第38話 エルチ、舞う!

前回のあらすじ
支配階級イノセントと、支配される者シビリアン……
その間にも、時代の流れともいうべき変化が起きようとしていた。
発作を起こすはコトセット。放っておけばもう駄目と、チルは頑張りワクチン求めて突っ走る。
その隙突いて迫り来る、キャローン・キャルは執拗い女。
メディック・チームの野営地襲い、ジロン・アモスを誘き出す。
そこでキャローンが出会うのは、妹ビリン。敵と味方のすれ違い、涙流して戦って、別れ別れも運命なのか。
エルチ
「よーし、よく当たった。次に行くぞ。2番砲塔、続いて4番機銃、6番機銃、用意!」
「よーし、休むな。次の標的が出てくるぞ!」
「各砲塔の判断に任せる! 各自、標的を決めてやって見せろ!」
「何でジロンを逃がすのか! 休まずに撃て! よーく狙って、一気に撃て!」
「行けーっ!」
「ええい、無駄弾を撃ちすぎて……!」
ドワス
「ミス・エルチ、完璧なテクニックだ。よくもここまで兵士を訓練したものだ」
エルチ
「恐縮です。ただ、相手が本物でないのが残念です」
ドワス
「すぐに本物と対戦させてやる。直ちに作戦開始のポイントへ急いでくれ」
エルチ
「え? 了解であります。弾薬などの補給が終わり次第、出動します」
ドワス
「急いでくれよ」
エルチ
「……アイアン・ギアーの雑魚共め、見てるがいい。それとジロン・アモス、待っていろよ」
ドワス
「ビラム執政官、ご覧になりましたか? エルチは恐らくや、ご期待に添える事でありましょう」
ビラム
「準備を急がせろ」
ドワス
「はっ、了解」
ビラム
「……今更ながら、シビリアンの強さを知らされた気持ちだ。しかもソルトの連中も着実に増えている。となれば……」
「ソルトの中からも、有能な者を攫って洗脳に掛けろ。ドクター・マネ」
「シビリアン共に、このゾラを好きにさせるものか」
ソルト・メンバー
「オーライ、オーライ、そのまま降ろせ」
「と、止まれ……わっ!」
メディック
「急いで車の中へな」
マリア
「はい」
ラグ
「まだ終わらないの?」
ブルメ
「やってるよ」
ジロン
「後はこいつを運ぶだけさ」
ラグ
「他はみんな終わってるんだ。カタカムの足、引っ張らないでよ?」
ジロン
「分かったよ、ベェッ!」
ブルメ
「ま、カタカムはともかくとして、こいつを運んじまおうぜ」
ジロン
「そうだな」
ダイク
「そうそう」
チル
「やる〜っ!」
ジロン
「え〜いっ!」
ブルメ
「ジロン、早く登っちまえよ」
チル
「後が閊えてるんよ、ジロン」
ラグ
「何だい、まだそんな事してるのかい? 見掛け倒し」
「カタカムなんか、そんなもん軽く持ち上げるのにさ」
ジロン
「カタカム〜? くそっ、このっ……!」
ラグ
「その調子〜」
ブルメ
「よせ、無茶するな」
ジロン
「え〜い……!」
ブルメ
「来るな来るな、もう駄目……!」
ジロン
「こなくそっ!」
ブルメ
「スゲッ」
ジロン
「どんなもんだ」
ブルメ
「あ、あ〜っ!」
ジロン
「はっ、お先に……!」
ジロン、ブルメ
「わわっ……!」
ラグ
「ったく、何やってんだろね」
チル
「痛そう」
カタカム
「ラグさん」
ダイク
「お〜嫌だ。『ラグさ〜ん』だって」
ラグ
「出発するの?」
カタカム
「そうだ。みんなは居るのか?」
ラグ
「概ね居るよ。何?」
カタカム
「話がある。集めてくれ」
ラグ
「ブルメ、ジロン!」
ブルメ
「何だ? 『オーッ、カタカム!』か?」
ジロン
「見ろ、カタカム! 俺だってこれくらい持てるぜ」
カタカム
「ジロン君、私にはそんな馬鹿力はないよ」
ジロン
「ラグ、騙したな?」
ラグ
「いいから黙って話を聞きなよ」
ビリン
「私達ソルトは、アーサー・ランクに会いに行く事に決定しました」
ラグ
「アーサー・ランク?」
ジロン
「イノセントのボスだって、あの男にか?」
カタカム
「その通りだ」
ブルメ
「正気かよ」
カタカム
「いけないかね?」
ラグ
「いや。で、アーサー・ランクの居場所は分かってるの?」
ビリン
「オンダンナ地方のヨップという大きなポイントらしいの」
ジロン
「俺はエルチを取り戻す為にここまで来たんだ」
マリア
