Reality

グリーヴァが逃げた。魔女討伐で手に入れた最強の召喚獣。余りに強大な力を持ち、誇り高い
この召喚獣を扱えるのはガーデンでは俺、スコール・レオンハート一人だ。
厳重なグリーヴァの封印を解いて逃がした奴の名を、俺は知ってる。

その会話を聞いたのは偶然だった。
校庭の隅で寝転んでいた俺の耳に唐突にその会話が入ってきた。
「じゃ、グリーヴァを逃がしたのか!?」
「そう、参ったぜ。あれをジャンクションできればSeeD試験なんか一発だと思ったんだ。」
「どうすんだよ。バレたらことだぜ。」
「平気だよ。もう手は打ってあるんだ。・・ゼルを巻き込んであるんだから。」
ゼル、の一言でムクリと起き上がって耳を澄ませた。
「あいつに泣きついてさ、一目見るだけでも、って頼んだんだ。あいつ単純だし、お人よしだから、
ちょっとしおらしく頼めば、すぐほだされるんだよな。封印を解いてもらって、すかさずジャンク
ションしたら、俺気絶しちまってさ、やっぱりスゲーよ、あの召喚獣は。目が覚めたら、ゼルが
真っ青になってた。」
「じゃあゼルもグリーヴァを捕まえられなかったんじゃないか。どこが平気なんだよ。」
「ばぁか。ゼルはあのスコールと付き合ってるんだぜ。スコールが助けてくれるに決まってるさ。
スコール様が万事解決ってわけ。」
「そのスコールも、かなり苦労して捕まえたって聞いたぜ。大丈夫か?」
「さあな。俺、ゼルに全部お前の責任だって言ってやったんだ。」
「ひでー。」
「だってさ、あんな強力な召喚獣を逃がしたなんて言ったら、俺もゼルも懲罰室行きだぜ。事が
大きくなる前に何とかしなきゃ。それに直接封印を解いたのはゼルだ。ゼルに責任があるんだ。」
聞いてる内に、この無責任な男を殴り倒してやりたくなった。
一歩踏み出した時、男が思いがけない台詞を吐いた。
「だからゼルに言ったんだ。スコールに縋り付いて頼めよって。」

縋りつく。

俺は静かにその場から去った。今の一言がまだ耳に残ってる。
ゼルが俺に縋りつく。
悪くない。いや、全く悪くない。胸の鼓動が早くなる。
最後にあの唇に触れたのは何時だった?強引に引き寄せて、俯く細い顎を無理矢理持ち上げて。
いつも俺を拒否する、俺のつれない恋人。

俺の恋人。
そう言える迄の道のりは楽じゃなかった。今でも楽じゃない。
ゼル自身は俺を「恋人」として見ていない。恋人どころか、油断するとすぐ逃げようとする有様だ。
俺とのセックスは嘘みたいに、本当のことじゃないみたいに振舞おうとする。
まして人前で身体に触れようものなら、火箸でも押し付けられたような勢いで払いのけられる。

昨日もそうだ。談話室でやっとゼルを探し当てて名前を呼んだら、ゼルはソフトクリームを
手に持ちながら嫌々振り返った。しまった見つかっちまった、と顔に大きく書いてある。
その嫌そうな顔を見ると、胸に軽い痛みが走る。
何で笑ってくれないんだろう。
俺はゼルの笑ってる顔が好きなのに。俺に笑いかけて欲しいのに。
声をかけることは出来ても、腕を掴むことは出来ても、笑顔はゼル自身が作らなければ、
俺の手には入らない。
いつも、それは手に入らない。

