心配性の憂鬱  (episode 3)





キスティスって心配性だね、とシュウは言う。
自分でもそうかな、とキスティスは思う。きっと、シュウに言ったら笑われちゃう。
スコールの事を、また心配してるなんて言ったら。

だって、何だか前に戻っちゃったみたいなんだもの。
キスティスが浮かない表情で唇を尖らせる。
誰も寄せ付けず、誰とも話そうとしなかったスコール。最近のスコールは、それにとても似ている。
イライラと首を振りながら考える。
ううん、ちょっと違う。以前と較べて、会話はちゃんと成立してる。そばに寄っても、嫌な顔をされたりはしない。
だけど・・・・。
「キスティ〜」
明るい声にハッと顔を上げる。
「なに?セルフィ」
ニコニコとあどけない笑顔でセルフィが聞く。
「ねぇ、スコールの欲しいもの、聞いた?」
「あ・・・ううん。これから。」
「大きなものでも大丈夫だよ〜!明日の買い物、荷物持ち要員確保したから〜。」
「アーヴィンのこと?」
クスクスと笑いながらキスティスが尋ねる。セルフィの事が大好きな優男。きっと張り切ってお供する事だろう。
でも、意外にもセルフィは首を振った。
「ううん。アーヴィンは任務でいないの。だから、ゼルを任命しました〜。」
「ゼル?」
うん、とセルフィが元気よく頷く。
「な〜んか、ごちゃごちゃ言ってたけど、うるさ〜い!ってパンチしちゃった。そんでOK。」
「まぁ・・・」
キスティスが瞬きをする。セルフィはえへん、と自慢そうに胸を張った。


「スコール、ちょっといい?」
執務室の扉から顔を覗かせて尋ねると、スコールは顔を上げて軽く頷いた。
「スコール、何か欲しい物はある?」
「・・・・?」
スコールが不審そうに蒼い眼を見開く。キスティスは慌てて言葉を続けた。
「あのね、ほら、あなたの誕生日のプレセントに。欲しくないものあげても、仕方ないでしょ?
だから、あなたの希望を聞こうって話になったの。」
て言うか、あなたの欲しい物の予想がつかないのよね。
キスティスが内心嘆息しながら思う。
あなた、何にも言わないから。何でも隠そうとするから。

ああそうだ、隠そうとしてるのだ、と今更ながら気づいた。
以前と違うのは、スコールが何か隠してるという事だ。隠して、そして必死で押さえ付けてる。その労苦に、
疲れ果てている。疲れ過ぎて、何もかもに投げやりになっている。何もかもを拒否してる。
そんな気がする。

スコールがにべも無く言い返す。
「いらない。別に何も欲しくない。」
書類に目を落としながら、ぶっきらぼうに続ける。
「そもそも、誕生パーティだってやる必要無い。俺は意味もない馬鹿騒ぎは嫌いだ。疲れる。」
思わず天を仰いだ。自分の誕生日を「意味がない」って、何なの。「疲れる」って、何なのよ。
「あのね、スコール・・・」
そう言いかけて口を噤んだ。スコールはもう話をする気がない。書類に眼を落としたまま、微動だに
しない長い睫から、それがひしひしと伝わってくる。
どうしてなの?自分の誕生日を祝ってもらう事すらおっくうなの?どうしてそんなに疲れているの?

セルフィも一緒に連れて来れば良かった、と後悔した。セルフィが今ここにいたら、それこそ
駄目だよ〜と笑いながらパンチの一つもスコールにくれて、明るく話を続ける事が出来ただろうに。
こんな風に、変に空気を読んで立ち往生してしまう自分の性格が恨めしくなってくる。

それでも、せめてバースディパーティの件くらいは了承させなくては。
無理に笑顔を作って、スコールの側に寄った。
「そんな事言わないで。皆楽しみにしてるんだから。セルフィも、アーヴィンも、ゼルも・・・」
突然、スコールが顔を上げた。蒼い瞳が驚きに大きく開いている。
「・・・?どうしたの?」
問い返すと、スコールが一息に尋ねてきた。
「ゼルも、そう言ったのか?俺の誕生パーティに来るって言ったのか?楽しみだって言ったのか?」
まるで、それが何より大事な事だと言わんばかりに、一心に自分を見詰める。
「え、ええ。」
勢いに押されてキスティスが思わず頷く。そして、実際はどうだったかしら、と一生懸命記憶の底を攫った。
ゼルはもう、当然来ると思ってたから、反応なんて気にもしなかった。23日はスコールの誕生日
だから予定を空けといてね、と何も考えずに押し付けた気がする。返事も聞かなかった気がする。
あの時、ゼルは何て言ってたかしら。何か、言ってたのかしら。

スコールが途端にそわそわしだした。一見落ち着いて見えるが、世話しなくウロウロと彷徨う視線は、
書類に集中してるようには、とても思えなかった。
「ええと、あの、だからパーティはやった方がいいと思うの・・・」
何となく呆気にとられながら、キスティスが話を続ける。
「そうだな。頼む。」
いきなり了承されて驚いた。あんなに迷惑そうだったのに、「頼む」ですって。
どうしちゃったのかしら。

