第34話 ファットマン思いはるかに

前回のあらすじ
支配階級イノセントと、支配される者シビリアン……
その間にも、時代の流れともいうべき変化が起きようとしていた。
ジロンとカタカムのやり方に、腹立つブルメの船出にも、上手く行かない事がある。
船出の先でビエルと出会い、殺しも成らずと相成れば、明日は分からぬ二人の道行き。
カタカム頑張り、ポイント崩しに乗り出せば、ジロン・アモスは目立たない。
無駄な戦いするならば、エルチ捜しをやってみる。
そんなジロンを引き止める、ビリン・ナダの可愛さに、ジロン、エルチ恋しをやめますか?
ビラム
「ふふっ。ドクター・マネ、見違えるほど戦闘的になったじゃないか」
Dr.マネ
「はっ。エルチはナイフ使いです。暗示を掛けると、闘争反応が150%増加しました」
「つまり、才能を否定するのではなく、認めてあげるという事ですね」
ビラム
「……どうした?」
エルチ
「あぁっ……」
Dr.マネ
「ご心配なく。疲れが出ているのでしょう」
ビラム
「ふむ、あと一息だな。少し気晴らしをさせてやるか」
Dr.マネ
「はい」
エルチ
「あははっ……!」
「ビラム様」
ビラム
「元気のようだな、結構。エルチ・カーゴ君」
エルチ
「はい」
ビラム
「気晴らしに、私の散歩に付き合ってくれないかね?」
「たまには他の景色を見るのも良かろうからな」
エルチ
「はい」
ビラム
「やれ」
ラグ
「あ〜あ……」
カタカム
「お尻が上っていちゃ駄目だ駄目だ。さあ、もう一度やってご覧」
ラグ
「は、はい」
「や〜ね、私って転んでばかりで……ふふっ」
カタカム
「いやいや、ラグは筋がいい。すぐ上手になる」
ラグ
「ほ、本当?」
「じゃあ、下まで競争しましょう?」
カタカム
「あぁ、そっちは不味い……!」
ラグ
「キャッホー!」
「あ〜、助けて〜!」
カタカム
「今行く!」
「ん?」
ラグ
「あ〜、助けてカタカム、落ちちゃう落ちちゃう〜!」
カタカム
「あ、やっぱり……」
ミミ
「最近、弾運びばっかりね」
キキ
「力仕事やってると、体の線が崩れちゃうのにね」
チル
「こいつ、こいつ……!」
ジロン
「何てしつこいんだ」
カタカム
「ジャンプするぞ、ラグ」
ラグ
「オッケー!」
「きゃ〜、どいてどいて〜!」
カタカム
「いや〜、大した物だ」
ラグ
「有難う。貴方の教え方が上手だから、ふふっ」
ガルロ
「何、イチャイチャやってんのさ! みんな働いてるってのに」
ラグ
「何よ、スキーを教わっちゃ悪いっての?」
ミミ
「悪くなんかないわよ?」
キキ
「そうよ、羨ましいだけ」
チル
「そ、羨ましいだけ」
カタカム
「この雪山地帯で、スキーの技術がなくて戦えるか!」
ジロン
「お楽しみに理屈は要らないよ。ウォーカー・マシンでスキーがやれりゃ、不自由はしないでしょ」
ラグ
「何よその言い方? あんただって年中勝手な真似ばかりしてる癖にさ」
ジロン
「ベェッ!」
ファットマン
「クンクン……」
「アォォーッ!」
プロポピエフ
「さあ皆さん、特性鹿肉のシチューですよ。はいどうぞ」
ガルロ
「何が特性だよ。一週間こればっかじゃないの」
ローズ
「体が暖まればいいでしょ?」
「はい」
プロポピエフ
「一年続こうが二年続こうが、特性鹿肉のシチューは特性鹿肉のシチューですよ」
「これに馬肉を入れてご覧なさい。馬鹿肉のシチューでしょ」
「はい、食べるのあんた?」
ガルロ
「あ〜、要る要る!」
ビリン
「あ、貴方……」
「あの人、見た事あるけど……」
「あれはファットマンだわ、間違いなく」
ラグ
「ファットマンが?」
ダイク
「赤い服を着て出て行ったって?」
ラグ
「どうしてだ?」
ビリン
「黄色いリボンに帽子を被ってるんですよ」
ジロン
「知ってるか?」
ガルロ
「いや」
ビリン