「何してるんだ。」
「見りゃ分かるだろ。ソフトクリーム食ってる。」
桜色の唇が乳白色のクリームに吸い付く。キスすると、溶けそうに熱くなる柔らかい唇。
「俺も舐めたい。」
吸い込まれるように呟いた。
「じゃ買ってこいよ。」
「嫌だ。それが欲しい。」
お前の唇が触れたものが欲しい。じゃなきゃ意味が無い。
「はぁ?駄目だ。これは俺のだ。自分で買え自分で。」
ゼルが慌ててセカセカとクリームを舐めだした。身体まで丸く背向ける。本気で俺に舐められまい
としている。これが仮にも恋人にする態度か。
「アイスくらい、いいだろう。」
キスもろくにさせないくせに。
「くらいって何だよ。お前こそアイスくらい自分で買え馬鹿!」
たかがアイス一つで何で馬鹿呼ばわりされなきゃいけないんだ。
「よこせ。」
ついムキになって腕を掴んだ。ゼルがあっと驚いて眼を見開く。白い指からコーンが滑り落ちた。
クリームがねっとりと床に広がる。
「あ――――っ!」
ゼルが悲鳴を上げた。憤懣やるかたない、といった感じに俺を睨む。
「・・・お前なぁ!・・もう、何でそんなに我儘なんだよ。信じらんねぇ。」
「違うんだ。ゼル、俺は・・」
「触んな!」
周囲がざわつく。ゼルがハッとしてあたりを見回した。いつもこうだ。ゼルは俺より周りの反応を
気にしてばかりだ。俺とこいつは何でもない、と態度で周囲にアピールしようとする。
軽くチッと舌打ちして背中を向けて走り出す。当然みたいに俺から逃げていく。
その背中を見ると、いつも足が一瞬止まってしまう。胸の痛みでとっさに動くことが出来ない。
この痛みが、目に見えるものならいいのに。
そうすれば、優しいお前は俺を置いていったり出来ないはずなのに。
俺は溜息をついて床を眺めた。バニラが空しく溶けてリノリウムの床に広がっていった。

そのゼルが、俺を頼ってくるかもしれない。俺を求めてくるかもしれない。
沸き立つような期待が胸に膨らむ。有名な台詞を思い出した。
恋と戦争は良く似ている。両方とも、どんな手段も許される。
これはチャンスだ。俺は大きく深呼吸をした。

「ゼル、どうしたんだ。顔色が悪いぞ。」
「え?い、いや。なんでもねぇ」
ゼルが慌てて首を振る。
「食欲も無いみたいだし・・具合でも悪いのか?」
殊更優しい声を出してみた。硬く握り締められていたゼルの指がビクリと震える。
「ほ、本当になんでもねぇんだ!お、俺ちょっと出かける。」
いいとも。グリーヴァを探しに行くんだろう。喉から笑いが零れそうになった。あの召喚獣は近く
に潜んでいるはずだ。あれは俺に従うと誓った。俺から遠くには行かないはずだ。
あれを捕らえられるのは俺だけだ。お前が頼れるのは俺一人だ。
どんな風に。
どんな風にゼルは俺にねだるだろう。
抱きしめても抱きしめても、逃げるばかりだったこの愛しい恋人が。
淡い色の唇が、助けて欲しいと俺に囁いたら、細い体が蕩けるように倒れ込んできたら。
そうしたら、俺はゼルを抱きしめて頼むんだ。
お前の為ならなんでもする。
だから、俺の側にずっといてくれ。俺から逃げないでいてくれ。
もう俺との事を空事みたいに振舞わないでくれ。
去っていく金色の髪を見送りながら、俺は静かに微笑んだ。

