どんなあなたも愛してる

一体どうしたら……。
永泉の脳裏に真っ先に浮かんだのは龍神の神子――あかねのことだった。
朝、目覚めて、自分の髪を整えようと櫛を通した時だった。確実な違和感。あるはずのないも
のが、そこにはあった。
それが一体何なのか分からず、とりあえずそっと手を伸ばし触れてみる。
何か柔らかい動物の毛……?
永泉は、そっと自分の姿を鏡に映してみる。一瞬何が起こっているのか分からなかった。い
や、今現在も永泉には何が起こっているのか全く分からない。
ただ明らかなのは、自分の頭部になぜか動物の耳が生えてしまっている、ということだった。
「これは……、猫、なのでしょうか」
ピンと何かに注意を払うかのように立てているふわふわとした耳。
僧侶という身でありながら、神子に好意を寄せてしまっている私に、御仏が与えた罰なのでしょ
うか……。私が分不相応な感情を抱いたから……。
永泉は手近にあった布を取り、さっと自分の頭を隠すように巻く。とにかく、このような状態で
は、神子を守ることも神子に会うこともできない。そんな思いが永泉の心を支配していく。初め
て知った淡い恋心に、染まっていた心が、罪という名の闇に支配されていく、そんな感覚だっ
た。
どうしたら良いのだろう。
神子の前から姿を消すべきなのだろうかもしれないが、八葉としての自分の立場を考えると、
そういうわけにも行かず、寺を出たところで永泉は立ち止り、どうにも身動きが出来ずにいた。
「永泉、何をしている」
その声に永泉が振り返るといつの間に来ていたのか、泰明が表情を変えることもなく、こちらを
見ていた。
「泰明殿……。おはようございます」
「何か思案しているような顔に見えたが、何かあったのか?」
「い、いえ。何も……」
言葉少なに答えた永泉に泰明はそれ以上尋ねることはなかった。
「これから神子のところに行こうと思っていたのだが、ちょうどいい。お前とともに行こう。お前が
一緒のほうが、何かと都合もいいだろう」
永泉は泰明のその誘いを断ることもできず、黙っている。
「大丈夫だ。お前の身に起こっていることは、怨霊の仕業とは関係ない。お前が神子に会った
からといって、神子に何も影響はない」
泰明の言葉に、永泉は思わず頭を押さえる。
布は、しっかり頭を覆っている。
「私に隠し事は無用だ」
 永泉が問うまでもなく、一言そう告げると泰明は先を歩き出す。
 泰明の言葉にとりあえずは安堵し、永泉も布を押さえながら泰明の後を追った。


