So long (Zell Version 2) |
「その人多分、この道を歩いていったと思う。」 最後の目撃者が指差したのはバラム街道だった。それで正解だと俺も思った。残る目的地は バラムしかねえ。 だけど、不安だった。 その証言は随分前の話だったからだ。ひょっとしてもう、バラムから離れていたら。 そうしたら、探すのは格段に難しくなる。 でも仕方ねえ。ぐちゃぐちゃ考えてないで、行くしかねえ。 俺はペダルに力を込めた。 暗くなってきたので、視界がきかない。それで声を出す事にした。 スコールの名前を呼びながら走った。何度も繰り返し叫んだ。 いくら耳を澄ましても返事は聞こえなかった。それでも、俺は叫び続けた。 ・・こだ 最初、幻聴かと思った。それくらい、小さな声だった。 「スコール!?スコールか!?」 精一杯叫ぶと、今度はもっと大きな声が返ってきた。 「ゼル・・・!ここだ!」 返って来る返事が、どんどん大きく確かになってくる。 視界に人影が入った途端、俺はバイクを投げ捨てた。一直線に走って行く。 星の明りに照らされて、一人の男が立っている。 綺麗な、孤独な、寂しい男。 男がゆっくり両手を上げる。俺に向かって手を伸ばす。 「スコール!」 伸ばされた腕に、俺は全身を飛び込ませた。 スコールが俺を強く抱きしめる。 「スコール!心配したんだぞ!!スコール・・!」 広い背中をドンドンと叩いた。暖かい感触が嬉しかった。抱きしめる腕の強さが嬉しかった。 スコールは無言で俺を抱きしめていた。 俺は顔を上げた。蒼い瞳が静かに俺を見ている。ずっと見たかった、蒼い瞳。 「・・へへ」 思わず涙が出そうになって、慌てて眼を擦った。何だよ、こいつ大丈夫そうじゃん。 良かった。俺、あせり過ぎだったか? 急に恥かしくなって、俺はベラベラと喋り出した。 「門番のオヤジにお前が徒歩で出て行ったって聞いて、それでさあ・・・」 スコールが瞬きもせず俺を見る。久々に見ると、スコールの顔ってやっぱすげえ。 間近で見てもこんだけ綺麗って、凄過ぎねえか。同じ人間と思えねえよな。しかも男だぜ。 ヤバイ。顔が赤くなってきそうだ。照れ隠しに、スコールの首に手を廻した。 「あー、本当に、お前が動かないで待っててくれて良かったぜ。」 そう言いながら誤魔化し笑いをした。ぐしゃぐしゃとスコールの髪を掻き回した。 「・・・っ」 スコールが小さく喉を詰まらせた。そのまま意味不明な事を呟きながら、俺を強く抱き寄せる。 「・・・どうした?」 返事の代わりに、スコールが無言で肩に顔を埋める。白い喉が俺の肩に当たる。 その喉が震えてる事に、俺は気付いた。 泣いてる? スコールが、泣いてる? 「スコール、泣いてるのか・・・?」 おずおずと問いかける声に、スコールが一層強く俺を抱きしめる。 『スコールね、きっと疲れちゃったんだよ。平気な振りするの、もう疲れちゃったんだよ。』 思わず眼を瞑った。 そうだな。お前ずっと平気な振りしてたんだもんな。 ごめん。疲れたよな。怖かったよな。 俺が突然消えてしまって。生きてるのか死んでるのかも分らなくて。 お前、すごく怖かっただろう。 もう、泣いてもいいんだぞ。 俺はここにいるんだから。 お前の側に、いるんだから。 「・・・スコール、ごめん。お前心配しただろう。心配かけて、ごめんな。」 ぎゅっと頭を抱きしめた。スコールが子供のように喉を詰まらせる。 まるで、迷子の子供みたいだ。 ずっと待ってたんだ、と泣きながら親にしがみ付く、小さな子供みたいだ。 スコールがしがみついたまま、俺を離してくれない。離そうとすると、拗ねた子供のように 小さく首を振る。 「お前、何か今日は子供みたいだな。」 可笑しくなって、頭をポンポンと叩いた。すると、スコールが言い返してきた。 「・・・すぐ絶交なんて言う奴に言われたくない。絶交したまま、出て行ったくせに。」 え? 絶交・・・って何だっけ。俺、絶交なんか、してたっけ? そう言うと、スコールは呆れたように溜息をついた。その姿は、すっかりいつものスコールだ。 俺のそそっかしさに呆れる、冷静沈着なスコールだ。良かった、スコールは回復しつつある。 安堵すると同時に、一生懸命記憶の底を探った。何だっけ、絶交って。 ここで思い出せないと、また嫌味を言われるに決まってる。お前の絶交は所詮、挨拶程度だとか 何とか・・・。 「あっ、思い出した!お前が俺の事、鈍感だって言ったんだ!」 