第18話 家出がなんで悪いのさ

前回のあらすじ
あらゆる支配を、イノセントという特権階級に押さえられている、惑星ゾラ。
しかし人々は、それを何の不思議もなく受け止めていた。
ジロン・アモスは、マッド・シーに棲むハナワン族のゲンナ、ムーナと戦った。
キッド・ホーラに騙されてアイアン・ギアーを追うゲンナも、ジロン・アモスの心意気に打たれ、
共に手を取り合ってキッド・ホーラを討つのだった。
キッド・ホーラこそいい面の皮、這う這うの体でマッド・シーを脱出します。
アイアン・ギアーもまた、新たな大地へ向かって突き進む。
ナレーション
さて、ナレーションから始めよう。詰まらないかもしれないが、ま、たまにはこういう事もある。
マッド・シー……即ち、泥の海の旅も終わる頃、アイアン・ギアーはホーラの邪魔も入らずに、
次なる大陸へと無事到着をする。その間、ドラマがない訳だから、ナレーションで省略する訳だ。
それ、着いた。後は予告でお会いしよう。ね、諸君。
ジロン
「ハイヤ達で大丈夫なのか?」
ラグ
「コトセットの仕事を覚えてもらわなくちゃいけないからね」
ダイク
「本当にガソリン切れたの?」
ジロン
「半日はもつけどね」
ローズ
「私達まで起こさなくってもいいのにね」
エルチ
「この辺りには、父の知り合いの運び屋が居た筈なのよね」
コトセット
「満タンにしたいって言ってるんじゃない。一日分くらいあればいいんだ。金で嫌なら、ブルー・ストーンがある」
町民
「煩ぇ! 駄目だ駄目だ、お前らには何もやれん。油の一滴、一滴の水、パンの一欠片もな!」
 〃
「余所もんは足止めしちゃなんねぇ。今すぐ出てけ!」
マーレ
「ガルロ……」
ガルロ
「こんなに余所もんを嫌うなんて、おかしかないか?」
コトセット
「分かったよ、分らず屋共め! ブルー・ストーンも要らないなんてどういう訳だ?」
「さぁ、戻ろう戻ろう、船へさ!」
エルチ
「あら、コトセット戻るつもり? まったく……」
ジロン
「この奥にタンクはあるらしいんだけどね」
エルチ
「油田が浅いのかしら?」
ジロン
「油の出が少ないからって、ここの人そんなに油使うと思えないしな」
エルチ
「ならさ、出し惜しみする必要ないじゃないの。こんなに木の一杯ある所で……」
ジロン
「あぁ、楽に暮らしているらしいのにね。意固地な人達」
ブルメ
「何だよ、結局は失敗かよ」
チル
「わっ、何すんだよ」
ブルメ
「蹴っ飛ばしやすい所に置いとくのがいけないんだろ?」
チル
「うぅっ、わっ……!」
ブルメ
「あ、チル!」
ラグ
「チル!」
ダイク
「ブルメ、間に合え!」
ブルメ
「あっ……!」
チル
「はぁっ……!」
ダイク
「落ちる、押さえろ!」
ローズ
「エンジン掛けんのが早過ぎなのよ」
コトセット
「誰だ、エンジンを掛けた奴は?」
町民
「疫病神はさっさと失せろ!」
ブルメ
「あれ、止まっちゃった? いよいよここで野宿かよ」
ラグ
「マッド・シーで予定外のガスを食ったからね」
ブルメ
「大体、エルチが艦長らしくないからいけないんだよ!」
ラグ
「機械に八つ当たりする事ないだろ?」
ブルメ
「そんな事言ったって……食料も碌に残ってないみたいなんだぜ?」
エルチ
「イノセントは関係なくても、ホーラが追い掛けていて何かやってるのかもしれないわ」
コトセット
「そりゃ十分に考えられる。でも何故、ホーラはアイアン・ギアーを目の仇にするんだ?」
ジロン
「エルチを嫁さんにしたいからだろ?」
コトセット
「そりゃおかしい。エルチよりいい女は一杯居るんだ」
エルチ
「何か言った? コトセット」
コトセット
「んっ……でもねエルチ艦長、三日も会わなけりゃ、女の事だって忘れるのが普通でしょ?」
エルチ
「私は普通でないぐらい、いい女なの! 私は一度会ったら忘れられないぐらい、いい女なの!」
コトセット
「文化的ですしね」
エルチ
「そう」
ジロン
「でも、おかしいよ。それじゃ掟はどうなるんだ? 何でもかんでも三日で終わりにしちゃうって掟は嘘じゃないか」
エルチ
「そりゃ、私が特別な女だからでしょ」
コトセット
