十日前、スコールが怪我をした。
任務中、敵が突然「自爆」したそうだ。
スコールがとっさに前に回り、全員にバリアしたせいで皆助かったが、奴一人横腹が裂ける
大怪我をしてしまった。全治二ヶ月。
今、スコールは床に伏せっている。

「ゼル！どうしてスコールのお見舞いに行ってあげないの！！」
キスティスが眉を吊り上げて俺に怒鳴っている。
「行ったってば。」
「それはスコールがまだ麻酔で眠ってる時でしょ！眼が覚めてからは一回も行ってないって
言うじゃない！」
「何かと忙しくてよ・・・。」
俺はうろうろと視線を彷徨わせた。駄目だな。絶対嘘だってバレてる。
眼を合わせると、案の定キスティスの白い額に青筋がピクピクと立っていた。
「とにかく、あんなの見てられないわ。私がお見舞いに行くと最後に必ず、「ゼルは忙し
いのかな」って寂しそうに笑うのよ。こっちの胸が痛くなるわ！」
キスティスが両手で胸を押さえた。
「ゼル・・・あなたがお見舞いに行かないのなら、こちらにも考えがあるのよ・・・。」
「な、なんだよ。」
「ガーデンの掲示板に今あなたがスコールにしてる仕打ちを思い入れたっぷりに書き込むわ。
スコールの熱烈なファン達がどう言う行動にでるでしょうね・・・。」
「わ――――――――！！止めろ！！行く。見舞いに行くったら！！」
「最初からそう言えばいいのよ。」
キスティスが満足気に頷いた。

俺はこの間スコールから熱愛宣言された。(あれは告白なんて可愛いもんじゃない。宣言だ。)
お陰でスコールと奴の怒れる心酔者達に日夜纏わりつかれている。はっきり言って大変迷惑だ。
その気は無いって何度言っても両方とも全然聞き入れてくれない。
スコールには気の毒だが、この十日間、俺の周りは本当に安らかだった。
それなのに、わざわざ俺から会い行くはめになるとは。俺はため息をついた。
大体、キスティスにそーゆー態度を取るってのが怪しい。人一倍世話好きで責任感の強いキス
ティスをわざわざ選んでるあたり、策略めいたものを感じる。
でも、仕方が無い。こうなったら見舞いに行くしかない。
何のかんの言っても奴は怪我人、しかも重傷だ。恐れる事はねえ。うん、そうだそうだ。
俺は足取り軽くスコールの部屋に向かった。

「スコール。起きてるか・・・？」
俺はスコールが寝ていることを願って、なるべく小さな声でドアを開けた。
「おおっ！？」
思わず大きな声がでてしまった。
色彩の洪水が眼に飛び込んで来る。部屋中花、花、花の海だ。
「何だあ？すげえな。花屋みたいじゃねえか。」
「・・・ゼル？」
蘭の向こうから掠れた声がした。そのまま起き上がろうとしたらしく、小さな呻き声が上がる。
俺は慌ててベットに近寄った。
「大丈夫か？いいから寝てろよ。」
「・・・来てくれたのか。」
スコールが微笑を浮かべて俺を見た。
白いシーツの上に艶やかな黒髪がこぼれている。この色とりどりの部屋の中でたった一点、
黒曜石みたいに輝く黒だ。
相変わらず、印象的な男だぜ。しばらくぶりで見るとやっぱり迫力あるな、この美貌は。
「すごい花だな。」
「ひっきりなしに送られてくるんだ。これでも少しずつ捨ててるんだぞ。」
スコールが嫌そうに首を振った。
サイドテーブル上の銀皿にはグリーティングカードが山のように積んである。
まあ、な。スコールはガーデンのカリスマだ。こいつにゃ悪いがおおっぴらに贈物が出来るビ
ックチャンス到来ってやつだ。しかし、すごい量だ。観葉植物の巨大な植木まであるじゃねえか。
「何だこりゃ。でけー葉っぱだなあ。こんなの見舞いで送る奴いるのか？」
「それはラグナからだ。何を考えてるんだか。あの男は。」
スコールがしかめ面をした。俺は思わず笑ってしまった。そんな俺を見てスコールも少し笑った。
ああ、何か和やかだな、俺達。告白されて以来、ずっと緊迫した関係が続いてたから、こんな
雰囲気、ちょっと嬉しい。まるで前に戻ったみたいだ。俺はへへ、と笑ってベット脇の椅子に座った。

