レッドゾーン



「ああ、早く街に出たいぜ。」
枝で焚火を掻き回しながら悟浄が言った。火の粉が白い指を照らす。
僕は僅かに首を傾げる。
「いい女が抱きたいぜ。それも、出来るだけ淫乱な。」
お堅い八戒には分かんねえか、言いいながら煙草を取り出す。
「ガキ猿の面倒ばっか見てるとアレが使い物にならなくなるぜ。」
冗談だよ、と悪戯っぽく笑う薄い唇。

「・・反対ですよ。」
「あ?」
「何でもありません。」
僕は眼を細めて焚火の向こうの彼を見た。戸惑うように僕を見つめる真紅の瞳。
君の言ってることは間違っている。
君が女を抱いてるなんて。

君は女に抱かれてるんだ。

君は自分じゃ気付いていない。鍛え上げられた筋肉に、倣岸な話し方に、皮肉に歪む唇に、女が惹
かれてくるんだと思ってる。女を征服してると思ってる。
全部嘘だ。

君は女に抱かれてるんだ。君が女を誘うとき、君は自分じゃ気付いていない。
君の眼はいつも言ってる。

どうか去っていかないで。このまま置いていかないで。

女はそれに抗えない。縋るような眼差しに。自分の体温さえも自身で保てないような、
生まれたての子猫みたいな頼りない眼に。

暖めて。どうかその腕で抱きしめて。

どんなに華奢な女でさえも、君を抱かずにいられない。寂しい君を抱きしめて、冷えた体を暖め
られずにいられない。女は君を分かってる。君がまだ、膝を抱えて泣いている可哀想な子供だと。
君は女の細い腕に必死にすがっているのだと。

それならいっそ、僕が抱いてあげようか。

甘く優しく君を包む女の体じゃ、君の傷は癒せない。
膿んだ傷を必死に隠す力があんまり強すぎて、女はそれを剥がせない。

僕がそれを剥がそうか。君の中を引き裂いて、傷のありかを探ろうか。
赤い髪をまさぐって、細い首に噛み付いて、君に悲鳴をあげさせようか。
痛みと涙と悲しみと、君が隠した全てのものを、僕が引きづり出してしまおうか。
自分が泣き続けてる幼子だと、君に分からせてしまおうか。

黙り続ける僕を悟浄が不安気に見る。
「なあ、怒ってるのか?あんなの、冗談だって。・・悪かったよ。なあ。」
僕は静かに眼を閉じた。
ほら、こんなにも。
こんなにも、君の心は弱すぎる。
ほんの少し、僕が黙ってしまっただけで、僅かに腰を浮かしただけで、君の心は耐えられない。
どうか去っていかないで。どうか嫌いにならないで。
訴えかける赤い瞳。誘うように揺れる髪。

僕は君を抱いてしまいたい。
その煙草をもぎ取って、薄い唇にキスしてみたい。僕の熱で、君がどんなに冷えているのか
分からせたい。
だけど。

「・・・八戒?」
それは君を壊してしまう。君の心を砕いてしまう。
自分は強くなったのだと、必死で信じている心を。
鍛えた肉体に、心まで一緒に強くなったと信じてる心を。
「・・・気にしてませんよ。そんな女性に会えるといいですね。」
安心させるようにゆっくり微笑む。
君の肩から力が抜ける。所在なさげに握り締めた拳が緩む。
「お、おう。まあ、俺の魅力に勝てる女はいねえからな。」
そうだとも。君に勝てる女はいない。君がその眼差しを止めない限り。

女に抱いてもらえばいい。いまはまだ、君はそれで生きていける。
だけどもし、君の傷がこれ以上君の心を壊すなら、僕はもう待ってられない。
君の傷に、濡れる瞼にキスをして、君の涙を吸い取って。
君をこの腕で抱きしめて、揺れる眼差しを閉じ込めて。
誰の眼からも君を守って。

君の傷が癒えるまで。
君の涙が乾くまで。



                               (終)
三・四回しか見てません。(きっぱり)しかもアニメのみ。しかし、私の眼には八戒はパリパリの攻めに見えました。
そして悟浄がお姫様。(←おい)ファンの方には多分意味不明。かと言って、知らない方にはなお意味不明。
すみません・・・。
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