「そうなんだ。ホーラの拘り方は、ジロン以上だよな」
ジロン
「大体、アイアン・ギアーから追い出されたホーラが、あんな大型ランド・シップを持っていたりするのおかしいんだよね」
コトセット
「どこかの運び屋から盗ったにしては、新型のウォーカー・マシンがありすぎるもんな」
「何やってるんです? 煩いでしょ、艦長!」
ジロン
「ティンプと同じケースかな。ダイク、本当にホーラの船は上陸したのか?」
ダイク
「うん、夕方に左の方に見えた船あるもんな。ありゃ間違いなく、ダブル・スケール・タイプだった」
ジロン
「こっちはガソリンを探し探し来たからな。ホーラ達に先回りされている可能性は、十分にあるんだ」
「何で俺達だけを狙うんだ? 何故、三日の掟を忘れられるんだ?」
コトセット
「イノセントが、ホーラに掟破りを唆せているのかな?」
ジロン
「まさか。イノセントって優れた人々なんだろ?」
エルチ
「どうせ私は役立たずですよ! 大砲一つ撃てません! イーッ!」
ダイク
「え、何だ?」
コトセット
「あ?」
ジロン
「エルチ……」
エルチ
「私は侮辱されたのよ?」
ジロン
「エルチ……!」
エルチ
「来ないで! 女として最大限に侮辱された! 馬鹿にされた!」
ジロン
「どうしたんだ?」
エルチ
「あんたも来ないで!」
「嫌い嫌い! 大嫌い、こんな所に居てやるもんか!」
ジロン
「エルチ! 馬鹿な真似はやめて、考え直すんだ」
「わっ……エルチ!」
エルチ
「私なんて、この船に居ない方がいいんでしょ?」
ジロン
「そんな事ないよ。いい女が居なくなったら、アイアン・ギアーはどうするの?」
ジロン
「聞こえないの? 褒めてやったんだよ、エルチ。別に気に入らないからとかっていうんじゃないんだよ、ねぇ」
「あっ……こっからバイクで飛び降りる訳じゃないんだろ?」
エルチ
「飛び降りてやる! どうなったって!」
「あっ……!」
ジロン
「エルチ、大丈夫か?」
「上手く降りたか、エルチ? よっ、流石艦長、戻っといで」
「……行っちゃった。んん、女は分からん」
プロポピエフ
「やっぱり船出ですか?」
ジロン
「船は止まっているよ」
プロポピエフ
「いえ、家を出て行くのが家出ですから、従って、船を出るのは船出」
ジロン
「馬鹿言わないの」
ローズ
「エルチに先越されちまったね」
プロポピエフ
「流石は艦長だ」
「美味しい」
ジロン
「コトセット、あんたがエルチの相手をしなかったのがいけないんだよ?」
コトセット
「エルチの相手をするのは、ジロン、あんたの仕事でしょ? 連れ戻してくれ」
「エルチは運び屋手形を持ってるんだ。あれがないと、いざって時にイノセントの助けを受けられなくなるんだ」
ジロン
「分かったよ」
ラグ
「ジロン」
ジロン
「何だよ?」
ラグ
「よしなよしな、エルチなんていいじゃない」
ジロン
「何で?」
ラグ
「アイアン・ギアーをこの辺で売り飛ばしてさ、もう一度、昔のサンドラットの生活に戻らないかい?」
ジロン
「一宿一飯の恩を裏切っちゃいけない。これは掟とは別なんだ」
ラグ
「お堅いね」
ジロン
「親父がそう教えてくれた。女を大事にしろって事もさ」
ラグ
「じゃあさ、エルチ捜すのにザブングル持ってかないでよ。いつホーラが来るか分からないんだから」
ジロン
「そうはいかないよ」
ラグ
「随分優しいじゃない、エルチに。すぐ帰ってよ?」
ジロン
「ラ、ラグにだって、優しくしている筈だよ」
ラグ
「あ、じゃあ今優しくして」
ジロン
「馬鹿言え……あっ!」
ラグ
「ひひっ、それ見ろ」
ジロン
「本当、手間掛けてさ」
エルチ
「あっ……!」
「何で私が、こんな惨めな思いをしなくちゃいけないの? こんな暗く、じめじめした……あっ!」
「あっ……舐めんな!」
ジロン
「ん?」
エルチ
「うっ、こいつ……!」
「あっ、弾が……ええいっ!」
雇われ
「あ? 女? へぇ、こりゃ凄ぇ女じゃねえか」
「こいつは何てこったい。エルチじゃねぇか。エルチ・カーゴがこんな所に居るたぁ、こりゃホーラの旦那に……」
エルチ
「しまった!」
「うっ……!」
雇われ
