9プラス25市民の会ニュース
9プラス25改憲阻止市民の会(略称「9プラス25市民の会」)が発行するニュース(印刷版)記事の抜粋を掲載しています。
後期高齢者医療制度を廃止に!
7月からの普通徴収、10月からの特別徴収では高齢者に負担増を実感させない、そのための再度の見直しが予測されます。それは、さらなる減額減免などの救済制度再構築と予想され、広域連合や市区町村での実務は難渋をきわめ、制度開始時点での混乱と困難が再現されるおそれもあります。
またすでに全国の三分の一の地方自治体議会が見直しや凍結を求める意見書を提出していますが、これをさらに進展させ、すべての地方自治体議会から「制度廃止の意見書」の提出を求める署名運動などを展開することも必要だと思います。全国的・大衆的な運動によって制度廃止への展望を開きましょう。
署名用紙とビラを同封しました。兵庫県の福祉医療改悪反対署名ともどもぜひたくさんの署名を集めてください。用紙は、必要数コピーするか、9プラス25市民の会へ請求してください。
また、集まった署名は、9プラス25市民の会までご返送ください。郵送料は、カンパでお願いします。
世界は、9条をえらび始めた〜「9条世界会議」
世界会議のキャッチコピーは、「世界は、9条をえらび始めた」。
多くの犠牲を払い続けているイラク戦争が、世界的な軍事化への危機感を広げ、地球規模で「非軍事」を主流化していこうと模索する動きが強まっています。「武力によらずに平和をつくる」という日本国憲法9条の考え方を、現代の世界平和に生かそうという試みとして開かれた「9条世界会議」には、主催者の予想を上回る2万人の参加がありました。
海外からの参加者は、31カ国・地域から150名以上。参加国・地域は、アメリカ、イギリス、イタリア、イラク、インド、エクアドル、オランダ、オーストラリア、カナダ、ガーナ、韓国、北アイルランド、ケニア、コスタリカ、スイス、スリランカ、セネガル、台湾、中国、ドイツ、ニュージーランド、ネパール、パキスタン、パレスチナ、フィリピン、フランス、ベトナム、ボスニア、香港、モンゴル、ロシア。
幕張以外の集会にも、5月5日広島1,100人、5月6日仙台2,500人、関西8,000人が参加しました。9条世界会議に、全国でのべ3万人以上が参加したというわけです。
JR環状線の西九条で「ゆめ咲線」に乗り換えました。電車はユニバーサルシティに行く家族連れで満員かと思いきや、舞洲をめざして終点・桜島まで乗るお客さんも結構多かったようです。しかし残念ながら、UFJ駅を過ぎてからの乗客の平均年齢はぐっと上がりました。
桜島駅からは実行委員会が用意したシャトルバスに乗って会場へ。大阪駅で弁当を買い損ねたため、会場内のレストランに直行しましたが、すでに弁当は売り切れ。うどん1杯で昼食を済ませ、アリーナ席の後方に席を確保しました。
以下、JANJANニュース(5月8日、山本ケイ記者)の記事を紹介します。
(中略)
ゴードンさんは22歳のとき、GHQのマッカーサー最高司令官から日本国憲法を草案するメンバーの一人に指名された。主に、憲法14条(法の下の平等)、24条(男女平等)について起草する役割を担った。戦後、長期間にわたって憲法起草について沈黙を守ってきた理由を「極秘任務だったこともありますが、9条を変えたいという勢力が、当時の私の若さを草案反対の口実にする恐れがあったことも、あります」などと述べ、改憲勢力が現憲法を押し付けられたと主張することに、危惧を抱いていたことを明かした。そして、「保守的な学者や新聞は、憲法を米国に押し付けられたと主張していましたが、押し付けられたというのは正しくありません。米国の憲法より優れた憲法であり、いいものを『輸入』したわけで、当時から国民に喜ばれた憲法であったと考えています」と、誰が憲法を起草したかという点より、どんな内容の憲法であるかに力点を置き、その中味が国際的にも優れたものである以上、押し付けの主張は正しくないことを訴えた。
また、元・米陸軍大佐で外交官も務めたメアリー・アン・ライトさんもスピーチに立ち、「軍人という立場にいましたが、外交政策にも携わる中で、ブッシュ政権が進める対テロ戦争を名目にした戦争が、世界平和を乱していることに抗議して職を辞しました。日本の憲法9条は米国の軍事的支配を抑制する一定の役割を担ってくれていると思います」とブッシュ政権を厳しく批判した。
