<松本茂雄さんからの感想メール>
神崎ハルミ「観覧車日和」に寄せて
松本茂雄
【選歌24首】
瘡蓋(かさぶた)を小指の爪で剥ぐように空落とさんと花火師の笑み
綿菓子になんども舌を突き刺した世界が溶ける感触のなか
滝をみて落ちるといわず流れると言いたる君は魚族の末裔
薄明の音のない街、秋の風吹いたらあかん吹いたらあかん
北校舎 幽霊便所 記憶とはふいに顕(た)ちくる残り香のよう
トルソーにくちづけされた表情で君は石膏(ギプス)の冷たさをして
容赦なき夏のひかりを通さない葉脈まとう 鈍色(にびいろ)の日々
そのむかし蚊柱にパンチくらわした拳が熱くかたく疼く夜
金貸しが街ゆく人にくばりたる虹の絵のあるポケット・ティッシュ
黙(もだ)しつつ青年が読む中華屋の油まみれの「少年ジャンプ」
抱卵の姿勢のままに脱出を夢想しているペンギンの群れ
阿呆陀羅経(あほだらきょう)唱えて生きん鴉啼く都会の隅でミソヒトモジの
熱帯夜、団扇しながら寝る我は日輪めざす片翼の鳥
ふくれつつ宇宙は冥(くら)し黒猫の隻眼としてうかぶ地球は
人類に不敵な笑みでみのもんた似の神が問う「ファイナル・アンサー?」
花園に眼球ふたつ落としたり 背につもりゆく花の腐臭よ
弾倉に銀ヤンマ鬼ヤンマ込め、撃て回転式連発拳銃(リヴォルヴァー)! 半島に向け
ジャスミンティーふふむ漏刻わたくしはあなたの時間ゆるりすすめる
電柱に貼られたビラのたどたどしい手書きの文字の ぼくをさがして
もうぼくをさがさないでね風船をくれたピエロについていくから
ペロペロと子犬のペペに舐められて僕はじんわり消えるのですか
木犀の香を纏うゆえ白猫(はくびょう)は雨降る闇に紛れはしない
「きょう雪が津軽海峡越えました」 雪女に似た予報士がいう
放物線描かぬ矢となりどこまでも飛べコハクチョウ湖面はみるな
神崎ハルミさんの短歌の特長は名詞がきりっと立っていることです。
観念的名詞はややもすれば作者個人の世界に引きこもってしまう恐れを、
神崎さんはすでに百も承知で指示性のある名詞のみで
個人の世界と他者との橋渡しを心掛ける人ですね。
そしてその言葉は読み手に新鮮な、いまだ誰も伝えなかった
既視感(デジャ・ヴュ)を持って読み手に迫ってくる凄みがあります。
瘡蓋(かさぶた)を小指の爪で剥ぐように空落とさんと花火師の笑み
瘡蓋を剥ぐ「メリメリ感」と
花火の轟音のあとのかすかな「しぼみ音」の連想
綿菓子になんども舌を突き刺した世界が溶ける感触のなか
綿菓子に入れた舌で
溶けてゆく灼熱の高層ビルの群れ
黙(もだ)しつつ青年が読む中華屋の油まみれの「少年ジャンプ」
油塗れの分厚い少年ジャンプ
(少年ジャンプでなければなりません。)
神崎ハルミさんは過去に拘る歌人でしょう。
彼の歌を受け入れる人たちの感覚は、幼い日々の懐かしくもほろ悲しい
体験を反映した感覚が一致していることだと思います。
また神崎さんの歌の世界は充たされぬ世界の反映でもあるかも知れません。
失ったのではなく予め不完全なものとしての世界とわれらが存在しているのです。
熱帯夜、団扇しながら寝る我は日輪めざす片翼の鳥
ふくれつつ宇宙は冥(くら)し黒猫の隻眼としてうかぶ地球は
「片翼の鳥」、「黒猫の隻眼」
これらが神崎ワールドの愛すべき動物でしょう。
そしてこの動物に擬する自分と世界認識があり、
一読すると爽やかな明るさが漂うものの
二読三読、やおら明るさは失せ一瞬世界が凍りつきそうになる。
それは苦味の混じった青春の後悔を伴っています。
そのむかし蚊柱にパンチくらわした拳が熱くかたく疼く夜
は恰好よくもない。パンチの後が大変だ。
ボクサー気取りが瞬く間に鼻も口も蚊が入り込んで
逃げ出すのに精一杯なのだ。この行為を、無為の行為を
神崎さんはいとおしく愛しているのでしょうね。
電柱に貼られたビラのたどたどしい手書きの文字の ぼくをさがして
は悲しいくらい人恋の歌である。
現実との齟齬という感覚を見事に表している。
日常との違和感、眼で見えるものに対する不信、
そして自分の意志の発露はきりっと締まっている。
放物線描かぬ矢となりどこまでも飛べコハクチョウ湖面はみるな
強力で世界の視点を変えようとしている。
弾倉に銀ヤンマ鬼ヤンマ込め、撃て回転式連発拳銃(リヴォルヴァー)! 半島に向け
「撃て回転式連発拳銃(リヴォルヴァー)! 半島に向け」
はまさに祈りでしょうね。
これから神崎ワールドが我々を
どんなところに旅立たせてくれるかとても楽しみです。
選歌24首には原則的に短歌「原人の海図」出詠歌は
既にコメントをしているために除きました。
(2003.2.2.)