「お前、少し痩せたんじゃないか？怪我の調子はどうなんだよ？」
「とりあえず縫ってふさいである。・・・見るか？」
スコールがパジャマの裾をめくって腹の包帯を見せた。そのまま包帯まで取ろうとする。
「！おい、やめろよ！いいってば。」
「いや、この傷はちょっと変わってるんだ。ほらここ、覗いてみろ。」
どれどれ。俺はベットに身を乗り出した。
途端、ものすごい力で腕が引き寄せられ、身体が反転した。背中全体に柔らかい衝撃が走る。
何が起こったか判らなかった。
がっちりと掴まれた腕が痛い。恐々目線を移すと、俺の腕を押さえつけて見下ろすスコールの
静かな顔があった。さっきまでの穏やかな微笑はもはや跡形も無い。
「・・・・ゼル。」
スコールが腕にぐいと力を入れる。俺の身体がぎしりとベットに沈む。
しまった。やっちまった。

「中々、会いに来てくれなかったな。」
スコールが抑えた低い声で言った。
痩せて一層シャープになった白い顔に、大きな黒い瞳が冴え冴えと鮮やかなコントラストを作
り出している。その瞳が俺の顔を食い入るように眺める。
「い、いや、その、い、忙しかったから・・・。」
この言い訳は本日二回目だ。我ながら、なんて嘘っぽい響きだろう。(実際嘘だが)
「本当か。」
スコールが瞬きもせずじっと俺を見つめた。
「ほ・・・本当だ。」
「嘘だな。」
あっさりとスコールが断定する。
「俺を避けてた。そうだろう？」
「・・・・・・・・。」
「俺が動けなくて、安心してただろう。俺がいなくて、嬉しかっただろう。」
黒い瞳の奥に炎が見え隠れする。顔は恐ろしいほど血の気が引いてるのに、俺を掴む手は燃え
るように熱い。
形の良い唇に苦い笑みが浮かんだ。
「キスティスに言われてここに来たんだよな・・・それでもいい。逢いたかった・・・！」
スコールの顔が近づく。燃える黒い瞳が、濡れた薄い唇が、引きづり込まれるような妖艶さだ。
駄目だ。ここでこのまま、こいつのペースにはまったら駄目なんだ。
俺は下腹に力を込めた。

「スコール、止せ。」

近づく顔が一瞬止った。長い睫がいぶかしげにゆっくりと上下する。
魔法をかけたはずの奴隷が思いもよらず目覚めたって感じだな。ふん、俺だって少しは進歩す
るんだぜ。
どうだ、参ったか!

「俺、お前とそんな仲にはなれないって何度も言ってるだろ。」
俺は有頂天で得々と喋り続けた。ああ、こいつにやっと勝った気がするぜ。ホント嬉しい。

スコールは静かに俺を見ていた。
そしてふっ、と小さく笑った。おっ、諦めてくれるのか？

「なら、俺を蹴り飛ばして逃げろ。」

え？

「な、何言ってんだよ。お前、腹裂けてるんだろ。」
「そうだ。その腹を蹴って行け。」
スコールの瞳に驚いている俺の顔が映っている。
「俺の傷はまだ塞がってない。蹴られればすぐ、深く開いて大出血するだろう。そうなれば、
命だって危ないな。」
「・・・・・・。」
「どうした。早く逃げろ。俺とそんな仲になりたくないんだろう？」

俺は奥歯をぎりぎりと噛み締めた。
「き、汚ねえぞ、お前。」
「・・・汚いか。そうだな。そうかもな。」
スコールが片手で俺の後ろ髪を掴み、頭を無理矢理引き上げた。。
「だが、俺は本気だ。本気でお前を愛してる。俺を拒絶するなら、お前も本気で拒んでくれ。」
スコールの顔が激しい感情に張り詰めている。激昂する心を喉から搾り出すように、ゆっくり
言葉を吐き出しいていく。
「そうでなければ、お前には俺を振り切れない。生半可な拒否なら無意味だ。俺を平気で殺す位
の拒絶が出来なければ、無理だ。」
唇が近づく。熱い息が俺の唇にかかる。黒い髪が夜のように俺の視界一杯に広がる。
ああ、何て奴だ。自分の命を盾にしやがるなんて。

スコールの舌が俺の唇を割って入り込む。固く縮まる俺の舌をほぐそうとするかの様に、うね
うねと口腔中を蠢き回る。俺の全てを熱い舌で調べ上げようとしているようだ。
誘い込むように、絡め取るように、俺の舌がスコールの舌に巻き込まれていく。
柔らかい肉と肉が絡み合い、くちゃくちゃと淫らな音が立った。
その音が、スコールとキスしてる事実を俺に突きつける。
あまりの恥ずかしさに顔を背けようとするが、後ろ髪をがっちり固定されていて少しも動くこ
とが出来ない。
「・・・・っふ。」
スコールの唇がようやく離れた。どっちの物とも知れない唾液が、俺達を繋ぐ糸のようにスコ
ールの赤く染まった唇から滴り落ちる。
奴の真っ赤に尖った舌が、それをぺろりと舐めた。
半開きの瞳で恍惚と笑う。背中がぞっとするほど煽情的な光景だった。
また、スコールの口付けが始まった。今度は軽く俺の唇を噛む。上唇を、下唇を、唇全体を舐
め上げる。
合間にうわ言のように俺の名前を囁く。
「・・・ゼル、ゼル、愛してる。愛してるんだ。」
どこからか濃密な甘い匂いがした。