さらに、軍幹部経験者として日本や世界の米軍基地周辺で頻発している女性へのレイプや暴行事件について「深くお詫び申し上げたい」と語った上で、米国、日本政府、基地を抱える自治体それぞれが事件を徹底的に追及し、犯人だけでなくその上官も免職処分にすべきだと主張、「米軍内での女性兵士の30〜50%が、男性兵士から性的な暴行被害を受けていることを米国は伝えるべきです」と米軍内ではびこる女性兵士に対する迫害の様子をこの場で明らかにした。
海外からのゲストスピーチに加え、総合司会を務めたディスクジョッキーの小山乃里子さんと精神科医の香山リカさんの対談、学童保育の子どもたちによる歌とけん玉のパフォーマンス、世界の難民キャンプでライブ活動を行っているバンド、ソウル・フラワー・ユニオンによる演奏など、これまでの9条を守る運動とは違った趣きのある内容となった。また、市民団体や労働団体、社会福祉法人などがブースを設けて、それぞれの立場で9条と平和についての取り組みを披露するなど、満員電車なみに大混雑した会場は熱気に包まれた1日となった。
なお、9条世界会議では、「戦争を廃絶するための9条世界宣言」が採択されました。長い宣言文なので、以下、前文のみを紹介します。なお、宣言の全文は、インターネット「9条世界会議」のサイトに掲載されています。是非お読み下さい。
<戦争を廃絶するための9条世界宣言>の一部 日本国憲法9条は、戦争を放棄し、国際紛争解決の手段として武力による威嚇や武力の行使をしないことを定めるとともに、軍隊や戦力の保持を禁止している。このような9条は、単なる日本だけの法規ではない。それは、国際平和メカニズムとして機能し、世界の平和を保つために他の国々にも取り入れることができるものである。9条世界会議は、戦争の廃絶をめざして、9条を人類の共有財産として支持する国際運動をつくりあげ、武力によらない平和を地球規模で呼びかける。
人類は、戦争のない世界に向けてたえず努力してきた。歴史の中で、土着の伝統や偉大な人物たち ?とりわけ女性たちは戦争に積極的に反対してきた? は、たえず人類を平和へと導こうとしてきた。
20世紀の近代戦争でもたらされた犠牲は、この流れをさらに前に進めた。1928年のケロッグ・ブリアン不戦条約は、国策の手段としての戦争を明確に放棄した。1945年の国連憲章は、明確に定義された異常事態の場合を除いては「武力による威嚇または武力の行使を慎まなければならない」ことを加盟国に義務づけた。
日本によるアジア太平洋への侵略戦争と広島・長崎へ後に1947年に施行された日本国憲法9条は、武力の行使を認めるいかなる例外ももたないという点において、世界平和のための国際規範の発展におけるさらなる一歩前進である。この日本の動きに続いて、コスタリカは1949年、軍隊や自衛隊をもたなくても国家は平和的に存在できるという例を世界に示した。
9条の精神はまさに、すべての戦争が非合法化されることを求めている。そして、すべての人々が恐怖や欠乏から解放され平和のうちに生きる固有の権利を有することを世界に投げかけている。
5月3日 兵庫憲法集会は450人
5月3日兵庫憲法集会は、会場の神戸市勤労会館に450人の参加で開催された。佐治孝典実行委員長のあいさつ、ジョン・中川さんの歌、もうひとつの憲法集会からの連帯のエールのあと、琉球大名誉教授高嶋伸欣さんの講演は、「集団自決」教科書記述歪曲に抗議する沖縄の現場に身を置いてきた立場から、その状況・背景が詳しく語られた。今回の憲法集会は、政府与党などから海外への自衛隊恒久派兵法制定のうごきが強まっている中で、憲法改悪・恒久法反対などを訴えて三宮繁華街でのパレードも行われた。
キューバの医療を神戸で聞く会
ろっこう医生協などが主催した「キューバの医療を神戸で聞く会」は、原田の森ギャラリーを超満員にして5月22日開催された。村上同生協理事長のキューバ報告のあと講演したキューバの小児科医=アレイダ・ゲバラさんは、革命後いぜんとしてアメリカの経済制裁やソ連崩壊後のきびしい経済状況の中で中南米地域をはじめ世界中に医師を派遣し、また世界中から学生をあつめて医師の要請などを行っているキューバの医療を紹介した。アメリカや日本と違ってまったく無償の医療は、所得の少ない国ながら乳幼児死亡率は世界のトップクラス、新薬も開発しそれを安価に輸出するなどの多くの成果を上げている。市場原理と逆ベクトルのキューバ医療を聞いた。
