第22話 乾坤一擲

前回のあらすじ
ゲイブリッジさんだって、初めから分かってたっていう作戦じゃないと思う。
それにしても、ノヴィス・ノアを狙ったミサイルがオルファンに向かった。
爆発させたら、ノヴィス・ノアがアメリカの敵になっちゃうからっていうんで、みんなで止めちゃったんだよね。
どうしてこうなる? さあね……。
「くっ……。落ちるな、ネリー・ブレン!」
「ミサイルと同じ所に飛ばされたのか。ネリー・ブレンが飛ばされたんだ」
「他のブレンとグランチャーは……」
「うっ……!」
「くっ、姉さん、大丈夫か?」
作業員
「あっ……」
 〃
「こっちに来るぞ、逃げろ! ぶつかるぞ!」
「姉さん……!」
「ネリー・ブレン、止まれ!」
「ぶつかったぐらいじゃ爆発はしなかったろうが、放射性物質が飛び出しちまえば……」
「むっ……!」
依衣子
「愛しているんだね、勇……」
「え?」
依衣子
「オルファンを愛しているのは当たり前だよね。勇だって、七年間暮らしてきた所なんだものね」
「助けてくれてありがとうよ」
「姉さん……」
アカリ
「比瑪姉ちゃんも勇も、大丈夫かな……」
ユキオ
「帰ってくるさ」
クマゾー
「あっ、も……!」
「勇だも!」
アカリ
「二人共グランチャーじゃないの? あれ」
ユキオ
「雰囲気はブレンだよ、一人の方は」
アカリ
「来るよ?」
クマゾー
「グランチャー」
ユキオ
「艦長に報せよう」
クマゾー
「艦長……!」
「グランも。わっ……!」
ユキオ
「大丈夫だって。あの二人、ヘトヘトになってる」
依衣子
「うっ、ここは……」
「姉さん、どういう具合なんだ?」
アカリ
「グランチャーのパイロットが落ちた」
ユキオ
「もう一人は?」
「あっ……」
「疲れてるだけ?」
依衣子
「恥ずかしいがね。それよりも、グランチャーと勇の新しいブレンの方が、もっと疲れている」
クマゾー
「勇の……?」
アカリ
「新しいブレン……」
ユキオ
「これが……」
カナン
「お姉さんの具合、そんなに悪いの?」
「いや、心理テストを受けてるんだよ」
カナン
「アイリーンは、クインシィをノヴィス・ノアに置くつもりかしら?」
「姉さんは、もうクインシィじゃない」
カナン
「期待する勇の気持ちも分かるけど……そう簡単に心を入れ替えると思えないわ」
「そうだとしても、ここに居れば変わるさ」
カナン
「そうかしら」
「今のノヴィス・ノアって孤児院じゃないか。でもだからこそ、オーガニック・エナジーに溢れてる」
「そういう中で暮らせば……」
カナン
「相手はクインシィ・イッサーよ? 典型的にオルファンに強化された……」
「人間は憎悪だけでは生きられないって、比瑪は教えてくれた。信じてもいいじゃないか」
カナン
「甘いわ、勇。貴方はオルファンを捨てる時に、家族も捨てたんでしょ?」
「それなのに結局、肉親離れ出来ないの? しっかりしてよ……!」
「家族の居ないカナンに、俺の気持ちが分かるか!」
カナン
「んっ……」
「カナン、ごめん」
カナン
「だったら何故逃げたの? あんなにまでして、何故オルファンを出て来たの?」
「はっ……」
アイリーン
「どうしたの?」
カナン
「いえ……」
「いいんです」
アイリーン
「カナンさん?」
依衣子
「そこに居たの?」
「そりゃ……」
依衣子
「赤くなってる」
アイリーン
「お姉さんのテスト、合格よ」
「本当に? 良かった……!」
依衣子
「この船のせいよ。苛々しない」
「依衣子姉さん!」
依衣子
「どうしたんだよ? 興奮するんじゃないよ」
勇、依衣子
「ふふっ……!」
ノヴィス・クルー
「天神さん、天神さん……♪」
「何で何で、急に閉めんだよ?」
 〃
「お前が嫌いだってさ」
 〃
「何で?」
 〃
「ブレンは人を見るのさ」
 〃
「擦り方、不味かったかな」
子供
「ね、何でこんなに採れんの?」
 〃
「プレートの近くだと早く育つんだって」
 〃
「へぇ……」
アカリ
「これに着替えて」
クマゾー
「も」
依衣子
「有難う」
ユキオ
「更衣室に連れてったら?」
