第14話 ティンプ、悪あがき

前回のあらすじ
惑星ゾラと言われている地球。しかし人々は、ゾラという名前を忘れて久しい。
ジロン・アモスは、イノセントのビエルに憧れるエルチが、一人Pポイントに入ったのを知って慌てます。
ブルー・ストーンなしで上納ポイントに近付く者は、例外なく殺されるからです。
殺人怪光線を避けるエルチとジロンは、続いて不気味な振動を感じました。
大地を揺する大激震、イノセントの名乗る光の昇天。おぉ、何と感動的な光景である事か。
一同
「あぁっ……」
ブルメ
「コトセット、今の光はなんだ? 知っているか?」
コトセット
「イノセントを守る光の昇天だな。半年に一度あるという光の昇天だ」
ダイク
「そうか、あれが光の昇天というのか。凄いな……」
エルチ
「あぁ、こんな間近で、私はイノセントの光の昇天を見る事が出来たわ。ビエル様、感謝します」
ジロン
「あっ、あぁっ……?」
エルチ
「私は、今日の今日まで光の昇天を見る事は出来ませんでした」
「でも、ビエル様にお会いしたいという思いが届いたのでしょう」
ジロン
「冗談じゃないよ! ここはまだ聖域の中なんだ。エルチ行くぜ?」
エルチ
「私に光の昇天を見せてくださり、ありがとうございます。ビエル様……」
「あっ……!」
「危ないじゃない!」
ジロン
「イノセントのホバー・ヘリとかいうのが来るぜ? 早く乗れよ」
「おっと」
「行くぞ」
ブルメ
「ははっ! 全く可笑しいぜ、ははっ……」
ラグ
「よくも無事に帰ってきたもんだ。しかもさ、光の昇天が自分の為に上げられたなんて、よく言うわ」
エルチ
「だってそうなんだもん」
ジロン
「出発しないのかよ?」
エルチ
「嫌。ここに朝まで居る」
ジロン
「イ〜ッ! そうですか、そうですか」
「ザブングルの整備して、パトロールするわ」
「イノセントのドームの中で見たのは、確かにティンプだ」
「奴は、ビッグマンが言っていた通り、イノセントに秘密の命令を受けていた仕掛け人だったんだ」
「となりゃ、何としてもティンプをやっつけなくちゃならない。ドームから出たらどこに行くか分かったもんじゃない」
「となると、今夜しかやれる時はない……」
「幾らエルチだって、朝になりゃここを出発するだろうしな」
「となりゃ、やるのは今夜だ。朝までだ」
エルチ
「どうしたの?」
ラグ
「忘れ物か?」
ジロン
「あっ? へぇ……」
ジロン
「よっ、んんっ……」
エルチ
「ビエル様……」
ジロン
「ティンプめ……逃がすもんか!」
「ブリッジ! パトロールしてくる。ハッチ開けてくれ!」
コトセット
「んんっ……やってくれ、どうぞ」
ジロン
「よーし、行くか!」
「ちょっと重いかな? 為せば成る、ザブングルは男の子!」
「頑張ってくれよ! ガソリン食わずにな」
「聖域だ。ティンプ、待ってろよ」
「んっ……!」
警備員
「第21カメラ、キャッチ。ザブングル・タイプ1機」
ドワス
「場合によってはパトロール隊を出す。出動用意させろ」
警備員
「了解」
ビエル
「ザブングルだと?」
ドワス
「はっ! この周辺のザブングル・タイプといえば、アイアン・ギアーの2機しかありません」
ビエル
「操縦者は分かっている。ジロン・アモスだ」
ドワス
「な、何故お分かりなのですか? 執政官……」
ビエル
「彼の経歴は分かっているだろう。親の仇を一ヶ月以上も追っているのだ」
「さっきティンプを、エルチとザブングルの防御に出した……」
ドワス
「光の昇天がありましたから……」
ビエル
「貴公の迂闊さだ。ジロン・アモスは、ティンプを我々が隠しているというのを知ってしまったのだ」
