YOU WIN!





「・・・それで、一体僕にどうしろって?」
俺の目の前で長身の男が腕組して見下ろしている。
「だから!アーヴィン、その・・お前、もうちっと相手選べよって・・・」
「何で、そんな事言われなきゃならないのかな。ゼルには全然関係無い事じゃない?」
「・・・関係あるよ。だってお前が今付き合ってる女、俺のダチの彼女なんだから。」

俺は本当はこんな役引き受けたくなかった。
なのに、ダチ共にやいやい言われて結局やらざるを得なくなっちまったんだ。
この頃、アーヴインはおかしいって評判だ。前から女好きだったけど、最近はそれに拍車がかか
って、殆どビョーキだって話だ。
とにかく、手当たり次第、って表現がピッタリくるらしい。彼氏がいようがいまいがお構い無し。
噂じゃ夫がいたって構わないらしい。
でも、それは別に俺には関係無い。
俺はもっと他の事で奴について悩んでいる。
「友達思いのゼル・ディン。言いたい事は分かったから帰ってくれない?僕、疲れてるし。」
横を向いて自慢の長髪を猫みたいに撫ぜながらアーヴィンが言う。
ほら、また、これだ。
俺は思わずため息をついた。絶対俺と視線を合わせようとしない。
「お前、何で・・・」
言いかけた言葉を途中で飲み込む。アーヴィンが、これで話は終わりとばかりに後ろを向いて
しまったから。俺は泣きたいような気持ちで広い背中を見つめた。

お前、何で俺の事嫌いなんだ?

はっきりそう聞けたら、何か変わるかもしれなかったのに。

確かに最初は俺も奴が嫌いだった。軽薄で、いかにも女にもてますって面をして、俺よりずっと
背が高い。その面で歯が浮くような口説き文句をべらべら喋るのを見て虫唾が走った。
でも、一緒に行動するうち、本当は仲間思いで頼りになる、心の温かい奴だってわかってきた。
だから、例の魔女討伐が終わってからもこのガーデンに残るって聞いた時は嬉しかった。
ガーデン中引きづりまわして色んなとこ案内した。つるんで遊ぼうと思ってた。
だけど、ある日俺は突然気付いた。
アーヴィンが俺を嫌っていることに。
アーヴィンが俺と眼を合わせなくなってることに。

お前奴と仲いいんだろ、と言って来た悪友どもにはっきり言えば良かった。
もう、仲良く無いって。
でも、どうしてもその一言が言えなくて、言いたくなくて、引き受けちまった。
それで、やっぱりこの有様だ。
俺は所在無くもじもじと上着の端を引っ張った。
「お前さぁ・・・恨まれてるぞ。女取られた奴らに。」
振り向かないアーヴィンの背中に言葉が空しく滑っていく。
「中にはたち悪い奴だっているし・・。俺、心配なんだよ。お前、いつか殴られっぞ。」
アーヴィンの動きが止まる。
「その、たちの悪い奴らと友達なんだ?そんな奴らのためにわざわざ僕の部屋まで来るなんて、
君も大変だね。ホント、感心しちゃうよ。」
やっと返ってきた言葉がこれかよ。
俺は本当に涙が出そうになった。アーヴィンの変化は眼を合わせなくなった事だけじゃない。
俺に対してだけ、言葉に棘がある。
女はともかく、男、例えばスコールやニーダに対しては絶対こんな意地悪な言い方はしない。
スコールなんか、時々こいつの名前を忘れて直ぐ出てこない時すらあるのに、ひどいなぁ、なん
てのんびり言うだけで、後はニコニコ笑ってる。
でも、俺にはすごく意地悪で、皮肉な言い方をする。
何でだよ。俺、何かお前の気に障る事したのか?
心の中がやるせなさで一杯になっていく。