アカリ
「うん」
ユキオ
「勇はネリー・ブレンの所へ戻ってやんなよ」
「でも、姉さんはまだ……」
ユキオ
「そうかな? 元気そうだし、ここの子達と仲良くなるのに」
「弟の勇が居るより、俺達と居る方がみんなだって話し易いだろ?」
クマゾー
「仲良し」
ユキオ
「ま、俺達に任せとけって」
アカリ
「じゃ、依衣子ちゃんはこの辺りをお願い」
依衣子
「分かったわ」
アカリ
「クマゾーは一緒に種蒔きね」
ユキオ
「あんまり無理しなくていいからね。何か分かんない事あったら、声掛けて」
依衣子
「有難う」
「畑仕事をやるなんて、もう一生ないと思っていたが……」
「ま、グランチャーの体力が回復するまでの間だ。何処に保管されているんだ?」
子供
「あの姉ちゃん……」
 〃
「クワ使えてるよ?」
依衣子
「何だ?」
子供
「依衣子お姉ちゃん凄いよ、どうしてクワ上手く使えるの?」
 〃
「姿勢真っ直ぐだよ、どうして上手いの?」
依衣子
「ふんっ……」
子供
「やり方教えてよ!」
 〃
「教えて、依衣子ちゃん!」
 〃
「イ・イ・コ、イ・イ・コ!」
依衣子
「口じゃなくって……手を動かせばいいんだ!」
アイリーン
「いい感じのようだけど……」
「オルファンには、こんなに子供達が居なかったんですよ」
アイリーン
「それでああなった」
「ええ、子供達のオーガニック・エナジーが……」
アイリーン
「依衣子さんが落ち着いてきたら、試してみたい事があるのよ?」
「試したい事、ですか……?」
ノヴィス・クルー
「ん……?」
クマゾー
「ふぁっ……」
「ば、化け……」
直子
回想:「『偉い』ってお兄さんが褒めて下さってるわ、クマゾー」
クマゾー
「直婆ちゃん……」
「何か聞こえた。ブレン達の方……?」
「あっ、うぅっ……」
「ブレン、僕読みたいも。漢字は読めないも」
「ふぁっ……何だよ、こんな時間に?」
クマゾー
「ブレン嫌いだも! 嫌い……!」
アイリーン
「あら、そりゃブレンだって好き嫌いはあるわ?」
クマゾー
「『居なくなれ』って一杯一杯言ってるも! 長いお化け嫌いだも!」
アイリーン
「そのお化けは何なのかな?」
クマゾー
「ブレンぐらい嫌いだ!」
「アイリーンさん、俺見に行ってみるよ」
アイリーン
「お願いするわ」
「どうもないじゃないか。ネリー・ブレンだって何も言ってなかったし……」
クマゾー
「うん……」
「また明日ちゃんと調べるからさ、もう寝よ」
依衣子
「ふぅっ……」
「ん?」
ケイディ
「手洗ったのか? 黴菌付いてたら食べさせないぞ?」
依衣子
「あれは……」
ケイディ
「俺、ドーナッツの追加揚げてくるから」
ノヴィス・クルー
「あいよ」
依衣子
「あいつ、ケイディに似ているが……何であいつがこんな所に……?」
子供
「お姉ちゃんも行こうよ」
依衣子
「お姉ちゃんはいいんだ。行っといで」
ケイディ
「油使ってる時は危ないからね。もうすぐ出来るから、向こうで待っててね」
「こら、入ってきちゃ……」
依衣子
「ケイディ! 貴様、こんな所で何をやっている……?」
ケイディ
「ク、クインシィ・イッサー!」
依衣子
「ノヴィス・ノアに寝返ったか?」
ケイディ
「そ、そうではありません。自分は……」
「自分は、ビー・プレートの存在を確認する為に、独断で長期潜入を決意したのであります」
依衣子
「……で、ビー・プレートの存在確認は、どうなった?」
ケイディ
「自分の見解では、どうもここの子供達がビー・プレートだと思われます」
依衣子
「何だぁ?」
ケイディ
「自分はそう確信しております」
依衣子
「御目出度い奴だな」
ケイディ
「はっ、しかし……可能性として考慮する必要がありますから、今はノヴィス・ノアを……」
依衣子
「沈めるつもりでここに居るのではない」
ケイディ
「は? ではどうして……」
アカリ
「依衣子姉ちゃん、アイリーンさんが呼んでる」
依衣子
「何?」
アカリ
「早い方がいいって」
依衣子
「分かった」
ケイディ
「んっ……」
依衣子
「この子達と私の分のドーナッツは取っておけよ」
