出来る男 2


日曜日、スコールは来なかった。急な会議が入ったからだ。
でも、会議が無くても来なかったと思う。俺達は結局、あれから一言も口をきかなかった。
会議が入ってホッとしたのは、きっと俺だけじゃない。

が、結局Tボード教室は半日で終わった。不安定な姿勢で転んだアーヴィンが足を挫いたからだ。
急にポッカリ空いた暇を俺は持て余した。気晴らしに訓練場で汗を流そうと思った。
それが、いけなかった。
訓練に夢中になってるうち、グローブのスパイクがポッキリと折れてしまった。
ついてねえ。
俺は舌打ちをした。すぐ作り直さなきゃ。俺の大事な商売道具なんだし。

材料は殆どストックしてあった。が、竜の皮が足りなかった。仕方なく、グレンデルを
倒しに行く事にした。身支度を整え、部屋を出るとスコールとばったり出会った。
「・・・もう帰ってきたのか?」
長い指が、艶やかな髪を掻きあげる。たったそれだけの仕草が、妙に人目を引く。
これがカリスマの魅力ってやつなんだろうな。
「う、うん。アーヴィンが足を挫いてさあ・・・」
何となくドキマギしながら説明すると、スコールの表情がちょっと変った。
「・・・じゃあ、お前、予定が空いたのか?」
「いや。これから竜の皮を手に入れに行く。」
手短にグローブが壊れた事を説明した。スコールが腕組みをする。
「・・・他の日じゃ駄目なのか?俺は今、会議が終わったんだが・・・」
「は?何言ってるんだよ。駄目に決まってるだろ。」
そりゃ、他にもグローブはある。だけど、どれも質が落ちる。やっぱり一番いいグローブを
使いたい。いつでも一番いい状態で戦いたい。それが戦いの基本だろう。
スコールだって、分ってるはずだ。SeeDの頂点に立つスコールなら。

スコールが溜息をついた。
「・・・分った。じゃあ、俺も一緒に行く。」
「え?お前も?」
「ああ、俺も色々補充したいし。準備してくるから、ちょっと待って・・・・」
「スコール先輩!」
突然後輩が話に割り込んできた。何だか凄く焦っている。
「あの!すみません!バハムートの封印が解けちゃったんです!うちのクラスの男子が、
間違えて解いちゃったんです!それで、誰も制御できなくて!!」
半泣きになりながら訴える。
「教官が、スコール先輩を呼んでこいって・・・!」

「・・・自分達で何とかできないか?」
スコールが腕組みをしながら尋ねる。
「おい!無茶言うなよ。」
俺は慌てて突っ込んだ。ニ学年も下の奴等が、バハムートを抑えられるわけねーだろ。
だからお前が呼ばれたんじゃねえか。
「行ってやれよ。別に俺と一緒にくる必要ねえだろ。」
スコールの眼が大きく開いた。ゆっくりと俺の言葉を繰返す。
「必要ない・・・・?」
「おお。俺は一人でも全然構わねぇし。」
そう言うと、スコールの顔が強く強張った。硬質な美貌から、一切の感情が消え失せる。
「・・・・分った。今行く。武器を取ってくる。教室はどこだ?」
ホッと安堵する後輩に、スコールは皆を避難させるように伝えた。
走り去っていく小さな身体を見送って、スコールは大きく息を呑んだ。
全身から湧き上がる何かを、やっと押さえ込んでるような、苦しげな仕草だった。
「・・・どうした?気分でも悪いのか?」
心配になって尋ねると、今度はぐっと固く拳を握った。
「・・・何でも無い。お前、どこで竜の皮を手に入れるつもりなんだ?」
「ああ、最近グレンデルがバラム街道の森に出るらしいんだ。だから多分そこだな。」
「分った。手が空いたら後から行く。」
だから別に無理に来なくても・・・と言いかけたが、スコールは既に歩き出していた。
まるで俺の言葉を聞きたくないみたいだった。
何だあいつ。
流石にちょっとムッとした。でもきっとスコールも急いでるんだろう。今頃教室は大騒ぎ
だろうし。それ以上深く考えずに、俺は外に向かって歩き出した。