・・ああ、そうか、花の匂い。花の匂いだ。ここは花まみれだからな。
スコールが今度は再び深い口付けをしてきた。俺の口は痺れたように半開きのままだ。
スコールの舌を為すすべも無く受け入れる。
絡み合う舌を通して、熱い唾液がゆっくりと喉に流れ込む。
まるで蜜のようなねっとりした感触だ。甘い蜜。むせ返るような花の香り。
頭の芯がぼうっと霞む。スコールが俺の喉に注ぎ込む物、これは唾液なんかじゃねえ。
きっと、毒だ。俺の心を麻痺させる、甘い毒。
身体に力が入らない。
花の匂いが、いよいよ強くなっていく。
もう何も考えられない・・・。


「ゼル、大丈夫か。」
スコールの声が遠くから聞こえた。大きな手が俺の前髪を優しく掻き乱している。
羽の様に軽く頬を叩かれて、俺はやっと眼を開けた。
「・・・・・・。」
「大丈夫みたいだな。」
何時の間にかスコールは俺の隣で肩肘を立てて横たわっていた。
安心したように俺の顔を覗き込んでいる。
「・・・・俺？」
「途中で気を失ってしまったらしいな。」
「気を・・・・」
うっわ――――――っ！！は、恥ずかしい！俺、キスで気絶しちまったのか？！
キスで。たかが、キスで！ううっ、ゼル・ディン一生の不覚だぜ！！

スコールが嬉しくて堪らない、といった顔で俺を見る。
「・・・そんなに良かったか？俺のキスは上手かったか？」
何てこっぱずかしい事を聞いて来るんだ！お前は！！
「・・・知らねえよ！俺、初めてだもん。上手いも下手も解んねえよ！！」
俺は真っ赤になって怒鳴り返した。
スコールが驚いたように眼を開いた。突然ベットに仰向けになって、片手で顔を覆う。
こいつ、笑ってやがる。何だよ、何がそんなに可笑しいんだよ。
「・・・・堪んないな。今は本当に、これ以上は出来ないんだ。これ以上、俺をその気にさせ
ないでくれ。」
「・・・！ふざけるな！俺がいつ、そんな事したよ。」
スコールがまだ笑い続けている。
「もう、本当に、お前に殺されそうだ。」
畜生、勝手に死にやがれ。

「・・・そう言えば、腹が減らないか？」
ひとしきり笑ったあとでスコールが俺に聞いた。
「腹ぁ？そう言えば・・・。おい、今何時だ？」
「もうすぐ七時かな。」
「夕食が始まっちまうじゃねえか！」
俺は慌てて飛び起きた。と、急にスコールが俺の手を掴んで引っ張った。
「な、何だよ。」
「食事を持ってきてくれないか。」
「はあ？」
「いつも誰かが当番で持ってきてくれるんだが、それは断っておく。お前に持ってきて欲しい。
一緒にここで夕食を食べよう。」
「ば、馬鹿言え。」
俺は一刻も早く、こんな悪魔の部屋からとんずらしたいぜ。
「・・・そこの冷蔵庫を開けてみろ。バラムケーキが入っている。」
バラムケーキ？！地元出身の俺でも中々食べれない、あの幻の？
「俺のファンだとか言う子が今日持ってきたんだ。・・・夕食が終わったら、一緒に食べよう。」
スコールがにっこりと優雅な笑顔で俺に誘いかける。
何てこった。色仕掛けの次は食い物で釣る気だぜ。
俺が躊躇っていると、スコールの顔がふいに真剣になった。
「お前が戻って来るまで、ずっと待ってる。何も食べない。」
うっ。こいつの場合冗談に聞こえない所が怖いんだよな。
「本気だ。」
俺の心を見透かしたようにスコールが言う。
「分かったよ！持ってくりゃいいんだろ！持ってくりゃ！」

俺はベットから飛び出してスコールを振り返った。
巨大な西洋蘭や大輪の薔薇、零れ落ちるミモザの黄色い花が、華やかに奴の周りで咲き誇る。
南国育ちの植物の、大きな葉が部屋中を覆っている。
まるで楽園のようだ。

地上の楽園。ここにはハンターが一人いる。
楽園の甘い罠。花の下に潜む、誘惑の捕食者。

俺は出口でもう一度振り返った。
恨めし気にスコールを睨むと、奴は笑って投げキッスをした。