「そういう言い方するなよ。お前が恨まれるのは女を取るからだけじゃない。その女を直ぐ捨て
ちまうからだ。お前が、そいつらをたち悪くさせてるんだ。」
アーヴィンがくるりと振り返って髪を掻き揚げた。
「男と女のことをゼルに教えてもらうとは思わなかったな。心配しなくても、僕は君よりも其の
手の事には詳しいつもりだ。奥手の君に説教される筋合いは無いよ。」
「・・・・・。」
もう帰ろう。これ以上いると、どうしてなんだと飛び掛って泣きながら殴ってしまいそうだ。
俺は大きく息をついた。
「じゃあ、俺もう・・・」
その時、アーヴィンの背後の窓に、何かが降って来た。俺は思わず眼をやった。

ゾンビが窓に張り付いていた。

「うああああああああああああああ―――――――――っ!!!!」

頭の中が真っ白になる。夢中で目の前のアーヴィンに飛びついた。
駄目。俺は本当に駄目なんだ。あの手のものが駄目なんだ。
どんな下らない怪談だって怖くて聞いてられない。ホラー映画なんて絶対観ない。
うっかり恐怖体験なんて聞こうものならその日は一晩中寝られない。
「なっ・・・!!ゼル?!」
アーヴィンが動揺して俺を引き剥がそうとする。その腕を振り払って俺は更に強くしがみ付いた。
「そそそそ、外っ!!そと―――――っ!」
「外?」
アーヴィンが俺を抱いたまま振り返る。
「・・・ああ、何だ。」
何だ?!何だって何だ!?何でお前そんなに落ち着いていられるんだ?!お前ゾンビ怖くないの
か!?ゾンビ知らないのか、お前?!
「ゼル、大丈夫だよ、ほら。」
こいつ―――――!何で見せようとするんだあ!!
ぎゅうっと眼をつぶってアーヴィンの胸に顔を埋める。どんなに離そうとしても駄目だ。
絶対、離れない。
恐怖で眼から涙が勝手に零れる。ブルブルと震えが止まらない。俺は馬鹿みたいにアーヴィンの
名前を泣きじゃくりながら呼びつづけた。まるで、俺にはアーヴィンしかいないみたいに。
アーヴィンさえいればいいみたいに。
ふと、背中が温かくなった。甘いテノールが上から降ってくる。
「・・・ね、大丈夫だから、泣かないで。」
優しい響きにまたどっと涙が出てきた。

「大丈夫、怖くないよ。僕がいるから。」
アーヴィンの長い腕が俺の体をすっぽり包む。大きな手が俺の髪を、首筋を優しく撫でる。
「アーヴィン、アーヴィン・・アーヴィン・・!」
俺の口からは、その言葉しか出てこない。俺が名前を呼ぶたびに腕の力が強くなる。
「泣かないで。僕がここにいるから。ずっとこうして抱いてるから。」
震える額に濡れた暖かい感触がした。何度も何度も、それが繰返される。
「泣かないで・・・。」
何だかうっとりしてるような口調で奴が囁く。長い指が睫の涙をそっとぬぐう。
「・・・・・ね?」
睫にも柔らかくて熱いものが降って来る。
ああ、これはアーヴィンの唇だ。優しい、熱い、アーヴィンの唇だ。
あまりの気持ちよさに、誘い込まれるように眼をつぶったまま顔をあげた。
少しはだけたシャツの胸から、男っぽい甘いコロンの香りがする。
重い銃器を扱う大きな手が、俺の後髪をぎゅっと掴んで上向かせた。
太い親指が、ぐっと顎を押さえる。
「・・・いいの?」
薄い皮一枚下に沸騰する熱を潜めたような、押し殺した掠れ声が聞こえた。
俺はパッチリと眼を開けた。
「いいって、何が?」

アーヴィンの体から急に力が抜けたのが分かった。
俺の肩にがっくりと顔を落とす。そのまましばらく動かない。
「アーヴィン・・・?」
戸惑いながら声をかけると、耳元で大きなため息が聞こえた。
何だろう。何でこんな、失望したようなため息をつくんだろう。
「どうしたんだ・・・?」
答えの代わりにアーヴィンが俺の両肩を掴んで体を引き離した。
「もう、落ち着いただろう?ほら、ちゃんと自分で立って。」
ああ、そうか。
俺が、嫌ってる俺がしがみついてきたりして、迷惑だったのか。
優しく慰めてくれたのは、早く離れて欲しかったからなのか。
鼻の奥がつんと熱くなる。引いていた涙がもう一度流れてきそうになった。
苦しげに顔を歪める俺を見てアーヴィンが慌てた声で窓の外を指差した。
「ゼル、よく見て。あのゾンビは人形だ。」

・・・・人形?

