第18話 愛の淵

バロン
「ジョナサンの根性はそこまで捻じ曲がっていたのか! 死に際のブレンを相手に何の訓練だ!」
「力ある者と戦ってみせろ、ジョナサン!」
「夕べのマントの男……!」
ジョナサン
「バロン、任せておきながら……。分かった!」
「勇、その女のブレンに助けてもらえ! そしたら俺が、二人を共々潰してみせるぜ!」
直子
「すぐ戻ってきますから、泣かないの」
クマゾー
「直子婆ちゃん……」
比瑪
「ゲイブリッジさんとちょっとお使いに行くだけだから、いいのよ?」
クマゾー
「すぐ帰るも?」
直子
「有難うね、心配してくれて」
「勇の事、何か分かったらすぐに知らせてくださいね?」
「ゲイブリッジさんは色々飛び回るようになるんで、連絡はネットに直接ね」
比瑪
「はい」
アイリーン
「司令もお気を付けて」
ナンガ
「やれやれ……偉いさんが居なくなっちまって、ノヴィス・ノアは大丈夫なのかね?」
ナッキィ
「好きに出来るんだから、結構な事じゃないですか」
アイリーン
「もう一人の偉いさんがいらっしゃるわ」
「私達の責任も重くなりました。宜しく、ミスター・モハマド」
モハマド
「仰られるまでもありません。近くの海岸に溢れている難民の子供達は集め、既にこの船に向かわせております」
「皆さん方は、子供達のパワーも吸収して、より絶大なご活躍を出資者の代表として期待するものです」
「ネリー、聞こえてるだろ? 僕の事はいいから、一人で逃げてくれ!」
ネリー
「馬鹿な事は言わないで!」
「ジョナサンという奴は、普通じゃないんだ!」
ネリー
「勇ブレンを見れば、貴方を守らなければならないのは、私とネリー・ブレンです!」
「甘えられるのか、勇ブレン? この好意に……」
ネリー
「近い……!」
ジョナサン
「ネリーとか! 勇ブレンを放して戦ってみせろ!」
ネリー
「嫌です! 貴方こそ、この森から出て行ってください!」
「飛んで!」
「ブレン、やれ! 甘えるな!」
ジョナサン
「な、何だ?」
バロン
「ジョナサンめ……迂闊な攻撃は、敵のアンチ・ボディに力を与えてしまうという特性がある事を知らないのか?」
ネリー
「流石、バロンのグランチャー……」
「ネリー!」
ジョナサン
「撃たせない?」
ネリー
「ブレン、飛んで逃げなさい! 邪魔です!」
ジョナサン
「下から……?」
「ん、迂闊にフィンを使うと、バロンズゥの体にも傷を付ける!」
ネリー
「ブレン、頑張って! ネットがある筈……そこへ!」
ジョナサン
「この頭痛、この眩暈……!」
ネリー
「勇、復元出来ないんですか? ブレン!」
「助けられず、助けられただけで、しかも落ちて行く……。いいのかブレン、こういう運命で……!」
「何? 生まれた時にオルファンに連れて行かれて、辛かった……?」
「それを、オルファンから連れ出してくれて、嬉しかった……」
「太陽が見られて、太陽がある宇宙が想像出来て」
「宇宙の中のこの星……人間が地球と呼んでる星の事が分かって、嬉しかった」
「そういう中で生きてこられた事は悦びだ。でも今、何も出来ないのが……」
「……悔しいのなら、何とかしろ!」
「ネリー、ネリー・キム……! ネリー、大丈夫か?」
「ネリー・ブレン、済まなかったな。ネリーは動けないのか?」
「ネリー、大丈夫か?」
ネリー
「ユウ・イサミ……」
「怪我をしているんだろ?」
ネリー
「いつもの事なの、心配しないで」
「これが、ネリーのブレンのコックピットか? そんなに力を取られるのか?」
ネリー
「この子に乗せてもらっていると、とても疲れる……」
「なら、すぐに外に出なければいけないじゃないか」
ネリー
「いいのよ。私は、この子に吸い取られるだけの命しかないのだから」
「吸い取られるだけの命しかない……?」
「そんな事はないよ。ラッセとブレンの関係は、そうは思えない」
ネリー
「勇君のお友達?」
「ああ」
ネリー