ケイディ
「はっ!」
「あれは本当にクインシィ・イッサーなのか……?」
ヒギンズ
「元気ないわね。ラッセと喧嘩でもした?」
カナン
「そんなんじゃないわよ」
ヒギンズ
「レイト艦長は、もし私がブレンでオルファンに特攻を掛けたら、キメリエスで大陸まで乗り込んでくれるって」
カナン
「潜水艦で大陸に?」
ヒギンズ
「来ると言ったら来るわ。私はあの人を信じてる。カナンだってそうでしょ?」
カナン
「ラッセの事?」
ヒギンズ
「他に誰が居るのよ? 喧嘩くらいで落ち込まないで」
カナン
「違うのよ。本当にラッセの事じゃないの」
「ん、アイリーン艦長とクインシィ・イッサー?」
「――触ってくれてもいいんだよ、姉さん。これが新しい僕のブレンだ」
ユキオ
「ネリー・ブレンっていうんだけど、優しいんだ。グランチャーじゃないよ」
カナン
「アイリーンさんは、完全にクインシィを信用してるんですか?」
アイリーン
「ブレンに乗せて試してるのよ」
カナン
「オルファンに居た頃のクインシィなら、ブレンが受け付けない筈よね」
アイリーン
「医者としては気になる所だわ」
カナン
「勇が言うように、ここでの生活で彼女が変わってくれるのなら、私達の戦い方だって変わりますよ」
アイリーン
「ええ」
「どう? スリット・ウェハーは変形して、シートになってくれる」
依衣子
「妙にフワフワして優しいんだな」
「姉さんの今の気分を受けて、反応してるんだよ」
依衣子
「今の私の気持ち?」
「そうさ」
「ネリー・ブレン、シャッターを閉めて」
「俺の姉さんなんだ。宜しくな、ネリー・ブレン」
子供
「依衣子ちゃん!」
依衣子
「ん?」
子供
「畑を放り出してブレンパワードに乗ってる!」
 〃
「こいつに畑仕事やらせるの?」
 〃
「ね、ブレンに手伝わせてよ」
 〃
「私にも乗せて!」
ユキオ
「あ〜あ、みんな集まってきちゃって……」
アイリーン
「いいわよ、依衣子さんもその方が気分が解れるでしょ」
ユキオ
「お前達! 乗るのはいいけど、みんな気を付けろよ!」
子供
「わ〜い、上がった!」
依衣子
「ウェハーに掴まるんだ。手を上げたら危ないだろ?」
子供
「歩いてる! ブレンが歩いてるよ!」
「俺のブレンを、姉さんが動かしてるよ」
依衣子
「確かにこいつは心地が良い」
「子供達の声も癇に障らないんだよね」
アイリーン
「降ろしたわ」
カナン
「反乱を起こすかもしれないと思ってたけど……」
アイリーン
「絶望したものじゃないわ」
カナン
「ええ」
「頭とか痛くない、姉さん?」
依衣子
「最高の調子の時のグランチャー並だね、良かったよ」
「グランチャーみたいに無理強いしない所は、ずっといい筈だけどな」
依衣子
「グランチャーとだって、お前は分かり合えていたじゃないか」
「そりゃそうだけど……」
依衣子
「グランチャー達はね、人間を乗せなければ動く事が出来ない自分達を、辛いと思ってるんだよ」
「そういう心を分かろうとした事があったかい?」
「だって……」
依衣子
「無かったよな? ある訳ない!」
「あいつらは強制してたから……!」
依衣子
「分かろうとしてやれば、こんな所でブレンパワードに乗って気持ち良さそうに暮らしている訳がない!」
「楽しい事ばかりあったわけじゃない」
依衣子
「それでも、オルファンに居るよりは良かったんでしょ?」
「辛いから逃げたんでしょ? 残された私の辛さなんか、考えもしないで……!」
「だから何度も俺は、オルファンから出ろって言ったじゃないか」
依衣子
「どうして逃げられる? 辛いからって、私まで居なくなる事なんて出来っこない……!」
「姉さん……」
アイリーン
「もういいでしょう、依衣子さん」
アカリ
「どうしちゃったの?」
アイリーン
「大丈夫よ。ちょっとすれば、また元の優しい依衣子さんに戻るから」
ユキオ
「よ〜しみんな、畑仕事に戻ろう」
カナン
「大丈夫?」
「ああ。上手く行ってるって思ったのに、カナンの言う通り俺、甘かったね」
カナン
「私ね、クインシィのあんな顔、始めて見たわ。泣きそうな顔してた」