「へへっ、エルチ姉ちゃん!」
エルチ
「何て事、全く何て……あっ!」
「はっ……!」
雇われ
「ザブン……あ? どこのどいつだ、邪魔する奴は?」
「うっ!」
エルチ
「あぁっ……!」
コンドル
「怪我はなさそうだな」
「もう大丈夫だ、お嬢さん」
エルチ
「お嬢さん? 私をそう呼んでくださる貴方は……」
コンドル
「この土地の者です。名前はエル・コンドル」
エルチ
「エル・コンドル様……うぅっ、エル様……!」
コンドル
「ん? 深い事情がおありのようだな」
エルチ
「うぅっ、そうなのよ!」
エルチ
「あっ……?」
「詩集だ……レコード。凄い、新式のハイ・ファイ・セットじゃない」
コンドル
「お? 起きたのか。元気そうで良かったな」
エルチ
「女の人は居るの?」
コンドル
「女? 居ない。ここは俺一人だ」
エルチ
「夕べ、暖炉は点いてなかったわ」
コンドル
「あぁ、今朝俺が点けた」
エルチ
「私が一人で寝てたのよ?」
コンドル
「可愛かったよ。ウォーカー・マシンの操縦は出来るか?」
エルチ
「当ったり前でしょ? こう見えてもランド・シップの……」
コンドル
「じゃあ、コックピットに上がってエンジンを掛けてくれ」
エルチ
「ふんっ」
コンドル
「縄梯子は大丈夫かな? 登れるか?」
エルチ
「さあね」
「こんなもの」
コンドル
「気を付けてくれよ」
エルチ
「あれ?」
コンドル
「ははっ。ほら、言ったじゃないか」
エルチ
「大丈夫よ」
ジロン
「ふぁっ……」
コトセット
「ジロン」
ジロン
「まだ見付からないんだ。もう少し捜してみるよ」
コトセット
「絶対に連れ戻せよ」
エルチ
「美味しかった。素敵だったわ、何もかも。私、こういうのが夢だったの」
コンドル
「気に入ってもらえて有難いな」
エルチ
「あの、エル・コンドル……」
コンドル
「エルでいい」
エルチ
「エル、聞かないの? 私の事、どこから来て名前とか」
コンドル
「聞いて欲しいか?」
エルチ
「貴方の事を聞きたいから。こんな森の中で、貴方のような人と巡り会うなんて、思ってもいなかったもの」
「ザブングル」
コンドル
「仲間なのか?」
ジロン
「わっ、何すんだよ」
エルチ
「何しに来たのよ」
ジロン
「何ぃ?」
エルチ
「帰ってよ、何しに来たの?」
ジロン
「あのな……何しに来たって、迎えに来たんじゃないか」
エルチ
「帰って! 私、帰る気ないわ」
ジロン
「何だよ、せっかく迎えに来てやってるのに!」
コンドル
「いいのか? 帰らないで」
エルチ
「行きましょう」
ジロン
「エルチの馬鹿が!」
「くそっ、何だいあんな男。エルチの面食いめ。俺の方がいい男じゃないか!」
「わぁぁっ……!」
チル
「わ〜い、肉だ肉だ」
ジロン
「ブルメ、こいつを料理してくれないか?」
チル
「任しとけって」
ブルメ
「久し振りの生肉だ。へへっ……」
ラグ
「で、エルチ見付かったのかい?」
ジロン
「いや」
ラグ
「そっ、しょうがない馬鹿だよ。甘ったれてるのさ」
「ねぇジロン、私達に一口乗らないかい? さっきの連中を襲ってさ、アイアン・ギアーの燃料を手に入れるんだよ」
ジロン
「穏やかじゃないな」
ラグ
「それで、ホーラにでも売り付けるのさ。あいつなら高く買ってくれるよ」
ジロン
「ホーラが相手なら、金を払っても、その後で殺されて金を掻払われるのが落ちさ。それに、この計画は失敗するよ」
ラグ
「何故さ」
ジロン
「俺に話したからさ。計画には乗らないよ」
ラグ
「ジロン」
「何だい、いつからそんな大きな口が聞けるようになったのさ」
ジロン
「燃料なら、もう一度ここの連中に分けてくれるように、これから頼んでみるから」
ラグ
「ええいっ!」
ジロン
「ぐっ……!」
コンドル
「君はあのまま帰るのかと思っていたがな」
エルチ
「私はここが好きだわ。そう、貴方には文化の薫りがあるのよ」
コンドル
「文化?」
エルチ
「そうよ、私もエルと同じようだから分かるの」
コンドル
「あぁ、ここだ。見るがいい」
エルチ
「何これ?」
コンドル
「遥か昔の物だ。石の建物だったらしい」
エルチ
