Seven Days




「絶対、距離をおくしかないよ。」
授業中にもかかわらず、俺の隣では女子が何やら深刻そうな顔をして話し込んでいる。
俺は全身が耳になったかのような集中ぶりでその会話を聞いていた。
どうやら彼氏と別れたくて、円満に切れる方法を画策しているらしい。
「理由をつけて避けまくってれば、あいつも諦めるよ。きっと。」
「そうだよね。会わなけりゃ熱も冷めるよね。」
そうか、そうゆうもんなのか。
うんうんと頷きあう女子の横で、俺も大きく頷いた。

俺はこのガーデンのカリスマ、スコール・レオンハートに猛烈に迫られている。
全くいい迷惑だ。・・・と先日まではっきり公言できた。
しかし。
今は、その、そうも言い切れない。つまり・・俺達・・えーい面倒くせえ!
やっちまったんだっ!寝ちまったんだ!

いまだに信じられない。俺の初体験の相手が男、それもスコールなんて。しかも、それが・・
き、気持ち良かったなんて。何でも器用にこなす奴だとは思っていたが、男を抱くのまで上手い
とは知らなかった。知りたくなかったけどな。
ショックでいまだに立ち直りきれない俺に比べて、スコールの絶好調ぶりはすごい。
何かこう、キラキラと光に包まれてるみたいなんだ。仕事もバリバリこなすし、ガンブレードの
技も一層冴えまくってる。
その上、笑顔の大放出だ。あんなにムスッとした奴が、俺と一緒だと、人前でも蕩けるような
笑顔を見せる。俺はため息をついた。本当に、困るんだ。

スコールは自分がどれぐらい人気があるか分かってない。あんなに無愛想な奴じゃなかったら、
今頃歩くのもままならない程ファンに囲まれてる事だろう。
その無愛想男が端正な顔を甘くほころばせて俺をうっとり見つめる。
鋭い奴なら、いや、鋭くなくたって俺達の間で何があったか一目瞭然だ。
スコールが笑いかける度に、俺に来る脅迫状の数が増えていく。内容が過激になっていく。
しかも、納得いかない事に「俺」が「スコール」を誘惑したことになっている。
全く、あいつらの頭の中は一体どうなってるんだ。

俺はあいつを誘惑なんかしていない。むしろスコールが俺を強姦したんだ。
だけど、奴があまりにも上手過ぎて、最後には何と俺はイッてしまった。
あの醜態を思い出す度に顔から火がでる。なのに、そのままずるずると関係を続けてしまい、
切ることが出来ない。くそう。何であいつあんなに上手いんだ。
だが、百通目の脅迫状が血文字で書かれているのを見るに及んで、俺は決意した。

今度こそ、スコールと別れる。

その矢先にこの有益情報だ。女は生まれながらの恋愛のプロだって、死んだじーちゃんも言ってた
し、この際ありがたく実行させてもらおう。
俺は久しぶりに晴れ晴れとした気持ちになった。

「保全委員を引き受けた?」
スコールが意外そうに聞き返した。
「お前、「あんな面倒臭い仕事、引き受ける奴の気が知れない」って言ってなかったか?」
「きゅ、急にやる気になったんだ。」
俺はびしっと奴に人差し指を突きつけた。
「だから当分お前と遊ぶ暇は無い。じゃあな。」
「待て。なら俺も保全委員になる。」
「何言ってるんだよ。委員長のくせに。兼任なんか出来る訳ないだろ。」
スコールが不服そうに俺を見た。
「早速仕事が入ってるんだ。ついて来るなよ。お前が来ると人が集まって仕事の邪魔になる。」
待て、と再度呼びかけるスコールを振りきって俺は廊下を駆け出した。

「保全委員」は別名「雑用係」だ。ガーデンの補修を主に受け持っている。バトルが多いガーデン
ではしょっちゅう何かが壊れてる。忙しい事この上ない。だから誰も引き受けたがらない。
そこへ俺が志願してきたもんだから大歓迎だ。溜まってた仕事が一手に廻ってきた。
実際、本当に忙しい。とりあえずの目処がついた時にはすっかり夜になっていた。
携帯に何度かスコールから伝言が入ってたが、「今忙しい」と一言送ったきりだ。
ドアに鍵を掛けて、ぐったりと体をベットに横たえる。
疲れた。まだ月曜なのにこんなに疲れていいのかよ。
でも、おかげでスコールとは会わずにすんだ。頑張れ、俺。この調子を維持するんだ。
ガッツポーズをとりながら、俺は泥のようにずぶずふと深い眠りに入っていった。