だが、ゼルは俺を頼ってこなかった。
その顔色だけがどんどん悪くなっていった。いつも明るい元気な顔が、今は俯いて不安げに爪を噛
んでいる。夜も部屋にいない。ゼルの部屋に入り込み、まんじりともせず待ち続けた。
明け方の青白い光が部屋に差す頃、やっとゼルが戻ってきた。
「遅かったな。」
「・・スコール?お前なんで俺の部屋に・・・まぁいい。悪りぃ、帰ってくれ。俺・・すごく・・
疲れてるんだ。」
声が掠れてよく聞き取れない。胸がキリキリと痛んだ。
きっと声を限りにグリーヴァを呼んでたんだろう。戻ってくれとずっと呼びかけてたんだろう。
「ゼル、毎日どこに行ってるんだ。しかも、そんなに疲れて。」
肩を掴んで尋ねた。ゼルが俯いてぎゅっと唇を噛む。
言え。言ってくれ。もう、こんなお前は見たくない。
「・・・・なんでもねぇんだ。心配かけて、ごめんな。」
無理矢理青い顔に笑顔を浮かべる。
どうして。
胸の痛みが激しくなる。どうして言ってくれないんだ。
「ゼル・・・!」
哀願するように覗き込むと、ゼルがハッと顔を上げた。青い瞳が見る見る潤んでくる。
唇が震えながら僅かに開いた。
「スコール・・」
そうだ。早く言え。そうすれば、すぐにお前を抱きしめて、もう心配いらないと優しく囁いてやれる。
冷たく冷えた唇を暖める事が出来る。
ゼルがぐっと息を呑んだ。大きく息をついて、俺の手を振り払う。
「ほんとに・・なんでも無い。お前には関係無いんだ。もう・・頼む、帰ってくれ。」
目の前が暗くなるような気がした。
「関係無いなんて事があるか・・・!」
思わず大きな声を出した。俺は知ってるんだ。叫び出したくなった。
お前、グリーヴァを逃がしてしまったんだろう?
俺の助けがいるんだろう?そんなに疲れ果てて、眼に涙を浮かべて。
なのに俺には関係無い?俺には何も打ち明けるつもりが無いのか。
そんなに、俺は頼りにならないか。
そんなに、俺に頼るのが嫌か。

急に可笑しさがこみ上げてきた。
馬鹿みたいだ。俺一人期待して。ゼルが俺を頼ってくるだなんて。勝手に夢見て。
ゼルは俺から離れたいのに。俺とのことは無かったことにしたいのに。
「スコール・・」
困っている声。俺を持て余してる声。こんな声が聞きたいんじゃなかったのに。
「・・大きな声を出して済まなかった。ゆっくり休んでくれ。」
一息に言って部屋を出た。後ろは振り返らなかった。振り返ったらゼルを強引に抱きよせてしまう。
腕の中のゼルの心が、俺から遠い事実を肌で感じてしまう。
顔を上げて窓の外を見た。明けていく空に星が溶けていく。
最初から星なんて無かったように、群青の空に消えて行く。馬鹿げた俺の期待みたいに。
何もかもがこうして消えてしまえばいいのに。

その日も何も変わらなかった。ゼルは相変わらず青白い顔をしてたし、食欲も無かった。
何とか食事を終えると、すぐ席をたってふらふらと去っていく。
もう諦めよう。
そう思った。これ以上ゼルが憔悴するのは見ていられない。あとを追って、俺がグリーヴァを
捕らえよう。ゼルにどんなに疎まれようと、そうせずにはいられない。
耐えられる。疎まれるのはいつものことだ。俺はそっとゼルの跡をつけた。

校舎の裏口で声がした。
「ゼル!どうなってるんだよ!まだグリーヴァ捕まらないのか!?」
「・・・ああ。居場所は分かるんだけど、俺に反応しようとしないんだ。あれじゃバトルにもなら
ない。」
「だから!スコールに頼めって言ってるじゃないか!何で頼まないんだよ!」
「お前は知らないんだ。」
ゼルの疲れた声がする。
「あのバトルがどんなに大変だったか。俺達、何度も死にそうになった。スコールはいつも一番前
で必死に俺達を庇ってくれた。もう、あんな事させられねえ。もう俺のミスで誰かを危険に晒すの
は嫌だ。」
「ふざけんなよ!俺達懲罰室行きになるかもしれないんだぞ!俺もお前も放校になるかもしれない
んだ!」
「・・・俺が何とかするってば。」
「何ともなってねーじゃねーか!スコールはお前が好きなんだろ!お前、迷惑してるんだろう!?
こんな時くらい、役にたってもらえよ!」
無責任男のヒステリックな声がする。
その時、ゼルが搾り出すように叫んだ。

