YOU LOSE!





「じゃあ、ゲームスタートだね。」
アーヴィンが眼を輝かせてにっこり笑う。
「お、おう。」
どもりながら俺が言う。もう、今更後には引けない。ゲームの始まりだ。

俺はこの間アーヴィンから告白された。俺のこと、あ、愛してるって言われた。
最初は冗談だと思った。だって、こいつの女好きときたら、既に伝説的だ。
アーヴィンを探そうと思ったら、女が固まってキャーキャー言ってるとこに行けばいい、
って誰かが言ってたくらいだ。稀代の女蕩らし。それが奴のイメージだ。
なのに、突然、何をとち狂ったんだか、いきなり俺を好きだと言い出した。毎日、何かしらに
つけて「愛してるよ」って言う。それも、すごく嬉しそうに。

でも、俺はとても信じられない。
第一、何で俺なんだ。男だって、例えばスコールみたいに嘘みたいに綺麗な奴なら、まだ分かる。
だけど、俺だぞ?チビで、粗忽で、顔だって十人並みだ。格闘技にはちっと自信があるけど、アー
ヴィンは別に格闘技ファンってわけじゃない。
多分、あまりに女と遊び過ぎて、頭がおかしくなっちまったか、俺をからかっているんだ。

厄介なのは、俺がアーヴィンを嫌いじゃないって事だ。
優しいし、頼りがいもある。確かに女好きだけど、女の方もふらふら付いて行くってのは、
やっぱり男としての魅力があるんだろう。
どんなに鍛えても、どこかガキっぽい体型の俺と違って、がっしりと筋肉のついた長身で、
甘いマスクもけっしてナヨナヨしていない。俺が「こうなりたい」って思う理想なんだよな。
友達としてなら、こんないい奴、いないと思う。
だから、あんまり「愛してる」って言われると悲しくなる。
俺はアーヴィンを大事な友達だと思ってるけど、奴にとっては、俺はただのからかいの対象
なんだって思い知らされる。
ちょっと付き合って、すぐ別れる女達と一緒なんだって思い知らされる。

今日もそうだ。
金髪の可愛い女の子が、あら、アーヴィン嬉しそうね、って言いながら寄ってきたら、たちまち
相好を崩して「君に会えたからだよ」なんて切り返す。(俺なら絶対言えない台詞だ)
知り合いか、って聞いたらうーん、前付き合ってたんだよね、えーと何時のことだっけ、と
ほざく。女の子も、やだ忘れたのお、と言いながらあっけらかんと笑ってる。
俺にはそんな真似できない。そんな軽い付き合い方、多分出来ない。

「お前の言ってること、信じられない。」
ついに俺は言った。振り向くアーヴィンの帽子のつばが、ハンサムな顔に陰を差す。
「・・・何で?」
「だって、お前、どこまで本気か全然わかんねえもん。俺のこと、好きだっていいながら女と嬉し
そうに話してるし・・・今度誘ってよ、なんて気軽に頼むし・・・。」
段々腹が立ってきた。そうだよ、何で俺がこんなに振り回されなきゃいけないんだ。
「あれえ、ひょっとして妬いてる?大丈夫だよ、僕の愛する人は君だけだから。」
「・・・っ。そーゆーこと言うから益々信用できないんだよ。馬鹿!」
「じゃあさ、どうしたら信用してくれるわけ?」
ふいにアーヴィンが真剣な顔をした。いつも温和そうに緩んでる口元が急に引き締まる。
そういう表情をすると、もともとガタイもいいし、急に威圧感が生まれる。俺はビクリと眼を
ひらいた。それを見て、アーヴィンがすばやく元の穏やかな微笑を浮かべる。
「嫌だなあ。ゼルって意外と疑り深いんだね。この純な僕のハートを・・・。」
よよよと大きな体を丸めて泣き崩れる真似をする。
俺はさっき不覚にもちらっと怯えてしまったのを悟られまいと、わざと大きな声を出した。
「なら、女と話さないって約束できるのかよ!出来ねえだろ?お前、女大好きだもんな!」
アーヴィンの眼がキラリと光った。
「・・・・・賭ける?」

