身なのだぞ、と馬鹿馬鹿連呼されながら
怒鳴りつけられた時は、脳の血管が切れるかと思った。
忙しいのは海馬だけでは無い。自分だってバイトの予定を遣り繰りして、やっと来たのだ。
しかも、自分のバイトは遊びでは無い。生活の為だ。ここで馬鹿呼ばわりされてるなら、バイトで稼いだ方が
何百倍も有益だ。俺の日当を返せ馬鹿。
余りに頭に来て、もう絶対お前んちには行かない、と宣言して憤然とその場を去った。
実際、二度と会う気は無かった。

それなのに。

それなのに、そのきっちり一週間後、海馬瀬人は自分の家の玄関に立っていた。
人の家を玄関扱いした挙句、帰れと行っても帰らない。何しに来たんだ、と聞いても理由は無いらしい。
困り果てて、そのまま放ったらかしにしてるうち、次第に腹が空いてきた。
ちらりと横目で海馬を見ると、海馬は端正な表情を崩さぬまま、こっちをじっと見ていた。
髪が青みがかっているせいかもしれないが、その顔色はひどく白く見えた。ひどく寒々しく見えた。
思わず言葉が口をついて出た。
「・・・・・・・何か暖かいもんでも、食ってく?俺、作るから。」

あれがまずかったんだよなあ・・・・。
しみじみと思う。
それ以来、何故か海馬は家で飯を食う事に決めてしまった。時間が無い、といいながらヘリまで使って
来ようとする。
一番理解できないのは、それが物凄く恩着せがましいのだ。
勝手にやって来るくせに、まるで「食ってやる」と言わんばかりの態度なのだ。
いや、態度だけじゃない。実際口に出しても言う。こんな粗末な物をこの海馬瀬人に食わせる気か、
とか、何故野菜だけなのだ、俺はウサギでは無い、と煩い事この上ない。
ウサギなら食う量もたかが知れてるが、海馬は文句をつけながら食う量は一人前だ。
ウサギの方が断然ましだ。ウサギなら文句だって言わない。

同じ血を分けたとは思えない程良くできた弟が、申し訳なさそうに「食費、払うよ・・・」と言ってくれたが、
それを受け取ると食事を作るのが完全に義務化してしまいそうなので断った。
意味が分からないまま、金持ちの一時の気まぐれ、と思って我慢してきたが、そろそろ限界だ。
実際問題、金が無くなって来てる。そもそも一人分でもやっとだった食費で、二人も賄えるはずがないのだ。
もう今日こそ本気で分からせてやる。俺が心底迷惑してる事を。
城之内はぐっと握り拳を作って固く決意した。

「・・・・金が無い?」
海馬が意外そうに繰り返した。
「そう!金がねーの!ぜんっぜんねーの!だから、お前に食わせる余裕なんて、無いの!」
城之内が大声で力説する。
「分かったら、もう夕飯たかりに来るなよ。俺、貧乏なんだから!」
それだけ言って、ぷいとそっぽを向く。
これ位はっきり理由を言えば、この宇宙人にも分かるだろう。そう思った。

金が無い・・・・。
城之内の言葉に、意表をつかれて海馬が黙り込む。
・・・・そうか、金か。
考えてみればその通りだ。今まで食費の事など考えた事も無かったが、確かに物を食うには、材料を
買わねばならない。材料を買うと言うことは、金が減ると言う事だ。
ここの食事が幾らするのか分からないが、玄関に住んでいる城之内にとっては重い負担なのだろう。
それで、いつもあんなに不機嫌だったのか。
ふと、気が付いた。

それでは、嫌われてるのは、俺自身では無かったのだ。

嫌そうに顰めた眉。帰れと言わんばかりの態度。
あれは金が減るのが嫌なだけで、俺がいる事が嫌ではなかったのだ。
突然、意味の分からない安堵が胸に湧き上がった。何故こんなにホッとするのか分からない。
けれど、全身が陶然となった。
「・・・早く言えばいいではないか。何故言ってくれなかったのだ。」
「いや・・・その・・・まぁ・・・俺にもプライドってもんがあったし・・・金が無いなんて中々言えなくて・・・」
意外にしおらしい海馬の言葉に、城之内が口篭もる。モゴモゴと言い訳をする金色の頭を、海馬は
満足げに見下ろした。
「全く貴様は言葉が足りんな。脳が足りないと言葉まで不足するのか。」
「・・・は!?・・・ってめぇなぁ!!」
喚く城之内を軽く制し、海馬が立ち上がる。
「騒ぐな愚か者!よし!今から買い物に行くぞ!金の事は心配するな!!俺が全部出してやる!!
お前は黙って付いて来るがいい!!」
言い終わや否や、腰に手を当てワーッハッハと高らかに笑う。
うわー、久々に見たなこれ。よくこんな笑い方出来るよなあ。どっかで習ったのか?
城之内が半ば感心しながら眺めていると、海馬はぐいっとその腕を取り、意気揚揚と外へ引き摺って行った。