ドワス
「あっ、ティンプがあれ程脆いとは……」
ビエル
「ならば奴に始末させればいい。パトロール隊には最後まで手を出させるな」
ドワス
「はっ!」
ビエル
「……しかし私は歓迎するぞ。聖域であろうと自分の思いを遂げる為には突き進む、ジロン・アモスの力を……」
ジロン
「おかしいな。かなりの監視装置がある筈なのにな……」
「ん? エンジン音?」
「あっ!」
「無駄無駄! そんな葉っぱ越しの弾が当たる訳ないでしょ、ティンプさん!」
「んっ……!」
「見〜付けた! 俺の勝ちだな、ティンプ!」
ティンプ
「ふふっ、イノセントから貰った高性能火薬は、兄ちゃん達シビリアンが使っている黒色火薬よりズーンと怖いのよね」
「兄ちゃんが元気なのはいいけど、ここまで追い掛けたのはやりすぎだったな」
「何? しぶとい……!」
ジロン
「しまった!」
ティンプ
「成る程な……流石、ここまで追い掛けるとなると、兄ちゃんも覚悟決めてきたって訳か」
「ふふっ、しかしな、重装備をしすぎて足が遅くなっちまったんなら、元も子もないと思うがな? 兄ちゃん」
「んっ……!」
「やったか?」
ジロン
「ほれっ!」
ティンプ
「ふふっ……あっ!」
ジロン
「ティンプめ! 俺の親父やお袋を殺したのも、イノセントの命令なのか?」
ティンプ
「そんな細かい事、一々指図される俺かよ! 俺だって、れっきとした一匹狼のブレーカーよ!」
ジロン
「尚、許せないな! 溝鼠め!」
ティンプ
「ははっ! 元気良く行けるのはここまでだぜ、兄ちゃん!」
ジロン
「何言ってやがる!」
「何? あっ……」
「ティンプめ、逃がすもんか! 『ここで会ったが百年目』って諺だってあるんだから……昔ね!」
「これだってイノセントのもんだろ? 入っていいのかな」
「ええい、ティンプだって入ったんだ。男は度胸、やってみるか!」
「ここで狙い撃ちされたらアウトだな。よーし」
「まさかな。ここは研究所みたいだ。ここを壊したくないから攻撃をしないのかな?」
「まあいいか」
「うぉっ……!」
「ティンプめ、こんな所でミサイルを使うとは……!」
ビエル
「何? 水中観測パイプの中でミサイルを使っただと?」
警備員
「はっ!」
ビエル
「どちらが仕掛けたのだ?」
警備員
「ガバメントです」
ビエル
「ティンプか。当てにならぬ奴……このままだと、Bドームの中に入り込まれる」
「ドワスにパトロール隊をスタンバイさせろ」
ジロン
「ティンプめ、奥のドームへ入り込むつもりだな?」
「ティンプ、逃がすもんか……うっ?」
「『開けてびっくり玉手箱』ってね!」
「古びたドックだ。使われなくなって大分経つな……」
「あっ……?」
「あそこか!」
ティンプ
「即製に付けたが、ちゃんと動かん!」
「おっ、行けるか?」
「あぁっ……!」
「ええい、イノセントの技術の連中め! こうも当たらんミサイル・ポッドで、ザブングルを倒せってのかよ?」
「あっ、あっ……!」
ジロン
「戴き!」
ティンプ
「ジロンめ、くっ……!」
ジロン
「わぁぁっ!」
ティンプ
「ええい、イノセントめ! 中に入れてくれたって良かろうに!」
「ちっ……!」
ジロン
「父の仇! 母の仇!」
「わぁぁっ!」
ティンプ
「くっ……!」
ジロン
「あっ、ティンプ! 待てよ、あっ……!」
「ティンプ、待て!」
「んんっ……逃がすかぁ!」
ティンプ
「執拗いな!」
ジロン
「うぉぉっ!」
「あっ……!」
「邪魔するな!」
警備員
「わっ……!」
ジロン
「何だ、こりゃ……?」
ドワス
「追え、侵入者はこの向こうだ!」
警備員
「ここから向こうは、我々の管理じゃありません!」