戦時下神戸港強制連行 「平和の碑」建立へ
神戸港ではアジア・太平洋戦争の時期に、朝鮮人・中国人。連合国軍捕虜が港湾荷役労働などで過酷な労働を強いられた。この事実は最近、「神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を調査する会(1999年10月結成、代表・安井三吉神戸大学名誉教授。以下、調査する会とする)」の調査活動によって明らかになりつつある。すでにその成果が以下の単行本、ブックレットとして刊行されている。
@調査する会編 『神戸港強制連行の記録−朝鮮人・中国人そして連合軍捕虜−』明石書店、2004年1月、A調査する会編・発行『アジア・太平洋戦争と神戸港―朝鮮人・中国人・連合国軍捕虜―』執筆は宮内陽子(調査する会会員、兵庫県在日外国人教育研究協議会)、2004年2月。
また、資料集としてB日本港運業界神戸華工管理事務所・神戸船舶荷役株式会社『昭和二十一年三月 華人労務者就労顛末報告書』(1999年6月、神戸・南京をむすぶ会復刻)が出されているがこの原本は東京華僑総会に保存されていたものである。連合国軍捕虜に関しては神戸に連行されたオーストラリア人捕虜ジョン・レインの著書Cジョン・レイン著/平田典子訳『夏は再びやってくる−戦時下の神戸・オーストラリア兵捕虜の手記』(2004年3月、神戸学生青年センター出版部)も出版されている。
神戸港における強制連行問題は、@朝鮮人のみならず中国人、連合国軍捕虜が同じ地域および一部では同じ企業で強制労働を強いられた、A他の地域に比して比較的多くの資料が残されている、Bそれぞれの朝鮮人、中国人、連合国軍捕虜に生存者が存在し、戦後60数年たったのち神戸を訪問している特徴がある。
神戸船舶荷役株式会社では、朝鮮人・中国人および連合国軍捕虜が労働を強いられたが、残されている朝鮮人についての名簿を分析すれば次のようなことが分かる。
連行された朝鮮人は148人で全員が「官斡旋」であり、入所年月日は、1944年9月10日65人、9月14日24人。12月23日59人で職種はすべて沖仲士、退所事由については、死亡1人、病気送還10人、逃走27人、帰国110人(45年10月8日)となっている。年齢は、10代38人、20代66人、30代32人、40代10人、50代2人で入所時において最年少は14歳、最高齢は54歳であった。この名簿をもとに韓国の役所に問合せて生存者を確認することができ、当地でインタビューも行なった。
神戸港の朝鮮人強制連行の関係では船舶荷役より三菱、川崎関係の労働者が圧倒的に多いが、それらの労働者についても生存者の確認およびインタビューが実現している。
中国人については先の復刻した『事業場報告書』により確認をとり中国国内でのインタビューおよび1名の招請を実現している。連合国軍捕虜についてはジョン・レインさんが先に紹介した本の出版記念会にあわせて来神をはたしたのである。
調査する会は当初より、記録を残すと同時に石碑の建立を目指していた。「石に刻み、心に刻む」ことが、大切なことだと考えているのである。
当初、石碑は神戸市の公園内に設置することを希望していた。しかしその交渉は成立せずに、市有地に建立されることになった。建立予定地:神戸市中央区海岸通3-1-1 KCCビル前、華僑歴史博物館のあるビルの前だ。横には非核神戸方式のモニュメント「美海ちゃん」の像がある。
建立のための募金を集めている。目標は、300万円、是非、ご協力をお願いしたい。
◆送金先
:郵便振替口座 00920-0-150870 神戸港調査する会
神戸学生青年センター館長/神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を調査する会事務局長
※神戸港<平和の碑>は、日本語・英語・中国語・朝鮮語の4カ国語で書かれ、除幕式は7月21日正午からKCCビル前で行われる予定です。
日本語の碑文はつぎのようになる予定です。
アジア・太平洋戦争時期、神戸港では労働力不足を補うため、中国人・朝鮮人や連合国軍捕虜が、港湾荷役や造船などで苛酷な労働を強いられ、その過程で多くの人々が犠牲になりました。私たちは、この歴史を心に刻み、アジアの平和と共生を誓って、ここに碑を建てました。
2008年7月21日