「この子のリバイバルに立ち会ってしまった時にね、私は命がなくなる筈だったのに、それが元気になった……」
「けれども、もう駄目」
「そんな風には見えない」
ネリー
「細胞を蝕む病気は、一杯あるわ」
ネリー
「私があの子に会えたのは、偶然ではないわ。最後に独りじゃないようにっていう神様の采配だと思うわ」
「ああ。家族には……?」
ネリー
「どの道、悲しませる事になるなら、目の前に居ない方がいいでしょ? 家族には黙って出て来たわ」
「最後に孤独じゃないって、心強いわ」
「バイタル・ネットの結び目が重なった所なら、空が塞がっているんだな。歩いてでもここを出たいな」
ネリー
「あのバロンのグランチャーをバイタル・ネットにぶつけた時、思ったより衝撃が少なかった……」
「結界が揺らいでいるんでしょうね」
「ここから出られるって事……?」
ネリー
「多分……。貴方のブレンを見て、私のブレンが全然違うものだと分かったわ」
「それに私のブレンは、貴方のブレンに会ってから、とっても興味を持っているみたい」
「どういう事?」
ネリー
「仲間が居る事に気付いて、喜んでいるのよ」
「仲間意識が芽生えたんだ」
ネリー
「それはあのバロンズゥもそうでしょうね。似た者の出現に興奮している……」
「違うよ」
ネリー
「どう違うの?」
「ジョナサンの安っぽい憎悪に乗って、燥いでるだけだ」
ネリー
「……で、そうならどうするの?」
「倒すしかないと思っている」
ネリー
「悲しい事……」
ジョナサン
「ジョナサン・グレーンっていうんだ。アンチ・ボディの格納庫っていうのはここだよな?」
シラー
「ようこそ、オルファンへ。グランチャーの扱いも完璧なようだな」
ジョナサン
「ここがグランチャーの置き場かって聞いてんだよ」
「こんな餓鬼が居る所なんだろ?」
シラー
「パイロットとしては、いいセンスを持っている子なんだよ」
ジョナサン
「ガバナーから、オルファンのリハビリを任されてるファミリーか、あれが……」
シラー
「ああ、伊佐美ファミリーだ」
ジョナサン
「ここは遊び場じゃないんだろ?」
「な、坊や」
「でも彼は、僕にとってはグランチャーの先生になってくれた」
「気のいい奴だったのさ。そんな奴を、グランチャーが居たお陰で、果てしなく調子に乗せてしまった。だから……」
ネリー
「倒さなければならないと思うのね?」
「色々あったもの」
ネリー
「貴方も大変だったのね」
比瑪
「おろちこわや、か……」
カナン
「比瑪ちゃん……」
ラッセ
「今は、一人にしておいてやった方がいい」
カナン
「でも……」
ラッセ
「正直、俺達だって意外だったよ。勇が居なくなって、結構堪えている……」
「あんな奴だったけど、ノヴィス・ノアにとっては大きな存在になっていたんだ」
カナン
「分かるわ。あの子、ブレンと付き合うようになってから、随分変わったわ。私だってずっと当てにしている……」
ラッセ
「俺だってそうさ。お前や比瑪ちゃんなんか、堪らないだろうさ」
カナン
「そうよね……」
三尾
「ねね、コックピット開いてくれたっていいじゃない。ヒギンズ・ブレン?」
カント
「駄目ですよ、三尾さん」
三尾
「カント君……」
カント
「ここのブレン達は、貴方を乗せてくれませんよ?」
三尾
「私を好きになってくれるブレンだって、居るんじゃないの?」
カント
「無理ですね。貴方の行き先が、オルファンであるなら尚更です」
三尾
「流石、天才少年……何もかもお見通しね」
カント
「彼らは、このノヴィス・ノアが好きなんですよ」
三尾
「ねね、天才少年だってオーガニック・エナジーの研究してるんだから、オルファンに行きたいんでしょ?」
カント
「ははっ、遠慮しときます」
三尾
「どうして?」
カント
「僕は、ここのブレンと出会って、とても興味を惹かれているんです。彼らをもっと知りたいんです」
「ですから、ここに居ます」
三尾
「残念ね」
比瑪
「カント君はどうして行かなかったの?」
カント