中々手に入らねえもんだな。
俺はぐったりと座り込みながら思った。さっきから何体もモンスターを倒してるが、一向に
竜の皮は手に入らない。そもそもグレンデル自体が少ない上に、そいつが竜の皮を持ってる
可能性は更に低い。
必要も無いアイテムばかりむやみに貯まっていく。くそう。今度ガーデンでこの余計なアイテムを
売り歩いてやろうか。いやだめだな。サイファーに見つかったら事だし。
下らない事を考えながら身体を休めていると、背後で小枝を踏む音がした。
「ゼル。」
パッと振り返ると、スコールがそこに立っていた。
「おお、早かったな。」
「・・・そうでもない。もう夕方だ。竜の皮は手に入ったか?」
「いや。全然。」
頭を掻いて報告すると、スコールが呆れたように溜息をついた。
「一枚もか?」
「・・・一枚もだ。」
憮然として言い返した。痛いところを突かれた気がした。貴重なアイテムを手に入れるには、
実は倒し方も重要だ。正確に急所をついて倒すほど、その確率も高くなる。
一枚も手に入れられないのは、俺の技量のせいでもある。そう指摘された気がした。
「いいんだよ。これからが本番なんだから。」
何が本番なんだか自分でも分らないが、意地になって言い返した。
「本番はいいが、もう日が落ちるぞ。いい加減諦めたらどうだ?」
「いや。手に入るまで頑張る。」
「お前には無理だ。」
きっぱりとスコールが宣言した。
「お前はもう疲れてる。集中力が切れた状態でこんな事をしても無駄だ。諦めろ。」

ねじ伏せるような言い方だった。
首根っこを掴んで、無理矢理見たくないものを見せつけるような、強引な口調だった。
自分で傷口を広げるようなものだと分っていたが、聞かずにはいられなかった。
「・・・お前なら出来るのか?」
「・・・?」
「お前なら、竜の皮が手に入るって言うのか?俺じゃ駄目だって言うのか?」
スコールが眼を細めた。宥めるように俺の肩に手を置く。
「・・・そういう意味じゃない。ただ、俺はまたいつ任務が入るか分らない。こんな事をしている時間が
勿体ないんだ。俺は・・・」
「勿体無いって、何だよ!」
思わず大声を上げた。この間より、もっと頭に血が登った。

俺の取り得は格闘技だけだ。
どんなにスコールと較べられて馬鹿にされようと、俺には格闘技がある。
それだけは、他の奴らに馬鹿にされない自信がある。
それだけが、俺の拠り所だった。それだけが、俺のプライドを保ってくれた。
その大事なグローブを直す為に頑張ってる時間が、勿体ないってのか?
お前の貴重な時間を潰して、勿体無いって言いたいのか?
何様だよ。もう沢山だ。
お前と較べられるのは、もう沢山だ。

悔しさで目の前がグラグラと揺れた。一端怒鳴り出すと、もう止まらなかった。
「そうだよな!勿体無いよな!こんなに時間かけたのに、一枚もとれないで。時間の無駄だよな!
お前から見れば馬鹿みたいだよな!」
思い切りスコールの手を弾いた。蒼い瞳を睨みつけた。
「じゃあもう、こんな馬鹿はほっといてくれよ!帰れよ!」
顔を背けたまま、吐き捨てる。
「それともまた、お前の予定に合わせろって言うのか?」

「そうだ!!」

切り裂くように、スコールが叫んだ。
「そうだ!そう言ってるんだ!!俺に合わせろって言ってるんだ!!」
俺の肩を強く掴んで揺さぶる。深く食い込む爪に、思わず顔が歪んだ。
「何で、こんな思いをしなくちゃならないんだ!!」
狂ったように、俺の身体を揺さぶり続ける。
「お前と予定が合わなかったらどうしようとか、無理強いして嫌われたらどうしようとか、
何でそんな事心配しなきゃいけないんだ!何で俺が好きな時に、好きなように、お前に
会っちゃいけないんだ!!」
形のいい唇が、苦しくてたまらないように、大きく息を吸う
「俺の予定なんか、ちっとも考えてくれない。他の奴との約束を平気で優先させる。
無理矢理ついていけば、いない方がいいような事を言う。まるで邪魔者扱いだ。」
両手で俺の襟首を掴み上げて顔を近づける。燃えるような蒼い瞳。
「俺に合わせろ。俺の事を考えろ。他の奴との予定なんか、優先させるな。」
噛み千切るように言葉を絞りだす。
「俺がしたい事を、俺にやらせろ・・!!」