「それでも、あいつの気持ちはあいつ自身のもんだ・・・!俺が利用していいものじゃない。
スコールの気持ちにつけこんで利用するような真似、絶対嫌だ!」

男を振り切り、走りさっていく足音がする。
俺はその場に立ち尽くした。今の言葉が胸一杯に反響している。
俺は一体何をしてたんだ。何を考えてたんだ。ゼルが純粋で、馬鹿がつくほどお人よしだって、
知ってたのに。俺を利用することなんて、考えもしない男だって知ってたはずなのに。
見えない力で引きずられるように、俺はゼルの跡を追って駆け出した。

満月が草原を煌煌と照らす。その中心に背中がそそけだつほど強力な魔力を感じる。
グリーヴァの気配だ。伝説の召喚獣がここに潜んでる。
夜空に向かってゼルが必死に呼びかけている。
「グリーヴァ・・・!姿を表してくれ!俺と一緒に帰ってくれ!」
「ゼル。」
ゼルがゆっくり振り向いた。青い瞳を大きく開く。
「・・スコール・・」
「グリーヴァが、そこにいるんだな。」
「・・・ついにバレちまったか。俺、ドジして逃がしちまったんだ。馬鹿だろ。」
へへ、と赤い目をしてゼルが笑った。
「俺さあ・・・結構頑張ってるんだけど、あいつ、全然出てきてくんないの。頑固だよなぁ。
だれかみてー。俺・・・ホント結構頑張ってるんだけど・・」
俯いたままゼルが言う。張り詰めた糸が切れたように、ポトリと涙が地面に落ちた。

その滴は刃となって俺の心臓を切り裂いた。息も出来ない痛みに耐えかねて、ゼルの身体を
引き寄せ、肩に顔を埋めた。そうしなければ、立っていられなかった。
「ごめん。」
「・・・?何謝ってるんだ?」
「お前に謝りたいんだ。・・・ごめん。・・ゼル、ごめん。」

ごめん。利用しようとしたのは俺なんだ。俺の方こそ、お前を利用しようとしたんだ。
お前の気持ちを、作り物みたいに勝手に変えられると思ってたんだ。
この恋を作り物にしようとしてたのは俺の方なんだ。

恋と戦争はよく似ている。両方とも策に溺れ過ぎると大事な事を忘れてしまう。
ゼルに笑って欲しかった。俺に笑いかけて欲しかった。
俺の願いは、ただそれだけだったのに。

「スコール・・・お前、時々突然変なこと言い出すよなぁ。」
ゼルが不思議そうに、困ったように俺の頭を軽く撫ぜた。
ゼル。優しいゼル。愛してる。愛してる。涙が出そうになった。許してくれ。
お前に愛して欲しかったんだ。
俺を愛して欲しかったんだ。

「スコール・・・?」
「ゼル。もういい。後は俺がやる。」
「え・・・。駄目だ!俺の責任なんだから、俺が・・」
「グリーヴァを捕まえられるのは俺だけだ。」
きっぱりと宣言した。ゼルがぐっと口篭もる。
「いいから、さがってろ。」
「・・・スコール!やっぱ駄目だ!俺のせいで、そんな危険な目に合わせられねぇ!」
ゼルの眼がキラキラと月光を反射する。俺はうっとりとその輝く瞳を眺めた。
優しい、綺麗な、俺のゼル。どうしてお前はこんなにも俺の心を捕らえるんだろう。
心配そうに瞬く蒼い眼も、不安に震える金色の髪も、俺を引き止めようとする白い指も。
全部。お前の何もかもを愛してる。
今こそ本当に、この甘い痛みがお前に見えたらいいのに。
そうすれば、優しいお前を安心させてやれるのに。
頬を包んで白い額にキスをした。
「そうだな、なら、引き換えに俺の頼みを聞いてくれるか?」
「え?」

