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最低だ。何もかもが最低だ。
明かりもつけずにベットにうつ伏せになる。
僕が一番最低だ。
皆の、あの軽蔑した眼。ゼルの驚いた顔。サイファーの見下した視線。
雷神の口元から流れる血。
このまま消えてしまいたい。何が学園を動かす男になりたいだ。僕は学園一卑屈で卑怯な男だ。
ドアが開く音がした。
「突然逃げるから心配したもんよ。気分でも悪いのか?」
雷神か。少し声がくぐもってるのは口元が痛いからだろう。
「・・・・別に。平気。」
ちっとも平気じゃない弱々しい声で返事すると、大きなため息が耳元で聞こえた。
「もう、こんな事終わりにするもんよ。」
これまでに無い強い意志の響きがある。ハッと顔を起こした。
「そうか・・・お前まで僕を見限るってわけか。」
雷神が悲しそうな眼で僕を見た。
「傷ついてるニーダを見るのは辛いもんよ。・・・俺、ガーデンを辞める。」
「な・・・!どうしてだよ。」
「俺がいると、ニーダはどんどん傷ついてくだけだって分かったもんよ。サイファーにも迷惑かけ
られない。辞めるしかないもんよ。」
そう言うと雷神はくるりと後ろを向いた。
行ってしまう。僕の側にいてくれた男が。僕を庇ってくれた唯一の男が。
心臓に刺されたような痛みが走った。
「ま、待てよっ!なあ、待てってば!」
慌てて起き上がって後ろから腕を掴んだ。
「な、行くなよ。・・・そうだ、ほら、キス!キスしてないだろ?まだ!」
雷神が苦笑する。
「もう、いい。無理するな。」
「無理じゃない!なあ、キスしていいから!してやるから!なあ・・・っ」
夢中で取りすがって叫んだ。胸の痛みが益々激しくなっていく。
「行くな・・・!ぼ、僕の言う事聞くって言ったじゃないか。・・・嫌だ!」
唐突に熱い塊が喉にせりあがってきた。嫌だ。嫌だ。嫌だ。どうして行ってしまうんだ。
ボロリと眼から涙が零れ落ちた。そのまま堰を切ったように溢れていく。
「・・・ふえっ・・っふっ・・・っ」
いつの間にか僕は子供のように喉を詰まらせて泣いていた。
と、背中がとんとんと優しく叩かれた。
涙に濡れる顔で見上げると、雷神が困った顔をして僕の背中を叩いている。
行くな。
痛烈に思った。行くな。行かないでくれ。僕を一人にしないでくれ。
「ら・・いじん」
筋肉が盛り上がった胸を覆う上着をぎゅっと掴んで眼を閉じた。
お願いだ。唇でも拳でもいい。どうか僕に触れてくれ。このまま去っていかないでくれ。
しばらくの沈黙の後、頬が急に暖かくなった。乾いた固い皮膚の感触。
大きな両手が僕の顎を持ち上げる。
唇に濡れた暖かいものが触れた。
「・・・あ・・」
細い声が喉から漏れる。その途端、ぐっと胸の筋肉が固くなり、熱い舌が入ってきた。
僕の口は小さいので、雷神の厚くて大きな舌が入ると、口の中はそれで一杯になった。
むさぼるように舌が口腔をかき回す。僕は息も出来ずに喉を仰け反らせた。雷神の手が僕の頭を支える。
熱い舌と支える手のひらの熱で頭が痺れてきそうだ。
「・・・舌まで細くて柔らかい」
まるで困惑してるような声がした。いつもだったらそんな台詞、顔を真っ赤にして怒ってただろう。
でも今は雷神が舌を引き抜いてしまったことが心細い。
「・・・嫌なのか・・?」
また涙が浮かんでくる。もう僕にキスしないのか?僕とのキスは幻滅か?
「違う・・・!」
もどかしげな声で身体が引き寄せられる。言葉の代わりに、舌が嗚咽を吸い取っていく。
苦い血の味がした。血の味・・?