俺は呆然とした。
大事な事を忘れていた事に気が付いた。
この男の独占欲を忘れていた。この激烈な独占欲を。
この独占欲の前に、理屈は通用しない。こざかしい劣等感は、この理屈抜きの力には敵わない。
薄っぺらいプライドは、簡単に打ち崩される。
全身に冷や汗が吹き出た。この男を怒らせた。この男の根幹を流れる、嵐のような激しい感情を
表に引き摺り出してしまった。どうしたらいいか分らない。
この激しさを、止める手立てが見つからない。

それでも、何とかしてこいつを宥めなくちゃ。この暴走する感情を止めなくちゃ駄目だ。
「お、お前がしたい事って・・・?」
恐る恐る問い掛けると、襟首を掴む手に一層力が入った。激情に掠れる声で俺に囁く。
「知りたいか?なら言ってやる。どうせお前は言わなきゃ分からないんだ」
唇が触れんばかりの距離に顔を引き寄せる。

「俺はお前とやりたいんだ!死ぬほどやりたいんだ!お前が二度と立ち上がれないぐらい、
どこにも行けなくなるくらい、やりたいんだ!誰にも邪魔されずに、どこにも行かせずに、
お前とやりたいんだ!!」


怖すぎる。

恐怖で気絶しそうになった。こいつはやると言ったらやる男だ。
考えてみれば、スコールはここ一週間ガーデンに居なかった。この独占欲の塊が。
それなのに、帰った途端に俺との大喧嘩。もう昨日の時点でかなり限界に来てたに違いない。
どうしよう。このままじゃ本当に二度と立ち上がれないほどやられちまう。

「す、スコール、ちょっと、お、落ち着いて・・・な?」
しどろもどろになって説得しようとした。何でもいい、とにかく言葉をつなげなきゃ。
時間を稼いで、こいつの頭を冷まさせるんだ。
「ほら、俺もお前も疲れてるし・・そ、そう!さっきのバハムートどうなったんだ?!」
必死で話題を変えようとした。引き攣った笑いを顔に浮かべて喋り続けた。
「教室が壊れないかって、俺結構心配してたんだ。そ、それにさぁ・・・」

その時ふと、微かな音が聞こえた。
シューシューと何か泡立つ音がする。それと共に、生臭い匂いが風に乗って運ばれてくる。
全身に緊張が走った。
この匂いは、獣の匂いだ。危険な、大きな獣の匂いだ。
泡立つ音は、唾液の音だ。獣の牙を伝って流れる、唾液の音だ。
俺達の近くにいる。
吐き出す息が、耳で捕らえられる程の距離に。もう一刻の猶予もない距離に。
音の位置を視線で探った。スコールのすぐ後ろに、それはいた。
メルトドラゴン。
六つの眼を持つ、狡猾な竜。この世界に現存する最強のドラゴン。
全身から血の気が引いた。この距離ではもう、逃げられない。
グロテスクな身体を低く地面に押し付けている。抑えた唸り声が地面を低く這う。

「スコール!!後ろ!!」

俺の絶叫と共に、獣の身体が宙に跳躍した。
その瞬間、スコールが俺の身体を突き飛ばした。同時にガンブレードの弾き金を
鮮やかな仕草で弾く。突然の銃声に、メルトドラゴンが身を捩じらせて叫び声を上げる。
何もかもが一瞬だった。一瞬の内に、戦闘態勢が整えられる。
青白く発光するガンブレードに、獣が激しく咆哮する。その猛る胸元に、スコールが大きく刃を
振りかざす。重い銃器を完全に支配して、獣の心臓を横一文字に切り裂いていく。
切り裂かれた心臓から、血が勢いよく噴出した。メルトドラゴンの身体が後ろに反返る
次の瞬間、どうと大きな音をたてて、竜の身体は地面に叩きつけられた。