ゼルと喧嘩でもしたのかしら、とキスティスが思う。
すごく仲が良かったのに。
魔女討伐の頃は、ゼルはそれこそ子犬のようにスコールに纏わりついてた。明るい瞳を輝かせて、
スコールに笑いかけてた。無愛想なスコールが根負けしたように、じょじょに笑顔を返し始めるのを、
微笑ましく思っていた。
今だって、ゼルはスコールの部屋に入り浸ってるって聞いてたのに。

そう考えていると、当の本人がひょっこり現れた。
「よぉ」
小さな声で、眼を伏せながらゼルが部屋に入ってきた。これ、この間の経費報告、とモソモソ口の中
で呟きながら、スコールに書類を渡す。そしてすぐ出て行こうとする。その背中に、スコールが
どことなく上ずった声で呼びかけた。
「ゼル、俺の誕生パーティに来るのか?」
ゼルがビクリと振り返る。落ち着きなく上着を引っ張りながら、言い訳めいた返事を返す。
「い、いや。こないだキスティスに誘われたけど・・・・でも、まだ行くとは返事してない・・」
スコールがちらりとキスティスを見上げる。
嘘つき。
その眼がそう言ってるようで、キスティスは赤くなった。
「でも、明日私達とスコールのプレゼント買いに行くってセルフィと約束したんでしょ?
なら当然、パーティも参加するわよね?そういう事よね?」
責めるように矢継ぎ早に質問すると、ゼルが困った顔でキスティスの方を向いた。
「うん・・まぁ・そ、そうなのかな・・」
薄い瞼を伏せながら、自信無さげに返事する。そんな資格は自分には無い、とでも言いたげに
細い首をうなだれたまま、顔を上げようとしない。
キスティスは唖然とその弱々しげな態度を眺めた。
ほんとに、どうしちゃったの。ゼルまで、こんな。

これは放っておけない、と思った。何だか分からないけど、早く仲直りさせなくちゃ。
少なくとも、スコールは仲直りしたがってる。その証拠に、今もゼルを食入るように見つめている。
パーティに行く、という一言を固唾を飲んで待っている。
ゼルだって、顔を上げればすぐ分かるのに。
何となく歯痒い気持ちになった。ちゃんと顔を上げれば、スコールが今どんな顔で自分を
見詰めているか分かるのに。

『な〜んか、ごちゃごちゃ言ってたけど、うるさ〜い!ってパンチしちゃった。』

セルフィの言葉を思い出した。セルフィ程の強さは無くても、私もそうした方がいいのかもしれない。
明るく、無邪気に振舞って二人の間に入った方がいいのかもしれない。
そう思って、一歩踏み出した。ゼルに近寄って、明るく笑いかけた。
「スコールったら、プレゼント、何も欲しくないなんて言うのよ。私、困っちゃった。」
大げさに首を振りながら、悪戯っぽく尋ねる。

「ねぇ、ゼル。スコールが欲しい物ってなんだと思う?」

ゼルがいよいよ困った顔でキスティスを見る。
「・・・わかんねぇよ。そんなの。」
「駄目よ。一緒に考えて。スコールの親友でしょ?」
親友、と言う言葉にゼルが顔を歪める。それにかまわず、言葉を続けた。
「それとも、スコールから聞き出してくれる?ゼルになら、教えてくれるかもしれないわ。ね?」
「・・・そんなん、無理・・」
何故か泣き出しそうな声でゼルが呟く。
「無理じゃないわ。私じゃ教えてくれないの。ねぇ、早く聞いてちょうだい。」
子供を励ますように肩を叩いて、今度はスコールに笑いかけた。
「スコールも、ちゃんと答えてよ。大事な友達の頼みを、断ったりしないでね。」

ゼルは自分の言葉を心の中で反芻しているようだった。薄い唇が、ともだち、と声を出さずに呟くのが
分かった。
「・・・そうだな。じゃ、聞いてみる。」
ゼルが突然思い切ったように顔を上げた。海のような青い瞳で、真正面からスコールを捉える。
ゆっくりと、緊張した声で尋ねる。

「スコール、お前、何が欲しいんだ?」

一瞬、キスティスはスコールの瞳にひどく苦しげな光が浮かんだように思った。
でもそれは錯覚だったかもしれない。何故ならその光はすぐ、面白がってるような薄笑いに掻き消されて
しまったから。
スコールが、出来の悪いコメディのように、大げさに両腕を差し伸べて言う。
「お前の愛。」
さっと蒼ざめるゼルに、冗談だ、とおどけて手の平を振る。
「別に何でもいい。お前が俺にくれるものなら、何でもいい。」
また大げさに腕を組んで、考えるふりをする。
「・・・そうだな。それで「おめでとう」ってキスの一つもしてくれればいいな。」
ひょいと肩を竦めて笑う。
「金が無いなら、キスだけでもいいぞ。どうだ、安上がりだろう?」