「意地悪だな、比瑪さんは……」
「今の時代、行く人を引き止める事なんか出来ないじゃないですか」
比瑪
「そうだね……人の干渉なんか、してる暇ないよね」
カント
「それに僕、ブレンに乗って戦う、この船の人達が好きなんです」
比瑪
「カント君が?」
カント
「そうですよ。僕だって、命を懸けて戦う気持ちになってるんです」
「人生には、こういう風に決断を喚起される瞬間っていうのもあるんですね」
比瑪
「そういうのって、怪我するんだから……!」
カント
「比瑪さん……」
比瑪
「眠れないよ、ブレン……。私、変なのかな……」
「勇……!」
「ん……?」
「ネリー・ブレン……」
「あいつ……。ああいうのが好きなのか?」
「そうか、俺は起きちゃいけなかったんだ。これはブレン二人だけの世界だもんな」
ネリー
「勇もやらない? この子、とても上手よ」
「いや……僕が乗ったらあいつが嫌がる」
「ネリーのブレンが踊ってるのを見てると、気持ちが休まるみたいなんだ」
ネリー
「そう」
「あっ……!」
ネリー
「ふふっ、ズルしてるのが分かっちゃったわね」
「体は大丈夫なのか?」
ネリー
「大丈夫。この子も遊びたがっているから、私も喜んでいるわ」
「喜び……遊びたがってるか……」
「アンチ・ボディが生まれてきたのも、そういう為かもしれないな」
「見ていても嬉しそうだった」
ネリー
「そうでしょ? この子、踊るのが得意なのよ?」
「あっ……!」
「ネリー……!」
ネリー
「ご、ごめんなさい」
「雪の上も滑るんだよ」
ネリー
「いやだ、ブレンが笑ってる」
「本当だ」
ネリー
「ブレンの気持ち、分かるのね?」
「分かるようになったんだ。始めは馬みたいに表情は分からなかった」
ネリー
「そうね……付き合ってみて、アンチ・ボディが機械じゃないと感じ始めると」
「この子達、戦う為に生まれてきたんじゃない……生きて行きたいと思っているって、それは分かるわ」
「ネリーは不思議な事を言う」
ネリー
「私は普通よ? 何の力もない女だわ」
「ただ、ブレンと出会えた事だけが、他の人と違った……」
「それ、後悔してるんだ?」
ネリー
「逆よ、後悔なんか……」
「私はこの子がしたがってるように、精一杯遊んであげられないんで、可哀想だと思っている」
「ネリー・ブレンが、可哀想……」
ネリー
「ふふっ、くすぐったいでしょ、ブレン? ほら、くすぐったくない、ブレン? くすぐったいよね?」
「私は、この子が持っているものを、全部引き出してあげる事は出来ない……」
「でも、貴方なら出来るかもしれない」
「ネリーだって……」
ネリー
「例えば、勇のブレンの怪我だって、治せるかもしれないのよ?」
「ほら、『出来るかもしれない』って言っているわ」
比瑪
「ラッセさん……?」
ラッセ
「ほう、少しはいい顔見せるようになったじゃないか」
ナッキィ
「何してるんだ?」
ラッセ
「ご挨拶だな。このプレート台は元々、俺のブレンのものだったんだ」
「こいつ、俺を気に入ってくれてるみたいだぜ?」
ナッキィ
「そんな事あるものか。ブレンを死なせたような奴の言う事を聞くか」
比瑪
「ナッキィ・ガイズさんの認識、間違ってます」
ラッセ
「いいんだよ比瑪ちゃん、事実なんだから」
「それでも俺は戦いたいんだ。守る物が一杯あるからな」
ナッキィ
「妙な事を言うな……。守りたいのは、カナン・ギモス一人なんだろ?」
ラッセ
「その為にはノヴィスの艦隊も、補給してくれる者達も、みんなを守らなけりゃならないんだ」
「その為には、三人のブレンに一人ずつ乗り手が居ていい……。違うか?」
ナッキィ
「半年以上、苦労を共にしてきた連中なんだ。『はい貸してやるよ』って、言える訳ないだろ?」
ラッセ
「ナッキィ・ガイズの言う事も尤もだ」
「俺も今聞いた通りの男だが、一緒に働いてくれないか、ブレン? ラッセ・ブレンとして」
ナッキィ
「お、おい。迂闊だぞ」
比瑪
「カナンさん……」