ああ、口の端が切れてたもんな。殴られて。僕の代わりに殴られて。
唇を引き離して顔を見た。やっぱり血が出てる。自分でも驚くほど自然に、その傷を舐めた。
「・・痛かった?」
子供のような問いかけに雷神がふっと顔を緩める。
「こんなの、慣れっこだもんよ。すぐ治る。」
「・・・僕なんか殴られれば良かったんだ。」
「その方がもっと辛いもんよ。ニーダが殴られるところなんか見たくない。」
事も無げに言う雷神にぐっと胸が詰まった。
「ごめん・・ごめん・・」
繰返す言葉が泣き声に変っていく。その口に慰めるような優しいキス。またキス。
キスするごとに腕の力が強くなる。キスが深くなっていく。
突然身体を引き離された。
「・・・・?」
「もう、止める。」
雷神が僕から顔を背けた。眼の前が真っ暗になる気がした。
「・・ど・して・・?」
「これ以上したら、その先がしたくなる。」
いつもの口調をかなぐり捨てて、雷神が僕の肩から手を外す。僕に大きな背中を見せる。
「嫌だ!行くな・・・!」
耐えられない。今ここでお前が去ってしまうなんて。
「かまわない・・!その先をしてもいい。なあ・・その先をしてもいいからっ・・!」
行くな、と泣きじゃくりながら言った。
「寂しいんだ。僕は、寂しくて・・死んでしまいそうだ。お前がいなくなったら死んでしまう。」
「ニーダ・・」
困った声で雷神が言う。
「ここにいてくれ・・・お願いだから・・」
僕は寂しい。寂しくてたまらない。やっと分かった。僕は本当はずっと寂しかった。
どんなに勉強が出来ても、SeeDになっても、誰も僕を求めない。
胸を焦がす冒険。笑い転げ合う秘密の悪戯。気安く叩く仲間の肩。全部僕には無縁のものだ。
それをあっさりと手に入れたゼル達が羨ましかった。ガーデン中から尊敬され、皆が声をかけたが
ってるスコールが妬ましかった。雷神、お前さえも妬ましかった。
「・・・本当に、いいのか・・・?」
低い掠れた声がした。嵐の前の、凪いだ海みたいに時間が止まる。
「いい。」
この寂しさが無くなるものなら。
逞しい腕が僕を攫うように抱きしめた。
ガーデンを動かす程の力はいらない。僕を求める力が欲しかった。
そう、こんな風に。
大きな手が僕の身体をまさぐる。手だけでは足りないと言うように唇まで体中に押し付けられる。
「・・・ん」
時々ぴりっと刺激が走る場所がある。そこに当たると身体が震える。舌が念入りにそこを這う。
「・・・や・・」
身体を押し返そうとしても、分厚い胸板はびくともしない。僕の弱い抵抗は、全て逞しい体に吸い
込まれていってしまう。それが逆に深い安堵をもたらす。
「あんまり舐めるとなあ・・・」
雷神が低く呟いた。
「ん?」
「あんまり細くて、甘くて・・想像してたよりずっと綺麗で・・何だかなあ、砂糖菓子みたいで・・」
溶けちゃったらどうしよう、と真顔で聞いてくる大男にこっちの顔が赤くなった。
「ばか」
何が砂糖菓子だ。砂糖菓子の温度を上げてどうするんだ。もっとキスして欲しいのに。
雷神が僕のものを掴んで優しくしごきだした。いままでと比べ物にならないくらい直接的な刺激に
身体の温度が急激に上がっていく。
「あ・・っ・・や・・!」
恥かしさと快感で頭が麻痺しそうだ。
「やだ・・・あっ・ん・・やっ」
身体が痙攣を始める。どうしよう、止められない。大きな手が滅茶苦茶な速度で僕を翻弄する。
「だめ・・・っ」
頭の中が白くなった。
「・・・は」
荒い呼吸を整えようと、肩を震わせていると急にまた竿が握られた。まだ敏感なそこが
びくりと脈打つ。
「あ・・!やだっ・・まだ駄目だってば・・・!雷神っ」
呼ぶ声が激しいキスで塞がれた。放ったもので濡れる腰に、雷神のすっかり固くなったものが
当たる。
ぬるぬると濡れた固い棒が下半身を這う不思議な感触に背中がぞくぞくと粟立った。
「・・・ふ・・あっ・・」
「そんな声出されたら、我慢できないもんよ。止めてくれ・・・」
と懇願するように雷神が言う。
「そんな・・・」
お前がそうさしてるんじゃないか、と恨みがましく見上げると、丁度雷神と眼が合った。
途端、雷神がぐっと息を呑む。苦しい波をやり過ごそうと、辛そうに厳つい肩を上下させた。
「もう・・!」
自棄になった、と言うような声を上げて僕を強く抱きしめる。僕は息も出来ない。