次の日もその次の日も忙しかった。仕事はたまりに溜まっていたし、故障個所もまちまちだから、
あちこち飛び回らなきゃならない。俺はズレまくった時間に部屋で軽い食事をした。
口をもぐもぐさせながら部屋を出ると丁度ニーダが通りかかった。
「よお、ゼル。スコールと会えたか?」
「え?」
「さっきスコールがここでお前を待ってたぜ。小1時間位いたんじゃないか?」
ちくりと心臓が痛んだ。最近携帯の電源を切っちまってるから(って言うか元々ガーデンは
携帯禁止だ)、スコールからは連絡のとりようが無い。
じっと一人で俺を待ってるスコールの姿が脳裏に浮かぶ。
俺はぶんぶんと頭を振った。
ここで挫けてどうするんだ。まだ水曜日だぞ。三日しか経ってないじゃねえか。
「関係ねえよ。」
乱暴に言い放つ俺にニーダがびっくりして眼を丸くした。

木曜日は屋根を修理した。(どうしてこんなトコを壊す奴がいるんだ)
一日ががりで修理してやっと校内に戻ろうとすると、突然ぐいと腕を捕まれた。
「ゼル・・・やっと会えた。」
スコールの大きな瞳が俺を見つめている。
「お、おお。ひ、久しぶり・・・。」
食い入るような視線に耐えられずに俺は眼を逸らした。
「何度も連絡を入れた。」
「そ、そうだっけな。な、何の用だ?」
ため息混じりに長い睫が伏せられる。
「用が無ければ、お前と話しちゃいけないのか?」
「そ、そうじゃないけど。今、仕事で忙しいから時間無いんだ。用が無いなら行っていい?」
端正な顔にピリッと怒りが走ったが、何とか持ち直して笑顔を浮かべる。
「東の森に狂い咲きしてる桜があるらしい。中々綺麗だそうだ。一緒に見に行かないか?」
「悪い。俺パス。まだ修理が終わってない。」
あっさりと断って腕を振りほどこうとすると、その腕が強烈な力で握り直された。
「っ!痛ってえ!放せよ!」
「一緒に行きたいんだ。」
こんどこそ本当に怒りを顕わにしてスコールが言う。青い炎みたいに燃える瞳。白い顔に、唇だけ
が赤く染まってる。こいつ、怒ってる顔まで綺麗なんだよな。俺は変なところで感心した。
「駄目だって言ってるだろ。他の奴誘えよ。」
「馬鹿。他の奴なんか誘ったって意味が無い。お前と行きたいんだ。仕事なら俺も手伝う。」
「嫌だ。これは俺の仕事だ。お前だって委員長の仕事あるんだろ?それをやれって。」
スコールの眼がすっと細められた。氷のように冷たい表情になる。
「・・・俺が、邪魔か?」
うわ怖ええ。しかし、ここが正念場だ。ここを乗り切らなきゃ俺に明日は無い。
「邪魔だ。」
思い切って言って、眼をつぶった。あれはスコールが激昂しきった顔だ。殴られるのを覚悟した。
が、何の反応も無い。恐る恐る眼を開けるとスコールがじっと俺の顔を見ていた。
「・・・そんな顔をするな。分かった。もうお前の邪魔はしない。お前の前に顔を出さない。」
くるりと踵を返してすたすたと歩いて行く。信じられない。こんなにあっさり奴が諦めるとは。
俺は呆然と去っていく広い背中を見つめた。

しゃかりきに働いたお陰で、金曜日の午後まで来ると流石に仕事も残り少なくなった。
校舎の隅に腰掛けて携帯の電源を入れた。何の伝言も入っていない。俺は電源を切った。
何だよ。あんなにしつこかったくせに。
まるで寂しがってるような台詞が頭に浮かぶ。慌てて頭を振った。いかん。何言ってるんだ俺は。
これで俺には平和な日々が戻ってくるんだ。目出度いことだ。万歳三唱だぜ。
俺は残りの仕事を片付けるべく、腰を上げた。何だか急に体が重くなった気がした。

事件は土曜日に起こった。
土曜は各国からお偉いさん達が視察にやって来て、歓迎セレモニーが開かれる予定だった。
俺達は皆制服着用で出席を義務づけられ、講堂に集められた。スコールは生徒代表として初めに歓
迎の言葉をスピーチする予定だ。
が、中々始まらない。周囲がザワザワし始めた。
ぼーっと立ってる俺のもとへキスティスが青い顔をして走り寄ってきた。
「ゼル!スコールがどこにいるか知らない?!」
「知らねえ。どうしたんだ?」
キスティスは最後の望みが絶たれた、と言うように肩を落とした。
「スコールが何処にもいないの。誰も姿を見てる人がいないのよ。」