「私の知ってるクインシィは、あんな顔で怒ったりはしない」
「慌てずに、もう少しゆっくり様子を見ましょう?」
「有難う。さ、畑仕事に戻るか」
カナン
「あら、囲いが倒れちゃってるじゃない」
「しょうがねぇな」
ヒギンズ
「比瑪ちゃん、まだ戻ってないけど……勇君にはカナンが付いてるから大丈夫みたいね」
「彼も本当は心配でしょうに……」
ノヴィス・クルー
「天神さん、おねむ……♪」
ヒギンズ
「あ、畑が動いた……?」
ノヴィス・クルー
「どうかしました?」
ヒギンズ
「いえ、何でもないわ」
「私も疲れてるのかな? レイト艦長……」
「カナン、ちょっとその辺にスコップないかな?」
カナン
「どうしたの?」
「クワが抜けないんだよ」
カナン
「はぁ……?」
「わっ……!」
カナン
「何?」
「あっ……!」
「何なの?」
「根っこのお化けだ。クマゾーも言ってた」
カナン
「ミミズのお化けじゃないの?」
「冗談でしょ。この畑、調べるぞ」
カナン
「そのクワで?」
「ブレンで調べる」
「どうだ?」
「もっと下だって言ったって、もう床が見えてるじゃないか」
ヒギンズ
「この下は第二格納庫でしょ?」
カナン
「そうだけど……」
「出た!」
ヒギンズ
「ミミズじゃない!」
カナン
「そう」
「もう一匹!」
「何処へ行くつもりだ? あのフィン……!」
カナン
「フィン?」
「一本に見えるけど、枝分かれしてんじゃないのか?」
「ヒギンズさん」
ヒギンズ
「カナン、ブレンに乗りましょう」
カナン
「ええ」
クマゾー
「も」
アカリ
「何か聞こえるね?」
ユキオ
「何だ? 音が動いてるぞ?」
「わっ……!」
アカリ
「あっ……!」
「何あれ〜?」
ユキオ
「早く、みんなに知らせなきゃ……!」
クマゾー
「もっ!」
アカリ
「何処行くの、クマゾー?」
依衣子
「ここに来てからの私、何だか変だ」
「どうぞ」
「外からロックされているんだ。こっちからは開けられないよ」
「ケイディか? 私と一緒に脱走してくれるつもりになったのか?」
「お前は……!」
クマゾー
「グランも!」
ユキオ
「クマゾーは正しかったんだ!」
アカリ
「グランチャーが怒ってる!」
依衣子
「ずっと私を探していたんだな、お前は……」
「よ〜し、オルファンへ戻ろう」
ユキオ
「逃げるんだ、依衣子さん!」
依衣子
「あっ……来るんじゃない! お前達こそ……!」
アカリ
「あっ……!」
依衣子
「やめろ!」
ユキオ
「依衣子さんにも、やめろ!」
アカリ
「襲うな!」
クマゾー
「襲うな!」
依衣子
「間違えるな。子供を殺したって、大人のやった事をご破算になんか出来ないんだ」
「子供はオーガニック・エナジーの源なんだろ?」
「いい子だ」
「よし。ネリー・ブレン、今行くぞ」
「はっ……!」
「姉さんのグランチャー?」
「カナン!」
ヒギンズ
「この化け物……!」
依衣子
「待て! 大人しく出て行くから、これ以上手出しするな!」
ヒギンズ
「出て行く? あの人が?」
依衣子
「ここは退け、クインシィ・グランチャー!」
「行っちゃ駄目だ!」
依衣子
「離せ、勇!」
「行ったら、オルファンの抗体……アンチ・ボディになったままになるぞ! それでいいのか?」
ヒギンズ
「勇、冷静になって……!」
依衣子
「離れろ、勇!」
「何て事を……!」
ヒギンズ
「掛かってくるなら、相手になる!」
依衣子
「来るんじゃない、グラン!」
「姉さんは渡さない!」
依衣子
「来るな! パイロットが居なければ勝ち目はない! 相手は一人じゃないんだぞ!」
「一人で逃げろ! 指がボロボロじゃないか……!」
「ヒギンズ、深追いはするな!」
依衣子
「やめろ! 逃がしてやってくれ!」
カナン
「あのクインシィが、グランチャーを……?」
ヒギンズ
「あのグランチャーを追って行けば、オルファンに行ける」
「見ていてレイト、私がガバナーを倒して見せます」
依衣子
「飛べ、私の分身! 世界を駆けろ! 私の代わりに……!」
「お前には、それが出来る!」