神子。迎えに来た。永泉も一緒だ。行くぞ」
「あ、おはようございます。今、準備をしますね」
 あかねは二人を笑顔で迎え、支度を始める。
永泉は、泰明の後ろに隠れるようにして、あかねに頭を下げた。
「あれ? 何か、いつもと違いますね。何だろう」
 支度を終えたあかねが泰明と永泉を交互に見、あっ、と小さく声を上げる。
「永泉さん、この布、どうしたんですか?」
「あっ、これは……」
と、永泉が布を抑えようとするよりも早く、あかねが布を取り払ってしまう。
「きゃっ」
「きゃああああああ」
 藤姫とあかねの悲鳴に、永泉が顔を曇らせる。
やはり、こんな異様な姿のまま、神子の前にこの身を現そうなんて、間違いだったのだ。八葉と
しての自分の任務も、誰か他に相応しい人が現れるのだろう。
永泉が何も言わず立ち去ろうとした次の瞬間、
「や・ば・いぃぃぃぃ? 何この可愛さ? どゆこと?! ねぇ、どゆこと?! 龍神の神子の力って、こうい
うところにも発動しちゃうの? あーん、可愛い、可愛いよぉ? どうしよう、どうしたら良いの、アタ
シ? もしかして、試されてるの?」
あかねが永泉の耳をツンツンと触りながら、はしゃいでいる。
「神子? 気味が悪くはないのでしょうか?」
「えー? なんでぇ? そりゃあさぁ、頼久さんとか友雅さんかこの状態だったら、龍神パワー全開
で排除に向かうけど、永泉さんと、藤姫は別だよぉ?」
「まぁ、神子様。そんなことを言っては、友雅殿と頼久が心を痛めてしまいますわ」
「あー。良いの良いの。今、アタシは誰を傷つけても、永泉さんのこの猫耳を守ることをここに
誓う! これこそ、龍神の神子であるアタシに課せられた使命、そう、宿命なのよ!」
「神子、私にそのような耳が生えてしまった場合は……」
 それまで黙って二人のやり取りを見ていた泰明が口を開く。
「あー。泰明さんかぁ。まぁ、泰明さんは、ヴィジュアル良いからなぁ。アリかな? 後は、まぁ、ギ
リギリでイノリ君かなぁ」
「そうか……。わかった」
 泰明は満足そうに笑みを浮かべたが、また元の無表情に戻る。
「神子……。あの、ありがとうございます。こんな身になってしまった私にも変わりなく接してくだ
さる。私は、そんなあなたが……」
 永泉はそこまで言いかけて、口を噤む。僧侶の身でありながら、ましてや、このような人間と
して明らかに異様な姿で、神子に自分の思いを告げようなどとしようとした自分を恥ずかしく思
い、俯いた。
「え、永泉さん……。ちょっとお願いがあるんですけど」
「何でしょうか、神子?」
「あの、この猫耳、モフモフして良いですか?」
「もふもふですか?」
 一体どんなことをしたいのか分からなかったが、神子に悪い影響はないと言っていた泰明の
言葉を思い出し、永泉は頷いた。
「どうぞ」
 あかねは待ってましたとばかりに、永泉の頭に生えた猫耳をそっと優しくキュッキュッと握っ
た。
「ふわぁぁぁぁ? ヤバい。死ぬ。萌え死ぬぅ?」
「えっ、神子。やはりお体に害が……っ」
 慌てて身を離そうとする永泉にあかねが、違う違う、と手を振った。
「あんまり、あの可愛くって。何て言うか愛し過ぎて死ねるっ、て思ったの?」
蕩けるような満面の笑みで言われ、永泉も笑顔になる。
「そうですか。神子の体に障りが無いのであれば、良かったです」
「あぁぁぁぁぁっ。どうしよう? どうしたらいいの! 大量出血で死にそう? あーん、可愛いぃぃぃ
ぃ?」
あかねの言葉に永泉が不安を覚え、泰明を見る。
「問題ない。神子の最上級の褒め言葉だ。神子は死なない。安心しろ」
「はいっ」
 泰明殿が言うのだから、間違いないのだろう。永泉はそう判断し、あかねのなすがまま、じっ
としている。
「ねぇ、今日は休もう。怨霊も封印してあるし。一日ぐらい休んでも平気だよね。永泉さんのこの
状態についての対策に充てよう」
 あかねは、相変わらず、耳を撫で繰りまわしながら提案する。
「そんなわけで、今日はこのままここで過ごそう。永泉さんのこの耳のことは、とりあえず、この
四人の間の秘密ね。はい、指きり」
 あかねはそう言って、小指を立てて、自分の手を出す。ほかの三人もそれに倣い、四人の間
の秘密が成立した。
それから、あかねによる名ばかりの四人だけの緊急会議が開かれた。 永泉の猫耳を撫でま
わしている間、あかねが現代に伝わる人魚姫の話やロミオとジュリエットの話をし、藤姫と永泉
はそれに涙を誘われ、泰明はただ淡々と質問を続けていき、あかねが適当に答える。
束の間の休息はあっという間に過ぎ、空がいつの間にか茜色に染まっていた。
「まあ、ずいぶん時間が経ってしまいましたわね。神子様、今日はとても楽しい話をありがとう
ございました。お二人も、このようにお話しする機会はありませんでしたから、とても楽しかった
ですわ」
「ああ。そうだな」
「ええ。神子、素敵な話を聞かせて頂き、ありがとうございました。それに……、この耳のこと、
気になさらずに接してくれたこと、嬉しく思います。何が原因かはわかりませんが、これから先、
八葉の職務に支障が出るといけませんので、なるべく早く治るように祈祷しようと思います」
「そんなの気にしなくって良いのにぃ。何ならずっとそのままでも良いのに、アタシ的には?」
 冗談っぽく、しかしかなり本気で言うあかねに、永泉は微笑を浮かべる。
「神子のお心遣いありがたく思います。それでは」
 ペコリと頭を下げる永泉の姿に、あかねがグフッと声を上げる。
「永泉さん、ある意味最強ですよ」
「神子の御役に立てるのならば、嬉しいです」
 口元を拭いながら言うあかねに、永泉が頬を赤らめそう告げ、朝と同じように布を被り、泰明
とともに屋敷を出ていく。
 その後ろ姿をあかねは名残惜しそうに見つめながら、手を振り見送る。
「神子様」
「なぁに?」
「神子様の仕業ですわね」
藤姫が咎めるようにあかねを見る。
「だってぇ。可愛いかなぁ、と思ってぇ。ちょっと夢で見たことが現実にならないかなぁって、強く
願っただけだもん?」
 乙女は夢を食べて生きてるの。だから仕方ないでしょ、と藤姫にあかねがウインクする。
「まぁ、仕方ありませんわね。実際可愛らしかったですし」
 認めざるを得ないといったように藤姫が笑う。
「次は、何を念じようかなぁ」
「神子様、あまりおふざけが過ぎてはいけませんわよ」
「はーい?」 
元気良く返事をするあかねに藤姫が小さくため息をつく。もう既に良からぬことを考えていそう
な気配が漂っている。

 翌朝、あかねを迎えに来た永泉の頭には、昨日の猫耳はもう消えていた。
「祈祷の甲斐があったようです」
 嬉しそうに告げる永泉に、あかねは少し残念そうに、寂しそうに永泉の頭を見る。
「あの……、耳、あったほうが良かったでしょうか?」
  永泉が申し訳なさそうににあかねに尋ねる。
「ううん。私はどんな永泉さんも好きだからっ。じゃあ、支度してきますね」あかねはそう告げ、
にっこりと笑うと、部屋を出ていく。
「えっ」
 永泉は、一気に自分の体温が上昇するような感覚に襲われる。そして、もう消えてしまった猫
耳を隠すように頭に触れる。
もう、そこに神子が触れた耳はないけれど――。
幼い頃母に頭を撫でられることもなかった永泉にとっては、あんなに長い間、誰かに頭を撫で
られるのは、初めての経験だった。
もしかしたら、そんな自分への御仏からの贈り物だったのかもしれない。
 永泉は幸せそうに、気恥ずかしそうに笑った。


えーと、いろいろやり過ぎました。ごめんなさい。久しぶりにサイトを更新、永泉さんの誕生日! イヤッホーイ♪ な感
じで、気が付いたらこんなことに……。一応、お誕生日記念の御話です☆ なので、猫耳は御仏が永泉さんに送った
誕生日プレゼントなのです(苦笑)。まあ、許してくださいm(_ _)m 一応、フリー創作になります。ご自由にお持ち帰りく
ださい。