「・・・やめろよ。そういうの。俺、真面目に聞いてるんだぞ。」
ゼルがふいと顔を背けた。それを見て、スコールが一層面白そうに笑う。
「だから、何でもいいって言ってるだろう。あと、キスが欲しいって。」
「ふざけんな!!ちゃんと言えよ!」
「そうしてくれれば、本望だ。」
「スコール!」
「好きだって言ってくれれば、尚いいな。」
「スコール!!」
「その場で死んでもいい。」
「・・・っスコール!!」
ゼルの声に絶望が混じりだす。
「おまえ、どうして・・・どうして、いつも・・そんなに、おれが・・」

「ちょ、ちょっと、貴方達・・」
呆然と成り行きを見ていたキスティスが、慌てて間に入る。
何なの、この会話。何なの、この深刻さは。
俯いて拳を震わせるゼルの顔を覗き込んだ。ぎゅっと唇をかみ締めて、蒼ざめている。小さな子供
みたいに、必死で涙を堪えてる。
可哀想で堪らなくなった。
「スコール、貴方どうしちゃったの?」
途方にくれて、スコールを振り返る。この顔を見れば、ゼルが本気で訴えてるって分かりそうな
ものなのに。からかっていいような顔じゃないって分かりそうなものなのに。
それなのに、あんな執拗にからかって。全然とりあってあげなくて。

大体、キスだ愛だとスコールが人をからかうなんて事が既に信じられない。それも、あんな薄笑いを
浮かべながら。スコールらしくない。全然、スコールらしくない。
スコールがぼんやりとキスティスを見る。今の会話で、力を使い果たしてしまった、とでも言うような、
疲れた瞳で。
「・・・・別に。」
答える声にも、感情の色が全くない。人形みたい、と思った。綺麗な、空っぽの人形。
スコールが立ち上がって、ゆっくりとゼルに手を伸ばす。消え入りそうな声で、呟くように囁く。
「悪かった。ゼル、何でもいい。何でもいいから・・・」
その時、ゼルが叩き付けるように叫んだ。
「なんにも無い!!お前が欲しい物を言ってくれないなら、やれるもんなんて、なんにも無い!!」
ついに零れ落ちた涙を拭いながら、スコールを睨み付ける。

「お前なんか、大嫌いだ!!」

ゼルがそのままドアを乱暴に開けて走り去っていく。傷ついた心を抱えながら。
しん、と静まり返った部屋の空気に耐え切れず、キスティスがおずおずと口を開く。
「・・・スコール・・貴方どうして・・」
「冗談だ。全部、ただの冗談だ。」
何でもない風にキスティスに笑いかける。
「ひどいよな。たかが冗談なのに、あんなに怒って。」
そして突然下を向いて書類を漁り出した、乱雑にページを捲りながら、可笑しくて堪らないように
クツクツと忍び笑いを漏らす。
「・・・たまには、冗談に乗ってくれてもいいと思わないか?一回で構わないから、そうしてくれても
いいと思わないか?」
どうして下を向くのかしら、と思った。下を向いて声を震わせてると、泣いてるみたいに聞こえちゃう。
泣いてるみたいに聞こえちゃうのよ、スコール。

「・・・ねぇ、スコール」
「もう、出て行ってくれないか。仕事が溜まってるし。欲しいものは・・・そうだな、チェーンでいい。
ペンダントチェーンの替えが欲しいと思ってた。」
そう言いながら上げた顔は、既に落ち着いていた。キスティスが溜息をつく。
チェーンでいい、ね。「でいい」っていうのは、欲しいものを言う時の表現じゃない。
きっと本当に欲しい物は違うのね。あなた本当は、何が欲しかったの?

『何でもいい。お前が俺にくれるものなら、何でもいい。』

あの時、スコールはそれをあまりに軽く言ったから、とても本気とは思えなかった。
ゼルも、本気だとは思わなかった。誰も本気にしなかった。

でも、もしかしたら?

「・・・キスティス」
スコールがゆっくりと蒼い瞳を向ける。出て行け、とはっきりその眼が訴えている。
「・・・・あ、じゃあね。」
慌てて部屋を出た。部屋から出た瞬間、思わずホッと安堵した。それで初めて、あの部屋が張り詰め
ていた事が分かった。息もできないくらい、空気が強張っていた事が。

何だか泣きたいような気分になった。
私、余計こじらせちゃったみたい。二人を仲直りさせたかったのに、失敗しちゃった。
ゼルは傷ついたし、スコールは一層自分に閉じこもってしまった。
あの張り詰めた空気の中に、スコールを一人置き去りにしてしまった。

キスティスが大きな溜息をつく。
シュウが聞いたら、本気で呆れられてしまうだろう。
今度はスコールだけじゃなくて、ゼルの事まで心配なんて。

あの二人の事が、心の底から心配なんて。

episode 3   END

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