「好きなものを選ぶがいい!」
スーパーの前で、馬鹿でかい声で宣言する男に周囲がギョッと振り返る。
「うん。サンキュー。」
城之内が何でも無い事のように頷く。すっかり海馬のテンションに慣れきっている今日この頃だ。
木馬経由の食費を断った城之内だが、海馬本人に奢らせるのはあまり心が痛まない。
むしろ当然、と気持ちが強い。縁もゆかりも無いのに、勝手に食事を要求し続けた男に一回ぐらい奢って
貰って何が悪い、という感じだ。
「俺さぁ、この筋の入ったメロン、食ってみたかったんだー。」
城之内がウキウキと海馬を見上げる。
「コレ食うのが一生の夢っていうかさー。」
安い一生の夢を切々と語り、嬉しそうにマスクメロンを籠に入れる。
「うむ。好きな物を買うがいい。」
海馬も嬉しそうに答えた。

海馬は本当に嬉しかった。
今日は城之内が帰れと言わない。
ニコニコと笑って自分を見上げる。当然のように、一緒に居ようとする。
金色の睫が、自分のごく近くで瞬いている。鳥の羽根のようだと思った。その金色の羽根の下に、滑らかな
頬が興奮に上気している。
ふと、舐めたいと思った。
舐めたらきっと、この頬は熱いだろう。自分の舌が、溶けてしまいそうに熱いだろう。
夢見るように考える。
他のところはどうだろう。
他のところも、舐めればやっぱり熱いだろうか。蕩けそうに、熱いだろうか。

「でさ!肉!肉買おうぜ!肉!」
明るい声に、我に返った。
「・・・う、うむ。いいから何でも買え。」
ちょっと狼狽して答える。何だ今の想像は。何故俺が凡骨の頬など舐めねばならん!
「海馬は何食いたい?」
「いや。俺は・・・・」
「何だよー遠慮すんなよー。」
奢ってもらう身とは思えない発言をして笑う。その無邪気な笑顔に、海馬の心臓がまた高鳴る。
「・・・・でもさ、お前幾ら持ってんの?あんまり沢山買うとやばくねぇ?」
城之内がちょっと心配そうに尋ねた。
「現金は持ってない。」
「は!?じゃ、どうすんだよこの代金は!?」
海馬がサイフから白銀に輝くカードを取り出す。
「現金は持ってないが、カードがある。それで間に合うだろう。」

「・・・・へえ。カードかー。」
クレジットカードなど持ったことも無い城之内が、感心して覗き込む。
「うむ。これがあるとサイフが重くならなくて便利だ。」
海馬は札束を指して言ったのだが、城之内はそれを小銭と思って頷く。
「確かにサイフ重いとうざいよなー。」
「うむ。これ一枚で戦車も買えるらしい。そう薦められてこれにしたのだ。」
「へー戦車!かっこいいな!俺もそういうの欲しいなあ。」
戦車をクレジットで購入出来るカードを持つには、それ相応の資産を持っているか否かの厳しい調査が
あるのだが、城之内はそんな事は知らない。そもそもクレジットカードには、その資産に応じたランクが
ある事すら分かっていない。
本来なら、城之内はまた愚か者と罵られる所だ。がしかし、幸いな事に海馬も逆の意味でカードの
ランク分けを知らなかった。世界有数の富豪にエコノミークラスのカードを薦めるクレジット会社は
存在しない。
「そうだ。貴様もこれにするがいい。」
「うん。そうすっかなー。」
かくして、金持ちと貧乏人は和やかに会話を進めながら、カートを押していった。

戦車の買えるカードでスーパーの清算を済ませると、二人は山盛りの荷物を持ってテクテク歩いた。
こんな下賎な真似をしたのは初めてだが、何故だかとても楽しい、と海馬は思った。
いや、さっきからずっと楽しい。スーパーで中年女に押し退けられたり、この海馬瀬人が大人しく
レジで順番待ちをさせられたり、憤慨する事は多々あったはずなのだ。
それなのに、とても楽しかった。
いつでも自分の側に大きな茶色の瞳があって、それが嬉しそうに自分を見上げる。
それだけで、なんだかひどく楽しくなってしまったのだ。
そして、今日は帰る場所も一緒だ。帰ってからも、城之内がずっと一緒だ。
そう思うだけで、心が弾んでしまうのだ。