雷神の指が僕の中に入れられた。鋭い痛みが下半身に走る。
「・・・つっ」
無骨な指が思いがけない繊細さで僕の中に押し入っていく。だけど、やっぱり痛い。
それに怖い。異物感で全身の筋肉が緊張する。
雷神が丹念に僕の身体にキスをしていく。さっき掴んだポイントを逃さず優しくついばんでいく。
「・・・ふ」
身体の緊張がほぐれてくると同時に指の数が増えていく。僕は軽く眉を顰めた。
「痛いか?」
壊れ物を扱うように、雷神が敏感に反応して尋ねてきた。
「・・少し・・それに、やっぱり怖い・・。」
弱気な返事に瞳が物憂げに伏せられる。僕は急に雷神がハンサムなのに気が付いた。
浅黒い引き締まった頬に黒々とした大きな瞳、くっきりとした眉。一文字に引かれた、整った唇。
おかしな喋り方に注意がいって皆気付いていないけど、充分男前だ。
その男が僕にこんなに焦がれてる。ふいに心臓がドキドキしだした。
「止めるか・・・?」
「駄目・・!」
慌てて言った。駄目だ。止めるなんて。この腕が僕を放すなんて。考えただけで涙が出てくる。
「怖いけど・・・駄目だ」
早くも涙声だ。何でこんなに涙が出るんだろう。きっと雷神だって呆れてる。でも。
「お前が行っちゃうの、もっと怖い。僕のこと、もっと抱きしめてくれ。僕の不安を消してくれ。」
返事の代わりに雷神がぎゅっと僕を抱きしめた。
僕の中を探ってた指がずるりと引き抜かれた。開放感でふっと体から力が抜ける。
そこへめりめりと体を引き裂くように固いものが衝撃を伴って入ってきた。
「・・・・・・!!」
あまりの痛みに声が出なかった。呼吸さえ止まった。
「うっ」
雷神が呻き声を上げた。ずる、と僅かに大きな体が動く。
「・・・ひっ」
喉から勝手に悲鳴が上がる。涙がボロボロと零れだした。
「・・・痛い・・・っ」
一言言うのも精一杯だ。想像よりも数倍痛い。呼びかける声が遠くに聞こえる。
「ニーダ・・ニーダ・・ニーダ!」
ようやく眼を開けると雷神が僕をすっぽり包んで抱いていた。
「雷神・・・!」
泣きながら首に腕を回して、押し付けるようなキスをした。
「・・・っ駄目・・か?」
こらえながらの低音って、すごく男の色気がある。そんな呑気な感想が頭に浮かんだ。
腰から下は耐えがたい位の激痛に見舞われてるのに、体を一回りしても尚余る長い腕に
しっかり抱かれている胸が甘く脈打つ。相反する感情と感覚に脳が惑乱されていく。
「っ・・好きに動いていい・・・っ・・から・・」
吐息まじりに囁くと、腕と腰の両方に力が入った。僕の混乱は益々ひどくなっていく。
泣き叫びたいほどの痛みと、泣き出したいほどの安心感。
「・・・あっ・・ああっ・・?」
痛かったはずの腰がもうそんなに痛くない。いや、それどころか・・・。
急にまた怖くなってきた。いいのか。こんな感覚があって。こんな奇妙な・・・。
「・・・あっ・・やっ・・こんなの・や・・っ」
自分でも信じられないくらいの甘い声が出た。雷神の腰が一層早く打ち付けられる。
求めるように腕を伸ばした。すぐに強く抱きしめられる。涙が溢れてきた。
ずっとこうして抱いてて欲しい。いつでもキスをして欲しい。僕が寂しくないように。
お前、その夢を叶えてくれるか?
雷神がひときわ大きな呻き声を上げた。
「・・・・・あ!」
やってきた波の大きさに、僕は意識を手放した。
「あ、気が付いた」
雷神がホッとした声を上げた。僕はぼんやり周りを見渡した。
「・・・僕・・どうしたんだ?」
ああっと横で雷神が頭を掻き毟った。
「ごめん。ニーダがあんまり可愛くて途中から我慢が効かなくなったもんよ。気絶させるつもりな
んか無かったもんよ!」
気絶・・そうか、気絶しちゃったのか。
僕はおろおろと見つめる雷神にそっと手を伸ばした。
「雷神・・・キスして。」
雷神が一瞬息を飲んで、それからゆっくり顔を近づけてきた。優しい、鳥がついばむようなキス。
本当にいつでもキスしてくれる。僕はうっとりと眼を閉じた。
「・・・いままで色々ごめん。僕、色んな人に迷惑かけた。皆にも謝る。」
驚くほど素直に謝罪の言葉が出た。
「雷神、大変だっただろう?嫌な思い沢山させて、本当にごめん。」
雷神が不思議そうに僕を見た。
「嫌な思いって、何のことだ?」
え?