「賭け・・・?」
「そう。賭け。僕は君がいいって言うまで女の子と話をしない。」
「・・・出来っこ、ねえよ。」
青い目が楽しそうに俺を見る。
「それなら君の方が有利じゃない?ね、やろうよ。」
「・・・何でそんなに熱心なんだ?」
「だって、賭けには賞品がつきものだからね。」
アーヴィンは楽しくてしょうがない、というように言った。
「賞品は、君のキス・・・なんてどう?」

ムッとした。こいつ、またからかってる。俺は結構真剣に悩んでるのに、こいつときたら、
楽しいゲームみたいに、俺の気持ちをあしらおうとしている。
もう沢山だ。俺は大きく息を吸い込んだ。
「いいぜ・・!期限は今日から3週間だ。もし、俺が勝ったら今後一切「愛してる」だの、
ふざけた事を言うのは無しだ!!」
アーヴィンがふっと俺から眼を逸らした。しばらくして、笑顔で振り返る。
「・・・いいよ。僕はゲームが大好きだ。きっと楽しいゲームになる。さあ、やろう。」
こうしてゲームが始まった。

三週間も、あんな女好きが我慢出来る訳ない、とたかをくくってた。
もう一度、普通に友人として付き合うことが出来ると思ってた。
第一、ガーデンの1/3は女だ。女子と話さないでいるなんて、俺だって不可能だ。
まさか、あんな荒業を使うと思わなかった。
次の日奴は首にぐるぐる包帯を巻いて食堂に登場してきた。
大きな手が喉を指さして、喋れない、のゼスチャーをする。
「アーヴィン、どうしたんだ?」
俺が呆気にとられて聞くと、ポケットからメモ帳を取り出して、何やらサラサラ書きこんでいる。
その文章を読んで絶句した。
『昨日、ボムのかけらを飲み込んだ。これで二週間は声が出ない。』
そんな馬鹿、いるか?
俺の方こそ声が出なくなりそうだった。

二週間が過ぎても、奴は包帯を取らなかった。
ホントに喉、治ってるのか?と聞いたら笑顔で頷いた。でも、声は出さない。
あんなにお喋りな男が、あの日以来一言も喋らない。最初は心配してた女達も、いつまでも
話そうとしないアーヴィンにしびれを切らせて、少しずつ離れていった。
呑気にコーヒーを飲んでいるアーヴィンの横で俺はため息をついた。
いくら、ゲームが好きったって、限度があるんじゃねーか?ここまでするか?ふつー。
見上げる俺に気付いて、アーヴィンがにっこりと笑ってメモを取り出す。
『あと一日だね。』
忘れてた。そうだ。期限はもう間近だったんだ。
急に青ざめた俺を、アーヴィンが少し見つめて、すっと帽子で深く顔を隠した。

次の日、アーヴィンは一日授業に出てこなかった。俺はいつ奴が現れるかとビクビクしてたんで、
何だか拍子抜けしてしまった。
ほおら、僕の勝ちだよ、なんて言いながら自信満々で現れるかと思ってたのに。
考えつつ夕飯を食べてると、ダチの一人が俺に近づいてきた。手に紙切れを持っている。
「キニアスがお前にこれ渡してくれって。」
俺は急いで紙を開いた。
『夕食が終わったら、僕の部屋に来て。 アーヴィン・キニアス』
心臓が破れそうな程激しく脈打った。