その場は何とかシュウ先輩とキスティスが上手く取り繕って、セレモニーは終わった。
しかし各国の要人達は魔女討伐の立役者、スコールがいないんでがっかりしたようだった。
寄付でなりたってるガーデンでは、このすっぽかしは結構まずい。教師陣はカンカンだ。
生徒達もあちこちで噂している。キスティスがため息をついて俺に言った。
「一体、どうしたのかしら?ゼル、何か思い当たることない?」
「いや。だって俺、最後に見たのが木曜日だし。」
はっと息を呑んだ。その時、スコールは俺の前にもう顔を出さないって言った。でも、まさか。
教師陣のあの怒りっぷりからいって、SeeD降格は間違いない。いや、早く戻らなきゃ、降格
どころか資格剥奪だってありうる。そんな馬鹿な真似する奴いるもんか。

だけど。もしそうだったら。俺のせいだったら。
A級SeeDとして名声を欲しいままにしてるスコールの評価を、俺が下げてしまったとしたら。
心臓が冷たい手でぎゅっと掴まれたように痛くなった。

夜になっても、スコールは戻ってこなかった。
思いつくところには全て連絡したが駄目だった。時間が立つにつれて、どんどん騒ぎが大きくなる。
一体何処にいるんだ。俺はイライラと爪を噛んだ。何だか情けなくなってきた。
全然あいつのことが分からない。何度も体を重ねたのに。
あいつが何処に行ってるのか、行きたいのか分からない。

・・・行きたいところ?

確か、木曜日、何かあいつ言ってなかったか?東の森に狂い咲きしてる桜が・・・。
「キスティス!俺、出かけてくる!」
ゼル!?と驚く声を後ろで聞きながら俺は弾丸のように部屋を飛び出した。

東の森は小さい。闇雲に走り回る内に、急に森が切れて小さな広場に踊り出た。俺は眼を剥いた。
すげえ。
巨大な桜の木が広場の中央に絢爛と花を咲かせている。満月の月明りを浴びて、まるで発光してる
かのように闇の中に浮き上がる。若葉の森に、その桜だけが奇跡の様に白くきわ立っている。
眼を凝らすと、木の幹に寄りかかって誰かが座っていた。
白い桜に黒衣を纏った美貌の男。まるで何かの絵画のようだ。こんな男は他にはいない。
「スコール・・・」
俺はそっと近づいた。スコールが物憂げに眼を開く。そしてまた眼を閉じる。
「スコール、心配したんだぞ。・・・帰ろうぜ。」
「嫌だ。」
唇からはっきりと拒絶の言葉が漏れた。
「嫌って・・・。」
「帰らない。」
舞い散る花びらが俺とスコールの間に壁を作る。スコールを俺から隠そうとするかのように。
「何言ってんだよ。すっげー探したんだぞ。お前、大事な用事すっぽかすし・・・」
「大事な用事・・・」
スコールがクスクスと笑った。可笑しくてたまらないと言うように白い喉を鳴らす。
背中に寒気が走った。この桜は綺麗過ぎる。桜の下のスコールも綺麗過ぎる。
「大事な用って何だ・・・?」
長い指が額の黒髪を掻き揚げる。
「ガーデンに大事な用なんか無い。俺の大事な用はこれだけだ。」
瞳を開けて上を見上げる。吹雪のように花が散る。
「ゼル・・お前と、この桜を見たかったんだ。それだけが、俺の大事な用だったんだ。」
俺はごくりと唾を飲んだ。まずい。こいつには前科がある。
委員長として、最も必要とされてる時にリノアを助ける為にあっさりとガーデンを捨てた。
大事な役目も、SeeDの地位も、こいつには意味が無いんだ。欲しいものしか興味がないんだ。
このままじゃ、本当にガーデンに帰らないだろう。
「なあ、帰ろう。皆待ってるから。」
「お前が俺を待ってない。」
「なっ・・・ま、待ってたよ。帰ってこないから、すごく心配したんだぞ。」
「邪魔なくせにか。」
うっ。やっぱり根に持ってやがったな、この野郎。
「あ、あれは謝る。悪かった。なあってば、帰ろうぜ。おい!」
こんなところにいたくない。この桜は狂ってる。こんな豪華な狂い咲きがあるもんか。
早くスコールをここから引き離したい。こんな狂った美しさ、絶対良くない。
「六日間だ。」
「は?」
「お前に拒絶されて今日で六日目だ。」
・・・数えてやがったのか。相変わらず執念深い奴だ。
「・・・六日分をここで取り戻してくれたら、帰ってもいい。」
「・・・?」
「六日分抱かせてくれたら、ガーデンに帰る。」
舞い散る花の向こう側で、スコールが挑むように俺を見た。

