シ ン デ レ ラ (スコゼル風) |
昔、あるところにシンデレラと呼ばれる女の子がいました。本名はゼルといいました。 シンデレラはお母様が亡くなって以来、アーヴィンお父様と二人で暮らしていましたが、 お父様は基本的に女好きで、一人寝に耐えられないタイプでしたので、早々と再婚して しまいました。 新しくやってきたお母様は、逞しい大きな体に、凛々しく刈上げた短髪という、大変男気溢れる 容貌をしていました。名前をサイファーといいました。 サイファーお母様は「ねんしょうクラスでもあまやかさない」という大変厳しいポリシーをもった方でした。 今まで自由気ままにドタドタ家中を走り回ったり、Tボードで壁に穴を空けたりしていたシンデレラは、 たちまち目の仇にされてしまいました。 スピード違反だと頭を叩かれたり、Tボードを取り上げられたりは日常茶飯事でした。 シンデレラはその度に、「畜生、見てろよ」と思うのですが、何しろシンデレラは大変小柄な上に、 サイファーお母様は人並みはずれて大柄で、その上凶暴でしたので、逆にボコられたりして いました。 サイファーお母様には二人の連れ子がありました。 名前を雷神、風神といいました。雷神お姉様はサイファーお母様以上に大柄で厳つく、顎鬚まで うっすら生やした方でした。根はいいお姉さまなのですが、ちょっと忘れっぽく、シンデレラ が読みたいと思っていた本を借りっぱなしで返してくれなかったりします。 風神お姉さまは美しい方でしたが、何しろ喋る言葉が単漢字のみですので、意志の疎通を図る のに非常に苦労します。苦労してる割に疎通が図れていない気もします。 シンデレラは毎日アーヴィンお父様に「サイファーお母様に苛められた」と訴えるのですが、 日和見主義の上、優柔不断なお父様はサイファーお母様とぶつかるのが嫌で、いつも聞こえない ふりをするのです。A型気質の欠点丸出しです。 シンデレラは毎日ブーブー不満を言いつつ暮らしておりました。 さて、シンデレラの住む国には一人の王子様がおりました。名前をスコールといいます。 スコール王子は今まで誰も見たことが無いほど美しい王子様でした。 が、今まで誰も見たことが無いほど無愛想でもありました。 沢山の姫君達から熱いラブコールを受けても、全て断ってしまいます。 これほど顔が良くなかったら、今頃姫君達からいい気になるなと張り倒されてる事でしょう。 そんな王子様でも、やはり一国の後継ぎともなると一生独身という訳にもいきません。 が、一向その気になってくれない王子様に、家来達が一計を案じました。 各国の姫君、都の美しい娘達を一堂に集めて大舞踏会を開くのです。 その中には、きっと王子の気に入る女性がいるでしょう。いてくれなくては困ります。 家来達は、早速招待状を刷り始めました。 「家にも招待状が来たぜ。」 サイファーお母様が嬉しそうに言いました。サイファーお母様はロ〜マンチックな方でしたので、 お城の舞踏会に参加できるのが、とても嬉しかったのです。 大好きな白を基調にドレスを新調したり、興奮してハイペリオンを振り回したりと大騒ぎです。 シンデレラは雷神お姉さまに聞きました。 「なぁ、舞踏会って、ご馳走が沢山出るんだよな。」 「そうだもんよ。」 「パンも出るかなあ?」 シンデレラはパンが大好きなのです。 「勿論だもんよ。きっと山のようにでるもんよ。」 山のようなパン、と聞いてシンデレラはうっとりしてしまいました。 夢のような光景です。是非、自分もパーティに参加したいと思いました。 「なぁ、サイファー、俺も舞踏会に連れてってくれよ。」 シンデレラが頼むと、サイファーお母様は冷たく言い放ちました。 「駄目だ。てめぇなんか連れてくと、俺様の品位が疑われる。」 シンデレラは泣きそうになりました。大した品位でも無いくせに酷過ぎます。 そんな事を言わずに連れてってくれと頼みましたが、そんな懇願に耳を貸すようなサイファー お母様ではありません。筋金入りの苛めっ子です。 結局、シンデレラは舞踏会当日、一人ぼっちで留守番をする事になりました。 シンデレラは窓辺に頬杖を付きながら、大きな溜息を漏らしました。今頃お城では楽しい舞踏会 が始まっていることでしょう。山盛りのパンが見えるような気がしました。 