カナン
「え、えぇ……。でもラッセ、大丈夫なの?」
ジョナサン
「バイタル・グロウブ・ネットが薄くなっているとバロンは言う」
「ネリーという女のブレンは、外に出してはならんとバロンは言う」
「手段を選ばぬ夜明けが来たという事だ」
「湖の中から……!」
ネリー
「グランチャーから降りてください! ジョナサン・グレーンさん!」
ジョナサン
「小娘に指図される謂れはない!」
「ネリー、もう接触したのか?」
「ブレン、動けないか? ネリー・ブレンが危ないのは分かるだろ」
「ネリー・ブレン一人に、ジョナサンを任せていい訳ないだろ」
ネリー
「バロン・マクシミリアンは何処です?」
ジョナサン
「知った事か!」
ネリー
「貴方は、人に怨念をぶつけようとしているバロンと、そのグランチャーに操られてるだけです!」
ジョナサン
「バロン・マクシミリアンは、俺を理解してくれた」
「バロンの見ている前で、無様な姿を晒す訳にはいかないんだ!」
ネリー
「肩のフィンが柔らかく動く?」
ジョナサン
「力尽くでなく宥めすかす事も覚えれば、こういう事も出来る!」
ネリー
「あぁっ、うっ……!」
「ブレン・バーを上げろ!」
ジョナサン
「女を尖兵に出すとは、勇も落ちたものだな!」
「ジョナサン! ネリーを……!」
比瑪
「あら……?」
クマゾー
「わっ……!」
ユキオ
「気を付けろって言ったろ?」
比瑪
「あんた達、何やってんの?」
ユキオ
「勇がいつ帰ってきてもいいように、掃除さ」
クマゾー
「掃除も!」
比瑪
「あんた達……」
「勇、帰ってくるのか……?」
ユキオ
「帰ってくる……帰ってくるに決まってるよ!」
「ブレン・バーにチャクラが集まらない……。ブレン、崖の上だ!」
ジョナサン
「トドメは一気に受けた方が楽だぜ、勇!」
「うっ! ブレン、撃てなければいい。もういい、良くやった!」
「好きにしろ! 付き合う!」
ジョナサン
「パワーがある。しかし……!」
「うっ、リバイバルのプレート……?」
バロン
「オーガニック・エナジーの発動がこのように現れる……!」
「俺達は覚悟が付いた。ネリーだけでも逃げてくれ」
ネリー
「私達の覚悟は、貴方を守る事」
「何だって?」
ネリー
「貴方が来てくれて、漸く分かったの」
「何を言ってるんだ?」
ネリー
「貴方なら、ブレン達を強く育ててくれる……。私の分も生かさせてくれる人だって分かったのよ」
ジョナサン
「カーテンの向こうで何やってる?」
バロン
「やめろジョナサン、無駄だ!」
ネリー
「この子は完全じゃないの。もう一度リバイバルが必要なのよ」
「あっ……!」
「ネリー、ネリー!」
「ブレスレット、くっ……!」
「リバイバルの光? おい、俺のブレンが……!」
「リバイバル? もう一度リバイバルする?」
バロン
「ジョナサン、バロンズゥの手に私を乗せよ」
「このリバイバルが私の恐れているものであるなら、私はオルファンに行かねばならない」
ジョナサン
「狙撃してやる!」
バロン
「未熟者の言う事は聞かない!」
ネリー
「この子がここを出たがらなかったのは、勇……貴方のような人を待っての事だった……」
「ほ、本当に……?」
ネリー
「命を与えられた者の可能性を探す為ね」
「誰が与えた可能性だ?」
ネリー
「それは貴方が探して。私にはもう探せないから……」
「この子も一緒に探してくれるわ。この子の力で、勇の大切な人達も守ってあげればいい」
「ネリー・キム……!」
ネリー
「勇、忘れないで。憎しみだけで戦わないでね。それではオルファンを止められないわ」
「ネリー……」
ネリー
「悲しまないでね、勇。私は孤独じゃなかったわ、いつでも……。最後には貴方にも会えた、有難う」
バロン
「ジョナサン、急げ! リバイバルが終わった時、あのプレートがチャクラの矢になって襲ってきたら、どうするのだ?」
ジョナサン
「それが、オーガニックなるものだというのだな?」
「うぅっ……!」