「まるで獲物を追う猟犬みたいに、まっしぐらに走っていったわ」
「それに、艦長の部屋からドレスの箱を持ち出してさ」
ジロン
「エルチのドレスを? 何でまた」
ビリン
「あっ、ひょっとしてあの人、女の格好する趣味が……」
「気持ち悪……!」
ジロン
「ゲッ……!」
ガルロ
「よせよせ、ジロン」
チル
「待って、ジロン!」
ファットマン
「ハァッ、ハァッ……」
「ガァァッ!」
ラグ
「ジロン、何やってんのよ?」
ジロン
「ファットマンを追い掛けるんだ」
ラグ
「馬鹿な真似はやめてよ。ファットマンはココがおかしくなって、勝手に出てったのよ?」
ジロン
「いや、違うな。ファットマンは動物的な勘でエルチの手掛かりを掴んだんだ」
カタカム
「まさか、犬じゃあるまいし」
コトセット
「あり得るな」
「昔、エルチお嬢さんが遊んで川に落ちた事がある」
「その時ファットマンは、3キロ先から駆け付けて助けたんだ」
「勘は働く奴さ」
ラグ
「そうだとしても、エルチはとっくにイノセントの仲間になってる筈だわ」
カタカム
「確かにね。イノセントの科学の力を以ってすれば、あり得る話です」
ジロン
「人間の心がそう簡単にクルクル変わってたまるか」
ラグ
「エルチは、イノセントの仲間入りが望みだった事を忘れてるわ」
ジロン
「あっ」
ダイク
「とにかく、キッド・ホーラやティンプとの決着が付いてないんだ。ここでチーム・ワークを乱すのは不味いな」
「ジロン、迂闊に動かないでくれ」
チル
「ジロン、あたいの勘ではさ、エルチは幸せじゃないと思うんだ」
ラグ
「チルは黙って」
チル
「あたい夢見たんだもん。で、エルチ泣いてたんだもん」
カタカム
「動物的勘に、夢のお告げか」
ジロン
「とにかく俺は、三日経ったら忘れるとかって器用な真似は出来ないんだ。しようとも思わない」
カタカム
「だからといって、組織を乱す権利はない」
ジロン
「エルチは俺が取り戻す。お前らが何をやってくれる? 俺がそう決めた。俺が実行するだけだ」
ラグ
「ジロン……!」
ジロン
「チル、エンジン掛けとけ」
チル
「了解」
ビリン
「格好付けの兄ちゃん、頑張って〜!」
ジロン
「わっ……!」
ビリン
「頑張れ男の子!」
ラグ
「勝手ばかりして。もう、どうなろうとも知らないから」
ジロン
「カタカムは、アイアン・ギアーを指揮したくって仕方ないんだろ? やらせとけやらせとけ」
「行くぞ、チル」
チル
「あいよ」
ラグ
「さ、仕事よ。部署に就いて」
ハイヤ
「俺達ウルフだけでも、付いてってやるよ」
ラグ
「駄目! 力が分散するわ」
マーレ
「どこに居ても、危険は同じようなもんよ」
ハイヤ
「それに俺達はやっぱり、ジロンに引っ張られてきたんだ。今更見捨てる訳にはいかないよ」
ガルロ
「ギャリアを壊されちゃ困るもんな」
「行けよ。アイアン・ギアーの心配はすんな。こっちは俺達で何とかなるさ」
「大丈夫だよな、ダイク?」
ラグ
「どうして……どうしてなの? どうして誰もかも、勝手な事ばかりするの?」
「共倒れになってもいいっていうの?」
「どうして……!」
ハイヤ
「い、行こう」
マーレ
「あぁ……」
カタカム
「ラグ。ウルフまで出て行かれると、我々の力は……」
ラグ
「コトセット、何してんの? アイアン・ギアーの暖機運転させといて!」
コトセット
「わ、分かった。やっておこう」
チル
「ジロン、何でバーッと行かないの?」
ジロン
「フルにやってガスを使ってみろ。いざって時にどうすんだよ?」
カタカム
「地上のウォーカー・マシンは、動いているアイアン・ギアーへ飛び乗れ」
「これも訓練の内だ。急げ!」
ラグ
「格好いい!」
カタカム
「有難う、ラグさん」
ラグ
「イヤ〜ン」
カタカム
「落ちた者は何度でも繰り返せ。全員上がるまでやる」
ラグ
