恋風

「明日、全てが終われば君は帰ってしまうんだね・・・」
 友雅は哀しげにそう呟くと、隣に座るあかねの手をギュッと握り締める。あかねは何も答え
ず、ただ俯いた。
「仕方ないね・・・。君は元々帰る場所のある人なのだから。そこはここではない、私の隣ではな
いと言うことは、十分わかっているよ」
「・・・・・・・・・」
「私には、居場所と言うか、帰るべき場所と言うものが無いのだよ。いや、わからないと言った
ほうが正しいのかな」
 友雅はそう言って笑った。しかし、その笑顔はあかねのめには泣いている様に映った。「私は
ね、神子殿よりもずっと長く生きていながら、自分が何をしたいのか、何を望んでいるのかわか
らないのだよ。いや、どうせ手に入らないものと思って、諦めてきたと言うほうが正しいのだろう
か・・・。自分でもわからないが、私はいつからか諦めると言うことを覚えてしまって、それにい
つしか体が慣れてしまって痛んだ。しかし、君に出逢って私はいつの間にか忘れていた、何か
を欲すると言う感情を思い出したよ」
「友雅さん・・・」
「しかし、神も酷いことをする。やっと欲しいと思えたものは、決して手に入らない桃源郷の月な
のだから・・・」
 友雅は力の限り、あかねを抱きしめる。
「明日なんて、永遠に来なければいい・・・。君がいなくなってしまうくらいなら、いっそ、京など滅
びてしまえばいい・・・」
 いつもどこか余裕のある友雅の言葉とは思えなかった。
 あかねは何も言えなかった。言ってしまえば、自分の弱さを曝け出してしまうから。
 自分の愛した男が生まれた京を守るため、自分に出来ることはこの身を龍神に捧げるこ
と・・・。それは、自分の死を意味すること。運良く生きて帰ってこれたとしても、自分がこの男と
ともに生きられないことは、誰よりもあかねが一番良くわかっていた。
「でも、私はみんなが生まれた、あなたが生まれたこの京を守りたいの・・・」
 友雅の腕の中であかねは小さく呟く。それは、友雅も予測していた言葉だった。
 しかし、今は最も聞きたくない言葉でもあった。
「すまない・・・。君を困らせてしまったようだね。忘れておくれ」
 友雅はそう言うと、あかねを抱きしめていた腕を緩めた。
「神子殿。こんな遅くに連れ出してしまって申し訳なかったね。帰ろうか・・・」
 友雅はそう言うと、すっと立ち上がり歩き出す。
「友雅さん、待ってください・・・」
 あかねは、友雅の背中に抱きつく。
「私、本当は怖いんです・・・。ものすごく怖い・・・。でも、それを認めちゃったら、私、一歩も踏
み出せないから・・・っ。だから、私は絶対弱音なんて吐いちゃいけないんです」
「神子殿・・・」
 友雅が振り返ろうとした瞬間。
「振り向かないでください・・・。私、今ものすごく情けない顔をしてるから。絶対こっちを見ないで
ください・・・」
 しかし、友雅はあかねのその願いを聞き入れず、嫌がるあかねのかおを無理矢理見た。 あ
かねは、泣いていた。
「見ないで下さいって言ったのにっ!!」
「神子殿、泣かないでおくれ。私は君の笑顔が好きなのだから。いつものように笑っておくれ」
 友雅はそう言うと、あかねの涙を拭ってやる。
「・・・・・・・・・」
「大丈夫だよ、神子殿・・・。君には私が、みんなが付いている。いつだって君のためにこの身を
投げ出す覚悟は出来ている。だから、君は安心していいんだ」
 友雅はそう言うと、あかねにそっと口付けた。触れるだけの軽い口付け。あかねとまた出逢え
るようにと願いを込めて。
「さあ・・・。帰ろうか」
 友雅はそう言ってあかねの手を取る。あかねは繋いだ手が離れないように、強く握り締め
た。 友雅もあかねの手を強く握り返す。
 暗闇に、ぼんやりと浮かぶ月だけが、二人を見ていた。


そして、戦いが終わり京には平和が戻った。しかし、そこにあかねの姿はない。そして、友雅の
姿も・・・。


「本当に良かったんですか? 友雅さん」
 そういってあかねは傍らに座る友雅を見る。
「君に出逢ってわかったんだよ。居場所は初めから用意されているものではなく、自分で作るも
のだと・・・。君の隣が、私の本当の居場所なんだと言うことに・・・。それに、君のことを思い出
に出来るほど、私は諦めのいい男じゃなかったようだ」
 そう言って友雅は微笑む。その笑顔につられて、あかねも微笑んだ。
「そんなこと知りませんでした」
「私だって知らなかったよ。君といると、私は新しい自分を発見できることが出来るらしい」
「あっ、そういえばっ。今日、友雅さんの誕生日ですよっ」
 あかねは、慌てたように言った。
「私の誕生日?」
「あー、もうっ。私、何にも用意してないっ。何か欲しいものないですか?」
 あかねは期待に満ちた目で尋ねる。
「そうだね・・・。いや、いいよ。もうもらったから」
「えっ!? 私、何か渡しました?」
「たくさんもらっているよ」
 友雅さんはそう言うと、掠め取るようにあかねに口付けた。
「友雅さんっ!!」
 不意打ちを暗い、顔を赤らめて怒るあかねに友雅は子供のように笑った。
 あかねとの出会いが、友雅への龍神からの何よりの贈り物だった。
「神様って言うのも、なかなか侮れないものだね」
 友雅はそう言って、どこまでも澄み渡る青い空を見上げた。
  遙かなる故郷に通じる青い空を・・・。

                     終

えーとですね、友雅氏でシリアス書きたい、しかし、ハッピーエンドにせねば・・・と思って書いたら、こんな中途半端
な仕上がりに・・・。友雅ファンの皆様、お許しください。