雷神お姉様が、もしパンが余ったらタッパに詰めて持って帰ってやるもんよ、と言ってくれまし たが、そのタッパは昨日まで珍しい虫を入れていた容器でしたので、あまり嬉しくありませんで した。 サイファーお母様の意地悪さが身に沁みます。帰ってきたら隣のエルお姉ちゃん直伝の「靴に ジャム攻撃」をしてやろうか、と考えていると、突然眩い光が差し込みました。 「おハロ〜!」 能天気な声が聞こえたかと思うと、黒髪で青い服を着た魔女がゼルの隣に立っていました。 「どうしたのかな〜。暗い顔しちゃって。ほーら元気になーる、元気になーる。」 魔女はシンデレラの目の前で指をぐるぐる廻しました。本気なのか馬鹿にされてるのか判断に 迷うところです。 「そんな顔しちゃ、だ・め・だ・ぞ!」 どうやら天然のようです。しかし、性格は良さそうです。シンデレラはこの独特のテンションを 持った魔女に相談してみることにしました。 シンデレラはお城の舞踏会に行きたいのに、ドレスが無いのです。Tボードを没収されるたびに 新しく買うのでドレスを買うようなお金はありません。しかし、招待状にはドレス着用と明記 されてます。ドレスが無くては舞踏会に行けません。 魔女はそれを聞くと、ドンと胸を叩いていいました。 「よーし!このリノアさんに任せなさい!」 そしてまた指をぐるぐる廻し始めました。どうやらこれが魔女の呪文の掛け方のようです。 金色の光がキラキラと周囲を照らしました。 気が付くと、シンデレラは美しいドレスを纏って立っていました。 「かっわいい〜」 魔女は大変満足そうでした。そして傍らにあったカボチャとそれを齧っていたネズミにも、ちょいちょいと 指を動かしました。 「まっみむめもー!」 甲高い声がしたかとおもうと、そこには最新戦闘機のラグナロクと、外巻きにくるんと髪をカールさせた 可愛い御者が立っていました。たかが地元のお城に行くのに、なぜこんな戦闘機が必要なのでしょう。 これでは戦争にきたと思われないか、とシンデレラは不安になりました。 しかし、魔女と御者は全く気にしていないようでした。 御者がさっそく操縦席に乗り込みます。 「しゅっぱーつ!」 「待てー!俺を置いてどうするんだ!」 慌ててシンデレラは叫びました。どうやら御者は魔女に輪をかけてマイペースなようです。 魔女がにっこり笑っていいました。 「この魔法はね、多分夜中の12時くらいに解けちゃうと思うんだー。」 適当すぎます。「多分」の次に「くらい」です。この適当さが魔女の欠点です。 しかし、とにかくこれでお城に行けるようになりました。 シンデレラは魔女にありがとう、とお礼をいいました。魔女は嬉しそうに、これも履いていっていいよ、 とガラスの靴をくれました。こんな履き難い靴を、とシンデレラはちょっと迷惑でしたが、魔女の ニコニコ顔に押されて受け取ってしまいました。世の中には笑うだけで相手を自分のペースに 巻き込む女がいるのです。いい勉強になった、とシンデレラは思いました。 お城についたのは、もう夜もかなり更けた頃でした。 出発した時はまだ夕方だったのですが、方向音痴のくせに妙に決断力がある御者が、とんでもなく 道に迷いまくってくれたのです。こんな事なら、一人で歩いて行った方がまだ早かったでしょう。 突然城に出現した大型戦闘機にスクランブル警報が鳴り響く中、シンデレラは舞踏会場の大広間 に入っていきました。 舞踏会はとても盛大なものでした。美しい姫君や、娘達が沢山います。 勿論、シンデレラはまっすぐご馳走のテーブルに直進しました。 やっぱりパンはありました。山盛りのパンが何種類もバスケットに入って並んでいます。 来て良かった、とシンデレラは感涙に咽びました。 スコール王子は不機嫌でした。 元々賑やかな所が嫌いな王子は、この騒がしい舞踏会が嫌でたまりませんでした。 姫君達が踊って欲しそうに熱い視線をガンガン送ってくるのも疲れます。 柱に寄りかかって憮然と腕組みをしていると、ふと目の前のテーブルで誰かがパンを食べている のが眼に入りました。 思わず微笑が零れてきました。 ヒヨコのような金色の髪をした子が一生懸命パンを食べています。 あんまり一心に食べるので時々咳き込んだりしています。可愛いな、と思いました。 どこの姫だろう、と思いました。舞踏会に来て自分に秋波を送らずにパンを食べている姫は 初めてです。ちょっと興味が湧きました。 