「これだけの戦力があるなら、カタカム達と一緒に別行動だって取れるわ」
「いつまでも舐めないでよ、ジロン」
ホーラ
「ビラム執政官直々のお出ましとは、光栄です」
ビラム
「ビエル執政官は正式に追放処分となった。今後、この地区の全権は私にある」
ホーラ
「それは、おめでとう御座います。大したおもてなしも出来ませんが……」
「ん、エルチ……」
ビラム
「すぐ帰らせてもらう。そのままで聞きたまえ」
ホーラ
「あ、はっ……!」
ビラム
「これまでドワスに指揮を任せたが、正直言って手緩いようだな」
ホーラ
「私も遊んでいる訳ではありません」
「アイアン・ギアーの連中がソルトと組んだ分だけ、彼らが補給面で有利だという事を憂慮しております」
ビラム
「百戦錬磨の君だ。どのような戦いでも有利な筈だな」
ホーラ
「しかし、私の方への補給が少なく……」
ビラム
「もう少しは回してやろう」
ホーラ
「補給だけでは足りません」
ビラム
「他にも条件があるのか?」
ホーラ
「エルチを、私に渡してもらいたい」
ビラム
「何?」
エルチ
「えっ……?」
ファットマン
「ウォォーッ!」
ジロン
「ファットマンの奴、エルチの居所が分かっているのか?」
ビラム
「確かにエルチの件は、ビエルからも聞いているが……」
「この男も、飽くまで一人の女に拘っている。これも世代替わりだというのか」
ホーラ
「ビラム執政官」
ビラム
「その条件は呑もう」
エルチ
「執政官……!」
ホーラ
「あ、有難うございます!」
ビラム
「但し、成功報酬とする」
ホーラ
「ビラム執政官……!」
ビラム
「作戦が成功したらだ」
ホーラ
「間違いないでしょうな?」
ビラム
「私は嘘は吐かんよ。ブルー・ストーンを置いていく」
エルチ
「あの男、何れは貴方の邪魔な存在になりますわ」
ビラム
「ほう、見る目を持っているな。ミス・エルチ」
「ふふっ、エルチの洗脳は上々だ」
ファットマン
「アァーッ!」
ブレーカー
「ふむ、放っときゃ落ちるな」
乱暴な男
(回想)「おら、持ち場を離れるんじゃねぇ!」
(回想)「何だ、その目は? あ、主人に向ける目か?」
(回想)「貴様を拾ってやったのは俺だ。飯食わせてやったのも俺だ。それが恩人に向かって向ける目か?」
(回想)「もっと有難がれ、大飯食らいが!」
(回想)「ああ、こりゃこりゃ、キャリング・カーゴさんの……」
(回想)「あんなゴミみたいなもの、見ちゃいけません。お嬢さん」
エルチ
(回想)「あ、花だ」
(回想)「ふふっ、この人を買うわ。金10枚」
乱暴な男
(回想)「お嬢さん……」
エルチ
(回想)「いいでしょう?」
乱暴な男
(回想)「やあ、そ、そりゃ……でも、お父さんに怒られますぜ?」
エルチ
(回想)「大丈夫よ」
乱暴な男
(回想)「そうすか? それならいいんですが……」
ブレーカー
「何だ? 化けもんか、あいつ?」
「あの野郎……!」
「出てこい、鼠野郎!」
「早く出てこないと、ミサイル全部ぶち込むぞ……わっ!」
ファットマン
「オォーッ!」
ブレーカー
「ええいっ!」
「何ちゅう奴だ……。いいか、見えたら一斉射撃だ!」
「撃て!」
ファットマン
「アァーッ!」
ブレーカー
「うわぁぁっ!」
 〃
「へへっ、タフ男もこれで終わりよ!」
「え? 何ちゅう男だ、それ!」
「ぎゃぁぁっ!」
 〃
「くたばれ!」
ジロン
「ファットマン、よくやった!」
「わっ!」
「ティンプの奴、余程の戦力を持っているのか」
「ガバリエだ。ホーラか」
「あっ」
「ソルトの連中が邪魔をしに来たのか?」
ホーラ
「ほう、小賢しい。あれもソルトの連中か」
「アイアン・ギアーが来る前に潰せ!」
チル
「弾が無駄になるから、撃つのやめるよ。ジロン、ギャリアで突っ込むわよ」
ジロン
「ん、ウルフか。ハイヤ達のランド・シップだ」