「でさー、ホットプレートどっかに仕舞ったはずなんだよなー。どこだっけなー。」
今日は焼肉、と決めた城之内が浮かれて喋り続ける。
「帰ったらすぐ探して・・・・」
突然、黒塗りのリムジンが二人の前に派手なブレーキ音と共に止まる。
「海馬様!!」
黒服の男が慌てて叫ぶ。
「どこにいらしてたのですか!!早く!!もう会議が始まってしまいます!!」


「・・・・そっか・・・そう言えば、お前今日は会議で長居出来ないって言ってたっけ・・・」
気の抜けた声で城之内が答える。
「そう・・・だったな・・・。」
海馬も呆然と答える。
忘れていた。大事な会議があったのだ。一国を牛耳ってると言われる、巨大企業のトップとの会議が。
こんな事はかつて無かった。
仕事を忘れてしまう事など。時間を忘れてしまう事など。
「海馬様!早く!もうヘリのエンジンはかけてあります!」
気忙しく黒服が叫ぶ。
「・・・あ・・、じゃ、じゃあな。」
城之内が口篭もりながら言う。
「・・・・・うむ。」
何時もの大声ぶりが嘘のように、小声で海馬が答える。そして、年若い社長はリムジンへと吸い込まれ
て行った。

日付が変わる時刻に、突然玄関の呼び鈴が鳴った。
そろそろ寝ようかと腰を浮かしていた城之内が慌ててドアを開けると、そこには海馬が立っていた。
「は!?どしたの!お前!?」
「会議が終わった。」
それだけ言ってズカズカと中に入る。どしりと畳に座り、城之内をじろりと睨む。
「俺の食事は?」

「え・・・・・?」
「今日一緒に買った、あれはどうした。」
まっすぐに城之内の眼を見て聞く。城之内は気まずそうに眼を逸らした。
「あー、あれは・・・・・ごめん!遊戯達と食っちまった!!」

だって、寂しかったのだ。

てっきり一緒に食べるのだと思ってたから。
あれが焼けたこれが焼けた、と二人で騒ぎながら食べるのだと思ってたから。
それなのに突然一人ぼっちで取り残されて、すごく寂しかったのだ。
海馬が行ってしまって、すごく寂しかったのだ。

だから遊戯達を誘ったのだ。
俺の家で焼肉やろうぜ、と。
気のいい友人達は、皆喜んで頷いてくれた。それで、狭い家でぎゅうぎゅうになりながら、
皆で肉と野菜を食べたのだ。
食事が終われば、あれほどあった食材は全て綺麗に無くなってしまった。
だから、今日買ったものはもう、何一つ無い。

「・・・・・そうか。」
海馬が静かに頷く。
分かっていた。城之内がこんな夜中まで待っているはずが無いのは。
自分だって別に腹が空いてる訳ではない。会議の後、食事会があったのだ。そこでは、多分凡骨など
見たこともないだろう贅を凝らした食事が出たのだ。

けれど。

けれど、今日はここで食事をしたかったのだ。
この玄関しかない家で、センスの欠片もない貧相な食器で、食事をしたかったのだ。
二人で買った食材で、二人で笑いながら食事がしたかったのだ。
もしかしたら、まだ間に合うかもと思ったのだ。間に合って欲しいと思ってたのだ。
そんな馬鹿げた事を、考えていたのだ。

俯く海馬に、城之内の胸がズキリと痛む。
何だよ。怒鳴りつければいいじゃんか。
何時もみてーに、俺の食事を下賎の奴等に食わせるとは、とか言って怒鳴ればいいじゃんか。
何でそんながっかりした顔するんだよ。俺がすげー悪い事、したみたいじゃんか。

ふと、思い出した。
たしか、戸棚の中にインスタントラーメンがあったよな。
「なぁ。あの・・・・ラーメンならあるんだけど、食う?」
海馬が顔を上げる。
「・・・・うむ。食ってやろう。」

ホカホカと湯気の立つラーメンを机に置くと、海馬はゆっくりと箸を手に取った。
何時ものように文句も言わず、丼を引き寄せる。益々良心が痛んだ。
さっきまで、美味しい肉も、美味しいメロンもあったのに。それはこいつが買ったものなのに。
それなのに今、海馬が食おうとしてるのは何も入ってない素ラーメンだ。
青みがかった睫が静かに伏せられる。気品すら感じさせる、綺麗な睫。
実際、こんな貧しい食事は、こいつには似合わない。それも、こんな寂しげな表情で。
ズキズキと痛む心臓に、何故だか涙が出そうになった。
どうしよう。こんな飯を食わせるのは嫌だ。海馬じゃなくて、俺が嫌だ。