「だから・・ほら、気に入らない奴殴らせたり、パシリさせたり・・・」
ああ!と雷神が手を打った。そしてわはははは、と爆笑した。
「何だ、そんなことかあ。あー、そうかそうか。」
破顔しながら僕を見る。
「全然、気にしてないもんよ。いつもより生温かったくらいだもんよ。」
いつもより?
「いつもよりって・・・何だ?」
「ニーダが殴らせる奴は、皆悪さばっかりしてる奴だもんよ。そのうち締めるってサイファーが
言ってた奴ばっかだもんよ。」
ポンポンと僕の頭を優しく叩く。
「大体ニーダはニ、三発殴ったくらいで「もういい」なんて言い出すもんよ。サイファーなんか、
絶対半殺しまでやらせるもんよ。」
「半殺しって・・・何でサイファーは自分でやらないんだよ、それ、卑怯じゃないか。」
「卑怯じゃ無いもんよ。」
ぶんぶんと大きな手が振られた。
「サイファーが自分でやったら、ホントに殺してしまうもんよ。」
僕は愕然とした。
「で、でもパシリさせて意地悪言ったり・・」
「風神なんか、それに加えてローキックするもんよ。」
雷神がニコニコと僕を見た。
「ここ最近、本当にのんびり出来たもんよ。」
でも、と急に雷神が真顔になった。
「ニーダはどんどん悲しそうになっていった。俺が殴ってる間もちっとも楽しそうじゃなかった
もんよ。それを見てる方が辛ったもんよ。」
大事そうに僕の頬に触る。
「ニーダはあんまり優しすぎて、こうゆう事には向かないもんよ。こんなに細い体して・・・触っ
ただけで折れちゃいそうだもんよ。もう、無茶しちゃ駄目だ。」
雷神が、そおっと体を抱きしめて、嬉しそうに額にキスをした。
言葉も出なかった。僕のしたことって一体・・・。サイファーって一体・・・。
まじまじと雷神を見た。こいつって一体・・・。
雷神が照れたように、またわははははと大笑する。
「本当にニーダは可愛いもんよ。」
ぎゅうぎゅうだっこされながら、僕は一気に脱力した。いままでの疲れがどっと出てくる。
「あれ?ニーダ?どうした?」
呼びかける声を聞きながら、僕はずるずると深い眠りに入っていった。
次の日、食堂に入るとサイファーが風神とコーヒーを飲んでいた。
「何だ、雷神。ご機嫌だな。」
「あっサイファー!」
嬉しそうに雷神が言う。思わず雷神の指を掴んだ。
「ほう・・・?」
サイファーが眼を細める。ビクリと肩が震えた。でも、言わなきゃ。
「・・・あの、この間は・・す、済まなかった。」
「ふん」
興味なさそうにサイファーが鼻を鳴らす。僕は困って俯いた。
風神がそっと席を立った。
「珈琲、我奢。了解?」
「おおっ風神がコーヒーを奢るなんて!久しぶりだもんよ!」
雷神が小躍りして僕を見た。風神が鋭いローキックを雷神に放つ。何でキックするんだ。
僕は呆然と風神を見た。意味が分からない。
「おい、お前。」
サイファーが突然僕を呼んだ。僕はびくっと振り返った。
「雷神は馬鹿だぜ。」
頬杖をついて僕に言う。
「それもただの馬鹿じゃない。本気の馬鹿だ。」
サイファーがニヤリと片頬を上げた。
「これから大変だぜ。操縦士さん。」
僕はかあっと赤くなった。この意味深な笑い。まさか、見破られてる?それに僕が操縦士だって
知ってたのか。
「ニーダを苛めちゃ駄目だもんよ。」
雷神が慌てて僕をサイファーから隠す。僕は益々赤くなった。
そこに、何時の間にか戻ってきた風神がコーヒーを手渡してくれた。
「お前の可愛いお嬢さんを苛めたりしねえよ。」
思わずコーヒーを噴出した。激しく咳き込む僕に雷神がびっくりして背中を叩く。
サイファーが大笑いして僕を見た。
本当にこれから大変かもしれない。
ゼイゼイとむせながら僕は思った。
でも、いいや。
何だか今はちっとも寂しくない。
心配そうに僕の背中を優しく撫でる、この大きな手がある限り、僕はきっと寂しくない。
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