ハイヤ
「ジロン、バズーカだ!」
ジロン
「わあ助かる、ハイヤ!」
「あっ、あのカプリコ・タイプ、誰が乗ってんだ?」
ファットマン
「ウォーッ!」
ジロン
「ファットマン……大丈夫か?」
ホーラ
「向かってくる2機はウォーカー・マシンで叩け。ランド・シップには集中砲火を浴びせろ」
「エルチを手に入れる為には、何としても……!」
ジロン
「ファットマン、深入りするな!」
マーレ
「ハイヤ、思い切って前進よ!」
ハイヤ
「駄目だ、今のでエンジンやられた!」
「わっ!」
ホーラ
「手応えあったぞ。このチャンスに総攻撃だ!」
ゲラバ
「弾の在庫がありません」
ホーラ
「構わん。この際だ、全弾ぶち込め!」
ゲラバ
「了解!」
ホーラ
「機運はあるのだ。調達はすぐ出来る」
カタカム
「こんな時に、個人的な感情で動いてはいけないよ」
ラグ
「堅い事言わないでよ。みんな大事なクルーなんだよ」
カタカム
「しかし、こんな不利な地形では……」
ラグ
「勝つように戦えばいいんだから、勝つようにやってよ」
ビリン
「ラグさんは気楽ね」
ラグ
「今までこれで上手く行ってるの。余計な口出さないでよ」
ビリン
「あぁそうですか!」
カタカム
「戦力を消耗し過ぎるのだよ、ラグさん」
ラグ
「し過ぎないようにやるの、ね? カタカム、少しは私のやり方分かってよ」
カタカム
「まぁ……」
ラグ
「んっ……」
カタカム
「エヘヘッ……」
ラグ
「……見掛けと口とやる事が納得じゃないのよ」
「コトセット、エンジン全開。音を聞かれないように風下から迂回する」
コトセット
「はいはい」
ジロン
「わぁぁっ!」
カタカム
「もうすぐ出番だ。各自、スタンバイいいか?」
ファットマン
「ヨクモ……!」
「アァーッ!」
カタカム
「行くぞぉぉっ!」
ホーラ
「あ、アイアン・ギアー……いつの間に?」
「左、アイアン・ギアーだ。集中砲火!」
ゲラバ
「タンマタンマ、弾がねえよ!」
ホーラ
「非常用のストックを出せ」
ゲラバ
「それも使い切っちまった」
ホーラ
「何だと?」
ゲラバ
「さっき、全部使えって言ったじゃない」
ホーラ
「あっ……」
カタカム
「レッグ隊は甲板に飛び乗れ!」
ジロン
「ファットマン、どこに行ったんだ?」
ホーラ
「補給所まで戻るしかないのか」
「ん、ファットマン……!」
ファットマン
「ガァァッ!」
ホーラ
「や、やめろ、取引をしよう」
「な、ファットマン。これで……うっ!」
ゲラバ
「こいつ!」
ホーラ
「何なんだ、あいつは……?」
「一先ず退却!」
ラグ
「あっ!」
「カタカム、レッグを前に出し過ぎだよ!」
「撃ち方やめ! やめるんだよ、撃つの!」
カタカム
「何故だ? 今が攻撃するチャンスじゃないか!」
ラグ
「冗談じゃない。あんた達、そんなに戦いのプロじゃないでしょ」
「みんな下がれ! 図に乗ると大怪我するよ!」
カタカム
「じゃあ聞くが、どうしたら勝てるというんだ?」
ラグ
「戦力だよ。私は、アイアン・ギアーを好きに使える立場じゃないんだからね」
カタカム
「コトセットを呼べ」
ラグ
「無理さ。コトセットはあんたが嫌いだからね」
ビリン
「そんな個人の問題を言ってると、イノセントに勝てないわ。絶対」
ラグ
「大人の話に口を出すんじゃないの!」
ビリン
「すぐ大声出すなんて、レベル低いわね〜!」
ラグ
「低くったって、これでやって来たの!」
ビリン
「カタカム。組織あってのカタカムですからね。分かって?」
カタカム
「あ、分かってる……」
ラグ
「アイアン・ギアーは組織じゃないんだから!」
「ところで、ジロンは?」
チル
「居ないよ」
ラグ
「チル」
チル
「ふふっ」
ラグ
「まさか……」
チル
「うん」
ラグ
「ジ、ジロン……!」
ファットマン
「ウォォーッ!」