「・・・人形って・・・何でゾンビの人形が・・窓に・・・?」
アーヴィンが肩をすくめて両手を上げた。
「だから、よく見ろって言ってるんだ。」

俺は恐々窓の外を見た。
テンガロンハットを被ったゾンビがロープで首をくくられて釣り下がっている。
ゆらゆらと左右に揺れている体に白い紙が貼ってあった。何か文字が書いてある。
『死ね!!横取り男!』
『僕はホントは早漏なんでーす』
俺は呆然とアーヴィンを見上げた。
「・・・何だ、あれ。」
「君の親愛なる友人達から、僕へのプレゼントじゃない?」
アーヴィンが自分の爪をしげしげとチェックしながら投げやりに言う。
「君も素敵な友人を持ってるね。ま、早漏ってのは間違いだって言っといて。」
後半の言葉はもう耳に入らなかった。
アーヴィンを突き飛ばし、硝子が割れんばかりの勢いでガッと窓を開けた。
「てめーら―――――!!!一体何のつも・・・!!」
頭に冷たい衝撃が走った。
思わずつぶった瞼の上を、大量の水が流れていく。
「ざまーみろー!」
頭上から下卑た嘲笑が沸き起こった。猿みたいに興奮してぎゃあぎゃあ騒いでる。
「・・・・あ、あ、あいつら・・・!!」
拳が怒りでブルブル震える。
俺に、水かけやがったなっっ!!
「おまえら――――っ!!そこ、動くな―――――!!全員纏めてヘッドショックだっ!!!」
上を向いて怒鳴ると、うわあ、ゼル!?と狼狽した声が聞こえた。
「おう!俺だ!てめえら皆半殺しにしてやる!!待ってろよ!!」
憤怒に燃えて体を部屋に返すと、アーヴィンがすっと俺から眼を逸らした。
その瞬間、俺の中で何かがプチッと切れた。

「いい加減にしろ!この野郎!!」
俺より数段高い位置にある襟首を掴み上げ、体を床に叩きつける。その上に馬乗りになった。
「いいか!!今日こそ聞き出してやる!!」
額に張り付いた金髪を伝って、顔に水が滴り落ちる。俺は邪魔な髪を乱暴に掻きあげた。
アーヴィンは何故か魅入られたようにその動きをじっと見ている。
「お前、一体・・・!」
怒りで上手く言葉が出てこない。
アーヴィンがふいに顔を肘で覆った。
「僕は、接近戦は苦手なんだ。」
「はあ!?」
「そして、君は接近戦の達人だ。さっき、それを思い知らされた。」
「?今、だろ?」
「さっきだ。」
アーヴィンが断言する。
「どうして、僕をリングに上げようとするんだ。」
まるで恨んでるような口調で言う。
「リングに上がりたくない一心で、僕がどんなに必死で逃げ回ってたか、君には分からないんだ。」
覆った肘の下から喋り続ける。
「僕は勝ち目の無いバトルはしたくない。この戦いは酷すぎる。敵があんまり強すぎて、その上
僕は敵を傷つけたくないんだ。」
心臓にズキリと痛みが走った。敵って、もしかして。
「・・・・ひょっとして、敵って、俺の事か・・?」
アーヴィンが、珍しく鋭いね、と言って口をつぐんだ。
「俺が、乱暴者だから嫌なのか?お前を殴ると思ってるのか?俺、そんな事しないよ。なぁ。」
泣きそうな声で固くガードされた肘を揺すると、唇から大きな吐息が漏れた。
「・・・ほらね、もう、リングに一歩上がっただけでKO負けだ。」