この姫がパンを食べ終わったら、踊りを申し込もうと思いました。 王子は姫の邪魔をしないように、そっとその場を外しました。 王子が様子を伺いに行くと、姫はまだパンを食べていました。 王子は仕方なくまたその場を去りました。 しばらく家来達と雑談して、また様子を伺いに行きました。 まだパンを食べています。 父君や母君と少し話しをして、また見に行きました。 まだパンを食べています。 イライラと足踏みをしながら、しばらくベランダで頭を冷やし、また見に行きました。 まだパンを食べています。 「いい加減に食うのを止めろ!」 王子は手にしたガンブレードの柄でシンデレラの頭を思い切り突きました。 王子とは思えない乱暴さですが、やけに手馴れています。 きっと前世でもこういう事があったのでしょう。 「んが・・・!?」 シンデレラは慌てて振り向きました。頭のてっぺんがズキズキと痛みます。 そこには怖いぐらい美しい男の人が立っていました。 物知りゼルを自負するシンデレラは、この人が王子様だとすぐ分りました。 しかし、何故王子様が自分の頭をどつくのかは分りません。しかもとても怒っている様子です。 もしかしてパンには「お一人様5個まで」とかの数量制限があったのでしょうか。 そうだとしたら、困った事です。罰せられるかもしれない、と思いました。 根がチキンなシンデレラは、とても怖くなりました。 「ご、ごめん。」 反射的に謝ってしまいました。涙を浮かべて王子を見上げます。 スコール王子はたちまち機嫌を直しました。 素直に謝ってくれただけでなく、何だか瞳が潤んでいます。ひょっとして、この姫は自分が好き なのでしょうか。それでこんな潤んだ瞳で見詰めてくるのでしょうか。 そう思うと、身体が溶け出してしまいそうに熱くなりました。 王子はにっこりと華麗な笑みを浮かべてシンデレラにダンスを申し込みました。 シンデレラは安堵しました。どうやらパンに数量制限は無かったようです。 しかし、それならもっとパンを食べたいと思いました。何しろ時間がないのです。 まだ12時には間がありますが、あの適当な魔女のことです。いつ呪文が切れてもおかしくあり ません。ダンスなんかしている時間は皆無です。 「悪りぃけど、俺・・・」 そう言いかけてシンデレラは周囲の視線に気がつきました。 皆憎悪の眼で自分を見ています。羨望と嫉妬がごちゃまぜの物凄い視線です。 この上ダンスを断ったりしたら、殺されるような気がしました。 仕方なく、シンデレラは「一曲だけなら」と頷きました。 王子は感銘を受けました。 今までそんな謙虚な事を言ってくれた姫君はいませんでした。皆もっともっととダンスをせがむ のです。益々姫の事を気に入りました。二人の気持ちは完全にすれ違っています。 寡黙なぶん行動が強引な王子は、ずるずるとシンデレラを広間中央に引っ張っていきました。 ねんしょうクラスを甘やかさないサイファーお母様の厳しい指導の賜物で、シンデレラはダンス を踊る事ができました。元々運動神経がいいので、中々上手です。 クルクルと広間中を滑るように踊りながら、シンデレラは「早く曲が終わらないかなあ」と考え ていました。頭の中はパンで一杯です。 スコール王子はうっとりと腕の中のシンデレラを眺めました。 見れば見るほど可愛い、と思いました。口元についているパン屑を、舌で舐め取ってあげたい と思いました。口元のパン屑だけでなく、他の場所も舐めたい、と思いました。 むしろそちらがメインの方がいいくらいです。 頭の中にどんな欲望が渦巻いていても、一切顔に出ないのがこの王子様の特徴です。 クールな美貌を崩さないまま、王子は踊り続けました。 一曲で手放す気など、毛頭ありませんでした。 12時にあと二十分、という時、シンデレラは綺麗にセットされた前髪がぴょこん、と立ち上がる のを感じました。シンデレラは慌てました。やっぱり魔女の魔法は適当だったのです。 シンデレラは王子の手を振り解こうとしました。実は曲が終わるたびに、そうしていたのですが、 王子ががっちりと手を掴んで離してくれなかったのです。 しかし、今回はそういう訳にはいきません。 こんなところでジーンズにジャケットなどというラフな格好に戻ってしまったのを、サイファー お母様に見つかったら最悪です。良くて雑魚ちらし、悪くて鬼斬りです。 