耳を塞ぎたくなるような断末魔の声が周囲に響く。
沈む太陽の赤い光に照らされて、獣がもがく。自らの血を撒き散らしながら。
迸る血がスコールの全身を濡らす。赤い太陽。赤い空気。流れる血の、赤い滴り。
何もかもが赤く染まる中で、スコールの瞳だけが、たった一つの真実のように蒼く輝く。
スコールがぐいと頬を拭った。白い頬にべったりと、血の帯が刷かれる。
メルトドラゴンがまだ吠え続けてる。呪詛のように、牙を剥きながら唸りつづけてる。
スコールが薄い唇を静かに開いた。

「・・・煩い。黙れ。」

一言吐いて、ガンブレードの刃を頭上高く掲げる。祈りを捧げる天使のような、気高い仕草。
無慈悲な天使。血塗れの裁きを下す者。
刃が竜の頭上に落ちる。獣の呪詛を、頭蓋骨ごと打ち砕く。

刃を一振りしたスコールが俺の方へ歩いてくる。一歩も動けずに、その姿を見上げた。
力強い手が、迷うことなく俺の腕を掴む。俺を地面から引き摺り上げる。
赤く染まる手で、後ろ髪をぐいと掴む。そのまま顎を押さえられた。

「お前もだ。」

逃げる事は、許されないキスだった。


ガーデンに帰るまで、スコールは一言も口を聞かなかった。
ガーデンに着いてからも同じだった。何も言わずに俺の腕を掴んで引っ張って行く。
返り血を全身に浴びながら、俺を強引に引き摺っていくスコールに、周囲が蒼ざめて道を空ける。
でも、一番蒼ざめているのは俺だ。
このまま失神してしまいそうだ。誰か、助けてくれ。このままだと、俺はこいつに殺される。
こいつに、やり殺されちまう。

必死で首を巡らせると、ぴょこぴょこと足を引き摺るアーヴィンの姿が眼に入った。
「アーヴィン!!」
大声で叫んで手を振った。アーヴィンがニコニコと呑気に近づいてくる。
「何〜?どうしたの?」
突然、スコールの足が止まった。くるりと身体を反して振り向く。
「あいつに、何か用か?」
ぞっとするような低音で静かに尋ねる。血塗れの美貌が、いつもより一層凄絶な迫力だ。
「・・・・べ、別に・・無い・・」
消え入りそうな声で呟くと、今度はアーヴィンに視線が向けられる。
「アーヴィン、お前は?」
「ぼ、僕も、全然・・・・」
俺に負けず劣らずのチキンぶりを発揮して、アーヴィンがブンブン両手を振る。
「そうか。なら行くぞ。」
何事も無かったように、スコールが歩き出した。失敗した、と思った。
掴む腕の力が、さっきよりずっと強い。さっきよりずっと、事態が悪化しちまった。

もう駄目だ。
絶望に目の前が暗くなった。ついに寮の入り口が見えてきた。ここに入れば、もうスコールの
部屋はすぐそこだ。もう、逃げられない。
ガーデンに戻ってから、ここまでの道程が走馬灯のように頭を過る。

ここに来るまでの障害物を、スコールは全部蹴散らしてきた。
俺達の足を止めたのは、アーヴィンだけじゃ無い。むしろそれを皮切りに、色んな奴が
スコールの足を止めようとした。
ガーデンの進路を決めようとするニーダ。
前回の任務先の将軍から直々にかかってきた電話。
成功報酬の見積もりを依頼する教官。
来週の国際会議の打ち合わせをしようとするキスティス。
その全てを、スコールは一言で断った。明日聞く、と言ったきり無言で相手の眼を見る。
それで、終わりだった。
誰も反論できなかった。ニーダなんか、スコールの返事を聞いた途端、逃げるように去って
行った。あの世話好きのキスティスですら、俺を助けようとしなかった。

だが、神様は俺を見捨てなかった。最後に最大のチャンスが待っていた。
「スコール、ちょっといいかな。急ぎの用があるんだ。」
凛とした声が周囲に響く。俺は縋るように、その声の主を見た。
シュウ先輩。ガーデンの影の女王。