「アーヴィン・・・?」
「黙って。」
アーヴィンが唇に人差し指を当てて、静かに、のポーズを作った。
「・・・・?」
「覚悟を決めてるんだ。」
「覚悟?」
「僕は本当に接近戦が苦手だ。だけど、やらなきゃならない。やらずにいられない。
絶望的に不利な状況でも、後でボロボロに傷ついても、もう、後には引けない。」

言ってる事がさっぱり分からない。何で俺とお前がバトルしなきゃならないんだ?
困惑しきってる俺を腰の上に乗せたまま、アーヴィンがゆっくり半身を起こした。
片手で俺の顎をそっと持ち上げる。
「君には、わからないだろう。誰かの些細な行動で天に上るほど嬉しかったり、それが後で返って
辛くなってしまったり、自己嫌悪したり、そんな気持ちになった事無いだろう?」
「あるさ。」
俺はあっさりと言った。
「さっき、お前はすごく優しかった。俺、すごく嬉しかった。」
アーヴィンの瞳が大きく開いた。ドサリと後ろに倒れ込んで顔を覆う。
「君は、接近戦の天才だ・・・!!」

「さっきから一人で何言ってんだよ。意味分かんねえよ。」
ふて腐れて俺が言う。何なんだ一体。今日のこいつは謎だらけだ。
「・・そうか。そうだね。じゃあ、君に分かるように言おう。」
アーヴィンが体を起こして大きく深呼吸をした。

「僕は、君を愛してる。」

アイシテル?

誰が、誰を?

僕は君を、って言ってたよな。「僕」がアーヴィンだろ?そいで「君」は俺?

アーヴィンが、俺を?
アーヴィンが俺を、愛してる?

「ええええええええ―――――――――っ!!!!」
天地がひっくり返ってしまいそうだ。いや、実際ひっくり返った。
「おっと」
長くて逞しい腕が後ろに倒れ込みかけた俺をがっちり掴む。
「おまっ、お前っっ!えっ?!ええっ?!愛っ?!なななななっ?!」
人間あまりに驚くと単語しか出てこないんだな。頭の中は、びっくりマークで一杯だ。
「ああ、ついに言っちゃった。」
アーヴィンが満足そうに息を吐いた。
「いや、違うな。ずっと君に言いたかった。愛してるって。君を愛してるって。」
うっとりと俺の手を握って指にキスをする。
「君も僕を愛してくれない?」
「おっおっお前っ、俺男だぞ?!分かってんのか?!」
「そこが、問題なんだよね。」
軽くため息をついて眉間に皺を寄せる。
「そうじゃなかったら、とっくに僕の物にしてたんだ。・・・だけど、もう僕は吹っ切れた。」
ハンサムな甘い顔がにっこり笑う。
「一緒に壁を乗り越えよう。」

俺は呆然とアーヴィンの顔を見た。アーヴィンも俺の顔をじっと見る。
さっきまで、眼も合わせようとしなかったくせに、この熱っぽい視線はどうだ。
俺の手を掴んで放さない、この手のひらの熱さはどうだ。
熱が俺の体にまで、いや、心にまで伝染していってしまいそうだ。
「君が僕を受け入れてくれるなら、何でもする。」
甘く低い声が囁く。
「君の願いは何でも聞く。もう、女の子を泣かせないし、その彼氏も泣かせない。」
それからふと、軽く首をかしげた。
「そう言えば、ゼル、さっき僕に何を聞きたかったの?」

俺は絶句した。愛してるって連発してる相手に向かって、お前は俺を嫌いなのか、なんて
間抜けな質問をする馬鹿がいるだろうか。
「何でもない・・・。もう、何でもなくなった。」
アーヴィンが不思議そうに俺を見る。
深い、優しい青い瞳。流れるような栗色の髪。俺を支える逞しい腕。
この全てが俺を欲しているなんて。

俺は突如気が付いた。
俺が接近戦の天才なら、こいつは超級の狙撃手だ。
いったん狙いをつけたなら、絶対外すことは無い。
こいつが放つ弾丸は、俺の心臓を打ち抜くだろう。

勝負はきっと、お前の勝利で終わるだろう。




                                                           
END

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