「・・・アーヴィン、俺。」
呼びかけると、すいっとドアが開いた。
部屋の中央にアーヴィンが立っていた。包帯はしていない。太い喉には何の痕跡も残って無い。
俺は安堵のため息をついた。
「どうしたの?」
低い声がした。久しぶりに聞く、甘い響きに半ば陶然として答えた。
「お前の声、久しぶりだ。喉、ちゃんと治って良かった。」
アーヴィンの眉がほんの少し、苦しげに顰められた。何かを振り切るように首を振る。
「・・・賭けは僕の勝ちだね。約束は覚えてる?」
来た。俺は思わず眼をつぶった。
「・・・・覚えてる。・・・・けど。」
「けど?」
「・・・けど・・・お前、ホントにするつもりか?」
「するよ。ゲームはルールを守ってこそ、成立するんだ。今更条件変更は無しだ。」
ゲーム。
また、ゲームか。
ふいに眼の奥が熱くなった。
「後悔してるの?」
何時の間にかコートの端が俺の足に触れ合うほどに近くなってる。
「・・・っ何で、キスしなきゃならないんだよ。」
何でゲームの賞品でキスしなきゃならないんだよ。
喉に熱い塊が登ってくる。
お前には楽しいゲームでも、俺には全然そうじゃなかった。
お前の喉が心配で。もうあの優しい声が出ないんじゃないかって心配で。
友達にして欲しくて。からかうだけじゃなくて、俺をちゃんと見てくれる友達になって欲しくて。
掃いて捨てる程いる、お前の恋の遊び相手になんかなりたくない。なりたくないんだ。
「・・・そんな顔しても、駄目だよ。」
アーヴィンの手が俺の顎をがっちり押さえる。
「・・・う」
喉から変な声が出る。
「気にしなくてもいいんだよ。これは、ただのゲームなんだから。君はゲームに負けただけだ。」
背中に腕が回される。
「これは僕の一方的なキスだ。単なるゲームの続きだよ。嫌なら、眼を閉じてて。ね?」
ゲームゲームって連発するな、この野郎。
お前がゲームって言うたびに、喉に熱い塊がせり上げるんだ。瞼の熱が上がってくるんだ。
「気になんて、しないで・・・」
なだめるように囁かれ、唇に熱い吐息がかかる。俺はぎゅっと眼を閉じた。

熱い舌が俺の唇に割ってはいる。熱い舌が生き物の様に口の中を蠢きまわる。大きな手が
俺の頭をしっかり支え、空いた片手が頬を優しく撫ぜる。
どうしてそんなに優しく撫ぜるんだ。ゲームなのに。ゲームだって言ってるくせに。
ついに、閉じた瞼から涙が零れ落ちてしまった。アーヴィンの舌がそっと引き抜かれる。
「泣かないで。君は普通だ。これは僕の一方的なキスだ。」
また、唇が押し付けられる。
「一方的なキスなんだ・・・」
離れてはくっつく熱い唇。俺の舌を巻き込む様に絡みつく熱い舌。指に残る微かな硝煙の匂い。
唇から離れ、頬に、瞼に落ちるキス。また唇にキス。
「っ・・・ふ」
喉の奥から湧き上がる嗚咽と流れ込むアーヴィンの唾液で息が詰まる。
「もう、愛してるなんて、言わない。だから、もっと・・」
熱に浮かされたようなアーヴィンの声がする。
「僕とゲームして。ずっと僕とゲームして・・・」
ああ、もう、駄目だ。
「・・・だ。」
「ゼル・・・?」
「嫌だ!!」
思い切り両手で突き飛ばしてドアを開ける。開くと同時に、弾丸のように部屋を飛び出した。
アーヴィンも追いかけてこなかった。

「ゼル、何をしてるんだ?」
頭上から涼しげな声がからした。見上げると、目の前にスコールが立っていた。
アーヴィンの部屋を飛び出した俺は、頭を冷やしたくて校庭のベンチでぼおっと座っていた。
「・・・お前こそ、何してるんだよ。」
俺は泣いてたのがバレてないかと、さりげなく眼のふちをこすって立ち上がった。
「ステージの電気が切れてるって聞いたから、確認しに来たんだ。」
「・・・そっか。ご苦労だな。」
「・・・お前は?何してたんだ?」
「いや・・・別に。」
口篭もる俺を見て、スコールが思い切ったように息を吐いた。
「もし、俺で良かったら、相談に乗るが・・・?」
俺は思わずスコールの顔を見た。学園一の無愛想男、スコールがこんなことを言うなんて。
でも、いい機会かも。この優秀な委員長なら、今の俺の問題に、いい解決方を出してくれる
かもしれない。
俺はベンチに座りなおした。スコールも横に座る。
「えーっと、その、何だ、つまり・・・お前、誰かと、ゲームしたことある?」
「カードゲームなら。」
「・・まあ、それでもいいや。例えばさ、AとBが勝負することになってさ。Aは元々その手の
ゲームが得意なんだ。Bはそうじゃない。」
スコールは黙って俺の話を聞いている。
「それで、Bは無理な条件を出した。Aには絶対無理と思うような。そしたらなんと、Aがその条
件をクリアして勝っちまったんだ。それで、もっとゲームを続けようって言うんだ。でも、Bは
この先、どんな条件を出したら勝てるか全然分かんないんだ。・・ええと、つまり・・」
俺は困ってスコールの顔を見た。我ながら、何てわけのわかんねえ話しっぷりだ。
言葉をぼかして喋るのって、何てまどろっこしいんだろう。
こんなんじゃ、俺の気持ちの半分、いや十分の一も伝わらない。
ふと思った。アーヴィンの言葉はいつもこんな感じだ。あいつもこんな気持ちなのか?
勿論、俺より断然上手い言葉を使うけど、やっぱり心の中には色々一杯溜まってて、
周りの人間にはその十分の一位しか伝わって無いのか?伝えてないのか?