「この土地に、こんな物があっただなんて……」
コンドル
「コンドル家の物だ。俺はこれを守る為にこの土地を守る。その為には、一人になってもここを動かん」
エルチ
「あれは……」
コンドル
「ん?」
エルチ
「イノセントのドームじゃなくて?」
コンドル
「私の父が、この遺跡を独り占めにしようとしたイノセントに戦いを挑んだ跡だ」
エルチ
「イノセントに戦いを? そんな馬鹿な……」
コンドル
「だから、コンドル家の生き残りにエル・ドラドの人は冷たい。イノセントに見捨てられる事になったのだからな」
「分かるか? 私は文化的な人間ではない。イノセントに楯突いた恐ろしい家系の人間なのだ」
エルチ
「でも、エルは優しいわ」
エルチ
「成る程ね」
コンドル
「連中は何もしない。気にする事はない」
コンドル
「食料だけでいい」
ジロン
「うわぁぁっ!」
「やっぱり、ホーラの先発隊だ」
「ん、もたないか? 来た!」
雇われ
「野郎!」
ジロン
「しまった! ガソリンが少ないから、この姿勢じゃガスがエンジンへ……」
「あ?」
ホーラ
「ジロン・アモス、聞こえるか? 大分、油で難儀をしているようだな。この村の連中と話は付けてある」
「アイアン・ギアーに油を入れられると知らせたらどうだ、ジロン? 無線を貸してやるよ」
エルチ
「ホーラだわ。ジロンが捕まったらしい」
コンドル
「ホーラ? 何者だ?」
エルチ
「イノセントに使われてる男よ」
コンドル
「イノセントに? 新型のランド・シップだな」
エルチ
「ジロンと油を餌に、アイアン・ギアーを誘き出すつもりだわ」
コンドル
「この村のタンクを囮に使おうというのか。余所者にそんな事はさせん」
エルチ
「エル……」
ジロン
「汚ぇぞ、人質しか思い付かないなんて。余程単純な奴なんだな、貴様は」
「こいつ! この、この!」
ホーラ
「そうかい」
ジロン
「た、垂れ目がよくもやったな!」
ホーラ
「垂れ目じゃない! 黙れ、ドマンジュウ!」
ジロン
「何だと〜! 怒ったって垂れ目じゃないか!」
ホーラ
「何ぃ!」
雇われ
「来た!」
ホーラ
「良し、作戦開始だ!」
ジロン
「気障、カッコ付け」
ホーラ
「アイアン・ギアーがタンクに近付いたら、タンクごとぶち飛ばせ! 一斉砲撃で一気にケリを付けてやる!」
「エルチなぞ、もう忘れる」
ジロン
「させるか!」
ホーラ
「出来もせん癖に、何を言うか」
ダイク
「何故、急に燃料を売る気に?」
ラグ
「二割方高いけどね」
コトセット
「賃が欲しいんでしょ、連中だって」
ホーラ
「撃て!」
「うっ……?」
「何だ?」
雇われ
「主砲が……!」
ラグ
「コトセット、ストップ! 後退用意!」
ダイク
「ダブル・スケールだ。森の中にホーラのランド・シップが待ち伏せている」
雇われ
「森の中からだって?」
ラグ
「タンクに当てるんじゃないよ。油も貰えなくなるからね」
ジロン
「ん、エルチ?」
エルチ
「惨め惨め」
ホーラ
「森を出ろ! 砲撃も……ん?」
「チッ!」
エルチ
「何で、この船をやっちゃわないの?」
ジロン
「ガスが少ないんだ。アイアン・ギアーの弾にやられるのも嫌だろ?」
エルチ
「ライフル使えばいい」
ジロン
「弾は抜かれている」
「どうだ、見たか」
エルチ
「ジロン、エル・コンドルが……」
ジロン
「何?」
エルチ
「アイアン・ギアーを助けてくれた人が危ないのよ」
ジロン
「あっ……」
コンドル
「うわぁぁっ!」
エルチ
「エルがやられちゃう!」
ジロン
「降りないと潰すぞ!」
雇われ
「わっ、命ばかりは……!」
ジロン
「お前ら、ホーラに見捨てられたな!」
雇われ
「あっ……!」
ジロン
「ガラパゴスをぶっ壊していった?」
エルチ
「私達に使わせない為に? 何て奴なの、ホーラって」
ジロン
「んん、何でさ?」
エルチ
「さあ。知性的なのよ、エル・コンドルはね。あんた達と違ってさ」
ラグ
「いいよいいよ、油は貰ったしさ。アイアン・ギアーはちゃんとやるよ」
ジロン
「ラグ!」
ラグ
「しょうがないだろ?」
チル
「行っちゃうよ?」
ジロン
「凄いのね、恋する女って」