ドワス
「ええい、非常事態なんだぞ?」
「ビエル執政官、第7ブロックにパトロール隊を回してください」
「何とかしてもらわないと、ティンプとジロンが……」
ビエル
「第9ブロックのガード・マンを回すように手配する。ドワスは第7ブロックを突破して、第9ブロックへ回れ」
ドワス
「はっ!」
ビエル
「ええい、こういう事態がドームの中で起こるとはな」
「今まで、シビリアンになかった事だ。このゾラに間違いなく、何かの変調が起こり始めている……」
「第9ブロックのガード・マン、チェック・ルームへ集合! 緊急命令である、チェック・ルームへ至急集合!」
ティンプ
「んっ……」
「ふっ、戴き……」
「わっ、あっ……!」
ジロン
「んっ……!」
ティンプ
「ちっ……!」
ドワス
「何故、執政官の私が戦闘中のブロックを潜り抜けねばならんのだ!」
「うっ……ティンプ!」
ティンプ
「執政官!」
ドワス
「貴様が無能なお陰で、この様だ! ここはシビリアンの立ち入り禁止の所なんだぞ?」
ティンプ
「ジロンは、掟を尽く破る人間だと報告した筈だ。禄な武器も寄越さんでがたがた言うな!」
「何でお前らがジロンを倒さんのだ?」
ドワス
「掟だよ! より強い者を勝ち抜かせる為のな!」
「来た! やれよティンプ!」
ジロン
「ティンプ! やっぱりイノセントとつるんでいたのか!」
ティンプ
「ちっ……!」
ジロン
「えいっ!」
ブルメ
「ふぁっ……誰がハッチ開けて、ジロンを出したんだよ?」
エルチ
「コトセットよ、コトセット! ジロン一人で行ったとなれば、聖域よ?」
「ジロンならティンプを追い掛けて、ドームに入るわ!」
ブルメ
「そんな事して、イノセントに目を付けられたらどうするの?」
ラグ
「三日間、逃げ切りゃいいのよ。逃げられたらの話だけどね」
エルチ
「そんなのは後の問題でしょ? これ以上、ビエル様に迷惑掛けるのはたまんないわ!」
「アイアン・ギアー出撃! ザブングルを引き戻すのよ!」
「総員、ザブングルの発見に努めよ! 聖域のドーム周辺部の監視を重点的に行え!」
「イノセントのドームの周りで何かあったら、それはジロンが起こした事よ?」
「もしもそんな事が起こっていれば、もうこのPポイントには来れなくなるわ」
「私は、ビエル様とお会いする事も出来なくなってしまう……」
「そしたら、ジロンを止めておかなかった、あんた達みんなが悪いのよ?」
ラグ
「あ〜ら、エルチだって健やかに寝込んでた癖に、よく人を怒れるわね?」
エルチ
「あんただって!」
ラグ
「あっ……何さ! さっさとこんなとこ離れちゃえば、こんな事にならなかったのよ!」
エルチ
「あんただって、少しはジロンが気になるんでしょ? お捜し!」
ラグ
「あ〜、ジロンやどこだい? ……って、捜しゃいいんでしょ? ったく……」
ビエル
「規制を解除する。各自の判断により、ジロン・アモスを防御せよ」
「ジロン・アモス、シビリアンである。場合によっては射殺も許す」
ドワス
「ビエル執政官……!」
ビエル
「後一分で済む。以下の指揮を任せる」
ドワス
「はっ!」
ジロン
「んっ……」
「あっ、くっ……!」
「居ない……わっ!」
ドワス
「ターゲットは、ジロン・アモス一人だけだ!」
ティンプ
「イノセントの偉大な事業の邪魔をする兄ちゃんは、餓鬼だと言うんだよ」
ジロン
「人を殺すのがイノセントの仕事かよ?」
ティンプ
「だろうな。ふふっ、可哀相だが兄ちゃんのお目々、潰させてもらうぜ」
ジロン
「出来るか、ていっ!」
ティンプ
「くっ……!」
ジロン
「うっ……!」