「今度こそ、俺にアイスをご馳走してくれ。」

ゼルがポカンと口を開けた。
「・・アイス?・・ああ、あれか!・・ってお前、まだそんな事根に持ってたのか!?」
なんて執念深い奴だ、とゼルが呆れた口調で言った。
「そうだ。俺は執念深いんだ。」
「開き直るなよ馬鹿。アイス一つで命を落とすつもりか。何考えてるんだ。」
「お前のことしか考えてない。この願いを叶えられるのはお前だけだ。さあ、うんと言え。
言うまでこの手は離さない。」
「それじゃ、脅迫じゃねぇか。」
「ばれたか。」
ニヤリと笑うと、ゼルがつられて少し笑った。心臓が砕けそうになった。愛しいお前。
ずっとその笑顔を見ていたい。白い指にそっとキスをした。
「商談成立だ。さあ、後ろで俺を見ていろ。」

俺はガンブレードの柄を掴んだ。ゆっくりと構えの姿勢を取る。
「グリーヴァ!」
一声叫んだ。辺りの草がザワリと騒ぐ。風が狂ったように音を立てて回りだす。
背中がチリチリとする程濃密な怒りの気配。猛り狂う獣の咆哮。
次第に姿を顕してくる伝説のライオンを俺は見つめた。
怒っている。その身に相応しくない卑小な男に使われようとしたことを。
巨大な爪を月光が照らす。地面が震えるような唸り声をあげる。
欲しければまた征服してみろと牙を剥く、誇り高い伝説の獣。
面白い。
俺は僅かに口の端を吊り上げた。俺を試すつもりか。
いいだろう。ゼルは俺を試さない。お前が俺を試せばいい。
ガンブレードに青白い光が溜まっていく。グリーヴァの咆哮が一層大きくなる。
「スコール・・」
半ば畏れを含んだ声が背後から聞こえる。大丈夫だ。安心させるように頷いた。
グリーヴァが宙に飛び上がった。ガンブレードから光がほとばしる。
グリーヴァ、お前を必ず手に入れる。ゼルの為に。この純真な恋人の為に。
このバトルには命を賭ける価値がある。

「スコール!ほら、約束のソフトクリームだぜ。」
「・・・ああ。早いな。」
ゼルがニコニコと俺を見た。両手に一つずつアイスを持っている。一つは自分で食べるつもりだな。
「じゃ、食べさせてくれ。」
「え!?なななな何言ってるんだよ!自分で食え、自分で!」
「腕が痛い。あんまり物を持ちたくないんだ。」
グリーヴァを倒すのに、無傷というわけにはいかなかった。腕にちょっとした裂傷を負った。
うっとゼルが言葉に詰まる。困ったようにキョロキョロと辺りを見回す。
「・・お前なぁ、そんなトコ見られたら、また俺んトコに脅迫状が来るだろー。」
「駄目か?・・嘘つきだな、お前。」
わざと悲しげな眼をすると、ゼルが一層困った顔をした。
「もう〜・・仕方ねぇな。ちょっとこっちに来い!」

空いている教室にこっそり俺達は入っていった。
「・・・ほら。」
恥かしそうにゼルがソフトクリームを差し出した。白い頬が桜色に染まってる。
「やっぱりいらない。」
「な・・・!」
「お前にキスしたくなった。アイスはその後だ。」
「はあ!?黙ってりゃどんどんつけあがりやがって〜!この色ボケ野郎!絶対ご免だ!」
「酷いな。」
ゆっくりとゼルの手首を壁に押し付けて、にっこり笑った。。
「暴れると、クリームが落ちるぞ。この間みたいに。」
「・・・お前って、ホント汚ねぇ。」
「何とでも言え。ほら、顔を上げろ。」
ゼルががっくりと肩を落とした。大きな溜息をつく。
「お前・・・つくづく我儘な奴だなぁ。」
「大丈夫。クリームが溶ける前には終わりにする。ちゃんと後で一緒に食べる。」
「もう・・・」
呆れ果てたという感じでゼルが観念して眼を閉じた。
そっと唇を近づける。バニラの香りが漂ってきた。
可愛い恋人。どのクリームも、お前の舌ほど甘くない。

俺と恋に溺れよう。
どんな策略も陰謀も、お前の前では溶けていく。

このキスだけが真実だ。

この恋だけが真実だ。

                               
END
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