「あっ!そうだ!!」

突然思い出して冷蔵庫に走った。
「あったー!」
小躍りしながら海馬の元に戻る。
「ほら!卵、卵!卵入れろよ、それに!」

海馬がパチパチと瞬きする。
「卵?」
「うん!思い出したんだ。たしか卵があったよなって!」
顔一杯に笑いながら、城之内が海馬を覗き込む。
「一個だけあったぜ!良かったー。海馬、これ入れて食えよー、な?」

一個だけ。

海馬がじっと城の内を見返して考える。
一個だけ。一個しか無いものを、城之内は俺にくれたのか。
じわじわと喜びが胸に湧き上がってきた。
不思議な、殆ど感動に近い喜びだった。ふいに分かった。どうして自分が飽きもせずここに通うか。

城之内もまた、一つきりだからだ。

城之内が、此処にしかいないからだ。
世界にたった一人しか、いないからだ。たった一つの、存在だからだ。

だから、俺はここに来るのだ。このたった一つに会いたくて。
城之内に会いたくて。
そのたった一つの城之内が今、たった一つの物をくれた。
一つしかないということは、それで全部という事だ。
城之内は今、俺に全部をくれたのだ。


海馬が思う。
それなら、自分は何をやろう。
城之内が一つしかないものをくれたなら、俺も一つしかないものを返さねば。
一つしかないもの。一つしか、持ってないもの。
自分は何もかも持っている。数多くを持っている。その中で、たった一つしかないもの。
首を傾げ、ふと気付く。
ああ。そうか。


この、海馬瀬人だ。


この海馬瀬人は、世界にたった一人きりだ。
それなら、これを城之内にやることにしよう。
この海馬瀬人を、この男にくれてやろう。
一つしかない俺の心を、くれてやろう。


「・・・・・どうした?黙りこくって。卵、気に入らなかったか?」
城之内が困り顔で聞く。
「いや。」
首を振って答える。ふっと思いついて尋ねた。
「・・・・・この卵の代価はいくらだ?さぞかし高価なのだろうな。」
城之内がきょとんと首を傾げた。
「だいか・・・?ああ、値段の事か。えーと1パックが・・・・」
上を向いてうんうんと頭を掻く。それを微笑ましげに見守った。
金額が大きすぎて、暗算が出来ないのだな。相変わらず愚かな奴だ。しかし、その愚かさも今日は
大目に見てやろう。俺は今、とても気分が良いのだ。
「・・・・うん!これくらいだな。」
解答を弾き出した城之内が晴れやかに笑う。その笑顔に海馬もにっこりと笑う。

「一個12円てとこだな。」


・・・・12円?


「1パック140円で、それを12で割るだろー?そうすっと12円位じゃね?」
合ってるか?と明るく尋ねる城の内に、海馬の身体がブルブルと震えた。
大きく口を開いて叫ぶ。


「愚か者――――――――――――――!!!!!」


「この海馬瀬人を12円で手に入れるつもりか?!この大馬鹿者!!愚かにも程がある!!もう一遍、
生まれ変わってやり直せ!!人並みの知能を身につけて生まれ変わってこい!!!」
「はぁ!?何言ってんだお前!?」
いきなり訳の分からない事を怒鳴りだした海馬に、城之内が驚いて眼を開く。
「もういい!!貴様のような凡骨とまともに会話しようとした俺が間違っていた!」
バッと立ち上がると、背後にブルーアイズドラゴンを背負ってるような迫力で指を突きつける。
「いつか貴様の愚かな性根を叩き直してやる!首を洗って待っていろ!!」
そう言い切ると、くるりと身体を翻して去っていく。
城之内はただ呆然とその後姿を見送った。


暫くして、城之内は海馬の捨て台詞の意味に気がついた。
「首を洗って待っていろ」それはつまり、また来る、と言う事だ。
どっと疲れが襲ってきた。
つまり、これからも今まで通りたかりに来るつもりなんだな、あいつ。

がっくりと肩を落として考える。
もうほんと、何て変わった奴なんだろう。
今日だって、しょんぼりしてたかと思うといきなり怒り出して。しかも12円で海馬を手に入れるとか何とか
意味不明な事言ってたし。
溜息をついて、去っていった男を思う。

あんな奴、きっと世界に一人きりだ。






君は僕のオンリーワン。
いつでも君が、僕の一番。
僕の全ては、君のもの。










END

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