スコールがため息をついた。うう、すまん。こんな支離滅裂な話聞かせて。後悔してんだろうな。
「条件の内容は関係無い。そのゲームは常にBの負けだ。」
「え?!何で?!」
「条件を出すというのは、常に譲歩の第一歩だ。相手が真剣なら、必ずいつかクリアされる。」
「すげー無理な条件でも?」
「そうだ。第一、Bはその戦略が不得手だ。」
「えっ?なんで分かるんだ?」
「Bはお前だろう?ゼル。」
スコールが真っ直ぐ俺を見た。

「・・・うん。」
切れ者の委員長の言葉が続く。
「相手に無理難題を押し付けて、自分が優位に立つ方法は、お前には不向きだと思う。」
青灰色の瞳が俺の視線をしっかり捉える。
「お前がもし、本気で勝負に臨むなら、慣れない戦法は採るべきじゃない。最も得意な戦法で、
全力を尽くして戦うべきだと思う。」

俺の最も得意な戦法。それは一体なんだろう。
決まってる。
相手と直接ぶつかることだ。相手の技を自分で受けて、その痛みで相手の技量を測ることだ。
直接視線を絡ませて、相手の事実だけを見ることだ。
事実。俺にとっての事実。

アーヴィンが本当にやったこと。
女の子と話すなって、俺の言葉を真に受けて、律儀にそれを守りぬいた。
無理な条件に、喉を焼いてまで守り抜いた。
キスは自分のせいだって、ずっと俺をかばってた。
俺が嫌がってると知ったら、「愛してる」の言葉さえ、もう言わないって言っていた。
ゲームだの、賭けだの、ふざけた言葉の裏側で、やってることは不器用なほど誠実だ。

「・・・ゼル?」
スコールが心配そうに俺を見た。艶やかな髪がさらりと俺の前で揺れる。
ありがとう。
俺の滅茶苦茶な話をちゃんと聞いてくれて。俺が詳しく話したがらないのを察して、
一つも質問しないで精一杯の助言をしてくれて。
「お前って、ホントにいい奴。俺、お前と友達で良かった。元気が出た。ありがとな。」
ニッと笑ってそう言うと、スコールはびっくりしたように眼を開いた。
少し顔を赤らめてクスリと笑う。
「本当に、お前の戦法は無敵だと思う。頑張れ。」
おう。頑張るぜ。

俺はアーヴィンの部屋に向かった。
自然に足が早くなる。早く奴の顔が見たい。早く奴と話したい。
久しぶりに体に力が漲って来る。この感覚は覚えがある。
最高のバトルが眼前に控えてる感覚だ。お前がゲーム好きなら、俺はバトルが大好きだ。

ドアを自分の手で開けた。
アーヴィンが驚いて俺を見る。まさか、俺が戻ってくるとは夢にも思っていなかったんだろう。
「・・・・どうしたの?」
少し警戒してる声。優しく、甘く、不安げな声。

アーヴィン・キニアス。お前の勝ちで、お前の負けだ。
俺はゲームはもうしない。俺の本気で勝負する。
いまから本気の、スタートだ。




                                                           
END

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