強い願い 重なる影



「たとえばいつか、私のこの身が消えるときには、あなたはその瞳に哀しみを宿すのだろう
か?」
 そう、私が問うたならば、神子はきっと困ったように私を見つめ、やがて私から目を逸らし、私
に背を向けるのだろう。
 それとも、どうしてそんなことを言うのか、と私をまっすぐに見つめ、言うのだろうか? 

「神子、何を見ているんだ?」
 敦盛の声に神子は振り返るが、望美は言葉を発さず、ただ、木を指差した。
 その先を追うように敦盛が視線を上げると、二羽の小鳥が寄り添うように木に止まっている
のが見えた。
「ああ……。可愛いな」
 鳥たちがびっくりしないようにと、小さな声で敦盛が呟いた。
「仲が良くていいなって思って……」
 本当に幸せそうに言う望美の顔に、敦盛の顔にも笑みが浮かぶ。
「ああ……」
「この前の小鳥は助けてあげられなかったから……」
 望美の表情が少し哀しげに曇る。
「そう……だったな……」
 あの日、怨霊になってしまった小鳥を望美の手で浄化させてしまったことが敦盛の脳に甦る。
浄化することは出来ないと涙ながらに言った望美に、それをするように言った自分。
 あの小鳥にとっては、神子の手で浄化してもらうことが最良のことだったと今でも思っている
が、神子には酷なことをさせてしまったのだと思う。
「あの時の小鳥も……」
 沈黙を破るように望美が口を開いた。
「あの子も、きっと幸せになっていますよね……」
 まっすぐに上を見て言う望美の横顔は、とても?としていて敦盛の目には美しく映った。
「ああ。きっと、幸せになっていると思う。友達も出来て、あんな風に木にとまったりしているの
ではないだろうか」
 その言葉に望美は微笑んだ。
「神子、私はあの小鳥は神子に浄化してもらって良かったと思っている。私も、いつかこの世か
ら消える日が来たならば、神子に浄化してもらいたいと願っているから……。その時は、頼む、
神子……」
 その言葉に望美は、敦盛を振り返った。その瞳には涙が浮かんでいた。
「私、絶対イヤですから」
「み、神子?」
「敦盛さんが消えるなんて、絶対イヤですから! 浄化なんてしません!そんなことしなくても大
丈夫な方法を考えますから……。だから、そんなこと言わないでください……!」
 しゃくり上げるように泣き出してしまった望美に、思わず敦盛は手を伸ばし、その華奢な身体
を抱き締めていた。
「敦盛……さん。私、絶対、考えますから。敦盛さんが敦盛さんでいられる方法。だから、もう絶
対そんなこと言わないでください」
「……ああ。すまなかった」
 敦盛はそう答えるしか出来なかった。


「みんなとお別れするの、少し寂しかったですね」
「そうだな……。もう、みんなと会うことはないのかと思うと……」
 少し寂しげに言う望美の手を、敦盛はそっと握った。
「しかし、神子とはずっと共にいられる……」
「うん。私、言ったでしょう。敦盛さんとずっと一緒にいられる方法を考えるって。でも、わからな
かった。だから、祈ったの。祈ることしか出来なかった。敦盛さんとずっと一緒にいたいって」
 気恥ずかしそうに望美が笑う。
「神子……」
 敦盛の頬も少し赤く染まった。
「もう、私は神子じゃないよ……」
 だから……。
 望美はそっと敦盛の耳に唇を寄せ、囁いた。
 望美、と呼んでほしい、と。
 敦盛は、少し緊張したように表情をこわばらせたが、柔らかく微笑むと、
「望美……」
 と、その名を呼んだ。
 望美が嬉しそうにじっと敦盛を見つめる。
 その瞳に吸いよせられるように、敦盛の手が望美の頬に添えられ――。
 静かに望美が目を閉じる。
 二人の影がそっと重なった。


                    終わり