「Hポイントに拘るのは危険だと思います」
ジロン
「敵を目の前にして逃げるのは、腰抜けのやり方だ」
カタカム
「腰抜けだと?」
ラグ
「ジロン、そりゃ言い過ぎだよ」
ビリン
「そうよ。戦う為にヨップに行くのよ?」
ジロン
「今戦えばいい」
カタカム
「……相変わらずだな」
ラグ
「頑固! 偏屈! 意固地のガリガリ!」
「ふんっ!」
カタカム
「ラグ」
ラグ
「何よ」
カタカム
「今は一応、アイアン・ギアーには別行動を取ってもらおう」
ラグ
「え? カタカム……」
カタカム
「そして、Hポイントに着く前に、君がジロンを説得してくれないか?」
ラグ
「ん、説得か……」
「私に出来るかな?」
カタカム
「そりゃ、ラグさんなら」
ラグ
「え? そうね」
ビリン
「カタカム、貴方の思っているように行くかしら?」
カタカム
「シビリアンとはああいったものだ。短気は禁物だ」
ビリン
「分かります」
カタカム
「さあ、我々も出発しよう」
メディック
「さて……ん?」
マリア
「あの人達、どうしてあんなに危険を求めて行くのかしら?」
メディック
「連中は、戦う事で生き延びる事を知ったんだな」
マリア
「でも……死に急いでるように見えます」
メディック
「今、連中のような若者が必要な時代だ。しかし、これからは違う世の中になるな」
マリア
「血を流さないで、平和に生きる時代が来るというのですか?」
メディック
「ああ。しかし、その時が来るまでは戦わなければならん」
マリア
「そんな……」
ソルト・メンバー
「各隊、揃いました」
カタカム
「よし、艦隊出発〜!」
警備兵
「こちらH13地域監視。Hポイント、ドワス様に緊急報告。ドワス様に伝えてくれ」
ビラム
「何? ソルトの連中がヨップを目指しているだと?」
「ビエルの裏切り者が、我々の内情を漏らしたようだな」
ドワス
「もしも、彼らシビリアンが大挙してアーサー・ランク殿に突くとなれば、我々イノセントそのものの存在が危うくなります」
ビラム
「ティンプとかホーラのようなシビリアンを当てにし過ぎるのは考え物だな」
ドワス
「申し訳ありません」
ビラム
「しかし、アイアン・ギアーの連中が同調しなかったのは幸いだ」
「今すぐ個別に叩き潰せ!」
ドワス
「はっ!」
ラグ
「惚れた腫れたじゃないんだよ、ジロン。エルチの事はさ」
「くさ〜っ!」
ジロン
「こんな所に居るからさ。失礼しちゃうよ」
ラグ
「ジロン!」
ジロン
「洗脳とかされたからって、エルチの事忘れていいってのはおかしいよ」
ラグ
「ソルトの意味っての、聞いたろ?」
ジロン
「カタカムは好きになれないんだよ」
ラグ
「色々補給してくれたじゃないか」
ジロン
「どう?」
コトセット
「順調だ」
ラグ
「この船が中心になって戦ってご覧よ」
ジロン
「どうだ?」
ハイヤ
「順調」
ラグ
「エルチだって自動的に助けられるんだよ」
ジロン
「どう?」
ダイク
「良好」
ラグ
「時代が変わったんだよ。何でそれを分かろうとしないの?」
「だからね、エルチは……」
ジロン
「わっ、何だこんな所に……!」
ラグ
「うっ、何すんの!」
コトセット
「ん?」
ジロン
「ラグの方がおかしいよ! もしエルチが、ビエルの言うように何もかも忘れちゃったなら」
「むしろ俺達の手元に返させてやんなくちゃ可哀想じゃないか!」
ラグ
「んっ……」
ファットマン
「ウゥーッ!」
ブルメ
「何だ?」
ダイク
「ファットマンか?」
「どうした、ファットマン?」
ジロン
「チル、何か見えるか?」
チル
「別に。何も見えない」
ファットマン
「オォーッ!」
ジロン
「何だ? どうしたんだ、ファットマンは?」
ラグ
「ランド・シップが1隻。新しいランド・シップだ」
チル
「アイアン・ギアー・タイプだ」
ジロン
「全員、戦闘用意!」
ラグ
「駄目よ。ここは戦っちゃ駄目」
「コトセット、逃げるのよ」
ジロン
「カタカムの所には行かない!」
ラグ
「五分五分の戦いは仕掛けちゃいけないんだよ」
ダイク
「駄目だな、敵の足の方が早い。追い付かれるぞ」
ブルメ
「格好だけじゃなく、馬力もありそうだぜ?」
コトセット
「覚悟を決めてくれ、ラグ」
ラグ