俺は絶句した。スコールがふいと横を向く。
「嫌ならいい。交渉は終わりだ。」
「ちょっ・・!待てよ!」
思わずスコールの腕を取った。すかさずその手が引き寄せられる。俺はバランスを崩して
奴の胸に倒れ込んだ。
「いいんだな・・・?」
スコールの唇に妖しい笑みが浮かぶ。
畜生。はめやがったな。

「・・・・ああっ・・ふ・・・っ」
スコールの指が俺の中を掻き回す。
「お前が沢山出してくれたから、スムーズに入りそうだ。」
スコールが平然と言う。俺はかあっと赤くなった。ローション代わりにいかせやがって。
俺の液で濡れた指が動く度にぐちゅぐちゅと淫らな音がする。
嫌になるぐらい濃厚な口付けの後、全身にキスをされる。悔しいが、こいつ愛撫がホントに上手い。
唇にセンサーでもついてるのかと思う程、的確に俺のポイントを探り当てる。胸の突起が生暖かい
感触に包まれた。
「・・・んっ」
魚が逃げようとするように俺は身を捩じらせた。すぽりとスコールの指が引き抜かれ、逃がすまい
とがっちりと抱きしめる。乳首が弱いなんて、恥ずかしいから止めてくれって何度も頼んであった
のに、今日は勘弁してくれる気が無いらしい。
「あんっ・・!ああっも・・っやめろよ・・・っ」
我ながら何度聞いても恥ずかしい。何て甘ったれた声だろう。
「もう、降参なのか・・・?これじゃ六日分なんて無理だな。」
スコールの腕にぐっと力が入った。スコール自身が一気に俺の中に押し入る。内臓まで届きそうな
圧迫感に声も出せずに首を仰け反らせた。
突然俺の半身が地面からぐいと持ち上げられた。俺はびっくりして眼を開いた。
「なっ・・・なんだ?」
俺達は抱き合うように向かい合って座っていた。スコールの上気した顔が間近にある。薄桃色の
シャープな頬に張り付く黒髪が壮絶に色っぽい。
と、スコールが俺のブツを掴んで軽くしごいた。突然の快感にぶるっと身震いが起きる。
「ゼル・・・六日分を取り戻すチャンスをやる。」
「・・・?」
「六日分のキスを、お前からしてくれ。」
指を巧みに動かしながらスコールが囁く。
「なっ・・こんな格好で・・んっ」
俺はすがるようにスコールを見た。
お前の手が俺のブツを嬲ってて。お前のブツが俺の中に入ってて。
まともなキスなんて出来やしない。そもそも俺からキスした事なんて無いのに。
「じゃなきゃ、帰らない。お前の言葉なんて二度と信じない。」
ひでえ。何でこいつは、いつもこうやって断れない条件を出すんだ。
「わ、分かったよ。」