シンデレラは迷うことなくドルフィブロウをスコール王子にかましました。 流石にこの攻撃には王子も掴んだ手を離しました。シンデレラは接近戦が得意なのです。 シンデレラは走りました。後ろから王子が追ってきます。シンデレラは必死で走りました。 捕まったら最後です。鬼のように怒るサイファーお母様の顔が眼に浮かびます。 あんまり慌てていたのでガラスの靴が片方脱げてしまいました。 だからこんな靴嫌だったんだよ、とむかつきながら、シンデレラはもう片方の靴を脱いで手に 持ちました。 靴を脱いだシンデレラは一層速度をアップさせました。シンデレラは特殊技の度に地球を一周 する脚力の持主です。あっと言う間に王子を突き放しました。 「セルフィー!行ってくれ!」 シンデレラは操縦席に駆け込んで叫びました。 「よーし、しゅっぱ〜つ!」 御者が元気良く拳を振り上げます。ラグナロクが轟音を立てて発進しました。 みるみる小さくなっていく戦闘機を王子は見上げました。もう、追いつく事は不可能でしょう。 ガラスの靴を抱きしめながら、王子はいつまでも夜空を見上げていました。 王子はもう一度あの姫に逢いたい、と思いました。 こんなに誰かに逢いたい、と思ったのは初めてでした。王子は舞踏会で自分と踊った女性は 名乗り出るようにお触れを出しました。 毎日、結果を聞きに行きました。しかし、返事はいつも同じでした。 誰も名乗り出ていません、と言う返事です。 王子は悲しくなりました。この結果から導き出される結論は一つです。 あの姫は自分に逢いたいと思っていないのです。 逢いたいと思ってるのは自分だけなのです。 思い込みの激しい性格の王子はすっかり塞ぎ込んでしまいました。 ガラスの靴を叩き割ってしまいたいような気がしました。しかし、そうしてしまっては姫と自分 を結ぶ唯一の証まで無くなってしまいます。 王子は切なく溜息をつきながら、透き通る靴を眺めました。 何度も言いますが、スコール王子は一国の王子です。幻の女をずっと求めていては後継ぎが出来 ません。王室の存亡に係わります。しかし、王子ならやりかねません。王子は昔、人をおんぶした まま、徒歩で大陸横断をしようとした男です。一端思い込むと常識は通用しないのです。 家来達は毎日頭を突き合わせて会議しました。 国始まって以来といわれる優秀な右大臣のキスティスがいいました。 「あんな妙な素材の靴は見た事が無いわ。きっとオーダーメイドに違いないわ。」 綺麗な指先を振りかざして皆を見渡します。 「あの靴にぴったり合う足の持主を探しましょう。」 こうして国を挙げての靴履き作戦が開始されました。都中の家を廻って娘に靴を履かせます。 ついにシンデレラの家にも、右大臣一行がやってきました。 雷神お姉さまは見るからに靴が合わなそうでしたので、履くのは却下されました。 風神お姉さまは、僅かにサイズが足りませんでした。 キスティス大臣は「もう他に娘はいない?」と尋ねました。サイファーお母様は「そういう人を 疑う態度がやる気を削ぐんだぜ」と嫌味を言いました。キスティス右大臣は何て嫌な奴だろうと お母様の事を思いました。何だか前世でもこうして嫌味を言われていた気がします。 そこにシンデレラがひょこりと顔を出しました。何か面白そうな事をやってるなと二階から 降りてきたのです。 「何してるんだ?」 そう言い掛けてシンデレラはぎょっとしました。何でガラスの靴があんな所にあるのでしょう。 二階に隠しておいたはずなのに。 「てめぇには関係ねえ。」 サイファーお母様は言いました。が、キスティス右大臣の眼はキラリと光りました。 「ちょっと、まだ娘がいたんじゃないの。」 「ああ?あいつは舞踏会にゃ行ってねえんだよ。残念だったな、大臣さんよ。」 いちいちムカツクお母様です。キスティス右大臣はムキになって言い返しました。 「都中の娘を試すよう決まったのよ!ちょっとあなた、こっちに来なさい!」 キスティス右大臣の目が険しく光っています。今にも眼からビームを出しそうです。 シンデレラはビビリながら右大臣の元に近寄りました。 ガラスの靴はシンデレラにぴったりでした。当り前です。シンデレラの靴なのですから。 シンデレラは誤魔化しの効かない固い靴を恨めしげに眺めました。 このままでは内緒で舞踏会に行った事がサイファーお母様にばれてしまいます。 