「分かったよ。ったくさ……」
ジロン
「待て」
ラグ
「ジロン?」
ジロン
「エルチだ!」
ラグ
「えっ!」
ジロン
「Hポイントで見たのと同じ格好だ。俺には分かる」
エルチ
「ははっ、漸く対等の戦力で相見える事が出来る。アイアン・ギアー!」
「主砲、攻撃用意!」
兵士
「用意よし!」
エルチ
「ウォーカー・マシン隊、用意!」
兵士
「用意よし!」
エルチ
「今日こそはお前達の最後の日だ。ふふっ……」
コトセット
「あれがエルチ? あれがエルチだっていうのか?」
ラグ
「全然違うじゃないの。ずっとスリムだし、あんな所に立っちゃって格好付ける所はエルチらしいけど」
「芋エルチとは違うみたいじゃない」
コトセット
「ですな」
兵士
「敵は同型艦だが古い。勝てるぞ」
エルチ
「いい判断だ。総員、戦闘用意!」
「アターック!」
ジロン
「エルチめ、本気で……本気でアイアン・ギアーを攻撃するのか?」
ダイク
「あんなのがエルチだなんて、本当かよ?」
ブルメ
「Hポイントで会ったって話したろ? 間違いないさ」
ダイク
「でもさ、あれじゃまるで、戦うだけの女みたいじゃないか」
ブルメ
「ビエルが言ったでしょ。洗脳で頭の中を変えちゃったって」
ダイク
「イノセントって凄いな」
ブルメ
「アッタリマエじゃないの」
ラグ
「各砲塔、急げ!」
「何やってんの」
ジロン
「エルチ! 自分のウチをぶっ壊すつもりなのか? 恋しいジロンが乗っているんだよ?」
ラグ
「よく言うよ、ど饅頭が」
エルチ
「な〜にをほざいてるんだ、あの男は」
「主砲、ブリッジを狙え!」
ジロン
「わわっ……!」
ラグ
「何遊んでるの!」
「各砲塔、急げ! 何ボヤッとしてるの!」
ジロン
「相手はエルチなんだぞ」
ラグ
「三日経ったら親子でも敵になるの!」
ジロン
「え? そんなの寂しいよ」
エルチ
「主砲、休まず攻撃だ!」
「ウォーカー・マシン戦隊はどうか?」
兵士
「出動出来ます!」
エルチ
「よし、発進させろ!」
副長
「ん? キャプテン、敵は投降する白旗を振っています。どうしますか?」
エルチ
「白旗?」
「構わん、撃破しろ!」
コトセット
「とにかく逃げるぞ! お前らのモタモタぶりを見てると、戦う訳にはいかん!」
「ギャリアでもザブングルでもトラッドでも、出してくれよ!」
ジロン
「出す出す、出しますよ」
「ラグ! お前も大砲の一つでも撃ったらどうなんだ?」
ラグ
「何言ってんの、カタカムと一緒に居ないからこういう事になったんじゃないか。知るかい」
ジロン
「でも、エルチだけは狙うな」
ラグ
「エルチが攻め手の大将なんだろ?」
ジロン
「チル、偉いぞ。よくエンジンを掛けられたな」
チル
「これでもプロフェッショナル」
ジロン
「よっしゃ。パワー良好、行くぞ!」
「ファットマン、ライフルはどうしたんだ? 手ぶらで出ちゃ危ない!」
「ラグ、ファットマンがザブングルで一人で出て行った。援護をしてやってくれ」
ラグ
「了解」
エルチ
「追撃の足が遅い! 岩も何も無視して突き進むんだ!」
「カプリコ隊、な〜にやってんの! アイアン・ギアーの足を止めんのよ!」
ラグ
「カタカム、聞こえる? アイアン・ギアーが敵と接触、救援に来て!」
コトセット
「カタカムが来てくれる訳ないでしょ」
ラグ
「来るわよ。そんなに遠くないんだから」
ブルメ
「くそっ、こうなりゃ……!」
「あいつ一人をやれば」
ラグ
「ちょ、ちょっと……!」
ブルメ
「何すんだよ? ギャリアもザブングルもエルチんとこへ向かってんだ。このままじゃアイアン・ギアーが……!」
ラグ
「馬鹿!」
「エルチだけを狙うのは良くないよ」
ブルメ
「何でだよ?」
ラグ
「エルチは三日の掟なんて関係ない、一徹の女だったんだよ」
「それがああも変えさせられちゃうなんて、私が辛いんだよ」
ブルメ
「分かんねぇな。どうしてだよ?」
ラグ
「私はエルチに勝ちたいんだ。あんなイノセントの人形みたいなエルチじゃなく、本物のエルチにさ」
ブルメ
「このままじゃさ、おめおめやられちまうんだぜ。いいのかよ?」
ラグ
「ジロンが切り抜けてくれるよ」
ブルメ
「今日の戦いぶりじゃ無理だ」
ラグ