シュウ先輩は別名『ガーデンの影の女王』だ。表の女王はキスティスらしいが、まあ、そんな
事はどうでもいい。大事なのは、シュウ先輩がガーデン一、気の強い人物だって事だ。
そして口も達者だ。あの毒舌家のサイファーを言い負かせる、唯一の人物だと言われてる。
そのシュウ先輩が、スコールに用があるらしい。しかも急ぎの用ときた。
希望の光が見えてきた。シュウ先輩。どうか頼む、頑張ってくれ。

「明日聞きます。」
スコールが例の調子で断る。が、シュウ先輩は全く動じた風が無かった。。
「それじゃ、遅いんだよね。今日中に決めておきたいんだけど。」
平然と言葉を返す。すげえ。あのあだ名はだてじゃねえな。この血みどろの男を前にして、
顔色一つ変えないなんて。
シュウ先輩が、先手必勝と言わんばかりにファイルを捲る。
「さっきF国から連絡が入った。例の反乱軍が鎮圧に・・・」
「シュウ先輩。」
スコールが静かな声で呼びかける。
ゆっくりと、同じ言葉を繰返す。

「明日、聞きます。」

怒りも、苛立ちも無い声だった。
怒る必要も、苛立つ必要も無い、と分っている声だった。
この決定を曲げる者は存在しない。この道を遮る者も、存在しない。
そう分っている声だった。

シュウ先輩がふっと顔を上げた。そして静かにファイルを閉じた。
「分った。じゃあ、明日。」
スコールが軽く頷く。シュウ先輩がクルリと後ろを向いた。そのまま何の躊躇も無く去っていく。
俺はがっくりと肩を落とした。
シュウ先輩は、確かに気が強い。ガーデン一気が強いというのは嘘じゃない。
だけど、同時にとても賢い。
賢い者は、無用な諍いをしない。
今この男を怒らせるような、愚かな真似をしたりしない。

俺は痛烈に悟った。
この男には、較べる者がいない。この激しさに、並ぶ者は誰もいない。
この男と較べるのは愚かな事だ。
俺はその愚かさの代償を払おうとしてる。さっきの竜のように。
自分の身体で、その罪を贖わされようとしてる。

部屋の中に入った途端、スコールが背骨が折れそうな程強く俺を抱きしめる。
まさぐる手の狂ったような性急さに、背中がぞっと粟立った。
「スコール・・・嫌だ・・・っ」
情けないくらい声が震える。でももう、そんな事に構ってられなかった。こんな状態で抱かれて、
身体が無事で済むと思えなかった。男同士のセックスには不自然さがつきまとう。
俺の身体が傷つかないのは、いつもスコールが細心の注意を払ってくれているからだ。
手荒く扱おうと思えば、いくらでも出来る。スコールが自分だけ快楽を貪ろうとすれば、
俺の内臓は簡単に傷つけられる。
立ち上がれなくなる、と言うのは比喩じゃない。

真っ青になって訴える俺を見て、スコールが尋ねた。
「・・・俺の言う通りにするか?」
「・・?」
「やってる間中、俺が言う通りにするか?俺の望んだ事を、全部その通りやるか?」
これが最後の交渉だと分った。
これを拒めば、次に流れるのは俺の血だと分った。
震えながら頷いた。もうそれしか道は無かった。
「お前の・・・言う通りにする」
「全部?」
「ぜ、全部する・・・」
スコールの手が止まった。ゆっくりと俺を見下ろす。残酷な交渉が成立したと知った。
スコールが、血に染まる唇を静かに開く。
「・・・俺にキスしろ。いいと言うまで、止めるな。」
俺は眼を瞑った。
これから、長い夜が始まる。
逃げる事の出来ない、夜が始まる。


「それで、セルフィがさあ〜。」
中庭の芝生に寝転ぶ俺の頭上で、アーヴィンがペラペラと喋る。セルフィがセルフィが、と馬鹿のように
繰返す言葉を、軽く聞き流しながら眼を閉じた。
ここにこうしている自分が信じられない。
ここまで動いてきた自分を褒めてやりたい。全身がだるくて、指を動かすのも辛い。
下腹部から気だるい鈍痛が絶え間なく襲ってくる。