この間お母様を怒らせた時、今度ふざけた真似をしやがったら懲罰室送りだ、と凄まれて いた事も思い出しました。 「えーと、こ、これは・・・」 何とか言い訳をひねり出そうとした時、雷神お姉さまが元気良く部屋に飛び込んできました。 「ゼル〜。この綺麗な入れ物で虫を飼ってもいいもんよ〜?」 手にはもう片方のガラスの靴が握られています。シンデレラは卒倒しそうになりました。 もう確定です。当分懲罰室暮らしです。 キスティス右大臣はホッと安堵しました。これで王室は安泰です。 王子の好みがこんな子供っぽい女性だった事は意外でしたが、まあ、人の好みはそれぞれです。 私と一緒にお城に行きましょう、王子が貴方を待ってます、と伝えました。 ところが、シンデレラは動こうとしません。 それどころか、青い瞳を一杯に広げてキスティス右大臣に言い返しました。 「嫌だ。行きたくねえ。」 シンデレラは王子の事を快く思っていなかったのです。 折角パンをお腹一杯食べようとしてたのに、王子は無理矢理自分を踊らせつづけたのです。 頼んでも、手を離そうともしてくれませんでした。 そんな王子が待ってると聞かされて、どうして城に行く気になるでしょう。 第一、自分はこの家が気に入っているのです。サイファーお母様は意地悪ですが、アーヴィン お父様は優しいし、雷神お姉様は親切です。風神お姉様は無愛想でしたが、料理が上手で、時々 シンデレラに美味しいケーキを焼いてくれたりするのです。 それにサイファーお母様だって心底悪い人間ではありません。時々思いついたように釣りに 誘って遊んでくれます。意外と一家は上手くいっていたのです。 キスティス右大臣は困ってしまいました。まさかシンデレラが断るとは思っていなかったのです。 しかし、ここで引き下がってしまっては王室は断絶です。 それに、王子が可哀想です。 王子はずっと待っているのです。ガラスの靴が毎晩溜息で白く曇るほど、待っているのです。 キスティス右大臣は大人しく言う事を聞いて、とムチを腰から取り出しました。 力技に訴えるつもりです。シンデレラは顔を引き攣らせて後退りしました。 自分が苛めるのは平気でも、他人にシンデレラが苛められるのは嫌いなサイファーお母様が、 額に青筋を立てながらハイペリオンを構え出しました。 一触即発です。 その時、キスティス右大臣に同行していたシュウ左大臣が口を開きました。 シュウ左大臣はキスティス右大臣より、もう少ししたたかでした。 「ゼル、城には美味しいパンが一杯あって、毎日食べ放題だよ。」 「・・・え?ホントか?」 「うん。それに廊下が広いから、Tボードが好きなだけできるしね。」 「マジ!?」 シンデレラは叫びました。瞳がキラキラと輝いています。 したたかなシュウ左大臣は、ガキは物で釣るのが一番だと瞬時に見て取ったのです。 簡単に釣られるシンデレラにサイファーお母様は呆れました。 てめぇのような馬鹿は二度と帰ってくんな、とドアからシンデレラを蹴り出しました。 こうなっては仕方ありません。少なくともサイファーお母様の怒りが収まるまでは帰れません。 シンデレラは暫くお城で暮らす事にしました。 スコール王子はそれはそれは喜びました。 ずっとここにいてくれ、とサファイアのような蒼い瞳を輝かせてシンデレラに頼みました。 シンデレラは「もう無理矢理ダンスを躍らせたりしないか?」と聞きました。 王子は勿論だ、と大きく頷きました。 シンデレラが一緒に暮らしてくれるなら、ダンスなんてまどろっこしい事をする必要は ありません。ベットが一つあればいいのです。 それで全てが、手に入るのです。 シンデレラはずっとお城で暮らしました。 本当は何度も家に帰ろうとしたのです。特に最初に王子の部屋に泊まった次の日などは、絶対に 帰ると泣きながら訴えたりしました。 けれど、シンデレラが帰ると言う度に、王子がとても悲しそうな顔をするのです。 萎れる花のように、悲しげに長い睫を伏せるのです。 人の良いシンデレラは、それを見るといつも帰れなくなってしまうのです。 一生懸命機嫌を取ってるうちに、いつのまにか日が暮れてしまうのです。 こうして、二人はいつまでも幸せに暮らしました。 |
おしまい |
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