「こんな無差別攻撃を掛けられたんじゃ、ティンプを取り逃がしちゃう……!」
「やってみるか!」
ビエル
「パトロール隊、何をやっている? ジロンは動力炉を登っているのだ。狙い撃ちをしろ!」
「動力炉を撃破されたら、このドームは全てが破壊されて……」
ジロン
「わぁぁっ!」
警備員
「わぁ……っ!」
ビエル
「動力炉で爆発を起こすとドームが危険だ! ジロンだけ狙い撃つんだ!」
ジロン
「あれだな? ティンプを倒してからだ」
警備員
「おい! 下から追い出すんだ!」
ジロン
「誰を追い出すの?」
警備員
「うぉっ、わっ……!」
ジロン
「ティンプ!」
「あそこか!」
「父の仇、母の仇! 撃つぞぉぉっ!」
ティンプ
「あっ! ジロン……!」
ジロン
「当たれ、当たれ、当たれ、当たれ!」
ティンプ
「うわぁぁっ!」
ジロン
「やった! 父さん、母さん、やりましたよ!」
「うぅっ……父さん、母さん、やりましたよ。わぁぁっ……!」
「あぁっ、母さん!」
「イノセントめ! 両親の仇だ!」
「一気にケリを付けてやる! イノセントの聖域が何だ! イノセントの文化が、科学が何だ!」
「戦いを生むイノセントなんかなくなっちゃえ!」
ドワス
「動力炉に近付けるな!」
ジロン
「こいつか!」
「わぁぁっ!」
「止め!」
ドワス
「わっ! 後退しろ! 爆発に巻き込まれるぞ!」
ジロン
「あばよ!」
ティンプ
「……ふんっ、『あばよ』か。偉いよ兄ちゃん、兄ちゃんは大物になるぜ。イノセントの聖域で暴れるなんてよ」
「ふふっ、しかし、俺のこの演技がありゃ、俺も捨てたもんじゃないぜ。ふふっ……わっと!」
エルチ
「コトセット、ダイク、見て! ま、また光の昇天よ? 光の昇天が見られるわ!」
コトセット
「あれは、光の昇天じゃない」
エルチ
「でも、あそこは光の昇天があった……」
ブルメ
「でも、あの音は違うぜ。何かが……」
エルチ
「あっ……!」
「ドームの中……!」
ブルメ
「爆発だ! イノセントの奥のドームの中で、何か事件が起きたんだ」
エルチ
「何でよ?」
ブルメ
「知りますか!」
エルチ
「まさか、まさか……!」
ブルメ
「まさかをやるのがジロンじゃないの」
ドワス
「何故、ドームの中で防御システムを働かせなかったのです?」
ビエル
「私はあの少年を見た時から、一度直に見て試してみたかったのだよ」
ドワス
「掟さえ守られていれば、我々のコントロールは完全でした」
ビエル
「今度は違ってくるよ。新しい時代に入りつつあるのだ、このゾラはな……」
「本当に期待していいのかもしれん」
エルチ
「冗談じゃないわよ! イノセントを怒らせてしまったのよ?」
「これで、アイアン・ギアーは商売も出来なくなる……私はビエル様にも嫌われてしまった!」
ラグ
「じゃあさ、ジロンが前に約束したように、出て行ってもらおうよ」
ブルメ
「どうせブレーカーとしてやって行く気はないんだろ? ジロン」
ジロン
「そんな事ないよ。エルチが……エルチが雇ってくれるなら、ここでブレーカーをやってもいい」
エルチ
「私の気持ちをどうするの? ビエル様に嫌われてしまって……!」
チル
「気が多いのね」
ジロン
「三日も経てば忘れるよ」
エルチ
「ジロン!」
ジロン
「ともかく、俺は両親の仇は討った。もうどういう人生でもいい、エルチの言う事をずっと聞いていく人生でもね」
「あっ……」
エルチ
「ジロン……!」
ブルメ
「待てよ。あぁ、熱出したな?」
エルチ
「熱? ジロンが?」
ラグ
「思い詰めていた事が終わったから、熱が出たんじゃない?」
ブルメ
「そうかもしれないな。ちょっと変わってる奴だもんな、こいつ」