「まず、月曜日」
憎いくらい落ち着いた声が言う。
俺は恐る恐るキスを始めた。薄い唇をちろちろと舐めてると、スコールのブツがもぞりと動いた。
「・・・あっ」
漏れた声にスコールがまだ月曜日だぞ、と意地悪く言う。
「火曜日」
肩に手をかけ、舌を口の中に入れる。スコールの舌を追いかけようとするが、下半身から断続的に
与えられる刺激に上手くいかない。絡めようとする舌の動きが、吐息で止まってしまう。
「・・スコー・・ル、やめろっ・・てば」
卑怯なくらい優しい指の動きが俺を翻弄する。
「水曜日」
まだ水曜日なのか。頭の芯が朦朧としてきた。下半身の熱が全身に回って力が入らない。ともすれ
ば後ろに仰け反って喘いでしまいそうだ。
「ゼル・・早くキスを・・」
スコールのねだり声が耳を甘く打つ。その声さえも、俺の背筋をゾクゾクさせる。何とか舌をすべ
り込ませた。だけどもう、こんなのキスじゃない。俺は舌でスコールに縋っているようなもんだ。
「・・あ・・・」
「木曜日」
スコールが腰まで動かしてきた。突き上げる動きで唇を重ねることすら難しい。
堪らずスコールの頭を抱きしめた。スコールの体にビクリと力が入る。
「ゼル・・!もっと・・」
掠れる声が俺を呼ぶ。もっと何だ。これ以上、一体何をして欲しいんだ。こんなに翻弄されて、
こんなに乱れさせられて。お前は俺を何処まで追い詰めれば気が済むんだ。
「金曜日」
もうキスなんか出来ない。全身が溶けるように熱くって俺自身でも制御できない。
「スコール・・俺、も・・ダメ・・早く・・」
言葉の端々に厭らしいくらい、媚びた響きがある。こんな俺は大嫌いだ。でも、お前はもっと
嫌いだ。俺にこんな声出させやがって。眼から涙が溢れてくる。
「お前なんかっ・・」
嫌いだ、と言う前にスコールが俺の奥深くに潜むポイントをずるりと刺激した。
「・・・ぁ!」
「愛してる」
スコールが俺の唇を愛の告白で塞ぐ。両腕が崩れ落ちそうな俺の背中にしっかり回り、力強く
抱きしめられた。ゆっくり体を地面に落とされる。
「土曜日」
熱い息が夜風にのって消えて行く。
俺は涙と汗に濡れた瞼を開けた。眼が合った途端、スコールが荒々しく俺を掻き抱く。
何て激しい抱擁だろう。何て綺麗な男だろう。汗に濡れる艶やかな髪、妖しく燃える青い瞳。
夜空に煌煌と浮かぶ月。白く光る満開の桜。そこから砕けて散る花弁。
その全てがお前のものだ。この桜を、この景色を支配できるのはお前だけだ。
絢爛と咲く桜すら、お前の前では脇役だ。
最後のキスを、とスコールが吐息のように囁いた。俺は震える指でスコールに手を伸ばした。
最後のキスは覚えていない。
覚えているのは肩越しに白く舞ってた花びらだけだ。

俺ってサイテー。
別れるつもりだったのに。今度こそ上手くいくと思ったのに。
立ちあがれないほどイってしまった俺に奴はまめまめしく服を着させてくれた。
「・・・無理させたな。ごめん。」
額にキスをしながら、スコールが言う。でもその響きは満足そうだ。
そりゃ、あれだけ俺を苛めりゃ満足だろうさ。お前はな。でも、俺はまたこれで振出しだ。
スコールが俺をひょいと持ち上げて肢の間に座らせた。背中にスコールの広い胸が当たる。
「・・・ゼル」
「何だよ。」
「あんな事は二度とするな。」
静かな声が夜空に響く。
「近くにいるのに、お前を見れない。お前に触れられない。去ってく背中しか見れない。
この六日間・・・本当はあんなキスじゃ足りないくらいだ。」
落ち着いた喋り方に、返って凄味がある。俺は顔から血の気が引いていった。
『会わなきゃそのうち冷めるよねえ。』
その理屈はこいつには通用しない。こいつは会えない分だけ、パワーを貯めてしまうんだ。
大体、この失踪騒ぎだって俺に対する当て付けだ。一言邪魔だと言っただけで、ガーデン中が
ひっくりかえるような騒ぎを起こしやがって。しかも全然反省してない。
俺はがっくりと肩を落とした。神様、どうかこの悪魔から俺を救ってくれ。
「ゼル・・続きは俺のベットでしよう。」
背後から耳を甘く噛みながらスコールが言う。俺はぎょっとした。
「なななな、何言ってるんだよ。今さんざんやったじゃねえか。」
「あれは月曜から土曜の分だ。」
ちらりと腕時計を眺める。
「午前2時。ほら、もう日曜日だ。今日の分はまだしてない。」
俺は愕然とした。何でそんなに体力あるんだ。スコールがクスリと笑う。
「別にすぐやるとは言ってない。今日は一日中、俺の部屋で二人きりで過ごそう。」
何だその瞳の輝きは。こんな悪魔と一日中二人きりなんて冗談じゃない。
慌てて飛び起きようとしたが、まだ体に力が入らない。そんな俺をスコールの腕が優しく、
しかしがっちりと押さえる。
「神様・・」
思わず呟くと、スコールが耳ざとくそれを聞きつけた。
「神頼みなら無駄だ。日曜は安息日だ。奴は安息日には仕事をしない。」

俺は絶望のため息をついた。神様さえも、俺を助けてくれないなんて。
それなら今日は、恋する悪魔の思うがままだ。

                                                     (END)

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