そうそう、思い出したぜ!アーヴィンにTボードを教えるから (最近ボードを始めたセルフィに いいとこを見せたいらしい)週末は駄目だって言ったら「俺にも教えろ」って、こいつが ごねたんだ。 「お前はもう上手いんだからいいだろ」って言ったら、いきなりそう言いやがったんだ。 何でそこで俺が鈍感な話になるんだ。Tボードと鈍感と、何の関係があるんだ。 それで大喧嘩になったんだ。そうだ、その後すぐ任務に出かけちまったんだ。 でも、それ二週間も前の話だぞ。まだ根に持ってたのか。俺なんかすっかり忘れてたのに。 でも、こいつは違ったんだ。 スコールは、そのまま戻らない俺に、愕然としたに違いない。 突然の別れが、また自分を捕らえようとしてる事に、呆然としたに違いない。 絶交だと言い放つ言葉が、最後に交わした会話だった事を、何度も繰り返し思い出したに違いない。 「ごめん。もうそんな事しねえ。」 スコールを抱きしめたまま謝った。軽はずみな発言を反省した。 神妙に頭を垂れる俺に、スコールが戸惑うような声をだした。 「・・なんでそんなに優しいんだ?」 「は?」 思わず顔を上げた。蒼い眼が不審気に俺を見詰めている。 「・・・だから、何で今日はそんなに優しいんだ?」 信じられねえ。 やるせなさで胸が一杯になった。 何で、俺が心配してたって思わないんだ。 お前が俺を心配してたように、俺だってお前を心配してたって、何で気付かないんだ。 怒鳴りたいのを必死に堪えた。馬鹿野郎。鈍感はお前だ。 「俺、お前が本気で心配してたって気付かないほど、鈍感じゃねえ。」 一気に言って唇を噛締めた。スコールを思い切り睨みつけた。 いきなり、スコールが俺を抱き寄せた。 うん、と答える声が微かに震えている。また泣いてるのかな、と思った。 だけど、それは口に出さなかった。 俺も、泣いていたから。 頬を撫ぜる夜風に我に返った。やばい。早くガーデンに帰らなきゃ。皆心配してるはずだ。 スコールにそう言うと、スコールは皆怒ってるだろう、と小さな声で尋ねてきた。 俺は溜息をついた。そんな訳ねえだろう。ホントに自覚の無い奴だ。 お前が追い詰められると突飛な行動に出るくらい、皆分ってるんだよ。 そんな事、承知の上で友達やってるんだよ。分ってないのはお前だけだ。 お前が手を伸ばせば、何時でも皆、その手をとろうとしてるんだよ。 ガーデンに戻ると、皆すごく喜んでくれた。俺はセルフィにニカッと笑って親指を立てて見せた。 セルフィもニッと笑って親指を立てた。お互いの眼が赤いことは、内緒だった。 部屋に戻ってからは最悪だった。 まず一番に、机の上に教官からの怒りのメッセージが置かれていた。明日の朝一番に教官室に出頭する よう下線付きで書かれている。SeeDランク降格は間違いねえ。 二番目はスコールだ。お互い疲れてるからもう寝ようと言ってるのに、この馬鹿は全然聞き入れずに 俺とセックスしようとした。 三番目は、そのスコールにまんまと流されてしまった事だ。泣いたり喘いだり散々嬲られた後、 俺は気絶するようにベットに倒れ込んだ。畜生。好き勝手しやがって。この我儘野郎。 朦朧としながら、スコールにそう毒づいた。すると奴は、ごめんな我儘で、と頬に軽いキスをしてきた。 くそう。開き直りやがって。 半ば眠りに落ちながら言い返すと、耳元でクスクスと笑う声がした。 小さな、幸せそうな笑い声だった。 最悪なのは次の日になっても終わらなかった。 予想通りSeeDランクは降格した。しかも2階級も。新品のグローブは当分お預けだ。 ガミガミしつこく教官に怒られた。やっと解放された時は、もう昼近かった。 うー、腹減った。 フラフラと歩く俺の視界にパンの袋がちらつく。ああ、俺相当腹減ってるんだな。 パンの幻覚まで見えるぜ。しかもすげえリアルだ。こんなに近くまで来ても消えねえよ。 ・・あれ? 本物だ。これ、本物のパンだ。何でパンが落ちてるんだ? 良く見るとこれ一つじゃねえ、点々とパンが廊下に落ちている。何だこりゃ。 眼をこらしてパンが結ぶ線の行方を見た。どうも俺の部屋に繋がっているらしい。 ・・・そう言えば俺、スコールにパンを買っといてくれって、頼んだよな。 ひょっとして、これ、そのパンか?なんか、撒き餌みてぇだな。俺は小鳥か。 落ちているパンを拾いつつ歩いた。 スコールって、時々冗談か本気か分んねえ事するよな。 「スコール、このパンさぁ・・」 ドアを半開きにしたまま、俺は固まってしまった。