「ふっ、ブルメだって当てにしてるよ」
ブルメ
「本当はカタカムを一等当てにしてるよな?」
コトセット
「カタカムか! すぐ来れるのか?」
ラグ
「まあね」
ブルメ
「知らねぇぞ、エルチにやられちまったって」
ジロン
「やらせるかよっ!」
エルチ
「カプリコ隊、何故訓練通りに出来ないの……あっ!」
「右! ザブングルが接近!」
「右肩に虫けらが集った! 撃ち落とせ!」
ジロン
「大丈夫か、ファットマン?」
「ファットマン……」
「ファットマン、後は俺がやる。お前は下がれ!」
「エルチ、待て!」
ラグ
「コトセット、ソルトはまだ?」
コトセット
「来る訳ないでしょ」
ラグ
「いつまでも持ち堪えられないよ」
ジロン
「エルチ!」
エルチ
「ギャリア……無礼者!」
ジロン
「無礼はないだろ? いい加減に目を覚まして帰ろ、エルチ」
エルチ
「気安いぞ。貴様は憎むべき敵だ」
ジロン
「エルチが格好いいのは分かったよ。これからはずっとその格好してていいから、アイアン・ギアーへ帰ろうよ」
エルチ
「何を抜かす! 貴様は私の敵だ!」
ジロン
「あのねエルチ、いい加減で……あっ!」
エルチ
「問答無用!」
ジロン
「わっ、やめろエルチ!」
カタカム
「大分やられているな」
ビリン
「同じアイアン・ギアー・タイプで戦いを挑んできたの?」
カタカム
「戦闘隊形を取れ! 横合いから不意を突いて突入する!」
メディック
「敵はエルチ・カーゴらしいな」
マリア
「エルチ? アイアン・ギアーの艦長だった?」
「あっ、信じられない……」
メディック
「イノセントの洗脳技術は凄まじいものだとは聞いていたが……言い伝えの通りだ」
エルチ
「待て! 逃げるか卑怯な!」
ジロン
「ともかく気を静めて、話し合おうよ。ね、エルチ?」
エルチ
「エルチエルチと、気安く呼ぶな! 私はイノセントの誇りある戦士だ!」
ジロン
「イノセントにそう思い込まされてるだけだろ? な、エルチ、アイアン・ギアーへ戻ろう」
「落ちるぞ」
エルチ
「落ちるものか! 死ね、ジロン・アモス!」
ジロン
「わっ!」
エルチ
「あ、そこは私の指揮官席だ!」
ジロン
「何だ、こんな物!」
エルチ
「触るな、私のだ! 待て……あっ!」
「アイアン・ギアー!」
ジロン
「ソルト……カタカム達だ」
エルチ
「ソルトだ」
副長
「カプリコ隊を散開させます」
エルチ
「急がせろ。しかし、ソルトは別行動を取っていた筈だ」
副長
「違うみたいですね」
エルチ
「パトロール隊からの連絡はなかったの?」
副長
「はい」
エルチ
「この、無能な奴らめ!」
ラグ
「間に合った! コトセット、合流するんだ」
コトセット
「分かってますよ」
ラグ
「イテッ! 何だ……わっ!」
ソルト・メンバー
「わぁぁっ!」
マリア
「あっ……!」
「戦い……」
エルチ
「全く話にならん。もっと十分な作戦と訓練された兵士が居なければ、この戦いに勝利はない」
「アイアン・ギアーとジロン・アモスめ……!」
ラグ
「本当に助かったわ、カタカム」
カタカム
「いや、私達が腰抜けでないと分かってくれればいい」
ブルメ
「分かったよ。カタカムだってそれらしい手伝いは出来るってね」
カタカム
「それだけではない。我々ソルトは、アーサー・ランクがどこに居るかという情報も掴んだ」
ダイク
「へぇ、ご立派」
カタカム
「是非アイアン・ギアーを中心にして、アーサーに会いにいきたい」
ラグ
「でもね……」
ジロン
「ファットマン、泣くなよ。とにかく、エルチを捕まえれば何とかなるさ」
「エルチだってまだ、心の中までみんな変わっちまったなんて事は、絶対にないんだからさ」
カタカム
「ジロン君達の気持ちも分かる。イノセントは恐ろしい事をしているのだからな」
ラグ
「どうする、カタカム? 今暫くアイアン・ギアーと一緒に居れば、ジロン達に言い聞かせる事も出来るよ」
カタカム
「そうだな。多少の補給は必要だろう。次の補給地までは一緒に行くように説得しよう」
ジロン
「でもな、俺に剣を持って斬りかかってきたエルチの目は、本気だった。本気で俺を殺そうとしていた」
「それでも、俺はエルチを迎えに行ってやんなくちゃいけないと思っている」