あの長いキスから始まって、スコールの要求は容赦なかった。
シャワー室での、血塗れのセックス。引き摺られるように放り込まれたベット。
キスしろと言われればキスをした。股を開けと言われれば開いた。
上に乗って腰を振れと言われればその通りにした。
喘ぎ声は止めるなといわれた。部屋中に満ちる自分のいやらしい喘ぎ声に、頭の中が
ぐちゃぐちゃになった。目の眩むような恥かしさと快感に理性が完全に崩壊した。
何度自分が放ったか、数え切れない。精液が全部出尽くしても、スコールの要求は止まらなかった。
許してくれと何度も泣きながら頼んだ。だが、その願いは全く聞き入れられなかった。
特にキスへの要求は物凄かった。
声も出せないほど感じてる俺に、何度も繰り返しキスを求めてきた。
スコールのものが入った状態で、数え切れないほどキスをさせられた。
最後はもう何が何だか分からなくなって、名前を呼ばれただけでキスをしてしまったりした。
「あ・・ごめ・・・」
掠れた声で朦朧としながら謝ると、スコールが耳元に顔を近づけてきた。
もう一度、と小さな声で促す。
もう舌にも身体にも力が入らなかった。縋るようにスコールの首に腕を廻して、頼りなく舌を絡ませた。
まるで甘えてるようだと思った。こんなキスでは駄目かもしれない、と思った。
が、何故かスコールは満足したようだった。
「好きだ・・・全部、俺のものだ・・・」
俺の身体を抱き締めたまま、うっとりと囁く。優しく頬にキスを落とす。
許された。
そう思うと同時に、体中が弛緩した。一気にいままでの疲れが襲ってくる。
俺はそのまま、転がるように深い眠りに落ちていった。

翌日、目が覚めるとスコールは既に部屋にいなかった。出ない力を振りしぼって、ずるずると
部屋を出た。このまま部屋に残ってたら、戻ってきたスコールに又やられちまうかもしれない。
それだけはごめんだった。マジで死んじまう。

「で、セルフィに一緒にTボード買いに行こうって言われてさあ〜。」
恋する馬鹿男が嬉しくて堪らないように、ウキウキと語りつづける。
もう、くっつくなら、とっととくっついちまえ。半分キレながら思った。
お前がぐずぐずしてるから、俺があんなとばっちりを受けるんだよ。お前、一遍あいつとやってみろ。
「ねえ、今度また特訓して・・・・ん?」
アーヴィンが急に立ち上がった気配がした。何だ?と思ったが眠くて眼が開けられない。
が、何でもなかったらしい、またストンと隣に座り込む。
うとうとしながら話し掛けた。
「アーヴィン・・・お前さぁ、早くTボード覚えてくれよ・・・」
長い指が俺の頭を撫ぜる。止めろよ。スコールみたいな事すんな。
「俺はもう・・・スコールのことで手一杯だから・・・他の奴の面倒なんて見てられねえんだよ・・・」
心地よい眠りに引き摺られながらそう言うと、クスリと小さな笑い声がした。
暖かい日差しの中で、優しい声がそっと耳元で囁く。

ずっと、手一杯でいろ。

不思議な事を言うと思った。アーヴィンの言葉とは思えない。声も別人みたいだ。
そう、まるでスコールみたいな・・・。
「・・・う・・ん・・・」
訳もわからず返事をすると、一層幸せそうな笑い声がした。何なんだ一体。
でも、もう限界だった。眠くて眠くて仕方が無い。
額を撫ぜる手の穏やかな感触に、俺はずるずると意識を失っていった。

『スコール様に、中庭で図々しく膝枕させていた。』
殺到する抗議メールで、俺はあの手の正体を知った。
今度アーヴィンの奴を思い切りぶん殴ってやろう。そう決意した。

この悪魔の元に置き去りにするなんて、酷すぎる。
この比類無い悪魔の元に、俺を置いていくなんて酷すぎる。


END

メルトドラゴンを倒したスコールを見る?(※月永キリエさんからの頂きものです) →見る

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