何だこのパンの山は。 ベットの上に巨大なパンの山が盛り上がってる。 「おかえり。」 スコールが満面の笑みで俺を迎え入れる。 「た、ただいま。・・・って、お前、このパン、どうしたんだ!?」 「凄いだろう。」 スコールが平然と言う。 「言われた通り、パンを買っといた。」 言われた通り・・・。 俺は絶句した。そりゃ、確かに頼んだが、限度ってもんがあるんじゃねえか? 「どうした?嬉しくないのか?」 スコールが眉を顰めた。がっかりしたように瞼を伏せる。 「い、いや!嬉しい!あんまり沢山で、ちょっとびっくりしただけだ!」 俺は慌てて言った。スコールの表情が明るくなる。 そ、そうだ。嬉しい。嬉しいことは嬉しい。こんな大量のパンを見たのは初めてだ。 「だけど、よくこんなに買ったな。これじゃ食堂のパンは殆ど残ってねえんじゃねえか?」 「ああ。全部買い占めた。」 「・・・・・。」 こいつ、ホント時々信じらんねえよ。 俺はまじまじとスコールの顔を見た。スコールが楽しそうに笑う。 ま、いいか。 俺はあっさりと割切る事にした。悪いけど、今日は皆にパンを諦めてもらおう。 スコールは楽しくて、俺は嬉しい。それでいいか、と思った。 「好きなのを選べ。」 パン屋と化したスコールが、偉そうに指図する。俺はいそいそとパンを掴んだ。 暫く一心不乱にパンを食べた。一段落して、俺はふと気付いた。 「あ、この金幾らだ?」 これだけ量があれば、結構な金額になるはずだ。困ったな。俺あんまり金ねえんだなよな。 特に今は降格されたばっかだし。 「別にいい。」 「え?だって、悪りぃよ、こんなに。」 俺はブンブンと両手を振った。そんな俺を見て、スコールがしれっと言い放った。 「体で返してもらえばいい。」 ・・・・は? 「パン一個につき、一回だ。」 長い指が一本、目の前で軽く振られる。 「なななな、何言ってんだよ。う、嘘だろ?」 「どうして。」 俺の動揺をものともせず、スコールが聞き返す。有無を言わせぬ迫力でにっこりと微笑む。 完全復活。 そんな言葉が頭に浮かんだ。 「まだ、沢山あるぞ。どんどん食え。」 スコールがパンをぐいぐいと押し付ける。そんな事言われてどんどん食えるか。 必死で押し返すと、蒼い目がキラリと光った。 「・・・じゃ、今から代金を払うか?」 「・・・・!!いや、食う!食わせて頂きます!!」 ああ、俺の馬鹿野郎。何で俺はこうなんだ。 食えば食うほど、この凶悪なパン屋に、どんどんツケが溜まるってのに。 「・・・お前何回やるつもりなんだよ・・。俺、体壊れるぞ。部屋から出れなくなったらどうするんだ。」 もそもそとパンを食いながら、半泣きで訴えた。頼む、冗談だと言ってくれ。 俺の言葉に、スコールが眼を輝かせる。 「いいな。このままどこにも行かずに、ずっとお前とやれるなんて、最高だ。」 くら 俺は眩暈を起こした。 こいつ、独占欲がパワーアップしてる。全然改善されてない。 俺の苦労は何だったんだ。少しは自立してくれたかと思ったのに。 スコールが嬉しくてたまらないように、俺の隣に座る。 さっきの部屋から出ない発言が相当気に入ったらしい。空袋を数えて、これだけあれば 随分できるな、と空恐ろしい事を楽しそうに呟く。 その姿を見て、俺は思った。 確かにスコールは置き去りにされるのに弱い。だけど、それだけじゃない。 きっと、この独占欲は元々だ。甘えたがりなのも、生まれつきだ。 そうじゃなきゃ、恥かしげもなくこんな事が言えるもんか。こんなにベタベタできるもんか。 ああ本当に、何てやっかいな奴だろう。 めちゃくちゃ強くて、頭が良くて、空前絶後の甘えたがり。俺を独占するためなら、どんな手段も厭わない。 これから先、俺の人生は一体どうなるんだ。ずっとこいつに振り回されて生きていくのか。 セルフィ達が羨ましい。俺も早く普通の友人に戻りたい。それならもうちょっと、俺の人生は平穏なはずだ。 待ちきれなくなったスコールが、俺の頬にキスをする。 俺は溜息をついて、パンに齧りついた。 とりあえず、このパンを食べ終えてからゆっくり考えよう。 どっちみち、俺の一日は決まってるんだ。 今日は一日、この甘えたがりに独占されるに決まってる。 二人でずっと、ここで過ごすに決まってる。 |
END |
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